我々の身体は、見かけは同じに見えても、常にダイナミックな新陳代謝が行われ、物質レベルや細胞レベルで日々置き換わっております。それぞれの細胞や組織は、決められた仕事を毎日変わらず続けることで、私たちの身体を昨日、昨年とほぼ同じ状態に保っています。このように保たれた状態を健康と呼び、細胞や組織が本来の仕事をさぼると病気になります。それでは、細胞や組織の仕事とは何でしょうか? 身体の健康のために、身体の一部分である細胞や組織は決められた仕事をしております。例えば、腸管上皮の仕事は、食べたものを消化したり、吸収したりすることです。こうした、細胞や組織が身体の健康のために割り当てられた仕事をすることを、「機能」すると呼びます。そして、効率の良い仕事をするものは、飛行機や車の流線型のように、一定の美しい「かたち」をつくります。逆に機能が低下した組織はいびつなかたちを示すことが多く、がんのような一部の病気は「かたち」の変化をもって診断されます。こうしたことから、細胞や組織の「かたち」と「機能」をよく理解することができれば、健康と病気の本質を理解することができると考えられます。
我々は、これまでヒトの組織から取り出した細胞を用いて、試験管の中でその組織に似た「かたち」、オルガノイドを作り出す技術の開発と応用を進めてきました。しかしそのオルガノイドが実際のヒトや動物の組織と同じように「機能」するかどうかは、まだ十分に解析できておりません。そこで我々は、今後「機能」を追求し、オルガノイドが組織と「かたち」が似ているだけではなく、「機能」でも実際のヒトや動物を模倣するよう開発し、より新しい目標に挑戦します。きっと、「かたち」や「機能」をより本物らしくモデルする新しい技術が確立されれば、様々な病気の根本的な原因を理解し、健康な状態を保つ方法につながると期待しております。
昨今の研究は、すぐに役に立つ成果が求められがちです。しかし、真に良い基礎研究は、役に立たなそうだけれど面白い着眼、自由な発想から始まります。「かたち」や「機能」を追求したら、何の役に立つのか?と思われるかもしれません。オルガノイドも、腸の幹細胞が増えたら良いな、という素朴な願望から始まりました。本プロジェクトも、組織の「かたち」や「機能」を試験管の中で再現することができたら良いな、病気になるメカニズムの洞察が得られたら良いな という願望からのスタートです。若い研究者とともに、新しいサイエンスを作り出すため、チームが一丸となって、本ERATOプロジェクトを進めて参ります。