フィリピンの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 フィリピンの正式国名は「フィリピン共和国(Republic of the Philippines)」であり、首都はマニラにある。約7,000の島からなる島国である。面積は30万km2である。

 人口は1億70万人(2015年の推計値)で、ASEAN諸国の中では、インドネシアに次ぐ大きさである。現在も年2%ずつ増加している。平均年齢は23歳と若く、労働力が経済成長を押し上げる「人口ボーナス」が当面続くといわれている。

(2)歴史

 1521年にマゼラン(Ferdinand Magellan)がフィリピンに到達した後、1571年よりフィリピンは長くスペインの植民地支配下にあった。その後1898年に勃発した米西戦争の終結時に、フィリピンの領有権は米国に譲渡された。米比戦争などを経て、1915年にはフィリピン全土が米国の統治下に入った。1916年には米国議会でジョーンズ法(フィリピン自治法)が制定され、その中では将来のフィリピンの独立が宣言された。1942年から1945年までの日本軍政を経て、1946年7月に主権を獲得するまで米国の統治下にあった。

(3)政治

 1946年の独立以降、フィリピンの政治体制は立憲共和制である。ただし、1965年に就任したマルコス(Ferdinand Edralin Marcos)大統領は、強権政治によりフィリピンを統治した。

 1968年に毛沢東主義に基づくフィリピン共産党(CPP)が再建され、翌1969年3月には軍事部門の新人民軍(通称NPA)を結成してゲリラ戦を開始し、一方南部でも反体制派イスラム教徒が1970年にモロ民族解放戦線を結成してミンダナオ島で反乱を開始した。

 マルコス大統領は、両組織の反乱を理由に1972年に全土に戒厳令を敷き、新社会建設を掲げて議会の閉鎖、既存支配層の排除を行い、軍隊が政府機能を掌握した。戒厳令は1981年に解除されたものの、マルコス大統領とその周辺による独裁体制は、1986年の2月革命によりマルコス夫妻がハワイに亡命するまで続いた。

 その後複数の大統領を経て、現在は2016年に大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Roa Duterte)大統領がその地位にある。南部ミンダナオ島のダバオ市の市長を6期務めたドゥテルテ大統領は、市長時代と同様、治安の強化に取り組んでいるが、超法規的措置も伴った彼の手法には批判の声も上がっている。

(4)民族、言語、宗教

 民族は、マレー系が主体で、中華系、スペイン系及びこれらとの混血並びに少数民族がいる。

 国語はフィリピノ語であり、公用語はフィリピノ語及び英語である。全体では80前後の言語がある。

 フィリピンは、ASEAN諸国唯一のキリスト教国である。国民の83%がカトリック教徒であり、その他のキリスト教徒が10%を占める。

(5)初等中等教育と識字率

 初等中等教育は、2011年6月に刷新され(フィリピンの学年始まりは6月)、6-6制(初等教育6年、中等教育6年)となった。それまでは、10年(初等教育6年、中等教育4年)であった。初等中等教育は、教育省が所掌する。2009年のデータによると、初等中等教育の就学率は88.2%であった。

 識字率は、2008年で95.4%である(米国CIAのワールドファクトブック)。

(6)経済

① 概観

 2015年現在の名目GDPは2,920億米国ドル(以下「ドル」と略す)であり、国民一人当たりの名目GDPは2,899ドルである。

 2012年と2013年の実質GDP成長率はそれぞれ6.8%と7.2%であり、好調を維持していたが、2014年と2015年の実質GDP成長率は、それぞれ6.1%と5.8%と漸減傾向にある。失業率は7%近辺で推移しており、2011年~2013年の間で改善は見られていない。

② 産業構造

 2014年のデータで産業別のGDPの割合は、第一次産業11.3%、第二次産業31.4%、第三次産業57.3%である。

③ 貿易

 2013年の輸出は567億ドル、輸入は624億ドルである。輸出品目別に見ると、電子機器・部品、機械・部品、木材が上位を占める。輸入品目別では、鉱物燃料、委託加工用原材料の割合が大きい。

 主な貿易相手国は、輸出面では、日本(21.2%)、米国(14.5%)、中国(12.2%)である。輸入面では、中国(13.0%)、米国(10.8%)、日本(8.4%)の順になる。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 フィリピンの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。

図表1:科学技術関連の行政組織図

図表1:科学技術関連の行政組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

 科学技術政策と実施を担当するのは、科学技術省(DOST)である。大学は大統領府傘下に設置された高等教育委員会(CHED)の所掌下にある。科学技術実施に直接関わる省庁、研究機関、及び大学については後述する。

(2)科学技術政策動向

 フィリピンの科学技術戦略を見ると、社会が抱える課題の解決に資する方向性と、人材・インフラ・行政システム等を整えるという方向性が示されている。

① 科学技術基本戦略

 科学技術の基本戦略は、2002年~2020年を対象とした「National Science and Technology Plan 2002-2020」であり、20年弱という長期にわたった戦略が立てられている。この戦略では、科学技術のビジョンを掲げるとともに目標を示しつつ、戦略領域について述べている。

 科学技術のビジョンについては、2004年、2010年、2020年と3時点で示されており、それらは以下のとおりである。

  • ・2004年のビジョン:「国家の生産性や競争力を高め、喫緊の国家的な課題の解決に大きく貢献」
  • ・2010年のビジョン:「ニッチを切り開き、選んだ領域において世界クラスの知識提供者・活用者となり、活力ある科学技術文化を醸成」
  • ・2020年のビジョン:「高い技術力に基づき、世界的に競争力のある製品やサービスを開発」
② 中期計画によるアップデート

 2014年に公表された「National Development Plan 2011-16 Midterm-Update」において、部分的に科学技術基本戦略のアップデートが行われている。これは、戦略に代わるものではないが、ICT技術の進展や世界的にイノベーションが重視される中、科学技術・イノベーションについての優先課題をより具体的に示している。

③ 具体的な数値目標

 DOSTのウェブサイトには、上記戦略に基づき目指すべきアウトカムが掲げられている。具体的な数値目標に踏み込んでいるものを紹介する。なお、2016年11月4日現在、以下の目標が掲げられている。

  • ・非首都圏における52万人の雇用を含む130万人の雇用を生み出し、ICTにおける世界的なリーダーとなる。
  • ・ICTを活用して医療・教育などの政府サービスのアクセスを拡大し、2016年までにe-governmentの領域で世界50位以内に入る。
  • ・世界的に競争力のある科学技術人材を育てるため、PSHS(フィリピンサイエンスハイスクール)を強化して2015年までにASEAN地域でトップレベルのサイエンスハイスクールとする。

3.科学技術実施機関

(1)科学技術省(DOST)本省

 科学技術省(Department of Science and Technology:DOST)は長官(Secretary)をトップに置く組織である。

 長官の下に3人の副長官(Undersecretary)、4人の長官補佐(Assistant Secretary)が置かれている。3人の副長官の所掌は、科学技術サービス、地域事業、研究開発である。4人の長官補佐は、それぞれ技術移転、戦略的計画・プログラム、財務・総務・法務、気候変動及び災害リスク軽減を担当する。これらの副長官、長官補佐に対応する形で内部部局が置かれ、それぞれの部局が傘下の機関を所掌する。

 DOSTの傘下には、19の機関が存在する。2つのアドバイザリー機関、政策の推進を担う3つの評議会、分野別に設置された7つの研究機関、科学技術に関するサービス(情報提供など)を行う8つの機関である。また、16ある地方にもそれぞれDOSTのオフィスが存在する。

 2013年度のDOSTのパフォーマンスレポートによると、DOST本体の予算は約23億7,000万ペソである。これに加え、DOST傘下の全ての機関の2013年度の予算総額は、約101億ペソであった。すなわち、地方オフィスも含めたDOST全体の年間予算は、3億ドル弱の規模である。DOST関連機関全体の職員数は5,056人である。

 なお、ペソはフィリピンの通貨単位で、2016年10月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1ペソ≒2.1円となってる。

(2)アドバイザリー機関~フィリピン研究会議(NRCP)

 DOST傘下にあるアドバイザリー機関の中心的な役割は、DOST本体が推進する政策に関して助言を行うことである。それに加え、ファンディング機関としての役割も果たしている。2つの機関が存在するが、ここではより予算額の大きいフィリピン研究会議(National Research Council of the Philippines:NRCP)について紹介する。

 NRCPは、1931年に設立された機関である。現在35人の人員を有し、その年間予算額は約6,000万ペソである。そのミッションは、「基礎的かつ課題に基づいた研究を推進すること」である。

 アドバイザリー・情報提供機能としては、国家開発計画の策定やDOSTの優先領域の策定などに資する情報提供を行っている。その際、外部有識者を含む複数の委員会を立ち上げ検討を行う。

 ファンディング機能として、物理学、工学、化学、農学・林学、生物学、医学など13の優先領域を決め、支援を行っている。

 基礎研究で優秀な成果を上げた研究者に対し、アウォードの提供も行っている。さらに、修士論文・博士論文グラントというプログラムを提供している。これは、修士学生に2年間で1万ペソ、博士学生に3年間で1万5,000ペソを、学生が所属する機関に配分するものである。

(3)評議会~フィリピン産業・エネルギー・萌芽技術評議会(PCIEERD)

 DOST傘下の評議会は、優先領域に対して資金を配分するファンディングを中心的な活動としている。ここでは、3つの評議会のうち予算額が最も多いフィリピン産業・エネルギー・萌芽技術評議会(Philippine Council for Industry, Energy and Emerging Technology Research and Development:PCIEERD)を紹介する。

 PCIEERDは、2013年現在で112人の職員がおり、予算総額は約4億4,700万ペソである。ミッションは、「科学技術政策・戦略及び国家の経済開発に資する技術を生み出すことにおいて公的・私的な組織を導きかつ連携させること」で、研究開発や技術移転に向けたファンディング機関である。また、所掌する技術領域に関して、研究開発のロードマップを作成する作業にも取り組んでいる。

 PCIEERDの予算は競争的な資金が中心で、包括的かつ持続可能な経済成長に94%、貧困削減と貧困者・社会的弱者のエンパワーメントに4%、環境保護・気候変動への対応・その影響の緩和に1%配分されている。これを最終アウトプットの側面で見ると、研究開発に90%、研究開発政策・計画に4%、技術の商業化に6%が費やされている。PCIEERDの業務は、経済成長に資する領域における研究開発に対して競争的に資金を配分する活動が中心といえる。

 PCIEERDの優先領域は、以下のとおりである。

  • ・産業(エレクトロニクス・半導体、食料品加工など)
  • ・エネルギー(代替エネルギー、エネルギー効率性、輸送)
  • ・萌芽技術(バイオ、ICT、ナノテク・材料、宇宙技術など)
  • ・特別な課題(気候変動適応、災害リスク軽減、環境問題など)。

(4)研究機関~先端科学研究所(ASTI)

 DOST傘下には、次の7つの研究機関がある。

  1. ⅰ)先端科学技術研究所(ASTI)
  2. ⅱ)食料・栄養研究所(FNRI)
  3. ⅲ)森林産品研究所(FPRDI)
  4. ⅳ)産業技術開発研究所(ITDI)
  5. ⅴ)金属産業研究開発センター(MIRDC)
  6. ⅵ)フィリピン原子力研究所(PNRI)
  7. ⅶ)フィリピン繊維研究所(PTRI)

 以下では、日本の理化学研究所に比較的近く、ICT、マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジーを中心とした科学技術全般をカバーしているASTIについて紹介する。

 2013年度のASTIの予算は約7,100万ペソであり、68人の職員を擁している。組織の予算規模は、7研究所のうち6番目である。ただし、外部から獲得した資金も合わせ研究開発プロジェクトに費やした金額の規模は大きく、多額の競争的資金を獲得している。

 ASTIでは、例えばICT技術を用いて行政プロセスを可視化することにより、不正の入り込む余地を減らそうという研究や、ICTを用いた教育などの行政サービスの提供など、社会的なニーズである対汚職対策、貧困削減及び貧困者のエンパワーメント、環境保護・気候変動への対応と影響の緩和などに対応するプロジェクトが進められている。

(5)サービス機関~フィリピン火山・地震学機構(PHIVOLCS)

 DOST傘下のサービス機関とは、科学技術に関連するサービス提供を担う機関である。8つの機関の中には、自然災害情報を提供する機関や、中等教育における科学教育を支援する機関などがある。以下では、自然災害に関する情報提供を行うフィリピン火山・地震学機構(Philippine Institute of Volcanology and Seismology: PHIVOLCS)を紹介する。

 PHIVOLCSは、1951年のヒボック・ヒボック火山の噴火で多くの被害が発生したことに対する反省に基づき、1952年にフィリピン火山学委員会(Commission on Volcanology:COMVOL)として設立された。1984年に地震学に関する分野が別機関から移転され、現在のPHIVOLCSになった。

 2013年度の予算額は約2億7,000万ペソであり、195人の職員を擁している。主な業務は、技術・情報提供サービス、トレーニング、研究開発などである。PHIVOLCSにより研究開発プロジェクトという形で支出された約8,000万ペソの約9割は海外からの資金提供であり、その研究開発の規模はDOST傘下機関の中では相対的に大きい。

 日本との連携として、SATREPSにおいて5年間で以下の4つの課題に取り組んでいる。

  1. ・リアルタイムの地震モニタリング
  2. ・地震生成ポテンシャルの評価
  3. ・統合されたリアルタイムの火山モニタリング
  4. ・災害影響緩和のための情報提供及び情報活用の促進。

4.高等教育と大学

(1)高等教育政策

 現在の政策は、1992年に打ち出された教育の3焦点化(trifocalization)という方策に基づく。すなわち、高等教育は大統領府に属する高等教育委員会(CHED)が主体となる。一方、初等中等教育は教育省が、技術・職業訓練は労働雇用省傘下の技術教育・技能教育庁(TESDA)が担う。

 高等教育委員会の取り組みは、高等教育に関する戦略を示したStrategic Plan for 2011-2016という文書に集約される。そこでは、高等教育の質の強化、希望する全ての人への機会の提供、学問の自由、汚職撲滅という4つの基本方針が示されている。

 以上の基本政策に基づき、センター・オブ・エクセレンス(COE)やセンター・オブ・ディベロップメント(COD)の指定を行い、重点的なサポートをしている。

(2)フィリピン大学(UP)

 フィリピン大学(University of the Philippines:UP)は、1908年に設立されたフィリピン唯一の国立大学で、かつ最も優れた大学である。現在は、7つの構成要素大学(Constituent Universities)と1つの自治大学(Autonomous University)からなる連合体(UP System)を構成する。構成要素大学にはそれぞれ学長が置かれ、独自の戦略のもと、フィリピン大学としての統一的な基準を満たしつつ、教育・研究に取り組んでいる。

フィリピン大学(UP)ディリマン校

フィリピン大学(UP)ディリマン校

 2013年度のUP System全体の学生数は約6万889人であり、そのうち4万6,112人が学部生であり、1万4,777人が大学院生であった。教員数は約4,500人であった。さらに、予算総額は約100億ペソであった。

 UP System全体でカバーする学問領域は幅広く、医学、数学、物理学、化学、生物学、コンピュータサイエンス、工学、農林水産学、人文社会学などに対応した学部がある。また、オープン大学という通信制の大学も開校している。全ての構成要素大学が、政府の高等教育委員会(CHED)によるセンター・オブ・エクセレンス(COE)やセンター・オブ・ディベロップメント(COD)に採択されている。

5.科学技術指標

(1)研究開発費(UNESCOの統計による)

① 概観

 2013年の研究開発費は約8億8,467万ドルであり、その対GDP比は0.14%であった。ASEAN諸国の統計データは十分に整備されていないため比較も困難であるが、それぞれの国の利用可能な最新のデータで比較すると、研究開発投資額は第5位、その対GDP比は第6位に相当する。

② 組織別負担割合

 支出別で見ると、企業からの資金が66%、政府機関からの資金が26%、高等教育機関からの資金が6%、海外からの資金が4%となっていた。一方、研究開発の取り組みの側面で見ると、民間での実施が57%、政府機関での実施が18%、高等教育機関での実施が23%であった。近年は政府部門の研究開発予算が増加傾向にあり、政府部門での研究開発活動の割合が高まりつつある。

(2)研究者(UNESCOの統計による)

 2013年の研究者数は、2万6,625人(ヘッドカウント値)、1万8,481人(フルタイム換算値)である。2007年のそれぞれの値が1万1,490と6,957人であったことと比較すれば、増加傾向にあると言える。

 労働力人口1,000人当たりの研究者数は、0.62人(ヘッドカウント値)、0.43人(フルタイム換算値)になる。それぞれの国において利用可能な最新のデータで比較すると、フィリピンは第5位に位置し、インドネシアよりやや高い水準にある。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、フィリピンの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で第67位であり、この間の論文数は2,318編であった。ASEAN諸国の中で、シンガポール(31位)、マレーシア(39位)、タイ(40位)、ベトナム(59位)、インドネシア(62位)に続いている。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングでは、400位以内に入っているのはフィリピン大学(UP)のみであり、374位となっている。続いて、アテネオ・デ・マニラ大学が501位-550位に入っている。

(5)特許

 知的財産の保護が憲法上うたわれており、特許法、商標法、著作権法が知的財産法として一つの法体系に組み込まれている。知的財産法では、半導体集積回路や実用新案、植物品種、光学メディアなども保護している。

 2005年~2009年の特許の出願件数は3,000件~3,500件程度で、登録数は800件~1,700件程度である。なお、その大部分は外国の主体による出願である。

6.国際協力

(1)日本との関係

① 概要

 日本にとって、フィリピンは地政学上及び地域安全保障上重要な国と位置づけられている。フィリピンにとって日本が最大のODA供与国であるという点にも、その状況は反映されている。他方で科学技術の分野においては、これまで日本が結んできた計47か国・機関の科技協定の相手には含まれておらず、連携のための包括的な枠組みは存在しない。ここでは日比間の連携に関する個別のトピックを紹介する。

② JSTとの協力

 JSTは、e-ASIA JRP、J-RAPID及びSATREPSにおいてフィリピンと協力を行っている。

 e-ASIA JRPでは、ヘルスリサーチ(感染症)分野において、日本・フィリピン・ベトナムの3か国の提案で2件、日本・フィリピン・ミャンマーの3か国の提案で1件、日本・フィリピン・米国・インドネシア・タイの5か国の提案で1件の合計4件の共同研究が進められている。さらに、機能性材料の分野においても、日本・フィリピン・タイの研究チームが3年間のプロジェクトを進めている。

 J-RAPIDでは、DOSTとともに、2013年にフィリピンを襲った台風30号に関連した11プロジェクトを採択し、様々な側面から災害対応に資する共同研究を行っている。支援期間は半年~1年で、1課題当たり300万円程度を支援した。

 SATREPSでは、次の4つの共同研究プロジェクトを支援してきた。

  • ・東京工業大学=フィリピン大学 「沿岸生態系保全・適応管理」
  • ・防災科学技術研究所=火山地震研究所 「地震火山監視強化」
  • ・東北大学=熱帯医学研究所 「小児呼吸器感染症」
  • ・九州大学=フィリピン大学 「レプトスピラ症」。

(2)日本以外の諸外国との関係

① 科学技術協定の締結状況

 これまで46の科学技術協定を結んでいる。ASEAN域内では、インドネシア、タイ、ベトナムとの間で協定が結ばれている。また、マルチラテラルな枠組みとして、ASEAN COSTや国際原子力機関(IAEA)のメンバーとなっている。

 DOSTのサイトによると、現在具体的な連携の取り組みが進行中である国は、日本、米国、イタリア、タイ、韓国、中国の6か国である。

② 国際稲研究所(IRRI)

 国際稲研究所(International Rice Research Institute: IRRI)は、フィリピンに本拠を置くNGOの研究所で、1959年に米国のロックフェラー財団とフォード財団が提案し、フィリピン政府がこれを受諾することにより設立された。IRRIは、稲というアジア共通のテーマを主として扱っており、国際連携の拠点となっている。

 IRRIには1,350人のスタッフがおり、そのうち1,110人はフィリピン国内を拠点とする。残りの120人がバングラデシュで、50人がインドで活動する。IRRIのスタッフは、国際的なリクルーティング活動により採用され、各分野でのトップレベルの研究者が集まっている。

 2013年の予算は9,350万ドルで、国際農業研究協議グループ(CGIAR)からの支援が、そのうちの半分弱を占める。また、複数の国の政府からの資金が32%を占め、慈善団体からの寄付が12%を占める。民間からも2%の資金を調達している。

 IRRIは、貧困を削減し、稲作農家と消費者の健康改善に貢献し、稲作の持続可能性を高めることをミッションとしている。

7.トピックス

 上述のとおり、フィリピンの科学技術政策では、社会が抱える課題の解決に資するという方向性が示されており、ここではそれに関連するトピックスを紹介する。

(1)全国産業クラスター能力向上プロジェクト(NICCEP)

 全国産業クラスター能力向上プロジェクト(National Industry Cluster Capacity Enhancement Project:NICCEP)はフィリピンの貿易・産業省(Department of Trade and Industry)とJICAにより推進されている。国家の開発計画である「Philippine Development Plan 2011-2016」で、中小企業の支援と産業クラスターの拡大の重要性が示され、この2つの課題に応えるべくNICCEPが進められている。

 雇用創出、中小企業の育成、付加価値の向上、事業環境の改善(特に貧困へのアプローチ)に向けて、選ばれた産業分野でのクラスターを展開している。政府のNICCEPマネジメントオフィスを通じての支援としては、産業クラスター開発の専門家派遣、トレーニングやワークショップなどの提供、専門人材に対する海外トレーニング機会の提供などである。

 各地域別に選ばれた産業分野を示すと次のとおりである。

  • ・ルソン地域:ミルクフィッシュ(白身魚)の加工、日用品、コーヒー、観光、ICTなど、
  • ・ヴィサヤ地域:贈答品、装飾品・家庭用品、観光、ICT、健康・福祉
  • ・ミンダナオ地域:バナナ、マンゴー、ココナッツ、海草、木材など。

 世界的に見て、産業クラスターは研究開発も含む産業分野の包括的な取り組みを指す場合が多く、それらの産業は科学技術を前提としている場合が多い。しかし、NICCEPは、その多くが科学技術を前提としてはいない。フィリピンでは、科学技術よりも、より優先度の高い課題を抱えていることを反映している。技術を高め生産性や生産物の質を高めることよりも、地域の農産品などの販売を伸ばすことにより、地域に短期的な経済的なベネフィットをもたらすことの方が優先されている。

(2)ICT活用

 国土が約7,000の島からなるという地理的な状況のため、ICTを用いて行政や教育などのサービスを提供することが重要な課題となる。フィリピンの通信会社の統計によると、インターネットカバー率は国土のほぼ100%であるしているが、実情は異なる。例えば、国政選挙時に投票施設となっている地域の公立学校から、投票結果の電子的な送信に成功した地域は、全国の6割程度であった。品質の高いネットワーク網を整備することのニーズは高いと考えられる。

 また、政府や議会では汚職が蔓延している。最近では、開発支援資金の不正使用に関連して、現役の上院議員や政府幹部ら90人以上が告発されるという出来事があった。その一因は不透明な行政プロセスにある。そのプロセスを電子化することにより、不正の入り込む余地をなくすことが重視されている。

 さらに、フィリピンでは高い英語力を生かし、海外のコールセンターとしての事業が重視されている。この事業を円滑に進めるうえでも質の高いICTシステムは非常に重要である。

(3)自然災害研究

 フィリピンには頻発する台風や、活火山を多く抱えている。1991年に起こったピナトゥボ山(ルソン島)の噴火は20世紀最大規模といわれており、300人以上が命を落とすとともに、全壊家屋は7,000戸を超えた。また、1616年以降46回の噴火を数えるマヨン山(ルソン島)では、2014年9月に噴火の可能性が高まったため、約5万人に緊急避難が命じられた。

 台風では、2013年に大きな被害をもたらしたヨランダ(フィリピン名)がある。瞬間最大風速が100m/sに迫ったといわれるこの台風により、サマール島南端地域、レイテ島北部、セブ島北端ダーンバンタヤン町、セブ州バンタヤン島及びパナイ島北部などを中心に、死者・行方不明者は約8,000人に達した。道路・下水道・通信網などのインフラが十分に整備されていない地域に住む人々が多いことから、ひとたび自然災害に見舞われると被害が拡大する。

 このため、災害対応に向けた研究開発を進める必要がある。これらの課題は日本とも共通するものであるため、現在JSTとフィリピン産業・エネルギー・萌芽技術評議会(PCIEERD)がホストとなり進められているJ-RAPIDプログラムの台風ヨランダに関する研究・調査は、国際共同研究として意義が深い領域である。

8.まとめ

 フィリピンは、研究開発投資額や論文生産で見るとASEAN10か国中の中低位に位置している。医療や農業分野の研究開発が相対的に盛んで、研究開発の中心は、フィリピン大学などの大学や国際稲研究所などの研究機関である。

 多くの島からなる国家であるフィリピンでは、経済発展著しいものの、その果実が十分に地方に行き渡ってはいない。また、しばしば台風・噴火・地震などの自然災害に悩まされてきた。貧困削減や自然災害への対応といった、社会的課題に直結した研究開発が求められている。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第6章「フィリピン」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のフィリピンの章は、山下が原案を作成したものである。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

山 下  泉

(著者紹介)

山下 泉(やました いずみ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻博士課程退学。民間企業等を経て、2012年より現職。