シンガポールの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 シンガポールの正式国名は「シンガポール共和国(Republic of Singapore)」である。ほぼ赤道直下、マレー半島の突端マラッカ海峡の東端に位置する都市国家で、東京23区の面積をやや上回る710km2余りの国土に、約554万人(2015年)が居住している。この518万人はシンガポール市民と永住権者を合わせた379万人と駐在員や出稼ぎ労働者等の139万人から構成されており、人口の4分の1強が流動的人員であるという独特な人口構成になっている。

(2)歴史

 1819年、英国東インド会社の書記官であったトーマス・ラッフルズ(Thomas Raffles)卿がシンガポール島に上陸し、当時この地域で勢力争いをしていたオランダの勢力が同島にまで及んでいないことを確かめると、即座に同島の支配権を有するジョホール王国のスルタンと、商館の設置運営についての契約を締結した。1824年の英蘭条約によりマラッカ海峡以北を勢力圏とした英国は、同年8月にはスルタンとシンガポールについて完全主権と永久領有権に関する新しい条約を結び、シンガポールの整備、植民地化を進めることとなる。1867年には英国政府による直轄植民地化が完了した。

 その後、シンガポールは東西交易の中継港として貿易業を中心に発展を続け、20世紀初頭には天然ゴムやスズ等の簡易加工業も行うようになり、さらに第一次世界大戦終了後に英国が東洋艦隊の海軍基地をシンガポールに建設して以降は、艦船修理・整備に係る基地産業も育つこととなった。

「昭南島」と改名された1942年から1945年の日本軍占領時代、戦後の英国による再植民地化、1959年の自治州化を経て、1963年にはマレーシア連邦の一員として英国より完全に独立した。2年後の1965年8月には、経済や人種政策の相違からマレーシア連邦から分離される形で共和国として独立し、今日に至っている。

(3)政治

 大統領を元首とする立憲共和制で、行政府として内閣(1府14省)、立法府として一院制議会を有する。英国植民地時代の1954年に創設され1959年の総選挙で大勝した人民行動党(People’s Action Party:PAP)が、1965年の独立以降も議会の圧倒的第一党として勢力を保っており、あらゆる政策を障害なく推進できる状況で、その支持を得る内閣は磐石である。

(4)民族、言語、宗教

 市民・永住権者の民族構成の内訳は、中華系74.1%、マレー系13.4%、インド系9.2%、その他3.3%である。英語、中国語(マンダリン)、マレー語(憲法で定められた国語)、タミル語が公用語として日常生活では用いられている。英語プラス他の公用語を初等教育から教育する二言語主義システムの成果で、ほぼ全てのシンガポール人が英語と、自らの属する民族の言語を解する。

 宗教的には、民族構成を反映して仏教が42.5%と最大であり、次にイスラム教の14.9%、無宗教14.8%、キリスト教14.6%、ヒンドゥー教4.0%、その他0.6%と続いている。

(5)外交

 地政学的に重要な他のASEAN諸国と良好な関係を維持しつつ、安全保障面では米国、経済面では米国・欧州・日本及び発展著しい中国との関係を推進する等、自らの実質的利害を踏まえた全方位外交を展開している。

(6)初等中等教育と識字率

 初等中等教育制度は、6-4-2制(プライマリー6年、セカンダリー4年、ジュニアカレッジ2年で、それぞれ日本の小学校、中学校と高校1年、高校2年と3年に相当)となっており、プライマリーレベルが義務教育である。

 シンガポールの教育は非常に厳しい競争主義で知られており、小学校卒業時に実施される全国統一卒業試験(Primary School Leaving Examination:PSLE)の結果が、その後の教育進路に大きく影響するといわれている。

 なお、2010年の進学率実績は、セカンダリー:98.1%、ジュニアカレッジ:27.7%、ポリテクニック(日本の高専に相当):43.4%、大学(国内):26.0%、その他技能専門学校:21.0%であった。

 識字率は、2010年で95.9%である(米国CIAのワールドファクトブック)。

(7)経済

① 概観

 2015年現在の名目GDPは、2,927米国億ドル(以下「ドル」と略す)であるが、国民一人当たりの名目GDPは5万2,889米国ドルと、アジアにおいて最も豊かな国の一つである。

② 産業構造

 主な産業構造をGDP内比で見ると、製造業約20%、小売卸売業約16%、金融保険業約11%、輸送保管業約8%である。国土が狭隘なため、第一次産業に始めから注力せず、第二、三次の産業である中継貿易・商業、観光業、金融業、工業の4産業を推進している。

 また、低賃金労働力に依存した単純労働に基づく労働集約型産業では、いずれ他のアジア諸国等との競争には勝てないことが予測されたことから、持続的発展に資するべく高付加価値を生み出す知識集約型産業への構造転換を目指すこととなり、その結果として科学技術力向上への意識が高まることとなった。

③ 貿易

 2013年の貿易(再輸出を含む総額ベース)は、輸出が前年比0.6%増の5,134億SGD、輸入は1.6%減の4,668億SGD、貿易収支は466億SGDの黒字であった。なお、SGD(シンガポールドル)はシンガポールの通貨単位で、2016年10月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1SGD≒75.1円となっている。

 主要貿易品目は、輸出が機械・輸送機器、鉱物性燃料、化学製品であり、輸入が機械・輸送機器、鉱物性燃料、原料別製品である。また、国別では、輸出がマレーシア、中国、香港であり、輸入が中国、マレーシア、米国となっている。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 シンガポールの科学技術関連の行政組織図は、以下のとおりである。

図表1:科学技術関連の行政組織図

図表1:科学技術関連の行政組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

(註)実線は法制上明らかな管轄関係を、点線は影響力が限定的或いは関連性がある関係を示す。

① 研究・イノベーション・企業評議会(RIEC)

 研究・イノベーション・企業評議会(ResearchInnovationandEnterpriseCouncil:RIEC)は、関係各省大臣及び内外の著名な科学者、企業家等によって構成される研究開発戦略決定機関で、2006年に設置された。首相が議長を務め、メンバー(任期2年)は首相が指名する。

② 国家研究基金(NRF)

 首相府の組織である国家研究基金(NationalResearchFoundation:NRF)は、国家科学技術計画に基づき研究機関に外部研究資金をファンディングする機関として、2006年に設立された。

 2014年現在、バイオメディカルサイエンス、トランスレーショナル臨床研究、環境、水技術、双方向デジタルメディア、海洋・オフショア技術、衛星・宇宙分野等の研究開発に対して、総額50億SGDを配分している。

③ JTCコーポレーション

 工業地帯の開発を目的として、次のEDBから分離独立する形で1968年に設立され、ビジネスパークや工業地域、バイオポリス研究地域、海上交通のハブであるジュロン港などを提供することでシンガポールの経済を支えている。

④ 経済開発庁(EDB)

 1961年の国連調査団アルバート・ウィンセミウス(Albert Winsemius)博士のレポートで、外資導入による工業化を実施すべきであると指摘されたことを受け、外資誘致機関として経済開発庁(Economic Development Board:EDB)が1961年に設置された。

⑤ 科学技術研究庁(A*STAR)

 2002年、国立研究機関を一つの組織にまとめて研究の重複を避け、各研究機関の共同研究を促進することを目的に、シンガポール科学技術研究庁(Agency for Science, Technology and Research:A*STAR)が貿易産業省(MTI)の下に設置された。

 A*STARは現在8つの工学系研究所、12のバイオメディカル系研究所を有し、産学連携推進による出口志向の強い研究開発を主導している。

科学技術研究庁(A*STAR)のあるFusionopolis

科学技術研究庁(A*STAR)のあるFusionopolis

(2)科学技術政策動向

 1991年、石油化学等の資本集約型産業からエレクトロニクス等の技術集約型産業への移行を図るため、国の科学技術行政の5か年間の指針として科学技術計画が策定された。以後、順次5年毎に更新され、2016年現在、第6次科学技術計画に沿った活動が展開されている。

 1991年以来その重点課題となっているのは、産学官連携による出口重視の研究開発の促進と、研究開発を支える高度知識・技能人材の育成であるが、それに加えて次世代の産業にインパクトの大きいと考えられる特定研究分野(バイオメディカルや水等)への重点的・集中的な資金投入も、計画策定時の情勢を考慮して取り入れられている。

 2014年末には、シンガポールの発展に向けたSmart Nation政策が発表され、その中で今後シンガポールが行うべき研究開発分野として、社会生活に資するICT、環境に優しい建築物、それらに資するセンサー技術等が言及されている。2016年に発表された第6次科学技術計画では、先進製造、バイオメディカル、都市建築等に関連した4分野に重点的に投資していくことが明らかになった。

 参考までに、以下に第1次から第6次までの計画概要を記す。

  • 1)第1次(1991年~1995年)
    • ・予算20億SGD
    • ・出口重視の研究の推進
    • ・重点分野:製造技術、ICT、エレクトロニクス、材料、エネルギーなど
  • 2)第2次(1996年~2000年)
    • ・予算40億SGD
    • ・多国籍企業のR&Dセンターの誘致
    • ・R&Dセンターを支える人材の育成
  • 3)第3次(2001年~2005年)
    • ・予算60億SGD
    • ・国内の人材育成とグローバル人材の確保
    • ・A*STARとEDBとの連携による産学連携の促進
    • ・バイオポリスの設立を含むバイオメディカル分野への投資強化
  • 4)第4次(2006年~2010年)
    • ・予算139億SGD
    • ・R&D支出を、2010年までにGDP比で3.0%
    • ・「環境と水」、「双方向メディア、デジタルメディア」を追加
    • ・企業R&D活動支援
    • ・産学連携の強化
  • 5)第5次(2011年~2015年)
    • ・予算161億SGD(約1兆3,500億円)
    • ・将来のイノベーションにむけた基礎研究への投資
    • ・人材誘致と人材育成
    • ・競争的資金強化
    • ・経済的成果が見込める研究への特化、技術移転支援等による産学連携強化
  • 6)第6次(2016年~2020年)
    • ・予算190億SGD
    • ・先進製造・エンジニアリング
    • ・健康・バイオメディカルサイエンス
    • ・サービス・デジタルエコノミー
    • ・都市問題の解決・持続可能性

3.高等教育と大学

(1)概要

 シンガポールの高等教育は教育省(MOE)の所管であるが、自治大学(Autonomous University)である5つの大学(シンガポール国立大学、南洋理工大学、シンガポール経営大学、シンガポール技術設計大学の4つの国立大学と、シンガポール工科大学)の運営に関しては、各大学に大きな権限が与えられており、MOEは最小限しか関与しない。

 シンガポールの国内の大学への進学率は、2010年時点で約26%であるが、これ以外に海外の欧米やオーストラリア等の大学に進学する者も多い。

(2)シンガポール国立大学(NUS)

 シンガポール国立大学(National University of Singapore:NUS)の母体は、1905年に創設された医学校である。その後1980年に、シンガポール大学と南洋大学が合併し、シンガポール唯一の総合大学となった。

 2013年時点で、16の学部・大学院を有し、法学、経営から理工学、医学、歯学等まで幅広い分野を網羅している。ユニークなところでは音楽学部も存在する。学生数は約3万7,000人(うち学部生約2万7,000人)のマンモス大学で、教職員も約1万人を擁する。

 国際的な協力が盛んで、米国のデューク大学と共同で運営するデューク−NUS医学大学院では、バイオメディカル研究と臨床実践を融合したカリキュラムを提供している。近年ではグローバルな研究開発大学としての活動を重視しており、工学、数理科学、バイオメディカル・ライフサイエンス、ナノテクノロジー、海洋科学及びアジアに特化した研究等、20以上の研究所を展開している。

(3)南洋理工大学(NTU)

 南洋理工大学(Nanyang Technological University:NTU)は、1955年に国内の中華系子弟のために設立された南洋大学を祖とする。1981年に南洋大学がシンガポール大学と合併してNUSとなった際に、南洋大学の一部が南洋理工学院(NTI)として再編され、1991年にはNTIが国立教育研究所(NIE)を吸収する形でNTUが設立された。

 2013年時点で、工学(6学科)、理学(2学科)、経営、人文、芸術、社会科学(3学科)の4つのカレッジを持つ。2013年には英国のインペリアルカレッジの協力を得て医学部が設置された。学生数は約3万3,000人(うち学部生約2万4,000人)で、教職員は約7,000人を擁する。

南洋理工大学のラーニングハブ

南洋理工大学のラーニングハブ

 NTUは、設立後短期間のうちに国際的に優秀な研究開発大学としての確固たる地位を得つつあり、2016年のQS社の世界大学ランキングでは13位であった。NTUでは産学連携に基づく研究活動に力を入れており、2013年度のタイムズ社のランキングでは、産業界から研究資金を得ている大学の指標において1位であった。

 もともと工学系が強い大学であり、ナノサイエンス・ナノテクノロジー、情報技術等の20を超える研究センターがある。

(4)シンガポール技術設計大学(SUTD)

 シンガポール技術設計大学(Singapore University of Technology and Design:SUTD)は、シンガポール第4の国立大学(ちなみに、第3の国立大学は文科系のシンガポール経営大学(Singapore Management University:SMU))であり、2012年に活動を開始している。

 この大学は、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)と中国の浙江大学の協力を得て設立されたものである。MITが開発した新しい工学教育を実施する場として、教育・研究が行われている。中国の浙江大学とは、中国国内での起業に向けての教育などで連携している。教育研究分野としては、持続可能性、輸送、クリーンエネルギー、ヘルスケア、防衛革新技術などである。2015年5月、チャンギ地区に正式なキャンパスが完成し、活動を開始したところである。

(5)リサーチセンターオブエクセレンス

 既に述べた首相の直轄ファンディング機関である国家研究基金(NRF)が主導しているプログラムに、「リサーチセンターオブエクセレンス」がある。これは、NRFが国内の研究ポテンシャルを集結することを目的として、5年から10年の間に1.5億SGDの研究資金を投じて最先端研究センターを設置するものである。

 現在5つのセンターが設置されており、量子技術センター(Centre for Quantum Technologies)、メカノバイオロジー研究所(Mechano biology Institute)、がん科学研究所(Cancer Science Institute)がシンガポール国立大学(NUS)に、地球観測所(Earth Ob servatory)、環境生物科学工学センター(Centreon Environmental Life Sciences Engineering)が南洋理工大学(NTU)に設置されている。

4.科学技術指標

(1)研究開発費

① 総額と対GDP比

 1990年以降、シンガポールにおける研究開発投資額は順調に伸びてきた。UNESCOの統計によれば、1996年は17億ドルだったが、2000年には約2倍の30億ドル、2010年には72億ドルに達した。2014年のシンガポールの研究開発費は約99億ドルである。

 対GDP比も研究開発投資額の増加と比例するかたちで伸びてきた。1996年は1.31%だったが、2000年には1.8%、2001年には2.01%となった。2014年の値は2.19%である。

 対GDP比に関しては、第4次(2006年~2010年)の科学技術計画で、EUのリスボン戦略を参考としつつ、計画期中にGDPに占める研究開発費比率を3.0%まで引き上げる目標を盛り込んだ。しかし2008年のリーマンショック等の影響で民間による研究開発投資が落ち込んだことから、2011年で2.23%に留まり、達成することはできなかった。2014年時点でも3.0%の目標は達成できなかった。

② 政府と民間の投資比率

 シンガポールの研究開発投資の政府と民間の比率は4:6である。これは、国の投資に大きく依存している他のASEAN諸国とは異なり、先進国的な状況となっている。今後10年から15年の間でシンガポールの産業を支えると考えられる科学技術分野に、先ず政府が大規模な研究開発投資を行い、それを呼び水として同分野の外資系研究開発型企業を誘致し、それらの外資系企業の研究開発投資と国内研究機関・大学の産学相乗効果によって徐々に国内の科学技術レベルを向上させることが政策パターンとなっている。90年代のICT、エレクトロニクス、2000年代前半からのバイオメディカルサイエンス、後半からの環境・水等はその典型である。

「2014年A*STAR National Survey of R&D in Singapore」における、分野別の研究開発投資状況を見てみると、エレクトロニクスや機械産業を含むエンジニアリング技術分野では、民間が35.23億SGD、政府が12.16億SGDである。比率として約3:1であり、この分野における民間企業による研究開発活動が十分に定着している。一方、2000年以降に力を入れ始めたバイオメディカル分野では、2014年時点で民間が6.36億SGD、政府が11.56億SGDであり、比率的にも約1:2となっていて、依然として政府によるバイオメディカル産業育成・強化が続いていると考えられる。

③ 性格別割合

 UNESCOの統計によれば、基礎研究、応用研究、最終出口志向の実験開発研究の割合は、2013年のデータで29%、33%、46%と、圧倒的に応用研究と実験開発研究に傾斜しており、産業化を見据えた研究が中心となっている。

 さらに基礎研究は、企業部門と政府・高等教育・公共部門の比率が約1:2で構成されるが、後者については純粋基礎研究と政府の定める重点分野に沿った戦略的基礎研究に分けることができ、その中で純粋基礎研究の研究費は戦略的基礎研究の約半分に過ぎない。この事実からも分かるように、いかに最終目的を見据えた応用研究に注力されているかが伺えよう。

(2)研究者

 2014年の研究者数(Research Scientists and Engineers)は、3万2,835人である。また、労働人口1,000人当たりの研究者数は11.7人(フルタイム換算)であり、同年の日本10.3人よりも多い。これは、シンガポールが数次の科学技術計画にわたって積極的に高度な知識、技能を有する研究人材の育成と獲得に取り組んできた成果である。

 研究者全体の26%に当たる7,780人は、シンガポール市民・永住権者以外の研究者で占められている。特に、バイオポリス等の大型クラスターが軌道に乗り、政府研究開発予算が大幅に増加した第4次の科学技術計画の実施以降は、シンガポール市民・永住権者の研究者数の伸び率が2002年以降それほど変化していないのに比べて、外国人研究者の伸び率が顕著である。

 なお出典元が違うため、ここでの研究者の数字が序章の数字と一致しないことに留意する必要がある。

図表2:シンガポール研究者の国籍別推移

図表2:シンガポール研究者の国籍別推移

出典:A*STAR National Survey of R&D in Singapore 2014

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、シンガポールの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で31位であり、この間の論文数は2万5,763編であった。ASEAN諸国の中でトップであり、これに続くマレーシアが第39位、タイが第40位となっている。

 分野で見ると、材料、工学、計算機科学などに強みを有している。

(4)大学ランキング

 世界大学ランキングでのシンガポールの大学の順位は非常に高い。

 英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングにおいて、シンガポール国立大学(NUS)は総合で12位、南洋理工大学(NTU)は13位となっている。NTUは2014年の39位から順位をかなり上げたことになる。

(5)トムソンロイターのランキング

 QS社は英国系の調査機関であるため、ランキングの作成には英語での教育・研究が重視される傾向があり、オーストラリア、シンガポール、香港等の大学が高い位置を占めることが多い。

 そこで、トムソンロイターの科学論文データを使った別の観点からシンガポールの大学を他大学と比較すると、次ページの図表1-3のとおりである。これで見ると、NUSやNTUは中国の清華大学や北京大学と近い位置にあるが、日本の東京大学や京都大学と比較するとかなり差がある。

図表3:論文数と引用数での世界順位(2004年1月~2014年12月)

図表3:論文数と引用数での世界順位(2004年1月~2014年12月)

出典:トムソンロイターのデータを元にCRDSで作成

(6)特許

 シンガポールの特許数指標を見ると、2011年で申請数1,913件、取得数855件、所有数4,758件となっており、日本、米国等の先進工業国と比較すると小さいものの、他のASEAN諸国と比較して高いレベルにある。これは、もともとその基礎となる科学技術レベルが高いことや、政府が積極的に進めている出口志向の技術開発によるものと考えられる。

 一方、どのセクターが特許に貢献しているかを見ると、2011年の特許申請数、取得数及び所有数について、企業部門と公共部門の比率が68:32、79:21、75:25と、全てにおいて企業部門が優れており、企業部門の研究開発力の強さが伺える。

 また、その企業部門の分野別特許の指標を見てみると、1990年以降高付加価値な技術集約型産業として力を注いできたエレクトロニクス・精密系部門が継続的に強い。また2000年以降、政策的に研究開発力が強化されてきたバイオメディカル部門においては企業の研究開発力が2002年には累積所有特許数5件に過ぎなかったが、2011年には272件、特許申請数はそれぞれ1件が169件になっており、この10年間に着実に伸びてきていることが伺える。

5.国際協力

(1)日本との関係

① A*STARとJSTの共同研究ファンド

 A*STARと科学技術振興機構(JST)は、両国の研究交流活動の促進を図ることを目的として、2009年に共同ファンド形式による研究協力支援を開始した。2014年時点で、「物性材料・デバイス」、「フォトニクス・ナノオプティクス」及び「バイオエレクトロニクス」の分野で共同公募を実施し、各々3課題、計6課題を共同支援している。一課題当たりの資金額は約10万SGDで、研究実施期間は3年程度である。さらに2015年に、「細胞の動的計測・操作を可能にするバイオデバイスの技術基盤の開発」の分野で、第3回目の共同公募を開始した。

② A*STARと大阪商工会議所との連携

 政府間協力以外で興味深い取り組みとして、2012年の10月に締結されたA*STARと大阪商工会議所との医療技術分野における国際提携がある。大阪商工会議所所属の医療技術関係会社は、この提携によってシンガポールの研究インフラと人材を活用する機会を得るとともに、アジア全域に向けた医療技術・機器の研究開発を加速することが期待される。

③ 慶應義塾大学、早稲田大学との協力

 2009年、NRFの支援を得て、慶應義塾大学はNUSと共同で慶應−NUSCUTE(Connective Ubiquitous Technology for Embodiments)センターをNUSキャンパス内に設置し、ユビキタス社会におけるライフスタイル・メディアに関する研究、最先端ネットワークを活用したグローバルコンピューティングに関する研究などを、共同で実施している。

 また、同じく2009年に、早稲田大学が独自の資金でバイオポリス内に早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)を設立した。現在日本から派遣された4人の主任研究員が、フィジカルバイオロジーやバイオイメージング等の分野において、NUS、NTU、A*STAR等の研究者と共同研究を実施している。

(2)日本以外の諸外国との関係

① CREATEプログラム

 NRFによって支援されるCREATE(Campus for Research Excellence And Technological Enterprise)プログラムは、シンガポールの有力大学と世界各国の優秀な大学10機関との連携により国際学際研究拠点を構築するものである。

 10機関とは、ケンブリッジ大学、スイス連邦工科大学チューリッヒ校、ミュンヘン工科大学、テクニオン・イスラエル工科大学、エルサレム・ヘブライ大学、ベングリオン大学(イスラエル)、MIT、カリフォルニア大学バークレー校、北京大学、上海交通大学である。

 研究分野としては、感染症、再生医療、バイオシステム等を扱うヒューマンシステム、低炭素エネルギー、EMS等を扱うエネルギーシステム、クリーンウォーター、持続可能な環境等にかかる環境システム、そして、都市設計・計画、都市交通等にかかる都市システムといったシンガポールの戦略的研究分野において、分野融合を意識した共同研究を実施している。

 例えばカリフォルニア大学バークレー校は、2012年よりNUS、NTUと連携し、3大学において33人のPI(バークレー校10人、NUS10人、NTU13人)を含む約100人の研究員・スタッフを擁しつつ、「熱帯地域における建築物のエネルギー効率と持続性に資する技術」をテーマとして、センシングとデータ収集、シミュレーション、実験・実証施設での研究等を行っている。

CREATEの建物

CREATEの建物

② 英国との協力

 歴史的につながりの深い英国とは、A*STARが英国の医学研究会議(Medical Research Council:MRC)と2009年から感染症分野において共同研究を、また海洋科学、海洋工学研究分野においてサウザンプトン大学との協力を実施している。

③ フランスとの協力

 フランスとは、2005年に開始された「マーライオンプログラム」と呼ばれる研究人材交流プログラムがある。フランスのInstitut Français de Singapourが支援し、NUS、NTU等の大学やA*STAR等の研究所が参加している。

④ ドイツとの協力

 ドイツとは、2013年に開始された「シンガポール−ドイツ研究プロジェクトファンディング」と呼ばれる研究人材交流プログラムがある。ドイツの連邦教育研究省(BMBF)が支援し、NUS、NTU等の大学やA*STAR等の研究所が参加している。

6.トピックス

 シンガポールにおいては、経済的な波及効果が高いと考えられる研究開発分野に集中的に研究開発資金を投じてきた。以下では、それぞれ2000年代前半、後半に重要研究開発分野として指定され、積極的にシンガポールのイノベーション力向上に貢献してきたバイオメディカル分野と、特に近年イノベーション力において世界トップの評価を受けている水研究分野について言及する。

(1)バイオメディカル研究

① バイオポリス設置

 バイオメディカル分野は、第3次科学技術計画(2001年~2005年)で21世紀の高付加価値産業の種として集中育成すべき分野に指定された。2001年に「世界のバイオメディカル研究のハブ」を目指して「バイオポリス(Biopolis)計画」が開始され、2003年に7棟からなるクラスターが完成した。2013年10月時点では、合計12棟、約29.5万m2の床面積に、38のバイオメディカル企業と10の公的研究所が入居し、70か国から2,500人以上の研究者が活動する一大バイオクラスターとなった。

バイオポリス(Biopolis)

バイオポリス(Biopolis)

 バイオポリスに入居している企業の中には、米国プロクター&ギャンブル(P&G)社のアジア研究拠点が含まれている。P&G社は、かつて神戸バイオメディカルイノベーションクラスター地域にアジア研究開発拠点を有していたが、このバイオポリス内に2.5億SGDの投資を行って移転している。

② フィリップ・ヨー長官の活躍

 2000年当時、シンガポールのバイオメディカル系研究基盤は脆弱で、バイオ系の研究所は1985年にNUS内に設立されたシンガポール分子細胞生物学研究所(Institute of Molecular and Cell Biology)のみであり、バイオ系の研究人材も非常に限られていた。

フィリップ・ヨー元A*STAR長官

フィリップ・ヨー元A*STAR長官

 そこで、バイオポリス計画の主導者であり政策実施の中心人物であったフィリップ・ヨー(PhilipYeo)A*STAR長官(当時)は、シンガポールゲノム研究所(Genome Institute of Singapore)を皮切りに、2010年までに11ものバイオメディカル系の国立研究所を次々とバイオポリス内に立ち上げた。そして、「鯨(海外の大物研究者)がグッピー(シンガポール国籍の研究者)を育てる」として、基礎・応用研究を問わず多額の研究資金を元に海外の大物研究者を招聘し、人材の開発と育成に努めた。

③ テマセク生命科学研究所(TLL)

 テマセク生命科学研究所(TemasekLifeSciencesLaboratory:TLL)は、2002年にシンガポールのアジア向け投資会社であるテマセクホールディングスの支援を受けて、NUSキャンパス内に設立された非営利のバイオ系の研究所である。

 TLLには、21か国から240人の研究者が集い、細胞生物学、神経科学、病理、バイオインフォマティクス等といった生物科学に関する研究を行っている。約30人の主任研究員(PI)のうち日本人が6人で、非常に日本人PI比率が高い研究所である。

④ これまでの成果

 バイオポリス計画が動き出した2000年前半から2011年にかけて、バイオメディカル科学研究のシンガポールに与えたインパクトを定量的に検証すると図表4のとおりである。バイオメディカル産業の雇用規模は徐々に拡大している。しかし、売上高を見ると、医療機器は伸びているものの、制約行は2013年で大きく減少し、2015年時点でも回復はしていない。

図表4:バイオメディカル産業の売上高と雇用数の推移
(左軸は売上高、右軸は雇用数を示す)

図表4:バイオメディカル産業の売上高と雇用数の推移

出典:シンガポール統計庁「Principal stats of mfg by industry cluster」を元に筆者作成

⑤ 出口志向研究へのシフト

 ある程度人材育成や研究開発系企業の進出も進み、基本的なインフラが整った2010年には、政府資金の重点を出口思考型で産業系の研究にシフトさせるべく、Industry Alignment Fund(IAF)が立ち上げられた。

 こうした出口志向研究へのシフトは、シンガポール政府としては自然な流れであった。しかし、バイオポリス創設期に招聘され、学問としての基礎研究に引き続き取り組むことを願う海外の大物研究者の中には、政府資金の重点が出口思考型研究に移ったことに嫌気がさしてシンガポールから離れる者も続出することとなり、このことは新聞(一般紙)でも「蜜月の終わり」と揶揄された。

(2)水関連技術

① 技術開発の背景

 シンガポールは、ほぼ赤道直下に位置し、熱帯雨林気候で年間2,400mmの降水量(日本は1,700mm程度)があるが、国土が狭いため雨水を貯蔵する地域が限られており、大きな河川、天然の帯水層や地下水も存在しない。このため水の確保は、シンガポールにとって独立以来の死活問題である。

 リー・クァン・ユー(Lee Kuan Yew)初代首相が、水の重要性を強く意識した2つの出来事があった。一つは、1942年の日本軍侵攻であり、日本軍がマレーシアとシンガポール間の水パイプラインを破壊したことで、水の供給を断たれた英国軍は早期に降伏せざるを得なかった。もう一つは、1965年8月9日(シンガポール独立日)に、当時のマレーシア首相が行った「もしシンガポールがマレーシアに不利な政策をとるようなら、いつでもジョホール水道の水を止めることもやぶさかではない」という演説である。シンガポールにとって、水の供給中断への恐怖は潜在的な外交圧力となることを如実に示している。

 1965年の独立当時、水供給源はジョホール水道経由のマレーシアからの輸入と国内の小規模な貯水池の2種類のみであったが、安定した水供給の実現は、国民の生活維持や工業化のための必須要件であった。建国以来、水の安定供給を達成するための法整備、複数の水供給源確保を志向する国土開発やインフラの構築などと並行して、水確保のための技術開発が進められてきた。

② 公益事業庁(PUB)と4つの蛇口政策

 シンガポール政府で水事業全般を司るのは、環境水資源省(MEWR)傘下の公益事業庁(Public Utility Board:PUB)で、貯水池管理、取水、浄水、配水、下水処理、再生処理、雨水排除の事業と関連技術開発を行っている。

 このPUBが中心となって実施されている水確保対策が、「国家の4つの蛇口」政策である。具体的には、雨水、輸入水、NEWater(再生水)、海水淡水化である。このうち後者の2つは、国内での技術開発が積極的に進められているので、別項で記述する。

 雨水については、効果的な都市設計による効率的な貯蔵システムを目指しており、2008年マリーナベイエリアに海を堰き止めて淡水貯水池として造成されたマリーナ貯水池等、現在は17の貯水池が整備され、側溝、ドレイン等計画的にはりめぐらされた雨水集積システムによって、国土の3分の2が雨水確保エリアとなっている。PUBでは、今後2060年までに雨水確保エリアを90%まで拡張する予定である。

 輸入水については、マレーシアのジョホール州政府と水の売買協定を2件締結している。両協定とも、ジョホール州政府に見返りとして50セント/千ガロンで処理水の一部を提供しなければならないが、浄水処理には240セント/千ガロンかかり、差額の190セント/千ガロンは補助金で賄っていることから、シンガポールに不利な条件である。さらに、25年毎に売買価格の見直しを行うことになっており、水の調達コストが外交交渉によって左右される。本協定は2061年まで有効であるが、それまでには他の3つの「蛇口」で全供給を賄うこととしている。

③ NEWater(再生水)

 NEWaterは、排水等の使用済の水を化学的(紫外線殺菌)、物理的(薄膜除菌)に処理することで再利用可能とした水で、2002年にその技術が開発された。10万回以上の科学的検査を経ており、WHOの基準もクリアしている。現在のところNEWaterは極めて純水に近いため、主に半導体工場等で工業利用されている。このNEWaterの開発成功は、シンガポールが革新的水技術において世界の舞台に踊り出るきっかけとなった。2011年時点で5つのNEWater処理場が稼動しており、総供給の30%を占める。

④ 海水淡水化

 シンガポールは海に囲まれていることから、適切なコスト及びエネルギー消費での海水脱塩技術の開発に注力している。2005年には、トゥアス工業団地においてシンガポール初の淡水化プラントであるSing Spring工場が稼動し、30百万ガロン/日の淡水製造を行っている。また2013年には、第二の海水淡水化工場であるTua spring工場が稼動を開始し、70百万ガロン/日の淡水を供給している。これらの海水淡水化工場で、シンガポールの水総供給の10%を賄っている。

⑤ Hyflux

 NEWaterや海水淡水化のプラントの開発に大きな役割を果たしているのが、Hyfluxという民間会社である。Hyfluxの創業は1989年で、ろ過装置などの水処理システム販売商社としてスタートした。NUSを卒業しグラクソ(現グラクソスミスクライン)での勤務経験を有する創業者のオリビア・ラム(Olivia Lum)が、2001年にシンガポール政府からNEWaterプラント第一号を受注することに成功した。さらに2005年には、シンガポール政府から海水淡水化施設も受注している。

 Hyfluxは、NEWater施設と海水淡水化施設を合わせ、シンガポールの水需要量の約35%を供給している。同社の事業はシンガポール国内のみにとどまらず、中国、中東等海外400か所に展開している。

⑥ 環境・水関連産業開発評議会(EWI)

 シンガポール政府は、外資系企業の誘致、産業振興、雇用創成の原動力として、水分野を第4次科学技術計画(2006年~2010年)の重点分野の一つに明示し、5年間で3.3億SGDの国家予算を配分することとした。2011年には更に1.4億SGDを追加配分し、総計で4.7億SGDとなっている。この資金を効率よく運用し環境水関連産業開発を主導することを目的として、2006年に環境・水関連産業開発評議会(Environment and Water Industry Program me Office:EWI)が、PUBを所管する環境水資源省(MEWR)により設置された。EWIは、暫定的に2006年から2015年まで10年間設置されるバーチャルなエージェンシー間組織であり、PUBが事務局となり運営されている。EWIは、経済開発庁(EDB)、国際企業庁(IES)等と協力しつつ、全政府一体となって環境・水政策を効率的に実践している。

 EWIの役割は、水・環境産業に貢献する研究開発の調整であり、シンガポールができるだけ早く水関連産業のグローバルハブとなるように、様々な活動を支援する。EWIは次の3点を活動方針としている。

  • 1)外国企業の誘致や地元企業の育成によるクラスター形成
  • 2)研究開発支援や人材育成による研究能力開発
  • 3)水関連産業輸出やローカル企業国際化支援。
⑦ 環境・水処理研究プログラム(EWRP)

 EWIが研究開発促進のために行う施策のうち、国の政策に沿ったトップダウン研究開発のための競争的ファンドが、環境・水処理研究プログラム(Environment and Water Research Program me:EWRP)である。

 EWRPでは、基礎から応用までの幅広い研究課題への資金援助が可能であるが、最終的に産業化までの道筋が視野に入れられていなければならない。また、課題実施機関はシンガポール国内を拠点とする必要がある(シンガポールに居を構えていれば良く、シンガポールにおける法人格を有する必要はない)。

 EWRPには、私企業のみを対象とするものと私企業も含み大学や公共研究機関等の全ての研究機関を対象とする二種類の支援スキームがあり、ファンドからの資金は人件費、設備投資、役務費、トレーニング等に充当できる。公的機関には費用の100%、私企業には70%が支援される。

⑧ 大学の研究機関とWater Hub

 水関連研究の重要研究開発機関は、シンガポールを代表する2つ大学であるNUSとNTU、及びPUBである。両大学は、環境研究所(NUS Environmental Research Institute:NERI)や南洋環境水処理研究所(Nanyang Environment and Water Research Institute:NEWRI)を設置し、体系的な水関連科学技術開発を行っている。

 一方PUBは、地元企業や外資系企業との協力による研究開発プログラムを2002年より開始しており、これまで2.14億SGDの予算を投じて、364のプロジェクトを実施している。

 またPUBは、水研究開発の産官連携拠点として、Water Hubを2004年に開設した。Water Hubは、シンガポール国内の水関連産業に対しアカデミックな知識習得、研究開発、ネットワークの場を提供しており、バイオメディカル分野におけるバイオポリスの小規模な形態という印象である。

 現在Water Hubでは、次のような事業を実施している。

  • 1)Academy @ Water Hub:専門性の高い人材育成開発プログラム
  • 2)R&D @ Water Hub:インキュベーション・センターの設置
  • 3)Connect @ Water Hub:双方向交流機会の提供。

7.まとめ

 シンガポールでは1965年の建国以来、安定した国家社会の構築のために「いかに国民を食べさせて行くか」が、達成すべき最重要政策であった。狭隘な国土に天然資源がないことから農業、鉱業等の第一次産業に依存できず、また人口も少ないことから労働集約型産業から脱皮しなければならなかったため、科学技術力に基づく高度な知識と技術を獲得し、高付加価値を生み出す産業の推進することが重要であった。科学技術は産業誘致と産業育成の重要な手段であり、そのための人材育成とインフラ整備が50年間脈々と行われてきた。

 科学技術投資は、小規模国家であるが故に科学技術全般への展開は考えず、次の世代に雇用と富をもたらす産業を特定し、その産業に資する分野に絞ったトップダウン型となっている。2000年代前半のバイオメディカル分野や、後半の水産業分野の研究開発への集中投資がその典型であり、これらは「国の研究資金の集中投入による外資系企業誘致、産業振興、雇用創成、人材育成」という成長戦略の実践であり、今後もこのパターンを踏襲しつつ研究開発投資がなされていくことになろう。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第1章「シンガポール」部分を土台に、津田が加筆修正を行って作成した。上記書籍のシンガポールの章は、当時シンガポール事務所長であった小林治が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を小林と津田の連名とすることにした。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

津 田  憂 子

(著者紹介)

小林 治(こばやし おさむ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構・国際戦略室 室長。1992年慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社ニコンの海外営業部門にて勤務。2001年科学技術振興事業団(現科学技術振興機構)に入団。以降、主に国際協力部門での勤務し、2012年から2015年までシンガポール事務所長。2015年9月より人事第一課長を経て、2016年10月より現職。

津田 憂子(つだ ゆうこ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2010年3月早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学政治経済学術院助手、国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課非常勤調査員、上智大学外国語学部ロシア語学科非常勤講師、在露日本国大使館専門調査員、国際科学技術センター上席技術調整管理官(在モスクワ)等を経て、2014年より現職。