147. 社会貢献

 

松下幸之助の利益に対する考え方はこうである。 「利益とは、社会への貢献に対する報酬である」したがって、利益が出ない経営は社会貢献が少ないからであって、 それでは企業の存在意義がないということである。またTDKの澤部肇会長はこう説いている。 「利益はお客が認めてくれる価値と、企業の力であるコスト、その2つの差で決まる。 言い換えれば利益にはお客の満足度と企業の競争力がそのまま表れている。それが企業の存在価値である」と。

 

科学技術基本計画も第3期に入って、グローバルに競争が展開され、成長のエンジンが多様化した時代に入り 科学技術で国を豊かにしようという動きは多くの国において活発になっている。基礎研究への投資額も積算すれば 大きくなってきていることから社会の役に立つという見方が時間軸を圧縮された形で強まってきているのは確かである。

 

筆者は2001年年度後半に、物理系のナノテクノロジーの研究領域(同時に化学生物系も発足)のスタートから 科学技術振興機構での基礎研究支援業務に就いた。その翌年にはナノテクノロジーは一気に10の領域に増え、 強力に推進されることとなった。ナノテク分野別バーチャルラボラトリー(CREST9領域,さきがけ1領域)の活動が 終了に向かうころになると「これほど集中投資してナノテクノロジーで何が生まれたのか?」という声を反映するように(?) 2006年度には「True Nano」の言葉が登場し「真に役に立つナノテク」を目指した領域がスタートした。 筆者は2007年度は、バーチャルラボと「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」研究領域(簡略化してナノ製造と呼んでいる) を兼務し今、ナノ製造の専任になった。

 

基礎研究の支援から見たら短い期間であるが振り返るとドッグイヤーのような感じを受ける。2001年は「ナノテクノロジーって何か?」 といったフェーズで、定義もまちまちで、単にサイズがナノであればすべてナノテクだと主張されていたのである。 今はと言えば、もうナノテクはわかったといった気分が(あくまで気分であって、決して体系化されたわけではない) 漂うようになり、民間の基礎研究への関心は冷めやすいフェーズに入ったようにも見える。その間にJSTの支援の形態も変わってきている。 社会貢献を求める声が強まるのは自然の流れであるが、ナノ材料はともかく、ナノテクノロジーは重点4分野の位置づけからも読み取れるように、 ライフサイエンス、情報通信、環境エネルギーの基盤技術であることから出口までの距離にハンデイがあるのも事実であろう。

 

いつの間にかナノテクノロジーの社会貢献の事例の主役にされている(?)半導体は、ナノメートル域に入ってのスケールダウンに 工業的な限界と、物理限界が見え始めている状況である。Beyond CMOSに関する基礎研究への期待と実践にはギャップがある。 特に欧米と日本の差は開いていると専門家の懸念の声が聞こえる。基礎研究の社会貢献を大きくしていく上でむしろ大事なのは 研究力の強化(ここでは健闘しているほうである)というより、支援の軸ブレを起こさないことである。重要な分野は我慢して支援を 継続することである。

 

社会貢献に対する二人の経営者の言葉に戻って考えてみることも、国も、行政機関も大事なことだと思う。


                                   篠原 紘一(2008.7.16

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