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目次

科学技術・イノベーション動向報告
台湾編(2016年度版)

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1. 歴史的経緯

1.1台湾の歴史

 考古学によれば、300万~100万年前の氷河期に台湾はアジア大陸と数回繋がったことがあり、大陸生物が台湾に移った可能性が高い。また、1万5千年前頃、一部の東南アジア諸島からの人が台湾に移住し、現在の台湾原住民の祖先になったそうである。
 その後、大航海時代に入り、ヨーロッパ人が台湾を植民統治しはじめた。1624年頃、オランダ人は台湾の南部を占領し、スペイン人は北部を占領していた。後にオランダ人がスペイン人を追い出し、暫くの間台湾を統治していた。同じ頃、中国大陸では明の武将である鄭成功氏1は、清国(満民族)への抵抗がうまく行かず、1661年に戦略的方向を転じて台湾のオランダ人を追放することになった。その後、台湾には承天府及び天興、万年の二県を、澎湖島には安撫司を設置して本拠地として、台湾の農業、海外貿易及び住民教育を発展させていた。
 20年余りの平和期を経て、1684年に台湾は清の福建水師の提督(司令官相当)施琅による台湾攻撃を受け、まもなく清に降伏した。その後の200年間、台湾は台湾府として福建省の所管となった。
 時代はやがて20世紀の前夜に入り、清の国力は内乱や外国の侵入によって弱くなってきた。1894年に日本と清国の間では日清戦争が勃発し、当時の世界第六位の海軍軍力を誇る北洋艦隊がほぼ全滅になった。翌年に清国政府は日本政府と「下関条約」を締結し終戦を迎えた。清国の戦争弁償条件として、2億両の銀、及び遼東半島、台湾、澎湖諸島など付属諸島嶼の主権ならびに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与することになった。台湾は1895年から第二次世界大戦が終わる1945年までの間、日本による統治を受けており、政治、経済、文化及び教育において日本から大きな影響を受けていた。
 1945年後、国民党政府は日本から台湾及び周辺の島の管理権を受け取った。4年後大陸で敗北し、国民党政権は200万人を連れて台湾に移行し、台湾では産業の振興、高等教育の発展などに手がけた。

1.2中国大陸との関係

 国大陸との関係については、政治面と経済面とで分けて考える必要がある。
 政治面においては、1949年に成立した中華人民共和国政府は、台湾の最終帰属は中華民国の立場を継承した中華人民共和国にあると主張し、中国主導での統一を望まない台湾との間で緊張関係が続いていた。しかし、1978年に中国で鄧小平氏が改革開放政策を掲げたのに伴い、1979年に「台湾同胞に告げる書」が発表され、中台間で「通商、通航、通郵」の「三通」を速やかに実行することが提案された。さらに1982年には「一国二制度」の名のもと、台湾の経済社会体制を変えない前提での平和統一を模索するようになった。これに対し、1987年に台湾は台湾住民の中国大陸観光及び親族訪問を解禁したものの、三通方式については拒否し、2000年代に入るまでは香港を経由した往来が続いていた。しかし、2001年に小三通と称し、厦門と金門島の間で客船が運航され、三通が限定的に実施されるようになった。同年、中国と台湾は経済貿易機関(WTO)への同時加盟も果たした。
 2008年の台湾総選挙により、台湾独立派の陳水扁政権から馬英九政権に変わると、台湾の対中政策は大きく変わった。2008年末には、中国・台湾間で直行チャーター便が毎日運航されるようになり、三通が実現した。翌2009年には中台間の自由貿易協定(FTA)である両岸経済協力枠組協議(ECFA)の協議開始がトップレベルで合意し、2010年に正式調印された。
 経済面については、1997年のタイでの通貨下落に端を発したアジア通貨危機に伴い、主としてASEAN地域に進出していた台湾企業は大きく挫折した。このような背景もあり、台中関係が悪かった1990年代から既に台湾企業は大陸に進出していた。現在中国で成功している台湾企業の多くが、2008年以前に進出していたとされている。
 科学技術面においては、馬政権の発足及び四川大地震が起きたことを背景に、2008年に中台間で地震をテーマに取り上げ共同研究の枠組みが構築された。現在も熱帯病や水産生物資源等、経済・社会的な課題のもとに協力が進められている。

1.3戦後の経済開発

 第2次世界大戦後、台湾は政府主導の経済政策のもとで産業の発展を遂げた。台湾の工業化の進展を概観すると、1950年代に輸入代替工業化、1960年代に輸出志向工業化、1970年代に重化学工業化、1980年代以降にハイテク産業の育成と変遷している。1976年に蒋経国行政院院長(当時)が海外から高度技術を導入し、台湾の産業の高度化を図ることを志向し、この時期から台湾では「科学技術で国家の建設を促す」との方針が採られた。台湾の電子・情報通信機器産業が発展した背景には、政府による強力な支援策があり、1980年代には半導体産業を重点的に育成し、1990年代半ばには液晶産業等を支援した。結果、半導体産業は5年ほどで国を支える基幹産業として花開き、1988年~1993年には、年平均成長率が7.1%を達成するなど、台湾経済の牽引役となった。

2. 経済概観

2.1名目GDP

 2015年のデータによれば、台湾の名目GDPは16.7兆台湾ドル2で、世界第22位となっている。図表2-1では、台湾の名目GDP及び経済成長率の推移を示した。

図表2-1 名目GDP及び成長率の推移

図表2-1 名目GDP及び成長率の推移

出典:『中華民国統計諮訊網』を元に筆者作成

 台湾は日本の国土の1割程度、人口の2割弱で、天然資源が乏しい地域である。にもかかわらず、台湾では日本の8分の1のGDPを産出している。 台湾の名目GDP成長率の推移を見ると、1980年代から2000年まで全体的に5%以上の成長率を維持しており、半分以上の期間は10%以上、高い年では18.5%の成長率を誇っていた。ただし、2000年に入ってから成長率は低い水準で悪戦苦闘している。

2.2一人当たり名目GDP

 図表2-2は、台湾、日本、韓国、中国大陸における一人当たりの名目GDPの推移を示したものである。台湾と韓国は同じような漸増傾向を辿っていたが、直近のデータを見ると韓国の勢いが増していることが分かる。東アジア地域では日本がトップに位置している。中国大陸の人口は非常に多いため、台湾、韓国及び日本の水準に達すのは将来的にも困難であろう。台湾の水準は日本と中国大陸の間に位置している。ただし、台湾の物価水準は、日本、韓国及び中国大陸の一線都市(北京、上海、広州・深圳)、二線都市(各省の省都)より低いため一人当たりのGDP購買力平均3 は日本や韓国を越えるのではないかと推測される。

図表2-2 一人当たりの名目GDP(米ドル)のアジア諸国における比較

図表2-2 一人当たりの名目GDP(米ドル)のアジア諸国における比較

出典:IMFデータを元に筆者作成

2.3産業別GDP構成比

 台湾のGDPを産業別で見た場合、製造業、商業小売業、不動産、金融保険業、公共行政及び国防が台湾の上位5位を占めている。特に製造業と商業小売業の成長は著しい(図表2-3)。

図表2-3 産業別GDP構成比(単位:百万台湾ドル)

図表2-3 産業別GDP構成比(単位:百万台湾ドル)

出典:『中華民国統計諮訊網』を元に筆者作成

2.4台湾の輸出入状況(対象国別、主要品目別)

 2015年の台湾の輸出額は2,803億米ドル、輸入額は2,286億米ドルである。
 図表2-4では、2014年の台湾の主要の貿易相手国との貿易取引データを示している。台湾にとって、最大の輸入国は中国大陸で、日本、中東諸国、ASEAN諸国、米国、EU諸国と続いている。輸出の相手先を見ると、同じく中国大陸が第一位で、ASEAN諸国、香港、米国、EU諸国の順となっている。中国は輸出と輸入の両方において、台湾の最大のパートナーであり、台湾の主要な貿易相手国は欧米諸国よりも近隣諸国である。エネルギー輸入の観点では、中東諸国の存在感が大きい。

図表2-4 国・地域別の輸出入額(単位:百万米ドル)

図表2-4 国・地域別の輸出入額(単位:百万米ドル)

出典:JETRO国別・地域別統計データを元に筆者作成

 図表2-5は、品目別の輸出入額を示したものである。これで見ると、電子・電気機械の割合が極めて大きく、その重要性が分かる。原油・鉱物資源の輸出入額の差も大きい。台湾では海外から天然資源及び他の原材料を輸入し、付加価値を高めて海外へ電子・電気機械、化学品、金属及び精密機械などを輸出する加工貿易を行い、経済を支えている。

図表2-5 品目別の輸出入額(2014年)(単位:百万米ドル)

図表2-5 品目別の輸出入額(2014年)(単位:百万米ドル)

出典:JETRO国別・地域別統計データを元に筆者作成

2.5台湾の有力企業

 台湾の企業は9割以上が中小企業で、ブランド力のある大手企業はなかなら見られない。2016年の3月末に、鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)が38億米ドルで日本のシャープを買収することを決定し、大きなニュースとなった。鴻海精密工業はアップルのOEM工場として有名であるが、世界で唯一の100万以上の雇用者を有するにもかかわらず、中小企業の柔軟性を持ち、「よりやすく、よりはやく、より大量に」高品質な製品を提供することができる企業である。2015年、同企業の売上高は16兆円となった。図表2-6は、「Fortune Global 500」に入った台湾にある世界的企業の一覧である。

図表2-6 Fortune Global 500(2016年)に入った台湾にある企業

図表2-6 Fortune Global 500(2016年)に入った台湾にある企業

出典:Fortune Global 500のウェブサイトを元に筆者作成

 台湾の半導体の研究開発において、第403位にランクインしたTSMCの存在を無視することはできない。TSMCは1987年に工業技術研究院(以下「ITRI」と略す)からスピンオフしたスタートアップ企業で、今では世界最大の半導体ICファンドリーメーカーである。2015年の売上高は265.8億米ドルで、20.68億米ドルが研究開発に投入した。研究開発に投じた金額は、企業の中で世界第5位であった。TSMCは科学技術部や台湾大学などと協力して、半導体における共同開発を行い、優れた人材を多数育成している。

3. 科学技術・イノベーション政策の関連機関

3.1科学技術関連組織

 台湾の科学技術・イノベーション政策にかかる関連組織をまとめたのが図表3-1である。

図表3-1 台湾の科学技術関連組織図

図表3-1 台湾の科学技術関連組織図

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 科学技術に関連した組織は、中央研究院と行政院の傘下の15関連省庁(全体は34省庁を有する)である。中央研究院は台湾総統府の直轄とされ、中国科学院に相当する科学アカデミーである。行政院は日本の内閣府に相当する組織と言える。

3.2科学技術会議:科学技術イノベーションの司令塔として

 15ある省庁間の連携をスムーズに行うために、2012年1月に行政院の内部に「科学技術会議(Board of Science and Technology)」が設置された。当該組織は、台湾政府の科学技術政策のほぼ全般を管理しており、日本内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に相当すると考えられる。科学技術会議の委員長は行政院の院長も兼任し、副委員長は基本的に各省庁の大臣と外部有識者から構成される。科学技術会議官房が置かれ、総括官は委員長によって指定される。調整官は主に各省庁から出向してくる公務員で、「政策調整グループ」、「人材・産業・法律グループ」、「生物・衛生・医療・農業グループ」、「通信光電グループ」、「科学技術サービスグループ」、及び「行政管理グループ」のいずれかに配属され、各省庁と調整を行う。図表3-2では、科学技術会議の組織を示した。

図表3-2 台湾の科学技術関連組織図

図表3-2 台湾の科学技術関連組織図

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 科学技術会議は台湾の科学技術の全体を管轄しており、科学技術関連の予算権も握っている。図表3-3では、台湾の科学技術部とほかの省庁がどのように予算要求を行い、どのような研究機関に予算が配分されているのかについて示した。

図表3-3 科学技術関連予算の流れ

図表3-3 科学技術関連予算の流れ

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 科学技術部が基礎研究と応用研究を助成する一方、経済部及びその他の省庁は技術開発と産業化の助成を行っている。応用研究と技術開発・技術産業化のための科学技術予算への申請には制限が設けられていないのに対し、基礎研究の予算は基本的に大学と国公立研究機関を対象として限定されている。

4. 科学技術・イノベーション政策の関連機関

4.1科学技術・イノベーション基本策の歴史的流れ

 台湾の憲法では「教育、科学、文化に支出する予算は、中央財政の予算の15%以上、省の財政予算の25%以上、県・市の財政予算の35%以上に設定しなければならない」と規定され、教育、科学及び文化への予算投入を最優先としている。台湾政府は国外からの技術導入をすることで産業振興を図り、これまで多大な経済成果をあげてきた。 しかし近年では、持続的発展可能な経済の実現、産業の国際競争力の向上のために、従来のキャッチアップ型のイノベーションから台湾のアカデミアの知を活用したイノベーションへの転換が必要との認識が持たれるようになってきた。このような背景から1999 年に科学技術基本法が公布され、当該基本法により科学技術発展計画を作成することが義務付けられた。また同時期に国家科学技術プログラム(省庁連携プログラム)が制定され、アカデミアの知識を産業技術力に繋げることが掲げられた。 台湾政府の科学技術予算は2014年実績で938.2億台湾ドルである。図表4-1で示すとおり、科学技術部、経済部及び中央研究院の3組織で研究開発予算全体の7割を占めており、これら機関が研究開発の主たる担い手と言えよう。

図表4-1 台湾政府各省庁の科学技術予算(2014年)

図表4-1 台湾政府各省庁の科学技術予算(2014年)

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 各省庁を管轄する行政院は省庁連携を図るために、自ら科学技術政策を打ち出し、研究プログラムを設置することもある。
 以下では、台湾の科学技術関連政策の関係について簡単に俯瞰したい。台湾の科学技術関連策の基盤は、科学技術基本法(図表4-2の①)である。当該基本法によって、4年に一度全国科学技術会議(図表4-2の④)が開催され、その後国家科学技術発展計画(図表4-2の⑤)が発表される。
 科学技術関連策を含め、台湾政府のすべての政策は台湾総統と行政院院長の執政方針(図表4-2の②)の指導を受けて策定されている。

図表4-2 台湾の科学技術関連策マッピング

図表4-2 台湾の科学技術関連策マッピング

出典:各種資料を元に筆者作成

 台湾の科学技術イノベーションの推進は、基本的に行政院及び傘下の省庁によって行われている。行政院は政府の中枢機関として、台湾全般の中長期的な発展に向けた重大政策(図表4-2の③)を策定する。例えば「経済力高度化プラン」、「国家黄金10年間ビジョン」、「国家建設計画」のような重大政策がこれまで打ち出されてきた。これら重大政策の目標を達成するために、学術界や政治の重鎮らの提案により、国家科学技術プログラム(図4-2の⑧)が設定・実施されている。このプログラムはいわば政治力のある人物によるトップダウン式のもので、特定の分野領域への集中的な投入を可能にするかもしれないが、適切なバランスを欠く場合もあり得る。
 行政院傘下の省庁は各々優先課題を勘案し、科学技術推進プログラム案を行政院に提出する。これらプログラム案は行政院の審議・承認を経て、行政院の優先科学技術プログラム(図表4-2の⑨)として実施されることになる。
 台湾の各省庁の業務に大きく影響を与えるのは各省庁の中期施政計画である。同計画は総統や行政院院長の意向を受けて策定されるため、台湾の選挙にあわせて4年に一度作られる。同計画の上に、各省庁は科学技術推進プログラムや各年度の業務内容を決めていく。
 以下では、台湾の重点政策について幾つか紹介したい。

4.2行政院の科学技術関連の重大政策

 行政院は、国民経済及び社会福祉などの国家戦略を勘案する中枢機関であり、中長期的な国家戦略を策定している。例えば、「経済力高度化推進方案」や「黄金十年国家ビジョン」などのような国家基本策をこれまで発表してきた。
  2016年5月に発足した蔡英文民進党政権では、社会貧富の格差、財政難、食品安全及び環境汚染などの諸問題の解決を目指した行政院重大政策を発表している。これが通称「“5+2+1”政策」と呼ばれるものである。
 「5」というのは、台湾経済の新しい牽引力として重点的に推進するべきと蔡英文の就任演説時に発表された「アジアシリコンバレー」、「バイオテク・医療技術産業」、「グリーンエネルギー産業」、「スマート機械製造産業」、及び「国防及び航空宇宙産業」の5つの産業策を指す。「2」とは、食糧の安定・安全供給、資源・エネルギーの効率的利用を目指す「新農業政策」及び「循環経済政策」の2つの政策である(2016年12月時点で審議中)。「1」とは、デジタル技術を社会インフラとして普及し、スマートシティ、スマート政府、デジタル経済といった経済形態の実現を目指す「国家デジタル経済政策(DiGi+2025)」を意味する。図表4-3において「“5+2+1”政策」の詳細を示す。

図表4-3 2016年以降の行政院重大政策(「“5+2+1”政策」)

図表4-3 2016年以降の行政院重大政策(「“5+2+1”政策」)

出典:台湾行政院政策ウェブサイトを元に筆者作成

4.3国家科学技術プログラムから「“5+2”旗艦プログラム」へ

 行政院の重大政策に基づいて、社会及び経済発展とかかわりの深い分野に関する省庁連携プログラムとして実施されているのが「国家科学技術プログラム」である(図表4-4)。本プログラムは5年~10年のスパンで研究開発成果を実用化させることを目指しており、台湾の強みであるICT技術、農業、製薬及び医療に関わるバイオ技術及び防災技術をこれまで重点的に推進してきた。政府科学技術予算の1~2割程度がこのプログラムに割かれており、2016年時点でネットワークコ通信、バイオ創薬、インテリジェントエレクトロニクス4 、エネルギー、デジタルアーカイブ、Eラーニング、及びナノ技術が関連省庁と連携して実施されている。エネルギー、ナノ技術、ネットワーク通信への支援は、金額が大きく、支援期間も2期以上である。

図表4-4 最近の国家科学技術プログラム

図表4-4 最近の国家科学技術プログラム

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 これらのプログラムは、特定の分野を長期にわたって安定的に支援し、半導体技術以外の分野領域では人材育成も行い、技術競争力を高めることを目指している。ただし、プログラムの立案プロセスでは、有力な政治家の意見に左右されることも少なからずあった。本プログラムは台湾政府の研究開発予算の1~2割で、競争的研究資金の半分以上を占めている。台湾政府は、競争的研究資金プログラム立案における個人の恣意的な意思を除去し、科学技術全体を包括できる制度構築に向けて国家科学技術プログラムの廃止を将来的に計画していると言われている。
 国家科学技術プログラムの代わりとなるべく新政権が発表した「“5+2+1”政策」の目標に向けて、2017年度から100億台湾ドルの競争的研究資金である「“5+2”旗艦プログラム」が設置される予定である。これにより、各省庁の科学技術予算が10%~13%程度削られる見込みである。2016年12月時点でプログラムの詳細は未発表であるが、政府関係者によれば、大学や公立研究機関の間の連携を目標にしており、共同でプログラムに申請する必要が生じるということであった。ただし、各省庁の間では競争が激化される一方、いかにして連携するかについても考えなければならず、不安を感じる省庁が多いようである。

4.4科学技術発展計画

 科学技術基本法によれば、台湾政府は4年毎に全国科学技術大会を開催することが定められている。大会では、産学官各界の専門家が次の4年間の科学技術発展に関する意見を整理し、科学技術発展計画にまとめる。
 これまでの科学技術発展計画の策定過程を見てみると、トップダウン式とボトムアップ式があることに分かる。第1期~第8期、及び第10期(2017年に発表予定)科学技術発展計画はトップダウン式で、台湾科学技術部は各省庁と調整し、各省庁の重要課題及び優先課題を抽出する。全国科学技術大会に参加した産学官の専門家は、政府が決めた重要な研究課題に基づいてサブの研究課題等を議論し、整理することになる。
 一方、現行の第9期科学技術発展計画(2013年~2016年)はボトムアップ式に策定された。全国科学技術大会に出席した産学官の専門家のイニシアチブにより、大会の議題や重点・優先領域が決められた。最終的には科学技術部が全国科学技術大会の意見を整理し、総統の施政方針を踏まえて科学技術発展計画を制定した。この第9期科学技術発展計画では、経済的・社会的課題を解決し、人々の幸福を高めることを重要課題とし、①研究システムの強化、②知的財産保護の強化、③持続可能な発展の促進、④アカデミアと産業の統合(Convergence)、⑤トップダウン型プログラム実施体制の強化、⑥科学技術産業イノベーションの強化、⑦台湾の人材危機問題の解決を推進する方針が掲げられた。
 次期科学技術発展計画(2017年~2020年)の重要課題は第10回全国科学技術大会で議論中である。その議題内容を示したのが図表4-5である。

図表4-5 第10回全国科学技術大会の議題

図表4-5 第10回全国科学技術大会の議題

出典:台湾第10回全国科学技術会議公式ウェブサイトを元に筆者作成

 第9期科学技術発展計画と比べて、次の10期の計画には新興産業の創出に力を入れようとしていることが分かる。これは、2016年5月に行われた蔡英文総統の就任演説の中の「5つの新興産業の創出」を反映してのことだと考えられる。

4.5科学技術発展計画

 台湾では科学技術の推進に多くの省庁が係わっており、科学技術部単独で実現することは難しい。縦割り行政の弊害を避けるために、台湾行政院がイニシアチブを取る科学技術策も多い。ただし、上述の「国家科学技術プログラム」とは異なり、このような行政院主導の技術プログラムは基本的に5年以下のものである。例えば「行政院バイオ技術産業飛躍アックションプラン」、「行政院クラウド・コンピューティング発展プログラム」、及び「行政院次世代モバイル通信サービスと産業を促進するプログラム」などがある(図表4-6)。

図表4-6 行政院主導の技術プログラム(2009年以降)

図表4-6 行政院主導の技術プログラム(2009年以降)

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 行政院が主導するこれらプログラムでは、従来の半導体産業の強みを生かし、持続的にICT技術を推進しようとしている。重点的にモバイル通信技術、クラウド・コンピューティング技術、バイオ技術に予算を投入することで、スマートライフ5 、ヘルシーライフ、及び持続的発展に資する環境・エネルギー技術における新しい競争優位性の構築を図っている。

4.6科学技術部の政策とプログラム

4.6.1 科学技術部施政計画

 行政院は総統と行政院院長の執政方針に基づき、「国家発展計画」と「行政院中程(中期)施政方針」を策定している。各省庁は「行政院中程(中期)施政方針」を踏まえて各自の「中程(中期)施政計画」を作成し、さらに各年度の施政計画を策定する。
 科学技術部の各年度の施政計画の場合、それぞれの優先課題の数値目標が設定される。優先課題の順位については、必ずしも行政院施政方針が指定した優先順位とは限らず、科学技術部の意思で調整される部分もある。以下では、2017年度の科学技術部施政計画の抜粋を示す。

  • ① 最先端技術領域を発展し、科学技術発展計画を着実に実施する
  • ② 基礎研究を強化し、研究力を向上させる
  • ③ 新しい研究課題の設定メカニズムを模索し、社会ニーズに向けた研究開発に注力する
  • ④ エネルギー・セキュリティのため、クリーン・エネルギー研究を強化する
  • ⑤ 若手研究者を育成し、外国の優秀人材を台湾の研究システムに導入する
  • ⑥ 主力産業の研究開発を強化し、産業におけるイノベーションを支援する
  • ⑦ 研究機関の研究成果の産業への橋渡しを強化する
  • ⑧ 基盤技術のプラットフォームを構築し、産業技術の普及を加速する
  • ⑨ 産学連携を強化し、研究資源の利用効率を向上させる
  • ⑩ 低炭素社会に向けて、グリーンサイエンスパークを建設する
  • ⑪ スマートサイエンスパークのサービスを充実する
  • ⑫ 防災予測技術を強化し、国土強靱化を実現する
  • ⑬ 研究資源の配置、研究予算の利用効率を向上させる

 各年度の施政計画内容は通常8~9項目であるが、2017年度の新施政計画では13項目まで増加された。これは、蔡英文民進党新政権が科学技術・イノベーションを通じた社会課題の解決に大きく期待しているためとも推察される。

4.6.2 科学技術部のプログラム

 科学技術部は、イノベーション推進のため、「人材誘致プログラム」、「研究開発推進プログラム」、「産学連携推進プログラム」、及び「科学技術交流・協力推進プログラム」等を設けている。ここでは主なものとして、「人材誘致プログラム」の事例を取り上げたい。同プログラムには、外国研究者を短期的・中長期的に招聘するプログラム、頭脳流出の対策としての優秀な台湾若手研究者雇用プログラム、及び人文社会分野のポスドクを対象とするプログラムが含まれている。ただし、外国人研究者の長期的な招聘プログラムの対象に中国国籍の研究者は含まれていない。これらプログラムから分かるように、台湾の人材政策では、積極的に国際的人材を導入する姿勢と頭脳流出への懸念が相まっている。

4.6.3 経済部の政策とプログラム

 台湾は、産業振興策として海外技術を導入し自国産業へと展開させる政策を1970年代から展開してきた。その際、政府の産業技術政策の最大の担い手となったのがITRIである。ITRIは経済部傘下の主要な研究所の一つで、経済部や科学技術部の技術開発プログラムにおいて中心的役割を果たしている。
 経済部は産業経済全般を所掌しており、日本の経済産業省に相当する組織である。産業技術の開発も重要な管轄業務と言える。現在、経済部では、「新興スマート産業としてのクラウド・コンピューティング」、「ビッグデータの応用と産業技術」、「産業基礎技術の研究開発」、「古い産業技術の高度化」、「知財戦略」、及び「新興産業技術の推進」に重点をおきながら産業技術の推進を行っている。産業技術の研究開発を管轄しているのは経済部技術処(局)である。図表4-7では同技術処が所管している3つの主要な研究開発プログラムを示した。

図表4-7 経済部のプログラム

図表4-7 経済部のプログラム

出典:台湾経済部技術処ウェブサイトを元に筆者作成

4.6.4 まとめ

 台湾の科学技術政策では、行政院の中にある科学技術会議が司令塔的機能を発揮し、各省庁の連携をとっている。科学技術会議の構成を見ると、専門領域のグループは主に「通信光電グループ」と「生物衛生医療農業グループ」から成る。「国家科学技術プログラム」や「行政院の優先的科学技術プログラム」のような戦略的プログラムの支援内容を見ると、台湾政府が、半導体技術やICT技術に加えて、国民経済の新しい牽引力としてバイオ技術、バイオ医薬技術、医療技術、医療機器、及びスマート製造機械も重視していることが分かる。他方、台湾政府は、資源やエネルギーが限られている台湾の自立性を保つために、先進農業技術、グリーンエネルギー技術にも重点的に投資を行っている。
 近年では破壊的な技術と認識されているビッグデータとクラウド・コンピューティングにも注力している。将来的には、台湾の強みである通信機器、生産機器及び医療機器との融合を図って、スマート化で競争優位を目指す意向である。蔡英文政権から発足した「“5+2+1”政策」は、従来の蓄積や強みがある技術を生かし、明確に技術力を新産業の創出に結び付けようとすることに主眼がある。
 しかしながら、台湾の科学技術者数は少なく、加えて給料の問題等で優秀な人材が流出しているとの問題もある。いかに優秀な人材を台湾にとどめ、外国からハイレベル人材を誘致し、諸外国と協力しながら台湾の競争力を維持するのかが、台湾経済の成敗のポイントであると言えるだろう。

5. 研究開発に関連する組織

5.1台湾の高等教育機関

 台湾の大学には2種類の流れがある。一つは日本の統治下に始まった高等教育の流れをくむ台湾大学、台湾師範大学、成功大学等である。もう一つは、第二次世界大戦後国民党政権と共に、大陸から移転してきた清華大学、交通大学、中央大学等である。
 現在の台湾の科学技術を考える上で、台湾の高等教育機関の果たす役割は重要である。一般的な高等教育を担う大学が70校あり、うち国公立大学が33校、私立大学は37校となっている。また、高等技術教育を担う大学は87校あり、その中でも特に科学技術人材の育成にとって重要な科学技術大学は、国公立14校、私立45校存在している(図表5-1)。
 大学が基礎研究の主要な担い手である一方、科学技術大学は産業界に送り込むための技術者を育成する役割を担っている。70校ある大学のうち、台湾大学、清華大学、交通大学、成功大学が上位4大学で、これら4大学への進学者数が各地の高校や塾を評価する一般的な指標とされている。

図表5-1 台湾の高等教育機関

図表5-1 台湾の高等教育機関

出典:各種資料を元に筆者作成

 以下では、台湾の主要な上位4大学について紹介する。

5.1.1 台湾大学

 台湾大学は、日本統治時代の1928年に設立された台北帝国大学をその前身に持ち、1945年の日本の敗戦に伴って台湾政府に接収されて現在の名称となっている。後述の清華大学に比べて人文系が強いと言われているが、理工系や医学部系の学部研究科もあり、11の学部を擁している。

台湾大学本部棟

台湾大学本部棟 ©周

 2016年現在、学生数は約3万3,000人、内学部生は約1万8,000人、修士課程学生は約1万人、博士課程学生は約5,000人となっている。
 大学の世界ランキングを見ると、2016年のQS世界大学ランキングでは68位である。分野別で見ると、50位内に次の分野が入っている。「化学(29位)」「地球海洋科学(43位)」「材料科学(49位)」「物理学(47位)」「計算機科学(46位)」「応用化学(34位)」「土木工学(34位)」「電子機械工学(23位)」「航空製造工学(48位)」「鉱物工学(49位)」「歯科医学(45位)」「薬学(45位)」「介護学(43位)」「製薬(50位)」。
 台湾大学は優れた研究能力と技術を有するため、スマートシティにおいて台湾大学 − インテル共同研究ラボを、ロボット分野では台湾大学 − CNRS共同研究ラボなどを設立し、研究開発を行っている。
 現在、医学、創薬及び医療機器にも注力している。同分野の強みは、台湾大学医学院の古い伝統と厚い蓄積に由来するものである。台湾大学医学院は、1897年に設立された医学校講習所に遡る。同講習所は台湾大学に併合され、台湾大学医学院となった。現在、大学内で最も歴史と蓄積がある分野である。台湾では医者の社会地位と収入が高いことから、台湾大学医学院は「名門中の名門」と位置づけられており、台湾のエリート学生を集めている。英語による授業も多く設定されている。台湾大学附属病院は世界レベルの医者、研究者、研究装置及び臨床の実験ラボを有し、世界トップレベルに挑戦する志を持っている。
 台湾大学はレベルの高い学生と豊富な研究資金に恵まれ、他の大学よりも抜きん出た存在である。1986年のノーベル化学賞受賞者李遠哲、李登輝元総統、陳水扁元総統、馬英九前総統等の著名科学者、政治家及び企業家を多数輩出している。

台湾大学附属病院

台湾大学附属病院 ©周

5.1.2 清華大学

 清華大学は、理工系学部を中心とした大学である。義和団事変の対米賠償金の返還を受けて設立された米国留学予備校である清華学堂がその前身であり、第二次大戦後の国共内戦の結果、北京にあった清華大学は現在の中華人民共和国政府に接収され、現在の清華大学に至っている。台湾では、この清華大学を台湾の地で再興する計画が進められ、工学系人材の養成を目的として1955年に「原子科学研究所」が復興され、1967年に大学となった。
 現在、清華大学は、10つの学部、17の学科及び23の研究所を有する。学生数1万2,466人のうち、学部生は6,369人、修士課程は4,452人、博士課程は1,645人で、半分が大学院生である。中国本土の北京にある清華大学の学生数が約4万6,200人であることと比べると、台湾の規模は小さい。
 2016年QS世界大学ランキングでは151位であり、「電機工学」は40位で、「化学」「材料」、「計算機科学&情報システム」及び「航空製造工学」は50位~100位に入っている。清華大学は特に、化学と材料科学の分野が強く、台湾大学に匹敵する。台湾初のノーベル化学賞受賞者となった李遠哲氏は、清華大学で修士号を取り、助教の経験もある。

 

5.1.3 交通大学

 交通大学は、清華大学と似ており、理工学系が強い大学である。この大学は、元々中国大陸にあり、1896年に私立大学の「南洋公学」として設立された。1912年に中華民国の交通部所属の上海工業専門学校と改名され、さらに1937年には、教育部に所属が変更となって「交通大学」と改められた。1949年の国民党政権の台湾移行に伴い、一部の関係者が1958年に新竹で交通大学を再建した。交通大学は、日清戦争、中国内戦及び朝鮮戦争などの歴史的な理由で、上海交通大学、西安交通大学、西南交通大学、北京交通大学及び新竹交通大学の5つに分けられた。ここで取り上げている交通大学は新竹交通大学のことである。現在、これら5つの交通大学は歴史認識を共有し、大陸と台湾の厳しい政治関係にもかかわらず、何らかの形で交流を行っている。

台湾大学附属病院

交通大学正門 ©涵喻

 交通大学は11の学部から構成され、うち7つは自然科学系の学部である。大学は5つのキャンパスを有し、1万4,141人の学生が在籍している。その内訳と見ると、学部生5,432人、修士学生6,744人、博士学生1,965人となっている。大学教員の内訳は、教授397人、準教授177人、助教授122人、講師19人の計715人である。
 2016年のQS世界大学ランキングでは、交通大学は174位であり、「電機工学」は48位で、「計算機科学&情報システム」及び「材料科学」は50位~100位に入っている。
 台湾の清華大学と交通大学は、歴史的な背景や、学生及び教員の規模、また強みのある分野について類似性が高い。両大学の本キャンパスも隣接し、雰囲気も似ている。

5.1.4 成功大学

 成功大学は、1931年に日本が作った「台南高等工業学校」から発足した。その後、「台南工業専門学校」、「台湾省立工学院」の時代を経て、1956年に「成功大学」と改名された。上述の3つのトップ大学はどれも北部の台北や新竹に集中しているが、成功大学は南部に所在している。そのため、南部の「」と言われることが多い。成功大学の名称は、スペインやオランダの植民者を台湾から追い出した明の将軍である鄭成功氏に因み付けられた。
 成功大学は台南市に位置し、3か所に分散している。本キャンパスの敷地面積は極めて広く、大通りによって9つのサブ・キャンパスを構成している。ほかの2か所にそれぞれ1つずつキャンパスが置かれている。成功大学は9つの学部、39の研究所、8の研究センターと1つの附属病院を有する。現在、約2万人の学生が在籍し、規模としては清華大学や国交通大学よりも大きい。専任講師は1,345人で、専任研究者は352人である。

成功大学附属病院

成功大学附属病院 ©周

 2016年のQS世界大学ランキングにおいて、「土木工学」、「電機工学」及び「航空製造工学」が50位~100位に入っている。成功大学は。「土木工学」、「地学」及び「環境科学」の各分野において、台湾の中では台湾大学に次いで第2位を占めている。例えば環境分野では、成功大学の空気汚染に関する研究は台湾の中ではかなり進んでおり、重化学工業が密集している高雄や台南の空気汚染問題の解消にもつながることが期待されている。

国成功大学本キャンパス

成功大学本キャンパス ©周

5.2公立研究機関

5.2.1 中央研究院

 中央研究院は1954年に建設された学術研究機関であり、その前身は1928年に南京に設立された中央研究院である。中央研究院は総統府直轄の機関である。傘下の研究所は、「数理科学グループ」「生命科学グループ」「人文社会科学グループ」に分かれ、複数の研究所・研究センターを抱える(図表5-2)。

図表5-2 中央研究院参加研究所・研究センター

図表5-2 中央研究院参加研究所・研究センター

出典:中央研究院ウェブサイトを元に筆者作成

 米国で研究生活を送っていた台湾出身のノーベル化学賞(1986年)受賞者である李遠哲氏が、李登輝総統の呼びかけにより1994年に台湾に帰国し、同研究院の院長に就任した。同氏は、海外から研究者を招聘し後生の指導に当らせる一方、海外で活躍する研究者の帰国を促す等の取り組みを通じて、中央研究院の国際化を積極的に推進した。
 李遠哲氏は1994年の院長就任以降、バイオ分野を重視する姿勢を打ち出した。例えば優秀な米国研究者を中央研究院に招聘し、バイオ研究と産業とをつなげる取り組みを強化した。こうした尽力もあって、中央研究院では現在、生命科学分野は3つの柱の一つとなっている。生命科学分野を中心に世界トップレベルの研究成果が生まれることへの期待は高い。
 中央研究院は、従来は基礎研究のイメージが強かった。しかし近年ではイノベーションの潮流の中で、サイエンスパークに進出し研究成果を産業界に橋渡しすることにも注力している。例えば南部の高雄にあるサイエンスパークにはバイオ技術センターが設置された。蔡英文政権の「五大創新産業」の指針の下で、台北の南港に国家バイオ技術サイエンスパークの建設が始まったが、将来的に中央研究院の基礎研究の知見を動物実験、臨床実験へ応用することが目指されている。

5.2.2 工業技術研究院(ITRI)

 工業技術研究院(ITRI)は台湾経済部直轄の産業技術研究開発機関である。日本の産総研に相当する組織と言える。ITRIは、台湾の産業技術高度化に資する技術開発や産学官連携の拠点として位置付けられている。ハイテククラスター運営管理当局の行政院国家科学委員会(NSC)は、海外からの先端技術導入を行っており、その主たる窓口がITRIである。ITRIでは、導入技術を核とした新産業技術の応用研究や事業化に至るインキュベーション機能までを担う。ITRIの関係者によれば、ITRIはベルギーのimecをモデルにしているようである。
 ITRIの設立は国民党の台湾移行に遡る。台湾では1949年以降、外資を誘致し、農業・工業生産の回復と推進を図ることで、経済的な自立を進めていった。当初は科学技術と生産の関係にはほとんど注目が向けられなかったが、1950年代後半から1960年代前半にかけて国民党政府は台湾経済を輸出向け加工型経済へとシフトすることを勘案し、科学技術の推進と輸出品の品質向上が議論されるようになった。1959年には「長期発展科学技術綱領」が発表され、「長期科学発展委員会」という科学技術発展を担当する部署が初めて設立された。さらに1960年代から1970年代の初頭にかけて、輸出向けの加工型産業の成長に伴い、産業技術への要望が高まり、台湾政府は一連の産業政策及び科学技術政策を打ち出した。1967年には「長期科学発展委員会」をMOSTの前身である「科学発展指導委員会」と改名し、科学技術発展計画の策定機能を与えた。また、1969年に台湾政府は「国家科学技術発展基金」を設立し、科学技術の推進に一層注力していくことになる。こうした背景の中でITRIは、産業に技術的支援を提供せよとの政府の指示を受けて設立された。
 ITRIは台湾のイノベーション推進を担う不可欠な存在である。ITRI理事会のメンバー構成を見てみると、現理事長は行政院院務委員(内閣府担当大臣相当)の経験者で、5人の常務理事は、2人が大臣級、1人が行政院院務委員、1人が前交通大学学長、残り1人は前国有企業社長から成り、国家の要職にある人物ばかりである。
 ITRIは、6つの研究所、7つの研究センター、1つの産業学院と1つの技術移転センターから構成されており、台湾内外の産業と密接な関係を有している。ITRIの組織図を示したのが図表5-3である。

図表5-3 ITRIの組織図

図表5-3 ITRIの組織図

出典:ITRIウェブサイトを元に筆者作成

  • (1) 人員構成
    •  ITRIの職員は5,579人である。その内訳は、博士号取得者1,320人、修士修了者3,024人、学部卒業者1,235人となっている。他には、経理や事務補助員などの契約社員が約2,000人勤務している。ITRIでは正規の職員数を増やすにあたって、台湾立法院の許可が必要となる。ITRI出身者は2万3,456人である。これは、定年退職者という意味ではなく、途中で独立して起業したり、民間企業に移行したりする人が大部分を占める。起業した会社のCEOに就く場合も少なくない。

  • (2) 研究開発領域
    •  現在ITRIは、「Smart Living」「Quality Health」「Sustainable Environment」という3つの方向を掲げて研究開発を進めている(図表5-4)。

図表5-4 工業技術研究院の研究開発領域

図表5-4 工業技術研究院の研究開発領域

出典:各種資料を元に筆者作成

  •   ITRIでは、TRL(Technology Readiness Level)の4から8の段階の研究開発を行っている。基礎研究の部分においては、中央研究院や大学と協力しており、TRLの1のレベルまで踏み込む予定であると言われている。ただし現段階では、課題解決型の研究が基本的に行われており、研究者の自由発想に基づく研究はほとんど見られない。

  • (3) 研究資金
    •  研究資金について、ITRIの年間予算額は190億台湾ドルで、その100億は経済部が拠出し、約50億台湾ドルが企業からの資金、約40億台湾ドルが政府競争的資金である。現在、企業からの資金は全体の25%程度であるが、2020年までに30%にまで引き上げることが見込まれている。これは、政府の科学技術関連予算の減少が予想されるためである。

  • (4) 産学研連携
    •  1973年に設立されたITRIは、1986年頃に台湾半導体業界をリードするTSMC社を生み出した。その後、平均10社~20社/年という頻度で新しい会社を設立させ、延べ200社以上を生み出した。前述のように、ITRI出身者のネットワークには2万4,000人近くの企業家が関与し、研究開発力および人的ネットワークの観点からITRIが台湾の産業技術をリードする立場にあると言っても過言ではない。
       ITRIには、大学や産業界間の研究開発コンソーシアムが形成されている。当該コンソーシアムでは、研究資金の一部が政府の新産業育成基金から、残りは企業から拠出されている。ITRIは産業界と大学をつなぐプラットフォームと言える。
       産学連携において、台湾では「産学研連携」という表現がある。「研」はITRIを指しており、重要な役割を担っていることが分かる。

5.2.3 工業技術研究院(ITRI)

 台湾の科学技術の推進において最も大きいのはITRIの役割だと言われているが、情報通信産業振興会(III:Institute for Information Industry)の貢献も無視することはできない。ITRIはハードウェアの開発を中心に行ってきたが、IIIはソフトウェアの部分にフォーカスしてきたという点で違いがある。
 IIIの発足はITRIと同じ背景を共有している。1970年代、台湾財政部部長を担当していた李国鼎氏は台湾の経済発展戦略について、当時の蒋経国総統と異なる考えを持っていた。李氏は米国の経済発展を視察した後、情報産業の振興という提言を行った。この提言により、台湾政府は1979年にIIIを設置し、パソコンの中国語入力法の開発を中心に進めてきた。
 当時のPCシステムは英語ベースで開発され、漢字の入力・表示などは不可能であった。既に多くのスタートアップ企業が共同で参加するかたちで開発が進められ、40もの漢字入力法が開発されていた。しかし、入力の技術的な問題が解決されたものの、入力法の基準は統一されておらず、パソコンが変わると新しい入力法を覚えなければならない状況であった。また、いずれの入力法は安定性が欠けているため、システムダウンの問題が頻繁に起こっていた。
 そこでIIIは、IBMと協力してより安定した漢字入力法(Big-5)を開発し、漢字の入力・表示に関する問題を解決したのである。またIIIは、政府系ネットワークの通信に着手し、戸籍情報などの転送にも成功した。1990年代、台湾政府は「ソフトウェア工業5カ年発展計画」のもとでPCのソフトウェア普及を推進し、台湾のPCやインターネットのリテラシーは世界水準に達したと言われている。
 IIIは7つの研究所、国際処、産業推進サービス処及び台日産業推進センターから構成されている。IIIの組織図を示したのが図表5-5である。
 「スマート通信システム研究所」はスマートネットワークをキーワードにし、先端無線通信、センサリングネットワーク、車載通信ネットワークなどの研究開発を実施している。「創新応用サービス研究所」は、技術の研究開発よりもむしろ、ユーザの利用行動を研究し、収集した情報を他研究所の技術開発部門に共有する部署である。「データ技術応用研究所」は2012年に設立された新しい研究所で、IBMで定年を迎えた台湾人の技術開発部長をトップに据えて、ビッグデータの研究開発を行っている。「デジタル教育研究所」はIIIの元になる研究所で、現在はARやVRによる教育手法の開発、子供のプログラミング教育(教育部と協力)を中心に行っている。
 国際処の業務は、IIIの製品を他国に売り込む業務を中心にしている。例えば、政府調達でIIIが開発されたソフトウェアをACER社のPCに搭載し、インド、ベトナム、及びクエートに販売してきた。
 産業推進サービス処は、IIIのマネジメント能力を活用して、台湾のICT関連のスタートアップ企業をサポートしている。その理由は、スタートアップ企業のトップたちは、技術力を持っているものの、マネジメント能力が欠けているからである。
 台日産業推進センターでは主に、台湾に研究開発センターを設立するよう日本企業への呼びかけを行っている。従来は日本の大企業を対象として取り組んできたが、現在では日本の技術力がある中小企業も視野に入れている。

図表5-5 IIIの組織図

図表5-5 IIIの組織図

出典:IIIウェブサイトを元に筆者作成

6. 科学技術・イノベーションの現状

6.1科学技術・イノベーションへのインプット

6.1.1 研究開発費及び対GDP比の推移

 2005年~2014年の10年間で、台湾の研究開発費における対GDP比は2.32%から3.0%まで引き上げられた。最近は3.0%で維持されている(図表6-1)。

図表6-1 研究開発費及びその対GDP比の推移

図表6-1 研究開発費及びその対GDP比の推移

出典:台湾『科学技術統計要覧』を元に筆者作成

6.1.2 セクター別研究開発費

 図表6-2から分かるとおり、台湾の企業は76%の研究開発費を拠出し、ほぼ同額の研究開発費を受け取っている。企業からの研究資金は、数十億台湾ドル程度で公立研究機関や大学に流れているが、いずれも額は小さい。台湾政府の研究開発費はその6割弱が公立研究機関に流れ、4割程度を大学に配分している。

図表6-2 セクター別研究開発費(2014年)(単位:億台湾ドル)

図表6-2 セクター別研究開発費(2014年)(単位:億台湾ドル)

出典:台湾『科学技術統計要覧』を元に筆者作成

6.1.3 研究開発における役割

 台湾の基礎研究は基本的に大学や公立研究機関で行われており、企業による基礎研究の割合はわずかである。応用研究では状況が逆転し、6割以上は企業において実施されている。大学や公立研究機関の割合はそれぞれ2割弱である。開発の段階では、企業において9割以上、公立研究機関では1割未満、大学ではほとんど行われていない(図表6-3)。応用及び開発の段階の研究における企業の役割は非常に重要である。

図表6-3 セクター別の研究開発の実施割合

図表6-3 セクター別の研究開発の実施割合

出典:台湾『科学技術統計要覧』により筆者作成

6.1.4 研究者総数

 図表6-4は研究者総数(FTE)を国際比較したものである。これで見ると、台湾の研究者総数は14.1万人であり、オーストラリアやイタリアを上回っている。人口は約2,000万人の台湾にとって、この値は非常に高いと言える。

図表6-4 研究者総数(FTE)の国際比較(2014年)(単位:万人・年)

図表6-4 研究者総数(FTE)の国際比較(2014年)(単位:万人・年)

出典:台湾『科学技術統計要覧』を元に筆者作成

6.1.5 人口1,000人当たりの研究者数の国際比較

 図表6-5では人口1,000人当たりの研究者数を比較した。台湾は韓国に次いで世界第2位となっている。

図表6-5 人口1,000人当たりの研究者数(FTE)の国際比較(2014年)

図表6-5 人口1,000人当たりの研究者数(FTE)の国際比較(2014年)

出典:台湾『科学技術統計要覧』を元に筆者作成

6.1.6 セクター別研究者数の推移

 台湾の研究者数は過去の10年で4割近く増えてきた。セクター別で見ると、企業部門の研究者は増える一方だが、政府部門及び高等教育部門の研究者数には大きな変化はない。企業部門の研究者数が増えている理由の一つは、政府部門から研究者が移ってきていることによる。台湾では、政府部門が企業に転出するための人材を育成する場としての役割を担っていると言われている(図表6-6)。

図表6-6 セクター別研究者数(FTE)の推移

図表6-6 セクター別研究者数(FTE)の推移

出典:台湾『科学技術統計要覧』を元に筆者作成

6.2科学技術・イノベーションへのアウトプット

6.2.1 国際論文数の推移

 図表6-7で示すとおり、SCI(Science Citation Index)とEI(Engineering Index)に収録されている台湾の論文数(2010年~2013年の期間)は増えている。SCIの論文数が微増しているのに対し、EIの収録論文数は増減を繰り返している。

図表6-7 国際論文数の推移

図表6-7 国際論文数の推移

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

6.2.2 トップ10%及びトップ1%の論文数

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所による『科学技術指標2016年』の直近のデータを見ると、台湾は、科学論文数全体の世界シェアは16位であり、トップ10%論文数の世界シェアも同様に16位である。これはスイスやデンマークより上位に位置している。トップ1%論文数の順位は20位で、オーストラリア、フィンランド、イスラエルよりも上位である。

6.2.3 米国特許取得数

 台湾は米国での特許取得数は2010年~2013年の期間で、3,000件近く増加し、シェアも4.01%に伸びた。米国での特許取得数は国別・地域別で4年間連続4位を維持している(図表6-8)。

図表6-8 米国特許取得数

図表6-8 米国特許取得数

出典:『科学技術要覧(2014)』を元に筆者作成

7. 科学技術のトピックス

7.1台湾半導体産業の競争力

7.1.1 世界トップシェアを誇る製品群

 政府の政策により、台湾では半導体産業を重点的に育成し成功をおさめた。その結果、台湾の企業は製造業の特定分野において大きな存在感を示している。図表7-1を見ると、2013 年の台湾企業による半導体関連製品・サービスの世界シェアは、上流工程であるICデザインが18.6%、半導体製造のうちウェハが 68.3%、下流工程のICパッケージング・テスティングが50.8%等となっており、市場を席巻している。また、液晶モニタの分野でもTFT液晶パネル等において世界シェア第2位を誇る。

図表7-1 台湾の主要IC製品(2013年実績・域外生産分を除く)

図表7-1 台湾の主要IC製品(2013年実績・域外生産分を除く)

出典:『科学技術白書(2015-2018)』を元に筆者作成

 半導体製造委託事業であるファウンダリ大手のTSMC(世界シェア1位)及びUMCは台湾企業であり、ともにITRIからのスピンオフによって設立されている。ファンドリービジネスのように、特化したニッチの領域において世界市場を席巻する水平分業型のビジネスモデルを採択した多くの台湾企業が世界市場で存在感を示している。この点は、開発から生産までを一貫して手掛ける垂直型のビジネスモデルを展開するインテルや日本の大手企業とよく対比されるところであり、台湾のイノベーション政策上最大の成功事例である。
 台湾の関係者によれば、ファンドリー方式では製品のハイシーズン、ローシーズンの変動を回避し、工場の稼働率を一定に保つことができるという。

7.1.2 成功要因

  • (1) 政府の重点投資と徹底した産業化志向
    •  台湾では、限られた研究開発予算を重点分野に配分する「選択と集中」が長く行われてきた。これにより、1980年~1998年には年平均成長率が10.6%となるなど、持続的な経済成長を成し遂げた。
       政府の政策では、資金・資源・人材(海外からの華僑系研究者の呼び戻しを含む)が重視されている。産業技術開発の中心的役割を担うITRIでは、「1ドルの政府資金を得たら、それをもとに1ドル稼ぐ」との精神に基づき、政府資金を投じた研究開発により産業化が徹底的に追及されてきた。台湾では、研究開発の成果を産業化するのに必要な支援策を講じ、研究者の評価も論文数等ではなく組織が掲げるミッションへの貢献度による。
       このような政府の取り組みに加え、充実した直接金融の市場が台湾に存在していたことも、新産業を興す上で創業初期の企業の資金調達を容易にし、産業の発展に貢献した可能性が高い。
       結果として、政府研究開発として実施された研究開発の成果が台湾の電子産業の基盤を構築するのに大きく貢献したと言えるだろう。

  • (2) 様々なレベルの連携
    •  台湾では、様々なレベルの連携が活発に行われている。機関の壁を超えた連携を促す要因として、台湾の科学技術関連の機関がほぼすべて同じ建物の中で勤務している点を挙げたい。この建物は「科技大楼」と呼ばれ、科学技術部は16F~22F、科学技術政策研究センターは14F~15F、教育部情報と科学技術教育司(局)は12F~13F、情報通信産業振興会(III)は8F~11F、工業技術研究院(ITRI)は6F~7F、科学技術会議事務局(CSTI事務局相当)は5F、国家実験研究院は3Fという配置である。このように異なる機関のオフィスが1か所に集まっていることで、毎日互いに顔を合わせることになり、円滑なコミュニケーションがとれる環境になっている。

科技大楼

科技大楼 ©周

  •  産学間のセクターを超えた連携としては、産学研の間の人材流動が容易である点が挙げられる。この背景には人材流動を促す仕組みもあった。例えば、ITRIの技術を商業化することに成功した際、ITRIにとどまること、あるいはスピンオフ企業に在籍すること、さらには一定期間スピンオフ企業に在籍した後ITRIに戻ることのいずれもが選択可能である。さらには、ITRIから企業をスピンオフした場合、社員は当該企業の給与に加え、ITRIからも一部給与が補てんされ、さらには株式公開等によるキャピタルゲインも得られる。このような仕組みは、起業化の成功に貢献したITRIの研究者に対し、得られるリターンを大きくするものであり、研究開発の成果をイノベーションへと転換する大きなインセンティブになると考えられる。これらの特徴により、ITRIでは現在でも活発に産業界と連携した研究開発活動が実施されている。
     以上のような省やセクターを超えた連携が実現できるのは、台湾のような比較的規模が小さい地域で、お互いの顔が見えているからこそかもしれない。

  • (3) 超一流の若手人材の参加
    •  1980年代に、台湾政府の呼びかけで数多くのエリート大学卒業生たちは創業の夢を持ってスタートアップ企業に入った。初期のスタート企業には資金力がなかったため、内部の株で給料が支払われた。その後企業が上場すると、初期に会社に入った社員はその株の恩恵を受けて一夜で億万長者になる者もあった。こうした一攫千金を目指して、優秀な学生が半導体産業に入ったと言われており、創造性に富む若者たちのおかげで半導体産業は飛躍な発展を遂げることができた。

  • (4) 米国との強いネットワーク
    •  台湾は、華僑ネットワークを通じて米国とも深いつながりがある。そもそも台湾がハイテク産業を振興するとの決定を行ったのも、華僑ネットワークを通じて米国の状況を把握していたからと言える。ITRI院長を務め、TSMCを創設したモリス・チャン氏や中央研究院の国際化を進めた李遠哲氏は米国から招聘されており、台湾の科学技術・イノベーションの発展に大きく貢献した。

7.1.3 台湾半導体産業の課題

  • (1) ハイレベル人材不足
    •  台湾半導体産業は世界第2位を誇っているにもかかわらず、ハイレベル人材不足という問題に直面している。その理由は幾つかある。第一に、台湾半導体技術が世界トップレベルになり、学生たちは米国にあえて留学しなくても優れた技術を習得できる環境になった。台湾の半導体産業・企業は自前でハイレベルな研究開発を行うことができるまでに発展したが、そうなると今度は、台湾政府から半導体技術への支援が減り、技術開発をほぼ企業に任せるかたちとなった。この結果、半導体技術に関する競争的資金枠がなくなり、大の半導体研究者は厳しい研究環境になり、学生の数と質が低下するという事態に陥った。
       加えて、台湾では職員に原則的に現金で給料を支給する法律が定められ、株を配分することが禁止された。これにより、エリート卒業生たちの一攫千金の夢が消え、半導体技術を志望するエリート学生数が減少した。また、台湾の産業界では「22K6 問題」が所与のものとして存在しており、大卒学生に対する月給の安さが度々指摘されている。
       こうした状況の中、一流の学生はより高額の給料が得られるシンガポールや中国に就職することを目指すようになり、頭脳流出の問題が起きている。

  • (2) 中国大陸の半導体産業の台頭
    •  近年、中国大陸は半導体産業に大きく注力し、豊富な研究資金や人材を投入してきた。深圳周辺では半導体産業のクラスターが形成されており、ユニークなスタートアップ企業が続々と生まれている。しかし短期間で規模を拡大したため、実用的な人材の不足という問題に直面している。この問題を解消するため、中国大陸の企業が4倍~5倍の給料で台湾のシニア技術者の引き抜きを始めている。これにより、多くの台湾技術者が中国大陸に渡り、台湾産業の空洞化や人材の流出が進むこととなった。

7.2ハイレベル研究における国際協力関係

 台湾の教育や産業の近代化は100年余りの歴史しか持たず、WEFのイノベーションランキング7 では世界17位で、フランス(15位)に接近し、韓国(22位)、カナダ(25位)、オーストラリア(27)、中国大陸(28位)のレベルを超えている。
 台湾の大学教育は、一部は日本占領時の大学を吸収合併したものであるが、大部分は1949年以降、国民党政権によって台湾で再建されている。この意味で、台湾では中国大陸と同じ教育や学術の歴史と伝統を共有していると言えるだろう。例えば、5.1で取り上げた台湾の清華大学や交通大学は、北京の清華大学、上海・西安・北京・成都の交通大学と同じ創設者と共有し、5.2で言及した中央研究院は中国科学院の前身である。
 台湾では北京官話を標準語に指定されているため、中国大陸との間では言語の壁が存在しない。また、馬英九政権の時代に、台湾と中国大陸の関係が大幅に改善され、台湾と中国大陸間の交流・協力は活発になった。このため、中国は台湾の研究活動の最大のパートナーになるかと思われがちである。では実際のところ、台湾の国際協力、とりわけハイレベル研究の国際協力の実態はどうなっているのだろうか。ここではClarivate Analytics社(旧トムソン・ロイター IP&Science)のESI(Essential Science Indicators)8 の2006年1月~2015年12月のトップ1%研究論文データを用いて、ハイレベル研究における台湾の国際協力状況を明らかにする。
 まず、Clarivate Analytics社(旧トムソン・ロイター IP&Science)のESIから10年間の22分野9 のトップ1%の論文(79,026篇)を抽出した。そのうち、台湾の研究機関に所属する研究者が書いた論文(国際共著論文を含む)は1,498篇があり、全体の1.9%をシェアしている。1,498篇の論文の中に、台湾の研究者間の共著論文は715篇があり、台湾以外の研究者と共著論文数は783篇がある。つまり、台湾のトップ1%論文のうち、5割強が国際・地域間の共著論文である。国別・地域別の相手国の上位10位を見てみると、1位は米国(601篇)で、英国(226篇)ドイツ(215篇)、日本(212篇)、中国大陸(206篇)、フランス(200篇)、オーストラリア(144篇)、イタリア(137篇)、カナダ(135篇)、スイス(100篇)と続いている(図表7-2)。米国との間はほぼ全分野の協力関係がみられ、ほかの国や地域よりも抜きん出ている。中国大陸との関係では、高エネ物理やライフサイエンスなどのような多国間のビッグプロジェクトに参加することが多いため、中国と台湾間の共著論文はわずか62本である。

図表7-2 台湾の国際共著論文(トップ1%)の国別・地域別ランキング及び共著論文数

図表7-2 台湾の国際共著論文(トップ1%)の国別・地域別ランキング及び共著論文数

出典:Clarivate Analytics社のデータを元に筆者算出・作成

 図表7-3は、ESIのトップ1%論文に見られた台湾の共著論文のネットワークである。共著作者は64の国・地域に分布し、米国の研究者は全体の4割を占めておいる。第二グループには、英国、ドイツ、日本、中国大陸、フランスがあり、それぞれは200篇以上の共著論文である。第三グループは、オーストラリア、イタリア、カナダ、スイス、韓国、オランダ、ロシア、ポーランド、スペインなど9か国が属し、共著論文が90篇~150篇である。第四グループは50篇以下の49か国・地域である。

図表7-3 台湾国際共著論文(トップ1%)におけるハイレベル研究のネットワーク(国別・地域別)

図表7-3 台湾国際共著論文(トップ1%)におけるハイレベル研究のネットワーク(国別・地域別)

出典:Clarivate Analytics社のデータを元に筆者算出・作成(計算ツール:Pajek)

 以上から分かることは、中国大陸と台湾のハイレベル研究の協力は、数量的には少なくはないが、両者間の経済活動ほど密接的な関係がないという点である。むしろ、台湾は米国と全面的・密接な協力関係を保持しており、欧州の主要国に重点を置き、周辺国の主要国と協力しながら研究のハイパフォーマンスを維持しようとしていると言える。

7.3ポスト半導体の新動向

 台湾は1980年から1997年の約20年間、高い経済成長率で発展してきた。とりわけこの間、台湾の半導体産業は指折り数える半導体産業になり、世界にその名を馳せた。ところが、アジア金融危機以来、台湾の経済成長は低い水準で変動している。
 半導体産業は台湾政府と民間の協力によりゼロから創出された産業であり、台湾経済の発展に大きく寄与している。しかし低調な経済成長率の現在、半導体産業以外で経済の新しい牽引力を育てられるのか、いかにして昔の輝きを取り戻せるのかといった点が焦眉の問題として台湾政府に突きつけられている。
 台湾は鉱物やエネルギー資源が乏しい地域であるため、知識集約型経済に向かっている。台湾には豊かな植物資源があるため、先進なバイオ技術を駆使すれば高付加価値の製品ができるではないか、或いは、従来の精密機械に先進なICT技術またはIoT技術を搭載したらどうなるだろうか、といった具合に、台湾は試行錯誤を繰り返しながら、ポスト半導体に向けた経済の新しい牽引力、いわゆる「第二の半導体産業」を創出しようとしている。

7.3.1 台湾政府の新しい取り組み

 先述のとおり、2016年5月に発足した蔡英文民進党政権は2016年以降の行政院重大政策として“5+2+1”政策を打ち出し、台湾の新しい産業発展方向を明示的に示した。同政策では、バイオ技術、新薬開発、医療材料、精密製造、スマート製造、ICT&IoT技術産業、国防産業を重点的に推進することを目指している。

7.3.2 研究能力の蓄積

 バイオ技術、医学技術については、1994年に李遠哲氏が中央研究院に生命科学部門を設立し、現在では中央研究院の三大柱となって高い研究レベルを誇っている。国台湾大学には台湾のエリート学生が集まり、世界レベルの研究が行われている。薬学や製薬の分野は、世界の大学ランキングのトップ50位内に入っている。
 ITRIにもバイオ技術の蓄積がある。台湾東部にある会社の委託によりITRIがシベットコーヒーを開発している。シベットコーヒーとはジャコウネコの糞から採られる未消化のコーヒー豆で、独特な香りを持つ幻のコーヒーと言われている。ITRIはジャコウネコの腸内環境と菌群を再現し、通常のコーヒー豆を高価なものにする付加価値技術を有している。

ITRI発のシベットコーヒー

ITRI発のシベットコーヒー ©山豬園

 材料科学、電子・電気機械、計算機科学、及び情報システムの各分野においても、台湾の上位4大学の研究レベルは世界の大学ランキングでトップ100位内に入っている。ITRIもこれらの分野では長年の蓄積があり、技術の産業化能力を有している。IIIは計算機科学や情報システムにおいて強さがある。これら分野への支援は、先述の国家科学技術プログラムや行政院主導の技術プログラム等を通じて10年以上も前から行われてきた。その意味で蔡英文政府の「“5+2+1”政策」は、新しい方向を打ち出したというよりもむしろ、台湾の強みと弱みを精査し従来の取り組みをうまくまとめた、新産業の創出を図ろうとする政策として位置付けられる。

7.3.3 具体的な取り組みの方向性

 蔡英文政府の「“5+2+1”政策」の詳細は図表4-3で示したとおりだが、それを元に台湾の強みと弱みの活用について整理したのが図表7-4である。

図表7-4 台湾の強みと弱み

図表7-4 台湾の強みと弱み

出典:台湾行政院ウェブサイトを元に筆者作成

 台湾では、政策目標を実現するために、横の連携を強化することが意図されている。先に述べた「“5+2”旗艦プログラム」を通じて研究機関間の協力促進が目指されている。また台湾政府は、ITRIとIIIの合併も検討中と言われており、合併が実現すれば、ITRIのハードウェア面の競争優位とIIIのソフトウェア面の競争優位をうまく組み合わせて、シナジー効果を生む研究開発の実現が期待される。今後IoT時代に向けて、台湾政府は先手を打ちたいところである。
 台湾政府は国家デジタル経済政策も打ち出しているが、それは純粋なデジタル経済ではなく、製造業ベースの発想に基づいている。デジタル化により現存の設備や製品、サービスなどを互いにつなげ、コミュニケーションを促進し、台湾内で消費市場を創出しようとしている。

7.3.4 新しい対外戦略

 蔡英文新政権では、中国と台湾の関係の基盤となる「九二共識」について、中道の姿勢を取っている。仮に新政権が中国への依存から脱出すると宣言すれば、中国との関係が悪化することになる。実際、台湾から中国への輸出は全体の3割以上を占めており、両国の関係悪化は貿易にも大きな影響を及ぼすことになるだろう。人口約2,000万人の台湾の市場では、良い製品を作っても産業が大きく育たない。中国以外の新しい市場へのアクセスをいかに拡大していくのかが当面の課題である。現在、台湾政府は「新南向政策」を打ち出し、ASEAN10国、南アジア6国、オーストラリア及びニュージーランドにも積極的に働きかけ、経済協力、人材交流、資源の共有、及び地域の連携を図っている。

7.4産学連携コンソーシアム

 台湾の大学は基礎研究、応用研究を行い、企業は開発と製品化にフォーカスしている。ITRIは大学と産業の間に立ち、大学や中央研究院の研究成果を吸収し、産業側のニーズに合わせた技術開発を効率よく実施している。
 台湾の基礎研究の割合は全体的に低く、長期的に産業側からの多様なニーズに対応することは困難であるとの問題が以前から指摘されていた。そのため出口に向けた基礎研究の展開が重要視されつつある。しかし、台湾の大学と産業のコミュニケーションが少ない上、半導体研究への公的助成が削減されたことで研究者や学生数の減少が見られた。こういった課題を解決するために生まれたのが、科学技術部が主導する三角連携コンソーシアムプログラムである(図表7-5)。
 同コンソーシアムは、台湾大学など11の研究機関とTSMCの間で形成され、次世代の低消費電力・低コスト・高効率な半導体の開発を目標として、今後20年間で3,500億ドルの市場を創出することを目指している。コンソーシアム形成後、数年間で、大学側は5nm以下の半導体製造に関する研究能力、10nm級の半導体製造能力の獲得に成功した。また企業と共同でPCT特許53件を出願し、韓国や中国の特許にも出願している。
 特筆すべきは、半導体研究人材が減少する中、400名以上の学生を育成し、トップ5%の学生が半導体産業に就職するようになった点である。

図表7-5 科学技術部産学連携支援プログラム

図表7-5 科学技術部産学連携支援プログラム

出典:台湾科学技術部ウェブサイトを元に筆者作成

 これ以外にも、台湾大学(5機関)と連発科社による移動通信コンソーシアム、交通大学(4機関)と中華電信社による無線・ブロードボード通信技術コンソーシアムなどがある。いずれも台湾政府が重点的に推進しようとする通信分野のものである。

7.5高等教育機関の役割の変化

 従来、台湾の大学は基礎研究と応用研究を中心に研究開発を行ってきたが、最近では世界的な競争に打ち勝つために産業発展に積極的に関わることが期待されるようになってきた。また2000年代に入ると、台湾大学をはじめとする一部の大学に対して、「大学学術追求卓越計画(大学学術卓越発展計画)」や「研究型大学整合計画」等、大学のおける研究促進にも注力されるようになっている。特に新竹工業科学園区に隣接する清華大学や交通大学、台南サイエンス工業パークに隣接する成功大学では、産業界との連携が活発に行われている。
 最近では、中国への工場の移転により、台湾は産業の空洞化という問題に直面している。この問題を解消するため、新たな産業の担い手となりうる新規創業企業を育成し、既存の中小企業における新規事業創出や事業転換を図り、また、インキュベータを各大学に設置して大学の研究開発力を活用することを政策的に推進している。2016年時点で、台湾には約141か所のインキュベータが設置・運営されているが、そのうち7割は大学に設置されている。

8. 参考資料

【参考資料】

  • IMF公式ウェブサイト
  • WEF公式ウェブサイト
  • Fortune Global 500ウェブサイト
  • Clarivate Analytics(旧トムソン・ロイター IP&Science)社のESIデータベース
  •  
  • 日本外務省公式ウェブサイト
  • 日本貿易振興機構(JETRO)公式ウェブサイト
  •  
  • 台湾行政院公式ウェブサイト
  • 台湾科学技術部公式ウェブサイト
  • 台湾経済部公式ウェブサイト
  • 台湾第10回全国科学技術会議公式ウェブサイト
  • 台湾中央研究院公式ウェブサイト
  • 台湾工業技術研究院(ITRI)公式ウェブサイト
  • 台湾情報通信産業振興会(III)公式ウェブサイト
  •  
  • 台湾科学技術統計要覧2015
  • 中華民国統計諮訊網
  • 台湾科学技術白書(2015-2018)

【参考文献】

  • 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット(2011).躍進する新興国の科学技術. ディスカヴァー・トゥエンティワン.)
  • 陳明俐、紀凱齡等.(2014).國家科技發展計畫管考評估機制之現況分析.科技政策研究与資訊中心Research Portal.)
  • 许倬云.(2013). 許倬雲説歴史:台湾四百年.浙江人民出版社.)
  • ウオウタ−・デノーイ等.(2009).Pajekを活用した社会ネットワーク分析.東京電機大学出版局.)
  • 1 近松門左衛門が鄭成功をモデルとして、人形浄瑠璃及び歌舞伎の演目である「国性爺合戦」を書いた。
  • 2 2017年2月20日の日銀換算レートで、100台湾ドル≒3.16米ドルである。
  • 3 IMFやWorld Bankの統計データには台湾の一人当たりのGDP(購買力平均)値がない。
  • 4 創薬、グリーンエネルギー等のニッチ領域における電子技術開発
  • 5 スマート端末、スマート生産機器、ビッグデータとクラウド・コンピューティング技術を応用するシステム
  • 6 大卒学生には基本的に22万(7万円程度)の月給を支給する。
  • 7 http://www3.weforum.org/docs/GCR2016-2017/05FullReport/TheGlobalCompetitivenessReport2016-2017_FINAL.pdf
  • 8 Essential Science Indicatorsは、トムソン・ロイターのデータベースから得られる学術論文の出版数と被引用数のデータに基づき、研究業績に関する統計情報と動向データを集積したユニークなデータベースである。
  • 9 農業科学、生物学・生物化学、化学、臨床医学、計算機科学、経済学・商学、工学、環境学・生態学、地球科学、免疫学、材料科学、数学、微生物学、分子生物学・遺伝学、学際的領域、神経科学・行動学、薬理学・毒物学、物理学、動植物学、精神医学・心理学、社会科学、宇宙化学