93. ファミリーデー

テレビは、大型化とフラット薄型化が大きな流れになっている。
日本では住居のサイズとの調和が満たされず、アメリカでのように大型で、安価なプロジェクションテレビははやらないものの、ここに来てそれでも比較的大きな画面で迫力ある映像を楽しむ人が増えているという。液晶とプラズマの戦いはすみわけではない熾烈な戦いに移行しつつあり、パネル製造ラインの国内投資にも勢いがある。

二年ほど前の話であるが、友人が副社長をしている東北の会社で、実に大きなガラス板をつまんで搬送しながら薄膜を、真空中で重ねていく機械の組み立てをしているところなどを見せてもらった。最近日本の製造力復活の方向性としても強調され、実際例として優れた経営実績を上げ続けているトヨタ自動車に見られるような、すり合わせとキーデバイス、部品の集積(クラスター)が競争力の源泉であるということを実感させられた。

久しぶりに会ったことから、おいしい海の幸を味わいながら時間が経つのも忘れて話しこんだ。その中で印象深かったのは「地域に根ざした製造会社で、まじめに、一生懸命働いてくれるのはいいのだが、何か物足らないということで、創意工夫のレベルアップは技術の理解を深めさせることと、ものづくりで世界と競争するということの裏にはどんな努力が現場にあるのかを理解させることだと考えて2つのことをやった」という話であった。
ひとつの試みはグループ研修のような形をとって、ものづくりとはについて考えていくことであった。ある時期使った教科書が「現場に道あり」(本コラムの#7、2002.7.26 参照)だったのだといわれて、感慨深いものがあった。
もうひとつの試みは、「ファミリーデー」である。工場を開放して、従業員の家族を招待して、どんな環境でどんな仕事をしているのかを知ってもらうのと、真空とはどんな世界で、どんなことに役立つのかなどを実際に示し理解をしてもらおうと工夫を凝らしたという。その効果は予想以上で、家族から新しい疑問をぶつけられて、会社で理解を深めわかりやすく説明する工夫がなされることで仕事に向かう姿勢に積極性が見えてきたと喜んでいた。
これに近い経験は筆者も大型プロジェクトを進める過程で持つことが出来た。それはハードデイスクの基幹部品や技術を集中的に開発し、グループ会社の主要事業の強化を図るといった時限プロジェクトであった。
業界には強力な競争相手がいる事を承知で勝負を挑んだわけであるから、部品によっては研究所でも24時間休み無の交替制を敷いてまでの挑戦も含んでいた。
家族の理解と支援無にはこのプロジェクトは回らなくなると思われたことから、休日に家族に研究所に来て頂いて、クリーンルームの外から精密そうでとても複雑そうな機械装置が所狭しと並んでいる現場を見て頂いて開発現場の雰囲気を感じ取ってもらった。懇親の場を含めて半日足らずのことなのでどれだけ理解が進んだのかは正直言ってフォロー出来なかったが、効果はあったと思っている。

そもそも、ファミリーデーをやってみようかと思いついたのは、筆者の個人的な経験から来ている。真空容器の大きさが幅2.5メートル、奥行き1.5メートル、高さ3.5メートル位の大きさの真空蒸着装置を動かして、蒸着磁気テープの開発を行っているときに、休日に娘二人(小学校2年生と、幼稚園児だった)を連れて現場にて機械操作を見せた。天井の高い工場の一部が二階になっていて、そこにある応接室の窓を開けて見えるようにした。娘たちは10トンを超える重量級の設備が電動でレールの上をゆっくり動くさまをじっと見ていた。父親がほとんど休まずになぜ会社に行くのかは理解できなかったようではあるが、母親から何に夢中になっているかを聞きながらなんとなく大きな機械と格闘している父親を応援しようとなって行ったのだと後に聞いた。

このときの格闘から長い道のりにはなってしまったが、商品になった家庭用のデジタル磁気テープを使って娘たちは子供をビデオにおさめて、つくばで老犬と暮らしている父に、一年に一回か二回程度しか会えない孫たちの成長をビビッドに伝えてくれている。
理系に限らず、ファミリーデーをやってみることは社会にとってどこかでプラスに繋がるに違いないと思っている。親子そろって、ファミレスに行くのもファミリーデーかもしれないが、そのような日常的なことでない、仕事の場で親子が時間を共有化する非日常は双方にとって刺激的なことであり、次の世代に大事なことを知識ではなく伝える格好の機会になるだろうと感じている。組織的なファミリーデーでなくても良いのでは。

 


                              篠原 紘一(2006.3.3)

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