ベトナムの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 ベトナムの正式国名は、「ベトナム社会主義共和国(Socialist Republic of Viet Nam)」で、首都はハノイである。国の面積は、32.9万km2で、日本の87%に当たる。人口は約9,170万人(2015年)、世界13位でASEAN諸国の中ではインドネシア、フィリピンに次いで多く、日本の約70%に当たる。

(2)歴史

「ベトナム」という国名は、1802年、グエン王朝が、中国清王朝から越南(ベトナム)という国名を認めてもらったことによる。1884年には、ベトナム(グエン王朝)はフランスとパトノートル条約を結び、フランスの保護国となる。1887年には、フランス領インドシナ連邦が成立する。

 その後、日本軍の進駐を経て、1945年には、ホーチミン主席のベトナム民主共和国が独立宣言を行い、フランスとの間でインドシナ戦争が開始された。1954年にジュネーブ協定が締結され、フランスは撤退した。しかし、1955年に米国の支援を得てベトナム共和国(いわゆる南ベトナムで、初代大統領はゴ・ディン・ジェム(Ngo Dinh Diem)が成立し、南北分断時代が続いた。

 その後、米軍の介入により、1965年から北爆が本格化しベトナム戦争が激化したが、1973年、ベトナム平和協定が調印され停戦が行われ、米軍は撤退した。また、この年に日本との国交が樹立された。1975年には、サイゴンが解放され、ベトナム共和国(南ベトナム)は崩壊した。1976年に南北統一が行われ、国名はベトナム社会主義共和国となった。

 1978年にカンボジア・ベトナム戦争、1979年には中越戦争が開始され、世界各国は援助を停止し、ベトナムは孤立した。しかし、1986年に社会主義型市場経済を目指す「ドイモイ(刷新)」政策が採択され、改革・開放路線に転換した。1991年のカンボジア和平パリ協定調印を機に全方位外交へ向かい、同年、中国と国交正常化した。また、1995年には米国とも国交正常化した。

(3)政治

 ベトナム共産党の一党支配であり、現在の憲法(1992年制定、2001年改正)に、共産党による国家の指導が明記されている。共産党はベトナム唯一の合法政党であり、トップは党中央委員会書記長である。現在の書記長は、グエン・フー・チョン(Nguyễn Phú Trong)である。

 国会は一院制であり、定数は500人、任期5年である。国会議員の9割以上は共産党員である。元首は国家主席であり、国会議員の中から国会で選ばれる。現在の国家主席は、チュオン・タン・サン(Trương Tấn Sang)である。政府の首相はグエン・タン・ズン(Nguyễn Tấn Dũng)である。

 上記の党書記長、国家主席、首相の3人を中心とした集団指導体制で、党内序列は書記長が1位で、国家主席、首相の順である。

 1986年の第6回党大会にて採択されたドイモイ(刷新)路線を基本とし、市場経済システムの導入、外資導入に向けた構造改革や国際競争力強化に取り組んでいる。2011年の第11回党大会では、2020年までに近代工業国家に成長することを目標として、引き続き高い成長を目指す方針が掲げられた。

 一方、ドイモイ進展の裏で、貧富の差の拡大、汚職の蔓延、官僚主義の弊害等のマイナス面が顕在化したことから、党・政府は、汚職防止の強化、行政・公務員改革等を実施し、不良債権処理や国有企業再編により、経済の不効率性の改善を進めてきている。

(4)外交

 全方位外交を基本とし、特にASEAN、アジア・太平洋諸国等近隣諸国との友好関係の拡大に努めている。しかし、中国との間では領土問題(西沙諸島、南沙諸島)を抱え、中国による石油掘削リグの設置等により対立が生じている。

 国際機関への参加も進められており、1995年にASEANにも正式加盟した。1998年にはAPECに正式参加した。2007年にはWTOに加盟した。2008年~2009年には、国連安保理非常任理事国を務めた。

 日本との関係は良好で、2013年1月、安倍総理は就任後初の外遊先にベトナムを選び、日越友好年(外交関係樹立40周年)を宣言した。同年12月にはズン首相が訪日している。

(5)民族、言語、宗教

 キン族(越人)が人口の約86%を占め最も多いが、他に53の少数民族も居住している。

 言語はベトナム語が公用語であるが、その他にも中国語、クメール語なども使われている。フランス領であったこともありフランス語を理解できる人もいるが、最近では英語教育が一般化している。

 宗教は、仏教(主に大乗仏教)が主流であるが、他にもカトリック、プロテスタント、イスラム教、カオダイ教、ホアハオ教もある。後者の2つは、ベトナム独自の宗教である。

(6)初等中等教育と識字率

 ベトナムの初等中等教育は、5-4-3制(初等教育5年、前期中等教育4年、後期中等教育3年)で、このうち前期中等教育までの9年が義務教育である。後期中等教育には、普通中等学校(高等学校)と各種の技術・職業学校(中等技術学校、中等職業学校など)がある。

 高等教育として、国立大学(国家大学、地方総合大学、専門大学)、民立大学、公開大学がある。国家大学は、首相府直属のベトナム国家大学ハノイ校、ホーチミン市校の2校で、他の国立大学より高い位置づけとなっている。高等教育就学率は、2002年度で10%(UNESCO Educational Statistics)である。

 識字率は、2011年で93.4%である(米国CIAのワールドファクトブック)。

(7)経済

① 概観

 ドイモイ(刷新)政策の成果により、政府開発援助と外国投資が経済をけん引し、高い経済成長が続いている。一時、アジア経済危機の影響を受け、外国直接投資が急減し、成長率が低下したが、2000年代に入り、外国直接投資も順調に増加し、2000年~2010年の平均経済成長率は7.26%と高成長を達成した。最近は、5%程度の安定成長が続いている。失業率も低い。

 2015年現在の名目GDPは、1,936億米国ドル(以下「ドル」と略す)であるが、国民一人当たりの名目GDPは1,900ドルである。

「社会経済開発戦略(2011-2020)」では、2020年までに一人当たり名目GDPを3,000ドル~3,200ドルにすることが目標とされている。

② 産業構造

 2014年の産業構造を見ると、GDP構成比で一次産業(農林水産業)17.7%、二次産業33.2%、三次産業39.0%となっている。農林水産業は就業者数で53%を占めており、大きな役割を果たしている。

③ 貿易

 2012年で輸出総額が1,321億3,500万ドル、輸入総額は1,321億2,500万ドルと、わずかながら黒字である。

 輸出品目では、電話機・同部品がトップである(金額212億4,400万ドル、構成比16.1%)。これは、韓国サムソン電子の現地生産・輸出の影響が大きい。外資系企業の輸出額は、全体の61.2%を占めている。輸入品目のトップは、機械設備・同部品(金額186億8,700万ドル、構成比14.1%)であり、ベトナム国内で裾野産業が育っていないことを示していると思われる。サムソン電子のベトナムでの生産も、安い労働力を目的とした組立加工が中心であり、海外から部品を輸入し、完成した携帯電話を輸出しているものと考えられる。

 貿易相手国(2013年)としては、輸出が米国(21.48%)、日本(10.3%)、中国(10.0%)の順であり、輸入が中国(28.0%)、韓国(15.7%)、日本(8.8%)の順である。

④ 日本との関係

 ベトナムにとって、日本は最大の援助国であると同時に、最大の直接投資国である。また日本から見れば、ベトナムは最大の政府開発援助(ODA)供与国でもある。円借款は、年2,000億円以上のベースに達している。また、2013年の日本からの直接投資(新規及び追加)は、57.5億ドルであり(1位であり、2位はシンガポール)、累積投資額も日本が1位である。進出している日系企業数は約1,300社に上っている(2014年4月現在)。

 二国間貿易では、ベトナムから日本への輸出136.5億ドル、日本からの輸入116.1億ドル(2013年)であり、ベトナムの黒字となっている。ベトナムの主要輸出品目は、縫製品、原油であり、輸入品目は、機械設備・同部品、鉄・鉄くずである。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 ベトナムの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。

図表1:科学技術関連の行政組織図

図表1:科学技術関連の行政組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

 以下に、主要組織の概要を示す。実施機関は次の節を参照されたい。

① 首相府関連科学技術部局

 首相府(Office of the Government)に科学・教育局(Department of Science and Education)があり、首相への諮問機関として、国家科学技術政策会議(National Council for Science and Technology Policy:NCSTP)が設置されている。NCSTPは31人のメンバーから構成され、会長は前科学技術大臣のチョー・バン・ミン氏である。

 また、ベトナム科学技術アカデミー(VAST)、ベトナム社会科学アカデミー(VASS)、ベトナム国家大学(ハノイ校、ホーチミン市校)は、首相直属の組織となっている。

② 科学技術省(MOST)

 科学技術担当省は、科学技術省(Ministry of Science and Technology:MOST)で、大臣はグエン・クアン(Nguyễn Quân) 氏である。ハノイ工科大学副学部長等を経て、2007年に科学技術副大臣となり、2011年より科学技術大臣を務めている。

 科学技術省は、科学技術一般を担当するほか、政府全体の計画策定や調整も行っており、原子力、知的財産、標準・度量衡なども担当している。

ベトナム科学技術省(MOST)

ベトナム科学技術省(MOST)

③ 関係各省

 中央政府の各省は、それぞれ付属研究所を有し、科学技術の活動を実施している。

 教育訓練省(Ministry of Education and Training:MOET)が、大学等の高等教育を担当している。農業農村開発省(Ministry of Agriculture and Rural Development)には、ベトナム農業科学アカデミー他の多くの研究所がある。また、保健省(Ministry of Health)、産業貿易省(Ministry of Industry and Trade)も多くの研究所を保有している。

④ 地方政府

 地方政府には、科学技術局(Department of Science and Technology:DOST)が設置されているほか、諮問機関として科学会議も設けられている。中央政府の科学技術省が主催し、地方政府が参加する情報交換、協力のための会議も定期的に開催されている。

(2)科学技術推進に関する法律

 ベトナムでは、科学技術法、知的財産法、技術移転法、ハイテク法といった法律が制定されている。法律を整備して科学技術の推進を図ることが特徴である。

 このうち、2000年に制定された科学技術法が基本的な法律である。同法では、科学技術振興の目的、予算・人材確保などの振興施策、政府の役割などを規定している。

(3)科学技術政策動向

 国全体の基本計画である「社会経済開発戦略(2011-2020)」では、2020年までにベトナムを近代的な工業国とし、社会の安定、国民生活の向上、国際競争力の向上等を目標としている。これに対応して、「科学技術開発戦略(2011-2020)」が、2012年に策定されており、ポイントは次のとおり。

  • ・科学と技術開発を調和させ、近代的な工業社会発展の原動力とする。
  • ・2020年までに、幾つかの分野でASEAN・世界レベルに到達する。
  • ・次の数値目標を達成する。
    • 科学技術投資の対GDP比:1.5%(2015)、2%(2020)
    • 政府の科学技術予算の全予算比:2%以上(2015)、2%以上(2020)
    • 1万人当たり研究者技術者数:9人~10人(2015)、11人~12人(2020)
    • ハイテク製品のGDP比:45%(2020)
  • ・次の5分野を重要技術として開発する。
    • 情報通信技術
    • バイオテクノロジー
    • 新材料技術
    • 機械製造・オートメーション技術
    • 環境技術

(4)科学技術予算

 政府の科学技術予算は、2013年で14.144兆ドンである。科学技術開発戦略では、科学技術予算の全予算に占める比率を2%以上とすることを目標としているが、2013年で1.44%である。なお、ドンはベトナムの通貨単位で、2016年10月20日時点の日本銀行の為替れーとによると、1ドン≒0.0046円となっている。

 中央政府と地方政府の予算の比率は、中央:地方が約6:4であり、日本に比べると地方政府の負担が多い。また予算のうち、40%~45%は施設設備費、55%~60%が研究費である。

3.科学技術実施機関

 以下に、研究開発実施機関の概要を記す。

(1)科学技術省(MOST)傘下の機関

 既に述べた科学技術省の傘下に、原子力庁、ホアラック・ハイテクパーク管理機構、国家知的財産局、標準・度量衡局などが置かれている。また、科学技術政策の調査・分析・立案をサポートする機関として、以下の3機関が置かれている。

  • ・NISTPASS(科学技術政策・戦略研究所)
  • ・NASATI(科学技術情報庁)
  • ・VISTEC(科学技術評価センター)

 さらに、研究開発支援機関として、以下の機関が設置されている。

  • ・NAFOSTED(後述)
  • ・SATI(技術イノベーション庁)

(2)科学技術開発財団(NAFOSTED)

 科学技術開発財団(National Foundation for Science and Technology Development:NAFOSTED)は、2008年にMOST傘下の機関として設立され、年間予算は約1,000万ドルである。主な業務は、基礎研究へのファンディング(予算の60%程度)であるが、中小企業の研究活動への助成、フェローシッププログラム、国際学会への出席助成等も行っている。自然科学の基礎研究への助成は、2009年~2014年の6年間で、約1,100件であった。

(3)ベトナム科学技術アカデミー(VAST)

 1975年にベトナム科学アカデミーが発足し、2008年にベトナム科学技術アカデミー(Vietnam Academy of Science and Technology:VAST)になった。自然科学の研究、技術開発、人材育成等が任務である。

 VAST傘下に、30の国立研究所、7つのユニット(自然博物館、科学情報センター、出版局等)、9つの国営企業等がある。VASTの年報(2013年)によれば、職員数2,453人(教授・助教授205人、Ph.D.706人)、予算8,530億ドンである。

 なおベトナムには、VASTのほかにベトナム社会科学アカデミー(VASS)や、ベトナム農業科学アカデミー(VAAS)等のアカデミーがある。

ベトナム科学アカデミー(VAST)

ベトナム科学アカデミー(VAST)

(4)衛星開発センター

 VAST傘下に衛星開発センター(Vietnam National Satellite Center)があり、海外からのODAを活用して衛星開発プロジェクトが進められている。

  • ・地球観測(VNREDSat-1:仏、2013年打ち上げ済み)
  • ・同上(VNREDSat-1B:ベルギー、計画中)
  • ・災害・気候変動対策(日本のODAで2機打ち上げ予定)

(5)関係各省の研究機関

「科学技術ベトナム2013」(NASATI(科学技術情報庁)発行、ベトナム語)によれば、政府各省傘下の研究機関数は、約160(国防省、公共安全省は除く)である。多いのは、農業農村開発省(65、職員数は約5,000人でVASTより多い)、保健省(25)、産業貿易省(10)などである。保健省傘下のVABIOTECHは、ワクチンの研究所として有名である。

(6)National Key Laboratories

 政府が重視している科学技術分野の推進のため、16のNational Key Laboratoriesが設置されている。これはVAST、各省の研究所、大学等の内に設置されたもので、総額で約9,500億ドンの投資が行われ、最新の研究設備が導入されている。分野としては、情報技術、バイオテクノロジー、材料技術、機械工学・自動化、石油、エネルギー、インフラである。

4.高等教育と大学

(1)概要

 従来ベトナムの大学は、工業、医学などの専門単科大学が中心であったが、現在総合大学化が進められている。首相直属の2つの国家大学が既存大学の統合により設立されたほか、地方総合大学も同じく統合化により設置されている。現状では大学は教育中心であり、今後、研究活動の強化が課題である。以下に、3つの代表的な大学について述べる。

(2)ベトナム国家大学ハノイ校

 ベトナム国家大学ハノイ校(Vietnam National University, Hanoi)は、1993年にハノイ大学などを再編して設立されたベトナム最大の総合大学で、首相府直轄である。

 職員数は3,316人、うち教員1,675人、教授44人、助教授243人でPh.D.を取得している者は754人に上る。学生数は全日制学部が2万1,806人、定時制が1,820人で、うち大学院生1万334人である。

 情報技術研究所、ベトナム研究・開発科学研究所、教育品質保証研究所、マイクロバイオロジー・バイオテクノロジ—研究所、フランス語圏情報科学研究所の5つの研究所が設置されており、人文社会科学にも力を入れている。

(3)ベトナム国家大学ホーチミン市校

 ベトナム国家大学ホーチミン市校(Vietnam National University, Ho Chi Minh City)は、1995年にホーチミンにある複数の大学を再編して設立された。この大学も首相府直轄である。

 職員数は5,514人、うち、教授・助教授215人、その他教員2,565人で、学部学生数(全日制)は5万1,000人である。

 以下の6つの大学(分校)、研究所、学部から構成される。大学:技術、科学、社会・人文、国際、IT、経済・法律の各分校研究所:環境・天然資源研究所学部:医学部

(4)ハノイ工科大学

 ハノイ工科大学(Hanoi University of Science & Technology)は、1956年に設立されたベトナム最初の工科大学である。この大学は上記2つの国家大学と違い、教育訓練省に属している。職員数は1,800人、うち教員1,500人、教授・助教授240人、Dr.Sc.&Ph.D.450人である。また、学部学生数(様々なタイプを含む)は3万5,000人、大学院生2,000人である。

 材料科学、情報科学、バイオエレクトロニクス、ソフトウェア工学、衛星ナビゲーション、精密機械工学等20の研究所、研究センターがある。

5.科学技術指標

(1)研究開発費

① 総額と対GDP比

「科学技術ベトナム2013」によれば、研究開発費総額は2011年で5兆2,940億ドンであり、GDP比は0.21%である。なお、この数字の扱いについては注意が必要である。この研究開発費総額は、その一部を構成するはずの2011年の政府の科学技術予算より低い額となっており、この数字が小さすぎるのではないかとの疑問がある。事実、NISTPASSは独自に、研究開発費総額の対GDP比は約0.8%(約1,000億円)との試算を示している。

 いずれの数値であっても、ASEAN諸国の中ではシンガポール、マレーシアより低く、タイと近く、インドネシア、フィリピンなどより高い。

 国営企業、民間企業、外資系企業において研究が行われているが、限定的である。

② 組織別負担割合

 ベトナムの特徴は、政府の研究機関等の活動が活発で、大学や企業等の活動が弱い。「科学技術ベトナム2013」によれば、2011年で、研究開発費の負担割合は、政府が64.47%、企業(国営企業も含む)が28.4%、大学が3.13%、海外が3.99%である。UNESCOの統計によれば、2002年においては、政府74.1%、企業18.1%であったので、政府の負担割合は減少傾向にある。科学技術省では、企業の研究開発投資を増加させ、政府の負担割合を50%程度に低下させたいとの意向を持っている。

③ 性格別研究費

 性格別研究費(企業部門を除く)については、基礎研究30%、応用研究53%、開発・試作17%となっている。ベトナムでは、公的研究機関の活動が大学の研究活動に比べ圧倒的に大きいので、ベトナム科学技術アカデミー(VAST)他の公的研究機関が、基礎研究にも取り組んでいるものと思われる。また、日本のような公的機関による大型の開発プロジェクトは少ない。

(2)研究者

「科学技術ベトナム2013」によれば、2011年の研究者総数は10万5,230人である。このうち、女性研究者は4万3,844人で、41%を占める。この値は、日本(約14%)に比べるとかなり高い。人口1万人当たり研究者数は、11.97人で、先進国に比べると数値は低い。

 なおベトナムでは、2012年にOECDの方法に則った研究開発に関する調査が初めて行われており、研究者数の調査手法が整備の途上にある点を考慮して「科学技術ベトナム2013」の10万5,230人という数字を評価する必要がある。ちなみにUNESCOの統計によれば、ベトナムの2002年での研究者数は、4万1,117人(ヘッドカウント値)、9,328人(フルタイム換算値)であった。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、ベトナムの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で第59位であり、この間の論文数は3,486編であった。ASEAN諸国の中で、シンガポール(31位)、マレーシア(39位)、タイ(40位)に続いている。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表する世界大学ランキングにも、Timesのランキングにも、ベトナムの大学はない。

(5)特許

 ベトナムの特許に関するデータ(2012年)は、出願数3,805件、登録数1,068件で、出願、登録ともに、非居住者(外国人)が圧倒的である。また、特許協力条約に基づくPCT国際出願は、ベトナムは2011年で18件であり、シンガポールが600件以上であることに比べると少ない。

(6)国際賞受賞

 2010年、パリ第11大学のゴ・バオ・チャウ(Ngô Bảo Châu) 教授がフィールズ賞を受賞している。同氏は1972年ハノイ生まれで、高校時代は国際数学オリンピックで2大会連続の金メダリストである。1992年にフランスへ留学し、以降フランスで活躍しており、フランスとベトナムの国籍を有する。

 2003年に、ベトナム国立大学ハノイ校ヴォー・クィー(Vo Quy)教授が、戦争により破壊された森林を調査して、その修復及び保全に尽力し、環境保護法の制定や生物種の保護にも貢献した功績により、ブループラネット賞を受賞した。ブループラネット賞は、旭硝子財団により1992年に創設された国際賞で、地球環境問題の解決に大きく貢献した個人や組織に対して贈られる。クィー教授は、1929年ベトナム中部に生まれ、ベトナム高等師範学校で生物学を学び、モスクワ大学で博士号を得た後、1967年にハノイ大学動物学科教授に就任している。

6.国際協力

(1)日本との関係

① 政府間協力

 日本とベトナムとは、緊密な関係にあり、首脳間の往来も頻繁である。また、日本はベトナムにとって最大の援助国で、経済的関係も深い。科学技術関係でも、科学技術協力協定(2006年)、原子力協力協定(2012年)が締結されている。

 これらの政府間協定に基づき、「日本原子力研究開発機構—ベトナム原子力研究所」、「理化学研究所—VAST物理学研究所」、「宇宙航空研究開発機構—VAST」などの協力が実施されている。

② JSTとの協力

 JSTは、SATREPS及び、e-ASIA JRPにおいてベトナムと協力を行っている。

 JSTとJICAが共同で実施しているSATREPSに関して、ベトナムでのプロジェクトは以下の8件である。

・九州大学=ベトナム国家大学ホーチミン市校

「高効率燃料電池と再生バイオガスを融合させた地域内エネルギー循環システムの構築」

・農業生物資源研究所=農業農村開発省畜産研究所

「ベトナム在来ブタ資源の遺伝子バンクの設立と多様性維持が可能な持続的生産システムの構築」

・大阪府立大学=ベトナム国家大学ハノイ校

「バイオマスエネルギーの生産システム構築による多益性気候変動緩和策の研究」

・国際斜面災害研究機構=交通省科学技術研究所

「幹線交通網沿いの斜面災害危険度評価技術の開発」

・大阪大学=国立栄養院

「薬剤耐性細菌発生機構の解明と食品管理における耐性菌モニタリングシステムの開発」

・長岡科学技術大学=ハノイ工科大学

「天然ゴムを用いる炭素循環システムの構築」

・九州大学=ハノイ農業大学

「ベトナム北部中山間地域に適応した作物品種開発」

・東京大学=ホーチミン市工科大学

「持続可能な地域農業・バイオマス産業の融合」。

 e-ASIA JRPでは、ベトナム、タイ、日本の3か国の提案により、ナノテクノロジー・材料分野で2件、バイオマス・植物科学分野で1件、また、ベトナム、フィリピン、日本の3か国提案により、ヘルスリサーチ分野で2件の合計5件の共同研究が進められている。

③ JSPSとの協力

 JSPSは、ベトナムの科学技術省(MOST)、ベトナム科学技術アカデミー(VAST)との間で、研究者交流、共同研究・セミナーの開催、研究拠点形成など、様々な協力を行っている。

 2014年度に開始された研究拠点形成事業は以下のとおりである。

・山口大学=カントー大学

「バイオ新領域を拓く熱帯性環境微生物」

・京都大学=VAST/生態学生物資源研究所

「アジア脊椎動物種多様性」

・京都工芸繊維大学=ホーチミン理科大学

「アジア昆虫バイオメディカル」

・金沢大学=ハノイ医科大学

「東アジア地域におけるB型肝炎ウイルス」

(2)日本以外の諸外国との関係

 VASTは、2013年で21の国際プロジェクトを実施しており、予算総額は60億ドンである。そのうち、40億ドンは、ロシア科学アカデミー極東支部との海洋に関する調査の費用である。ロシア科学アカデミーの調査船BOGOROV号は、ベトナムのニャチャンに常駐している。

 フランスの国立科学研究センター(CNRS)とは、30年以上の協力が続いている。

 またVASTは、多くの国際機関に参加しており、2013年には、国際観測衛星委員会(Committee on Earth Observation Satellites:CEOS)、国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis:IIASA)に参加した。

7.トピックス

(1)ホアラック・ハイテクパーク

 ホアラック・ハイテクパーク(HoaLac Hi-Tech Park)は、ハノイの西方約30kmに位置し、総面積は1,568ヘクタールである。ノイバイ国際空港まで約47km、ハイフォン港まで約150kmと交通の便も良い。

 つくば研究学園都市をモデルにしており、1998年にJICAが開発調査を実施し、マスタープランを作成している。さらに、2010年、2012年には、インフラ整備事業に対するODA供与を決定している。

 研究・開発ゾーン、ハイテク産業ゾーン、ソフトウエアパーク、教育・トレーニングゾーンの4つのエリアで構成されている。

ホアラック・ハイテクパーク内のVAST衛星管制施設

ホアラック・ハイテクパーク内のVAST衛星管制施設

 ホアラック・ハイテクパークの建設はまだこれからであるが、後述するFPT大学、VITTEL(通信会社)、日系企業3社(ノーブル電子、日産テクノ、VINA-SANWA(シャッター製造))などが既に操業中である。

(2)日本のODAを活用した宇宙開発

 VASTでは、日本や欧州のODAを活用して、宇宙開発を実施している。

 日本関連の事業費総額は約554億円であり、2011年に第1期分73億円の円借款融資契約が締結された。

 事業内容は人材育成、施設・設備整備、地球観測衛星の調達である。既に、人材育成は開始されており、現在11人が、日本の大学の修士課程(北海道大学、東北大学等)に留学している。全体で、36人が留学の予定である。残りの2事業(施設・設備整備、地球観測衛星の調達)は、まだ実施されていないが、前記ホアラック・ハイテクパークに宇宙センターが建設予定で、ベトナム側の負担で土地造成工事が行われている。

ベトナム宇宙センター完成予想図

ベトナム宇宙センター完成予想図 ©VNSC

(3)FPT大学

 FPT大学は、ベトナム最大手のIT企業である「FPTコーポレーション」が2006年に設立したIT人材育成のための大学である。現在、ハノイ(ホアラック・ハイテクパーク)、ダナン、ホーチミンにキャンパスがあり、学生数は約6,000人である。

 学部は、工学部、ビジネス学部があるが、工学部の学生は、英語、日本語(又は中国語)が必修であり、ほぼ全員が、日本語を学んでいる。IT教育自体は、英語で行われているが、日本のIT規格等に関するカリキュラムも含まれている。

 FPT大学の卒業生は、FPT社に就職するケースもあるが、その比率は低下してきており、あまり高くない。ベトナムでは、FPT社の売り上げの50%以上が日本企業からのものであることが示すように、日本からの受注が重要で、日本語の出来るIT技術者は需要が高く、FPT大学の卒業生も就職率はほぼ100%である(海外企業への就職は3%であり、それほど高くない)。

 FPT大学は、海外の大学との交流も積極的で、日本では、九州工業大学、信州大学等と学生交流を行っている。

FPT大学

FPT大学

8.まとめ

 ベトナムでは、1986年に採択されたドイモイ(刷新)政策の成果により、高い経済成長が続いている。しかしこれは、安価な労働力に注目した日本、韓国等の外国企業による投資がけん引しており、それら企業の活動は、部品を輸入し、組み立てて製品を輸出するものである。ベトナムの人件費が上昇すれば今後も継続して経済成長が続くとは限らず、ベトナム国内にハイテク産業、裾野産業を育成していく必要がある。

 科学技術は、そのような政策のカギとなるものであり、ベトナム政府は科学技術の振興に積極的に取り組んでいる。まだ顕著な成果はみられないが、今後も注目が必要であろう。

 また、トピックスの節でも紹介したとおり、日本とベトナムとは極めて親密な関係にあり、科学技術の側面でも日本は重要な役割を果たしている。今後の科学技術協力においてもベトナムの状況を十分に把握して、協力を推進していく必要がある。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第4章「ベトナム」部分を土台に、樋口が加筆修正を行って作成した。上記書籍のベトナムの章は、同センター海外動向ユニット特任フェローの植田秀史が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を植田と樋口の連名とすることにした。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

樋 口  壮 人

(著者紹介)

植田 秀史(うえた しゅうし)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・特任フェロー(海外動向ユニット)。有人宇宙システム株式会社勤務。1976年東京大学大学院工学系研究科修士課程都市工学専攻修了。内閣官房内閣衛星情報センター管制部長、研究開発戦略センター副センター長、一般財団法人日本宇宙フォーラム常務理事などを経て、2015年より現職。

樋口 壮人(ひぐち たけひと)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2002年一橋大学経済学部卒。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科博士課程修了。博士(技術経営)。(財)未来工学研究所客員研究員、東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科産学官連携研究員等を経て、2014年より現職。