146. ブランド

 

サッカーも野球も海外で活躍する選手が急増した。日本の子供たちの夢が世界に向く刺激となることとして歓迎すべきことである。

10年前は米国出張時にタクシーの運転手と野球の話になっても、野茂の名前を出しても反応が鈍く、王、長嶋のほうがよく知られていた。隔世の感がある。

しかし野茂のパイオニアスピリットが、松坂や松井のメジャーリーグでの活躍につながっていることや、日本の野球では評価されなかったのに個性が輝いて活躍している岡島などの例を見ると評価の相対性や、発揮能力は環境の影響を強く受けることを改めて感じる。

 

筆者が30余年勤務した会社が創業90年に当たる今年の10月に社名を変える。ここでも野球の話と一緒で、米国では「PANASONIC」はわかってくれるのに「松下電器」というとタクシーの運転手はほとんどが「何それ?」だったことを思えば自然の流れである。

社名と同時に、ブランドも統一し、グローバルエクセレンスを目指す活動を加速するということである。

「グローバルブランド」を支える要素はさまざまあろうが中心にあるのは、創造やイノベーションに対するマインドの高さであろう。そしてブランドは商品やサービスだけではなくて、科学技術振興機構(JST)が進めている戦略的創造推進事業の一つであるCREST   (Core Research of Evolutional Science and Technology)も、やはりブランドである。

 

この事業が12年たった今年、これまでを振り返り、これからの在り方を考えようといったシンポジウムが開催された。時間の関係で、関係者のみの議論になってしまったのは物足らなかったものの、意義深いシンポジウムであったと思っている。12年間の間に50の研究領域が設定され、推進されてきている。ナノテクノロジー分野別バーチャルラボの9領域は国際競争の異様な加熱が起こって例外的な課題採択になったが、標準は3年間にわたって課題を選び、各課題は5年間の実施である。領域は仮想的な研究所でその設立運営は研究総括に任される。民間会社が戦略的に重点推進する研究開発の手法としてタスクフォースを組むことがよくある。領域運営も似ているような部分もあるがミッションも目標も理想的なキーワードが並んだ定性的な(感覚的な)表現になっていて、タスクフォースのようには成否は見えにくく、多くの税金を投入した価値を明快に推し図るのは容易ではない。

 

会社でも、(基礎研究とは言えないとしても)リスキーであっても、未来への投資をしている。その投資だけを取り上げてそれがほとんど役に立たないからやめてしまうということにはすぐにはならない。打率は低いとしても、会社の未来にも視線が向いていることを社員が自覚することが大事なのである。総合して利益が出せて、会社が存続していれば、個々の投資と回収が吟味されるというわけでもなくトータルでの必要性の判断がなされ、未来への投資への否定的な意見だけが強まることはない。

 

しかし、国が進める基礎研究となるとトータルの中で必要性が受け入れられるかどうかといった指標のようなものを見つけにくいのは確かである。とはいえ、社会還元への要望が強まる中で関係者がやれることはまだあるはずである。例えば、お金の使い方ひとつとっても、JST-CRESTは他制度に比べると柔軟であり、意外な展開で出始めた成果を加速することもできるというメリットを認めていただいている。しかし会社経営の中での臨時投資と比べればまだ工夫の余地はあるように思える(筆者はある期間事業計画上設備投資計画ゼロでの開発を経験した。その時、我慢することができるものは我慢したが、今この投資をしないと大変なことになるといった設備は足しげく経営トップの説得を繰り返し投資してもらった)。これまでやってきたやり方を変えようとすると今までのルールと違うからというところを突破しないといけなくて,簡単でないということになることが多そうである。しかし、あきらめてもいいことは我慢するとしても、大変な抵抗があってもやるべきとはやっていきたいものである。

 

税金をたくさん使って何が出たかと詰め寄る側にも、詰め寄られる側にも、最小の投資で最大の効果を求めての工夫の余地がまだまだ残されているとの認識で行動を起こしたいものである。10年前からすると、確かにCRESTのブランド力はグローバルに認められるところまで高まったといえるとしても、もうこれでよいということにはならない競争がグローバルには続いているのである。トータルでアメリカに負けても仕方がないといった言い訳をさせない研究環境をどう作り出すかはシステマテイックにしっかり取り組みたいことである。

 


                                   篠原 紘一(2008.6.19

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