南アフリカの科学技術情勢

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国情

①概要

 南アフリカの正式名称は、「南アフリカ共和国(Republic of South Africa)」であり、アフリカ大陸最南端に位置している。首都は、プレトリア(行政府)、ケープタウン(立法府)、ブルームフォンテーン(司法府)に分散されているが、各国とも大使館を行政府のあるプレトリアに置いていることから、首都はプレトリアとされることが多い。人口の最も多い都市は、最南端に位置するケープタウンである。

 国土面積は122万平方キロメートルで日本の約3.2倍であり、人口は2013年の世銀統計で5,298万人、人口増加率1.3%である。

②歴史

 大航海時代の1488年に、ポルトガル人のバルトロメウ・ディアスがアフリカ大陸南端の喜望峰に到達した。1652年に、オランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックがこの地に到来し喜望峰を中継基地としたため、それ以降オランダ人移民が増加しケープ植民地が成立した。

 ナポレオン戦争終結後の19世紀初頭に、ケープ植民地はオランダから英国へ正式に譲渡された。その後、二度にわたるボーア戦争などを経て、1910年に南アフリカ連邦が成立した。1931年には英国でウェストミンスター憲章が採択され、英国の自治領は外交権をはじめとした主権を獲得し、さらに1934年には英国国会で南アフリカ連邦地位法が可決され、正式に主権国家となった。

 1948年にアフリカーナー(後述)の農民や都市の貧しい白人を基盤とする国民党が政権を握り、同党はアパルトヘイト政策(人種隔離政策)を本格的に推進していった。1960年のシャープビル虐殺事件をきっかけに、宗主国の英国から人種主義政策に対する非難を受けたため、1961年に英連邦から脱退し、立憲君主制に代えて共和制を採用して新たに国名を南アフリカ共和国と定めた。

 冷戦時代に西側諸国は反共的姿勢から南アフリカを優遇していたが、冷戦の終結した1990年代に入ると経済制裁を強化し始めた。このためデ・クラーク大統領は、アパルトヘイト関連法の廃止、人種主義法の全廃を決定するとの英断を下した。また、1970年代から1980年代にかけて密かに製造・配備をしていた6発の核兵器を、全て破棄したと1993年に発表した。

 1994年4月、初の全人種参加による総選挙が実施され、反アパルトヘイト闘争を主導したアフリカ民族会議 (ANC) が勝利し、ネルソン・マンデラANC議長が大統領に就任した。

③政治

 議会は両院制で、いずれも任期5年の全国州評議会(90名、上院)と国民議会(400名、下院)で構成され、元首たる大統領は国民議会の議決により選出される。

 アフリカでは、数少ない複数政党制が機能している民主主義国家である。前述のANCが、全議席の7割以上を占めている。

④外交

 1994年5月のマンデラ政権誕生後、アフリカ統一機構(OAU)及び南部アフリカ開発共同体(SADC)への加盟、英連邦への再加盟を果した他、国連総会の議席を20年振りに回復している。

 新興経済国の一員として、2000年の九州・沖縄サミット以降、G8サミットに毎年参加している。また、アフリカ諸国で唯一のG20メンバー国でもあり、近年、国連改革、核軍縮・不拡散、気候変動等のグローバル・イシューに関して発言力を強めている。また、2011年4月にはBRICSにも加盟した。

 アフリカ大陸における紛争解決や平和の定着に積極的に取り組んでいる他、最近ではジンバブエやマダガスカルの和平仲介にも主導的な役割を担っている。

⑤民族、言語、宗教

 南アフリカは、多様な民族と言語が共存していることから時に「虹の国」と呼ばれる。

 外務省のデータによると民族構成は、黒人(79%)、白人(9.6%)、カラード(混血)(8.9%)、アジア系(2.5%)となっている。黒人は非常に多様であり、アパルトヘイト撤廃後は民族間の対立が深刻化している。カラードは中央部から西部にかけての広い範囲に分布し、多くがアフリカーンス語を母語としている。白人の大半は、英国系とアフリカーナーである。アフリカーナーとは、オランダ東インド会社時代の大陸ヨーロッパ系移民の子孫で、白人社会のおよそ3分の2を構成している。アジア系の大多数はインド系(印僑)で100万人に達し、近年は中国系がおよそ10万人と急増している。

 公用語は英語、アフリカーンス語、バントゥー諸語の11言語であるが、実質的な公用語は英語のみである。

2001年のセンサスによれば、人口の36.6%がプロテスタント、7.1%がカトリック、36%がその他のキリスト教、1.5%がイスラム教、15.1%が無宗教であった。

⑥初等中等教育と識字率

 アパルトヘイト時代には黒人は事実上義務教育の対象ではなく、今日まで続く深刻な貧困の原因となっている。アパルトヘイト撤廃後、膨大な国家予算を教育費に充て、黒人への教育が強化され就学率は95%まで上昇した。

 初等教育は各民族語で受け、3年次より英語教育が開始され、4年次より中等・高等教育まで基本的に全ての科目の言語は英語となる。国連開発計画の人間開発報告書2014によれば、15歳以上の国民の識字率は93%である。

⑦経済

1)概況

 19世紀後半にダイヤモンド、金が発見されて以降、鉱業主導で成長し、これによって蓄積された資本を原資として製造業及び金融業が発展してきた。しかし近年では、かつての主力産業であった鉱業の比率が1981年の対GDP比23.7%をピークに減少を続け、2012年には対GDP比9.3%まで縮小する一方で、金融・保険の対GDP比の割合が1991年の14.6%から2012年の21.5%へと大きく拡大するなど、産業構造が変化してきている。2012年のGDP部門別内訳は、農業2.6%、鉱工業21.7%、サービス業75.7%であり、第三次産業の割合が高い。とりわけ、南アフリカの金融・会計・法律部門の能力は世界トップクラスとの評判であり、すでに先進国型の経済構造とインフラを有している。

 豊富な鉱物資源を誇り、金、プラチナ、クロム、マンガンの埋蔵量は世界1位で、ダイヤモンド、チタン、ウラン、石炭などの天然資源も豊富である。貿易においても輸出品目のトップ3は、プラチナ、金、石炭である。なかでもプラチナは生産量で世界の4分の3を占めるといわれ、最大の輸出国は日本である。プラチナは宝飾品だけでなく、自動車の排出ガス浄化のための触媒として必要とされており、各国の自動車産業は南アフリカのプラチナなしでは成り立たないとさえいわれている。一方、石油の産出は無い。農業は畜産、とうもろこし、柑橘類、ワインなどが主体であり、工業は食品、製鉄、化学、繊維、自動車などである。

 南アフリカは、サブサハラ・アフリカ(アフリカのうち、サハラ砂漠より南の地域)の全GDPの26.9%(2013年:IMF)を占め、アフリカ経済を牽引している。IMFの統計(2015年版)によると、2014年のGDPは3,501億ドル(世界第33位)で、一人当たりのGDPは6,482ドル(世界第87位)である。

 世界金融危機後、投資・輸出の不振等が響き、2009年の経済成長率は−1.5%に転落した。その後2010年には、3.1%、2011年には3.5%と、成長率は上向き傾向を示していた。しかし、労働ストライキや電力供給問題等の国内要因により、2012年には2.5%、2013年には1.9%と再び経済成長鈍化の兆候を見せており、2014年の経済成長見通しも2%程度となっている。失業は依然として大きな社会問題であり、1996年の21%以降、20%を越える高い水準で推移している。

2)貿易

 南アフリカの主要輸出品目は、金、希金属、鉱物製品、化学製品、食料品類、繊維製品、機械製品、自動車類である。一方主要輸入品目は、食料品類、鉱物製品、機械製品、自動車類(部品含む)、化学製品、繊維製品となっている。

 主要貿易相手国であるが、2013年の統計によれば、輸出は中国、米国、日本、ボツワナ、ドイツとなっており、輸入は中国、ドイツ、サウジアラビア、米国、インド、日本となっている。

3)主要産業

 南アフリカの主要企業としては、Fortune Global 500に南アフリカ企業は見当たらないが、Forbs Global 2000(2015年)の500位以内に、スタンダード銀行グループ(329位)、石炭・石油・ガス公社のサソール(366位)、携帯電話・通信サービスのMTNグループ(395位)、ファースト・ランド銀行(397位)の4社がランクインしている。

 また既に南アフリカを脱出しグローバル化した企業として、世界最大の鉱業会社BHPビリトンや同2位のアングロ・アメリカン、世界2位のビール会社SABミラーなどが挙げられる。ちなみに「ダイヤモンドは永遠の輝き」のコピーで有名な、世界最大のダイヤモンド会社デビアスは、アングロ・アメリカンの創業者でもある南アフリカの大富豪オッペンハイマー家が所有しており、非上場となっている。

⑧社会的な課題

1)アパルトヘイトの負の遺産

 南アフリカの経済水準はアフリカ域内では群を抜いているが、南アフリカの経済成長にとって最大の足枷は、貧困層の残存と人種間格差というアパルトヘイトの負の遺産である。アパルトヘイトの影響はいまだ大きく、人種間の所得や生活水準の格差となって表れている。OECDの雇用レポート2010では、人口の43%は1日2ドル以下で生活し、この状況が1999年から2005年にかけて全く変化していないと報告されている。所得格差の代表的指標であるジニ係数も、ナミビアやボツワナと並んで世界最悪水準である。この格差の背景には失業率の高止まりがあり、最新の失業率(2014年、IMF)は25.10%で、世界106か国中第4位と高く、人種別で見ると、人口の大半を占める黒人の失業率が国全体の失業率を上回っている一方で、アジア人や白人の失業率は大幅に下回っている。

2)都市部の治安悪化とHIV/AIDSの蔓延

 これらの格差の影響からか、都市部での犯罪率が高いことも問題となっている。南アフリカ最大の都市ヨハネスブルグは世界最悪の犯罪都市であり、殺人件数は日本の100倍以上と言われている。また、感染者数が数百万人とされるHIV/AIDSの蔓延も、南アフリカにとって重い足枷である。HIV/AIDSの新たな感染者数の増加には歯止めがかかったとはいえ、南アフリカの平均寿命は男女ともに50歳台と推計されており、とても経済先進国の数字とは思えない。都市部の治安悪化とHIV/AIDSの蔓延は、将来の南アフリカ経済にとって大きな懸念材料となっている。

科学技術の体制と政策

①科学技術関連行政機構

 南アフリカにおける科学技術関連の行政機構の概要を図表1に示す。

図表1: 南アフリカの科学技術行政機構

図表1: 南アフリカの科学技術行政機構

 以下、科学技術省とエネルギー省について、簡単にその任務などについて紹介する。

1)科学技術省

 科学技術省(Department of Science and Technology: DST)は2004年に設立された省であり、科学技術政策を統括し政府部内の総合調整機能を担うとともに、その傘下に研究開発実施機関を持っている。南アフリカにおける国産の知識により科学技術を実用化できるよう、次の5プログラムに分けて研究開発を進めている。

  • ○プログラム1「Corporate Services and Governance」:科学技術省の管理、支援サービス
  • ○プログラム2「Development and Innovation」:宇宙科学技術やバイオテクノロジーなどの政策立案と実施
  • ○プログラム3「International Cooperation and Resources」:国際科学技術協力や国際資源開発などの支援
  • ○プログラム4「Human Capital and Knowledge Systems」:人材育成と科学プラットフォーム確立
  • ○プログラム5「Socio-Economic Partnerships」:科学技術がもたらす経済・社会的影響、投資

写真1: DST(2011年7月撮影)

写真1: DST(2011年7月撮影)

2)エネルギー省

 エネルギー省(Department of Energy: DE)は、エネルギーと天然鉱物資源全体を所管する省であり、「エネルギー」、「鉱物資源」、「鉱山労働者の健康と安全」の3部門からなる。原子力を初めとするエネルギーの研究開発や、南アフリカの経済を支える天然資源に係る技術開発を行っている。

② 科学技術のグランド・チャレンジ

 1994年の民主化以降、南アフリカ政府は科学技術政策の立案と実施体制の整備に力を入れてきた。1996年に初めて刊行された「科学技術白書」では、経済成長や生活の質の改善といった国民的課題に科学技術を活用すること、またそのために「ナショナル・イノベーション・システム」の確立を目指すことを明確に打ち出している。白書のアイデアは、2002年に決定された「国家研究開発戦略(National Research and Development Strategy: NRDS)」でさらに具体化され、イノベーションの推進、科学技術分野での人的資源の向上、効果的な科学技術行政の構築などが謳われた。特に、研究開発費の増額と天文学等の地理的特徴を活かした研究分野への戦略的投資の必要性などが強調された。

 2008年科学技術省は、「イノベーション10年計画(Ten Years Innovation Plan: TYIP)」と言う科学技術に関する長期計画を公表した。この計画は、知識基盤経済への発展を目標に掲げ、2018年に向けた南アフリカの「グランド・チャレンジ」を示している。具体的には以下のように、今後の科学技術政策の重点分野をバイオ、宇宙、エネルギー、気候変動、人材育成及び体制強化に絞り込んでいる。

  • ○南アフリカ固有の知識と生物多様性を活かし、バイオテクノロジーと製薬で世界のリーダーを目指す
  • ○宇宙局を設置し、地球観測・通信測位・衛星産業の発展を目指して宇宙科学技術を推進する
  • ○クリーン・エネルギーの開発とエネルギー安全保障を確立する
  • ○南アフリカの立地を活かし、気候変動科学を推進し世界のリーダーを目指す
  • ○人間・社会工学を促進し科学技術で社会変革に貢献する

図表2: 科学技術イノベーション政策の展開(1996-2010)

図表2: 科学技術イノベーション政策の展開(1996-2010)

③科学技術の推進機関

1)科学技術省傘下の研究機関

 南アフリカの公的な研究開発活動は、科学技術省の傘下にある16の国立研究機関を中心に行われている。 

 科学産業研究評議会(The Council for Scientific and Industrial Research: CSIR)は、産業と科学開発などの研究や技術イノベーションを総合的に調査するアフリカ最大規模の国立総合研究機関であり、日本の産業技術総合研究所(AIST)に相当する。この他にも医学や農業、鉱業など専門分野毎に研究評議会(Science Councils)が置かれている。

 技術イノベーション庁(Technology Innovation Agency: TIA)は、研究開発成果を産業化への橋渡しするため2009年に設立され、2010年に発足した国立宇宙機関(South African National Space Agency: SANSA)は、宇宙新興国への仲間入りを目指す姿勢を明確にしている。

 バイオ研究を実施する研究機関としてバイオテクノロジー地域イノベーション・センター(Biotech Regional Innovation Centers: BRICs)がある。ハウテン州、クワズールー・ナタール州、西ケープ州に研究施設があり、動物、植物、ヒト等に特化した研究分野を持つ。目的はバイオテクノロジー研究プラットフォームの構築とバイオテクノロジーの分野で新企業を立ち上げることである。

 南アフリカの研究助成機関としては、国立研究財団(National Research Foundation: NRF)がある。人文科学、社会自然科学、工学技術といったすべての分野における研究促進のために資金を配分している。

2)エネルギー省傘下の研究機関

 エネルギー省傘下の9の研究機関も重要である。

 その内の一つに鉱物技術研究所(Council for Minerals Technology: MINTEK)がある。MINTEKは鉱物作業、冶金術などの研究機関で、鉱物資源に係る選鉱、製錬、材料工学といった生産技術開発を主に行っている。特に、後述するバイオリーチングの分野で中心的な役割を果たしている。

④大学

 南アフリカの研究開発では、大学の存在も重要である。南アフリカには大学が16校、技術大学が7校、テクニコンが1校あり、2015年のQS大学ランキングでは500位までに、ケープタウン大学(171位)、ステレンボッシュ大学(302位)、ウィットウォーターズランド大学(331位)の3校がランクインしている。

1)ケープタウン大学

 アフリカ最上位校でもあるケープタウン大学は、南アフリカ最古(1829年創立)かつ最高の研究機関と称され、特に医学分野に定評がある。世界で始めて心臓移植が行われた病院も同じ敷地内にある。

写真2: ケープタウン大学医学部キャンパスとケープタウン大学病院(2011年7月撮影)

写真2: ケープタウン大学医学部キャンパスとケープタウン大学病院(2011年7月撮影)

2)ステレンボッシュ大学

1918年に改組されたステレンボッシュ大学はアフリカーナーの中心教育機関となり、英語系のケープタウン大学やウィットウォーターズランド大学と対抗するアフリカーンス語教育の中心地として、政治家など多数の人材を輩出した。現在では10学部、約25,000人の学生が学んでいる。大学の公用語はアフリカーンス語であるが、アパルトヘイトの撤廃とともに英語での教育も行われるようになり、大学院ではむしろ英語が主流となっている。

大学のあるステレンボッシュ市は、南アフリカ南西部、ケープタウンから50km東に位置し、南アフリカで2番目に古い町であり、ワイン生産でも有名である。結核菌研究、 ワイン製造などのバイオ技術、生物科学、動物科学などの分野に強い。

3)ウィットウォーターズランド大学

ヨハネスブルグにあるウィットウォーターズランド大学は、1922年に鉱山資本によって創立されたアフリカ有数の名門大学で、原始人類の研究で世界的に有名である。1924年にアウストラロピテクスの化石を発見したレイモンド・ダート博士(オーストラリア人)は同大学解剖学部の創設者である。金鉱という土地柄、エンジニアリングや材料テクノロジー研究も盛んである。ネルソン・マンデラ大統領やシドニー・ブレナーなど4名のノーベル賞受賞者を輩出している。

⑤研究開発のインプット

 南アフリカの研究開発費(2012年)は、238.71億ランド(円換算で約2,150億円)で、対GDP比では0.76%である。約2,150億円と言う数字は、アフリカ域内ではトップの支出額であるが、日本17.1兆円や中国9.2兆円より相当に低いのみならず、ブラジル2.2兆円、ロシア1.5兆円、インド1.1兆円などと比べても微々たる数字である。民主化以降、研究開発費は着実に伸びてきたが、対GDP比で見ると、93年以降は0.7~0.9%程度の水準にとどまっている。政府は対GDP比の目標を2010年までに1%、2015年以降は2%に設定していたが、今のところ経済規模の拡大に研究開発投資が追い付いておらず達成されていない。

図表3: 南アフリカにおける研究開発費の推移

図表3: 南アフリカにおける研究開発費の推移

出典: South African National R&D Surveys

 近年の南アフリカの研究開発投資の特徴の一つは、先進国の趨勢とは逆行するように、民間ビジネス部門の役割が縮小傾向にあることである。研究開発投資の部門別負担割合でみると、産業部門の割合は56%(2001年)から38%(2012年)に減少する一方で、政府部門は36%(2001年)から45%(2012年)に上昇している。また、研究開発の使用者内訳をみると、産業部門は44%で依然トップを占めてはいるものの、2005年の58%から下落傾向が止まっておらず、2位の高等教育部門(31%)と3位の政府部門(23%)が顕著な上昇傾向を示している。研究開発をリードすべき民間ビジネス部門に元気がない状況と言える。

 研究者数は2.14万人 (2012年)で、日本64.6万人、米国126.5万人(いずれも2012年)などと比べると遥かに少ない。他のBRICS諸国と比較しても、中国148万人、ロシア44万人(いずれも2013年)、インド15.4万人(2005年)、ブラジル13.9万人 (2010年)より低い数字である。

⑥科学論文など

 次の図表は、米国の調査会社トムソン・ロイター社のデータに基づき文部科学省科学技術・学術政策研究所が分析した資料で作成したものである。

図表4: 論文発表数の国別ランキング

図表4: 論文発表数の国別ランキング

出典: 科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーク2015」

 これで見ると、南アフリカはそれなりに健闘しているが、科学技術最先端国からは遠い状況が続いている。ただし世界第33位という位置は、アフリカの地域では最も科学技術の進んだ国であることを示しており、これにエジプト第37位、チュニジア第51位、アルジェリア第53位、ナイジェリア第54位と続いている。

 なお、この科学技術・学術政策研究所のデータで見ると、南アフリカは、地球環境、物理学に強みを有している。

科学技術のトピックス

 南アフリカは、アフリカ一の経済大国ではあるが、科学技術先進国のイメージはない。しかし、「小さくてもキラリと光る」優れた科学技術を有しており、ここではそれらを取り上げたい。

①医学分野での実績を残す

 戦後の科学の歴史、中でも医学分野で、南アフリカはいくつかの鮮明な足跡を残している。野口英世も取り組んだ黄熱病ワクチンの開発は、ケープタウン大学出身のマックス・タイラー博士によって実現され、1951年タイラー博士はノーベル生理学・医学賞を受賞している。世界初の心臓移植手術は1967年、クリスチャン・バーナード博士によって、ケープタウンの病院で行われた。またCTスキャンの理論的基礎は、ケープタウン大学出身のアラン・コーマック博士によって開発され、コーマック博士は1979年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 これらの事実は南アフリカ、とりわけケープタウン大学の医学研究のレベルの高さを表している。ちなみに南アフリカの大学出身でノーベル賞を受賞した科学者は、他にウィットウォーターズランド大学のアーロン・クルーグ(1982年、化学賞)、シドニー・ブレナー(2002年、生理学医学賞)がいる1

②先進的な石炭の液化技術

 南アフリカが世界に誇る技術の代表格は、前出の資源化学企業サソールの石炭液化技術(Coal to Liquid: CTL)である。石炭液化技術とは、石炭から液体燃料(ガソリン、軽油、重油など)、ガス、化学製品などを生成する技術で、サソールは「フィッシャー・トロプシュ合成技術」と呼ばれる手法を用い、1955年に低品質石炭から液体燃料を合成する技術開発に成功した。以来50年間にわたって8億トンの石炭から15億バーレルの液体燃料を生産し、2000年代には南アフリカで消費される液体燃料の35%がこの技術によるものとなった。2008年にはサソールの石炭液化技術で製造する合成ジェット燃料が、航空燃料の国際規格制定に関与している団体から航空タービン燃料として認定され、サソールは世界各国から技術提携を持ちかけられる存在となった。近年では、天然ガスからディーゼル油、ナフサ、液化石油ガスを製造するガス液化技術(Gas to Liquid: GTL)の開発にも力を入れており、カタールやナイジェリアなどで合弁事業を立ち上げている。

 石炭液化技術の開発は、もともと国策として南アフリカ政府が始めたもので、この背景にはアパルトヘイトにより欧米諸国から石油の禁輸制裁を受けたため、エネルギー安全保障を確立する必要があった。南アフリカは金やレアメタルは豊富に産出するが、石油や天然ガスなどのエネルギー資源には乏しいため、比較的豊富な低品質石炭から液体燃料をつくる必要があった。そこで政府は1950年、国営企業としてサソールを設立し、その技術開発を全面的に援助した。サソールは1982年には民営化され、現在ではサソール鉱山社、サソール合成燃料社などから構成され、従業員3万人を超える巨大企業グループになっている。

③バイオリーチング

 南アフリカが世界をリードする技術には、鉱物資源の豊富な南アフリカならではのものがある。金を抽出するためのバイオリーチング(bioleaching)技術がそれである。バイオリーチングとは、微生物(バイオ)を用いて低品位の鉱物資源から有価金属を溶かし出して回収する(リーチング)技術である。通常は化学物質を用いて鉱物中の金属を抽出するが、バイオリーチングでは微生物を利用するため環境を汚染させることなく取り出すことができ、近年注目されている。南アフリカでは、金鉱や銅精鉱で既に実用化に成功しており、オーストラリアや中国の金鉱にも導入されている。バイオリーチング技術については、日本でも石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が2005年から技術開発に取り組み始めたが、世界的な鉱業技術研究機関である鉱物技術研究所(MINTEK)は、既に1970年代からバイオリーチング研究を行っていた。最近ではより低コストの手法開発のため、両者の間で共同研究協力が締結されている。

④生物多様性を生かしたバイオ

 南アフリカ政府は、発展途上国こそバイオテクノロジーを必要としているとの認識から、バイオテクノロジー研究の奨励と同産業の発展に力を入れている。政府はヘルスケア、バイオ産業振興といった課題を解決するために、過去3年間でバイオテクノロジー分野に約4億5千万ランド(約54億円)を投資し、2003年に106社だったバイオテクノロジー関連企業は、2007年には241社に増えた。また、2001年に策定した国家バイオテクノロジー戦略に基づき、BRICs(Biotechnology Regional Innovation Centres)と呼ばれる4つの地域イノベーション・センターを設立した。BRICsは、バイオテクノロジー研究プラットフォームの構築とバイオテクノロジーの分野で新企業を立ち上げることを目的に、それぞれの研究施設で特化した研究分野を持って活動している。

 先に述べた「イノベーション10年計画」では、「国内の知識と豊富な生物多様性を生かしたイノベーションで薬学産業において世界上位3位に入る」との高い目標を掲げている。同時に、国内外のすべての分野における情報共有、技術プラットフォームやイノベーションインフラ(構造生物学やゲノムなど)の構築、動物ワクチン開発など動物保健の強化なども目指すとしている。南アフリカのこの野心的な目標の背景には、世界第3位の生物多様性の資源を保持しているという事実がある。とりわけ、南アフリカにしか存在しない固有植物資源が2万種以上あると言われており、それらを利用した新薬の研究開発が積極的に行われている。既に3,000種以上の固有植物が、風邪からHIV/AIDSまでさまざまな病気の治療に利用されており、この点に注目した世界各国が南アフリカと共同研究を実施している。日本もマラリア関連で理化学研究所とプレトリア大学、HIV/AIDS関連で東北大学とベンダ大学が共同研究を実施中である。国際協力も進んでおり、ケープタウンには国連が主導する「遺伝子工学・バイオテクノロジー国際センター(International Centre for Genetic Engineering and Biotechnology: ICGEB)」の世界3番目の機関が誘致され、感染症研究が進んでいる。

 南アフリカがバイオテクノロジーに力を入れる背景には、マラリアやHIV/AIDS、貧困といった病気・病弊に最も悩まされているのは南アフリカ自身であるという重い現実がある。感染症の克服は、南アフリカだけではなくアフリカ諸国が抱える共通の課題であり、固有植物を活用した医薬品開発など、バイオテクノロジーにおけるイノベーションが切実に求められている。このため、アフリカのリーダーとして南アフリカの果たす役割と責任は大きく、バイオテクノロジーへの投資こそがそれらの課題に解決策を与えてくれるとの期待がこめられている。

⑤宇宙開発新興国を目指して

 南アフリカは宇宙科学技術に貢献することを目指して、近年精力的に宇宙開発に取り組んでいる。2008年には国家宇宙科学技術戦略を策定して、地球観測、宇宙科学・探査、通信、航行・測位の4分野を重要テーマに指定すると共に、前出の国立宇宙機関(SANSA)設立のための法律を整備した。既に述べたように「イノベーション10年計画」においても、5つの「グランド・チャレンジ」の一つとして宇宙科学技術の振興を取り上げている。2009年3月に施行された南アフリカ国家宇宙政策では、自国を宇宙新興国として位置づけ、貿易産業省が宇宙産業フレームワーク構築を、科学技術省が国家宇宙プログラムの実施を管轄することを定め、2010年には待望の国立宇宙機関(SANSA)が発足したところである。

 これまで南アフリカの実際の宇宙活動は、地球観測衛星の運用と開発に重点が置かれてきた。南アフリカの宇宙開発は1957年の衛星追跡管制から始まったといわれているが、軍用衛星プロジェクトの打ち切り等もあり南アフリカ初の人工衛星が打ち上げられたのは1999年で、ステレンボッシュ大学が設計・開発した小型地球観測衛星サンサット(Sunsat)が、米国のデルタIIロケットにより打ち上げられた。2005年からは小型衛星の開発に着手し、2006年に完成した小型地球観測衛星サンバンディラ(Sumbandila)2は、2009年にロシアのソユーズロケットによって打ち上げられた。現在、ステレンボッシュ大学はサンサットの後継機を開発中とされ、インドの打ち上げ機が候補に挙がっているが、自力での打ち上げ実績はまだない。

 南アフリカは、国連宇宙部などの国際的な宇宙開発コミュニティへの参加も積極的で、地球観測に関する政府間会合や、地球観測衛星委員会では議長を務めるなど、特に地球観測分野においては国際的な役割を担っている。地球観測に力を入れる理由は、鉱物資源探査や災害予測・管理、作物の収穫高予測や環境アセスメント、航空・海上業務支援など多くの領域において宇宙からの観測データが有用であるためと考えられる。ヨハネスブルグ近郊のハーテベーステクCSIR衛星応用センターでは、スポット5をはじめとする多くの地球観測衛星からデータを受信して国土開発に生かしている。また、人口衛星を利用したリモート・センシング技術により、SADC(南部アフリカ開発共同体)諸国における地下資源の探索が進められており、南アフリカ、ボツワナ、モザンビーク、ザンビア間で地下資源探索実施に関する合意が締結されている。

⑥地理的条件を生かした天文学

 南アフリカは、宇宙科学技術だけではなく天文学の振興にも熱心である。南アフリカは、国土の大部分が高地である上に広大で乾燥した土地が多く天文学の観測に有利であることから、従来より南アフリカ政府が天体観測施設建設を始め天文学に関する研究の発展に力を入れてきた。近年では、天文学に有効な広範囲の地上観測環境を確保するために、天文地理学促進法を制定(2007年)するなどの努力が功を奏し、国際天文連合から今後10年間の天文学研究のための「天文推進室」のホスト国に選ばれている(2010年5月)。

 南アフリカでは1970年代から、南アフリカ天文台(South African Astronomical Observatory: SAAO)やハーテビーショーク電波天文台が運用されてきたが、2005年には国内天文学研究の中枢として、南アフリカ大天体望遠鏡(Southern African Large Telescope: SALT)が建設された。SALTはドイツ、ポーランド、米国、ニュージーランド、英国が参加した国際プロジェクトで、直径11メートルの六角形の反射鏡をもち、光学赤外線望遠鏡としては南半球で最大、全世界でも10番目に規模の大きな望遠鏡である。

 現在、正式メンバー国10か国とオブザーバ国11か国にある100近い機関が参加する、国際次世代電波望遠鏡プロジェクト「SKA(Square Kilometers Allay、一平方キロメートル電波干渉計)」が動き出しており、現在は望遠鏡の詳細デザインを実施している。望遠鏡の建設地として、高周波帯のパラボラアンテナはアフリカ大陸全土数千kmにわたって設置され、低周波帯アパーチャアンテナはオーストラリアに、南アフリカのカルー砂漠には中高周波(センチ波)のパラボラアンテナの中心部が置かれる予定である。SKA望遠鏡は、他の電波望遠鏡よりも50~100倍精度がよいとされ、天文学、物理学、宇宙論についての研究がより進展すると期待されている。既にSKA望遠鏡の先駆的プロジェクトとして、カルー配列電波望遠鏡(Karoo Array Telescope: KAT、愛称「MeerKAT」)が北ケープ州のカナーボンで建設されており、完成すれば南半球で最も高感度のセンチ波電波望遠鏡となる。ちなみに電波観測の分野では、日本がチリ等と推進しているアルマ望遠鏡計画(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)があるが、SKAとALMAは観測波長帯が異なっており、相互補完的な関係にある。

課題

①研究者のいびつな人種構成

 将来の南アフリカの科学技術にとって、基礎研究への助成、研究開発予算の拡充、研究実用化への支援等、多くの課題が考えられるが、最も基本的な問題として衆目の一致しているところは科学技術人材の育成である。南アフリカのナレディ・パンドール科学技術大臣は、2010年の来日時に「アフリカでは科学技術分野における人的資源の開発こそが最優先課題である」と演説したが、そのことは自国の南アフリカにこそ最もあてはまる。戦略や政策、研究開発予算はあっても、実際に科学技術と研究開発の現場で活躍すべき人材が不足していることが、南アフリカの科学技術にとって最大の課題である。とりわけ研究開発現場における黒人研究者数の不足は深刻で、黒人に対してこれまで十分に理数科教育を行ってこなかったアパルトヘイトの負の遺産である。

 既に見たように、南アフリカにおける研究者総数(Total researchers, FTE)は約2.14万人(2012年)で、シンガポール(約3.4万人)などと比べても研究者数が著しく少なく、人材育成が必要とされる所以である。研究者総数を増やすことは一番の課題であるが、同時に重要なのは人種間格差である。科学技術省の統計(2012年)では、ビジネス、政府、高等教育、非営利、科学評議会の各部門に所属する広義の研究開発人材(研究者+研究開発支援人材)を合計すると49,403人となる。この広義の研究開発人材を、人種別に分類したのが次の図表5である。

図表5: 人種別研究開発人材(単位:人)

図表5: 人種別研究開発人材(単位:人)

出典: South African National Survey of Research & Experimental Development 2012/13から北場作成

 人口では8.4%を占めるに過ぎない白人が、全体の49.6%と研究開発人材の約半分を占めている。実際に研究開発の中心となるビジネス部門と高等教育部門で、それぞれ5割近く、6割近くを占めており、南アフリカの研究開発の現場は白人中心であることが分かる。黒人は、政府部門で6割を超すシェアを有するものの、全体としては35%程度にとどまっている。研究開発現場で多数を占める白人層は高齢化が進み、また医師、教師など専門的な技術をもった白人層から英語圏の先進国へ移住する者も多く、人材不足は年々深刻化している。

 このような状況から、南ア政府は人口の8割を占める黒人層の教育と人材登用に力を入れており、少なくとも量的にはその成果が徐々に表れてきている。南ア政府の統計によれば、アフリカ人研究者は2008年の26.8%から2012年には27.1% に増加し、カラード研究者は5.3%から7.9%に、インド・アジア系研究者は8.7%から12.1%に増加している。研究者の多数は依然として白人層だが、その構成比率は59.2%から47.3% に減少している。また、広義の研究開発人材についても黒人の割合は、2008年の28.7%から2012年は34.6%に上昇する一方で、白人の割合は54.7%から49.6%に低下している。

②黒人経済力強化政策

 科学技術分野に限らず人種間の格差を是正するために南アフリカ政府はこれまでアファーマティブ・アクション(Affirmative action)として、黒人経済力強化(Black Economic Empowerment: BEE)政策を採用してきた。これは2003年に貿易産業省が制定したもので、これまで社会的に弱い立場に置かれていた人々を優遇し、地位の向上と社会活動への参加を促すことを目的としている。この政策と経済成長とが相俟って、“ブラック・ダイヤモンド”と呼ばれる多数の黒人中産階級が生まれ、政府部門と国営企業を中心に黒人(と女性)の社会進出が進みつつある。しかし「アパルトヘイトが撤廃された翌日には黒人は白人専用ビーチに入ることができたが、教育はそういうわけにはいかない」と言われるように、科学者等の研究開発人材の育成には時間がかかる。高度な専門性が要求される科学技術の現場では、BEE政策は直ちには効果が出ない。日本貿易振興機構(JETRO)の元ヨハネスブルグ事務所長平野克己氏は、大学等では「政府の補助金をもらうためには研究室人員の一定割合を黒人にしなければなら」ず、「そのため大学院生の水準が落ち、研究水準にも影響が出始めている」といった話を紹介している。3

③理数教育の強化

 科学技術人材の不足は、やはり時間をかけて人材を育成するしかないが、南アフリカでは肝心の理数教育が心もとない。民主化後の抜本的な教育改革で、義務教育は9年となり、識字率も93%(2014年)にまで上昇してきたが、理数教育の遅れはまだ取り戻せていない。アパルトヘイト時代に黒人層に理数科を教えなかったこと、さらには黒人教員の理数科指導能力も乏しかったことが仇となり、TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)のような国際的な学力調査テストでは南アフリカは成績が悪く、2003年の調査では46か国中最下位で、その後の2007年と2011年の調査には参加していない。 

 理数教育の普及と教師の能力強化という政策課題については、当然のことながら南アフリカ政府も強く自覚している。2009年に就任したジェイコブ・ズマ大統領は、教育改革に大変熱心で就任直後には教育省を「基礎教育省」と「高等教育・訓練省」に分割し、それぞれ改革にあたらせた。ズマ大統領は、2011年2月の演説でも2009年度大学入学者のうち理数系は28%足らずとの教育省の統計を引きながら、「科学、数学、技術教育の普及のためにより一層の努力が必要」と発破をかけている。

 これまでにも政府は、理数教育改革のためにいくつかのイニシアチブを実施している。日本のスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)のように、理数教育のモデル校(Dinaledi校4)を指定し強化する計画を2002年から開始しており、2008年には、Dinaledi校は500校にも上っている。指導する側にも研修活動を実施するなど、教える側にも必要な対策が講じられている。また科学技術省は、人材育成のために「“若者を科学へ”戦略」(Youth into Science Strategy)を打ち出し、「国家科学週間イベント」を毎年開催するなど、若年層の科学への興味喚起と能力開発に力を入れている。高等教育においても、国家研究財団と協力して「南アフリカPhDプロジェクト」を立ち上げ、2005年に1200人だった博士号取得者を2025年までに10倍にするという目標を掲げている。

 これらの施策が功を奏して南アフリカの理数教育が目に見えて改善されるには、相当の時間がかかることが予想される。一朝一夕に白人中心の研究開発環境が変わることはないが、ここで一つ数字を紹介したい。先述のTIMSS調査で、数学・理科の勉強を「とても楽しい」「楽しい」と答えた生徒の割合である。日本の中学2年生が数学39%、理科59%だったのに対し、南アフリカの8年生(=中学2年生)は数学80%、理科86%だった。成績は最下位であるにもかかわらず、8割以上もの生徒が数学も理科も勉強することは楽しいと答えている。このような前向きの姿勢が、今後の南アフリカの科学技術にプラスの影響を与えることを期待したい。

日本との協力

①アフリカ諸国における南アフリカの位置づけ

 南アフリカの科学技術は、今後の日本にとってどのような意味を持つのかを最後に考えてみたい。南アフリカは各種データが示すように科学技術力は先進国レベルではないが、政治経済的観点からは中国・ロシアに続くグループに属する地域大国と考えることができ、日本にとって重要な国である。

 外務省が発表している『海外在留邦人数調査統計』(2014年10月)によると、南アフリカには日本人が1,377人住んでおり、アフリカ最大の邦人社会を形成している(2位はエジプトの1,019人)。サブサハラ・アフリカでは、2位はケニアの769人と半分程度であり、南アフリカの邦人社会の大きさは群を抜いている。前出のJETROの平野氏によれば、サブサハラ・アフリカで日本人と言えば援助関係者が多い中で、南アフリカに滞在する日本人の大多数は企業人とのことである。すなわち、日本人のアフリカ体験とは実は南アフリカ体験である可能性が高いことを示すと同時に、南アフリカが日本にとってサブサハラ・アフリカ向けビジネスの橋頭堡であることを示している。南アフリカは日本経済にとって戦略的重要性を持っている。

②科学技術協力の意義

 科学技術においても、南アフリカの戦略的重要性はこれから大きくなると考えられる。南アフリカは日本が科学技術協力協定(2003年)を締結しているアフリカ唯一の国であり、同協定を受けて多数の科学技術協力プロジェクトがすでに進行中である。両国の多数の大学・研究機関が組織間で協力関係を結んでおり、日本・南アフリカ間の科学技術協力関係は年々緊密化している。アフリカ一の経済大国であり資源やビジネスにおいてすでに日本とは不可分の関係にある南アフリカは、自国が抱える政策課題を克服する手段として科学技術に大いに期待している。経済発展、貧困撲滅、HIV/AIDS対策といった課題に、科学技術は生産性の向上や新薬・治療法の開発等を通じて貢献することができる。南アフリカにおいて日本をはじめとする先進国の科学技術力に対する期待は高く、科学技術協力の拡大が求められている。

 今後の日本の協力のあり方としては、南アフリカを先進国の要素と発展途上国の要素の両方をあわせもつ国として認識することが重要である。先進技術については共同研究の推進と研究機関の協力促進を図り、同時に人材育成や理数科教育支援でキャパシティ・ビルディングを支えるという両面のアプローチが必要とされる。

 9億人市場といわれるアフリカは、日本にとって外交と経済のフロンティアであり、南アフリカとの科学技術協力は日本のフロンティア拡大に貢献することができる。経済的にも科学技術の面でも、南アフリカには今後さらなる発展を遂げるポテンシャルがある。科学技術人材不足という課題を理数教育改革によって克服した時、先進国レベルの経済・科学技術インフラに黒人パワーが加わった時、南アフリカはバージョンアップした新興国としてグローバルな舞台に登場してくる可能性がある。

③ JSPSによる協力

 日本学術振興会(JSPS)は、個々の研究者交流を発展させた二国間の研究チームの持続的ネットワーク形成を目指す二国間交流事業として、海外の学術振興機関と共同研究やセミナーの資金援助を実施している。南アフリカの場合には、国立研究財団(NRF)とJSPSの間での合意に基づき、現在、下記の8件の共同研究が実施されている。

図表6: JSPSによる二国間交流事業

図表6: JSPSによる二国間交流事業

出典: JSPSウェブサイト

④ JSTによる協力

1)戦略的国際科学技術協力推進事業(SICP)

 2008年6月に日本で行われた文部科学省と南アフリカ科学技術省の次官級会談を踏まえ、文部科学省は南アフリカとの協力分野を「ライフサイエンス」分野に設定した。これを受け科学技術振興機構(JST)は、戦略的国際科学技術協力推進事業(SICP)の一環として、南アフリカのNRFと共同して、「ライフサイエンス」分野において研究協力課題の公募を開始した。現在、三期目の協力期間に入っており、下記の3テーマによる協力が実施されている。

図表7: JSTによるSICP事業

図表7: JSTによるSICP事業

出典:JSTのウェブサイト

2)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)

 SATREPS(サトレップス)とは、地球規模課題解決と将来的な社会実装に向けて、JST及び国際協力機構(JICA)が共同で実施している3~5年間の研究プログラムである。

 南アフリカとの協力としては、「水処理システムと湿式抽出法による藻類の高効率燃料化の融合と実用化」と言うテーマが2015年に採択されており、名古屋大学とダーバン工科大学との間で、今後5年間にわたり共同研究が実施される予定である。

  • 1 平和賞、文学賞を含めるとマンデラ元大統領などさらに6名が追加される。なおコーマックは南ア生まれの米国国籍、クルーグはリトアニア生まれの英国国籍、ブレナーは南ア生まれの英国国籍。
  • 2 南アフリカの現地語の一つ、ベンダ語で「探検者」の意。
  • 3 平野克己『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞社、2009年12月)
  • 4 Dinalediは「星」

(参考文献)

  • 文部科学省科学技術・学術政策研究所『科学研究のベンチマーキング2015』(2015/8)
  • 文部科学省科学技術・学術政策局『科学技術要覧平成26年版』(2014/9)
  • 科学技術振興機構研究開発戦略センター『科学技術・イノベーション動向報告 南アフリカ』 (2011/1)
  • 平野克己『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞社)(2009/12/9)
  • ヴィジャイ マハジャン(松本裕 訳)『アフリカ 動きだす9億人市場』(英治出版) ( 2009/7/14)
  • 白戸圭一『ルポ資源大陸アフリカ — 暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社) ( 2009/7/31)
  • 遠藤貢「現代世界におけるアフリカ 主要国の関与の現状と課題」『国際問題』No.591(2010/5)
  • 在南アフリカ日本大使館「南ア月報」
  • 峯陽一 編著『南アフリカを知るための60章』(明石書店)(2010/4)
  • 「ここまで分かったバイオリーチング技術」『金属資源リポート』Vol.38 No.5 2009.1、JOGMEC
  • OECD Reviews of Innovation Policy South Africa (2007)
  • SA Year Book 2009/10 Science and Technology
  • Department of Science and Technology, Corporate Strategy 2010-2013
  • National Research Foundation, Strategic Plan of the National Research Foundation (2008/2)
  • National Research Foundation, Key Performance Indicator Report 2009
  • Mid-year population estimates 2014, Statistics South Africa, 31 July 2014
  • South African National Survey of Research & Experimental Development, Main Analysis Report 2012/13
  • Highlights from the Trends in International Mathematics and Science 2003

協力者

Cecil Masoka, Former Minister Councellor, Science and Technology, South African Embassy Tokyo, Japan

南アフリカ大使館科学技術部

明野吉成 東北大学理事、元JICA専門家(南アフリカ政府科学技術担当顧問)

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2011年に出版した「躍進する新興国の科学技術~次のサイエンス大国はどこか~」(ディスカバー・トゥエンティワン)の第4章「南アフリカ」部分を土台に、私が加筆修正を行って作成した。

 上記書籍の南アフリカの章は、ワシントン事務所長で当研究開発戦略センターのフェローを兼務する北場林が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を林と北場の連名とすることにした。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した「科学技術・イノベーション動向報告~南アフリカ~」(2010年版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2015年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

上席フェロー(海外動向ユニット担当)

林    幸 秀

(著者紹介)

林 幸秀(はやし ゆきひで)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー(海外ユニット担当)。1973年東京大学大学院工学系研究科修士課程原子力工学専攻卒。同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。文部科学省科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文部科学審議官などを経て、2008年独立行政法人宇宙航空研究開発機構副理事長、2010年より現職。著書に「科学技術大国中国 ~ 有人宇宙飛行 から、原子力、iPS細胞まで」など。

北場 林(きたば しげる)

 国立研究開発法人科学技術振興機構ワシントン事務所長、研究開発戦略センター(CRDS)フェローを兼務。CRDSフェローとして主にアメリカの科学技術・イノベーション政策の調査・分析を担当。