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マレーシアの正式国名は「マレーシア(Malaysia)」である。首都は、約160万人が居住するクアラルンプールである。国土面積は約33万km2で、日本の9割程度である。人口は3,033万人(2015年)で、ASEAN諸国の中で、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマーに次いで第6位である。
マレーシアの起源は、15世紀から16世紀初頭にかけてマレー半島南岸に栄えたマラッカ王国である。首都マラッカは東西貿易の中継港として大いに繁栄し、東南アジアにおけるイスラム教布教の拠点ともなった。しかし1511年、ポルトガル軍によりマラッカは陥落し、17世紀中ごろにはオランダ東インド会社による支配を受け、19世紀以降は英国の植民地となった。
その後、第二次世界大戦中の日本軍による一時占領を経て、1948年に英領マラヤ連邦が形成され、1957年に独立した。1963年にマラヤ連邦にシンガポール及びボルネオ島北部のサバ、サラワクが加わり、マレーシアが建国された。1965年にはシンガポールが独立し、現在に至っている。
マレーシアは、13の州と3つの連邦直轄領(首都クアラルンプール、ラブアン島、プトラジャヤ)から構成される連邦制国家である。13州のうち11州はマレー半島に、残り2州はボルネオ島にあるサバ州とサラワク州である。
政体は立憲君主制で、13州のうち9州にいる伝統的な首長(スルタン)の中から、互選によりマレーシア国王が選出される。国王の任期は5年で、現在は、2011年12月に就任したアブドゥル・ハリム・ムアザム・シャー(Abdul Halim Mua’dzam Shah)第14代国王(ケダ州スルタン)が務めている。
連邦議会は、元老院と代議院から構成される二院制である。代議院総選挙における最大与党の党首が首相に選ばれ、国王によって任命される。第6代マレーシア首相として、ナジブ・ラザク(Haji Mohammad Najibbin Tun Haji Abdul Razak)氏が2009年から現職にある。
マレーシアでは、「UMNO(統一マレー国民組織)」を中心とする与党連合が独立以来一貫して政権を担い、安定した政治体制を築いてきた。この安定が国の発展に大きく貢献してきたが、近年は野党勢力の拡大が進んでいる。現政権が抱える課題としては、中華系や若者の支持離れへの対策、支持基盤であるマレー系の中で台頭する保守派への配慮、TPP参加の交渉、間接税である物品サービス税(GST)の導入等が挙げられる。
マレー系が6割強、中華系が2割強、インド系が約1割を占める典型的な多宗教・多民族国家である。マレー系はブミプトラ政策により、起業や租税軽減などの経済活動、公務員の採用、国立大学への入学等において優遇されているが、中華系の住民はこれに不満を持っている。
公用語はマレーシア語である。1967年まで公用語であった英語は、現在は準公用語として普及しており、マレーシア語とともに各民族間の共通語としての役割を担っている。基本的に中華系は中国語(マンダリン)等を、インド系はタミル語を母語としているため、マレーシアは世界でも有数のマルチリンガルが多い環境となっている。
憲法ではイスラム教が国教として定められているが、個人の信仰の自由も保障されている。イスラム教を信仰しているのは主としてマレー系である。中華系は仏教、インド系はヒンドゥー教を信仰している場合が多い。
初等中等教育は、6-3-2-2制である。小学校6年、中学校(前期中等教育)3年、高校(後期中等教育)2年、大学予科(予備教育)2年(1年の場合もある)となっている。高校(後期中等教育)卒業後に、大学予科に進学しSTPM(全国統一試験)と呼ばれる国家試験の準備を行う。STPM試験合格後に、国立大学やカレッジに進学する。
識字率は、2010年で93.1%である(米国CIAのワールドファクトブック)。
2015年の名目GDPは2,962億米国ドル(以下「ドル」と略す)、国民一人当たりの名目GDPは9,766ドルに達し、この数字はASEAN諸国の中で、シンガポール、ブルネイに次いで、第3位である。
2003年に政権に就いたアブドゥラ(Abdullahbin Haji Ahmad Badawi)首相(当時)の下で、マハティール(Mahathir bin Mohamad)前政権と同様に順調な経済成長を遂げ、2008年の金融危機に際しても5%の成長を維持した。ナジブ現政権でも5%を維持してきたが、2013年の実質GDP成長率は4.7%と前年の5.6%を下回った。これは外需低迷で年前半の輸出が伸び悩んだことによるもので、2009年のマイナス成長以来の低い成長率であった。2015年のGDP成長率は5.0%となっている。
かつてはゴムやスズなどの第一産品の輸出に依存していたが、マハティール首相(当時)らのイニシアティブにより、外資を導入して製造業を起こし工業化することに成功し、現在の主要産業は、製造業(電気機器)、農林業(天然ゴム、パーム油、木材)、鉱業(スズ、原油、天然ガス)となっている。
2014年のGDPにおける産業別割合を見てみると、農林水産業は8.9%、鉱業・製造業は40%、サービス業は51.2%である。
2013年の輸出は7,198億リンギット(約22兆3,000億円)で、輸入は6,491億リンギット(20兆1,000億円)である。なお、リンギットはマレーシアの通貨単位で、2016年10月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1リンギット≒24.8円となっている。
貿易輸出で最もシェアが大きい品目は、約3割を占める電気・電子製品である。次いでパーム油・同製品である。石油・ガスは輸出全体の約2割を占めている。輸入については、輸出同様、電気・電子製品が3割弱と首位に立っている。石油・ガスは全体の1.5割弱となっている。
主要貿易相手国は、輸出でシンガポール(14.0%)、中国(13.5%)、日本(11.1%)であり、輸入で中国(16.4%)、シンガポール(12.4%)、日本(8.7%)である。
マレーシアの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。
図表1:科学技術関連の行政組織図
出典:各種資料を元に筆者作成
以下に、主要組織の概要を示す。科学技術実施に直接関わる省庁、研究機関、及び大学については後述する。
首相科学顧問(Science Advisorto the Prime Minister of Malaysia)がマハティール首相(当時)の時代に設置され、首相に対し科学技術分野の助言を行っている。現在は第3代目のザクリ(Zakri AbdulHamid)氏である。
ザクリ首相科学顧問
マレーシア・ハイテク産官機構(Malaysian Industry-Government Group for High Technology:MIGHT)は、首相科学顧問の傘下の組織であり、産業界と政府(省庁)の代表から構成され、議長は首相科学顧問が務める。産業政策に則った助言や、戦略的方向性を示す。
国家科学研究会議(National Science and Research Council:NSRC)は、科学技術分野における答申・助言機関であると同時に、科学技術分野を包括的に俯瞰し、投資対象となる重要分野を抽出する機関である。また様々な分野において、研究開発が抱える課題や挑戦を定常的にモニタリング・評価する機関でもある。
議長は首相科学顧問が務め、メンバーは研究開発に携わる各省庁代表(局長レベル)、学術及び民間セクターの専門家などから構成される。
マハティール首相時代(1981年~2003年)にはICTの振興に力が注がれたが、代表的な施策がICTインフラを整備した集積地マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)の建設であった。同施策は、国内外の企業や研究機関にインセンティブを与えて産業クラスターを形成し、技術移転と人材開発、新産業の育成と雇用創出を目指した。これは一定の成果を見せ、2007年当時でMSCステータス取得企業数は2,170社、雇用創出件数は9万7,000件に達した。
ICTと並んで、政府が力を入れた分野がバイオテクノロジーである。アブドゥラ首相時代(2003年~2009年)に、バイオテクノロジー分野の企業や研究開発機関に対して法人税の免除措置や外国人雇用を容易にする等のインセンティブを与える「バイオネクサス」ステータスの導入と、バイオテクノロジーに関する施策を一元管理するマレーシア・バイオテクノロジー・コーポレーションの創設など、連続的な施策がなされている(詳細については後述)。
科学技術分野に特化した政策として、「国家科学技術政策(National Science and Technology Policy:STP)」があり、第1期(STP1)は1986年に策定されている。続く第2期(STP2)は、2002年~2010年の期間で実施された。
STP2では、2010年までに研究開発費の対GDP比を1.5%まで増大させ、労働人口1万人当たりの研究者・科学者・エンジニア(RSEs)の数を最低60人にまで引き上げる(後に、最低50人に下方修正)という数値目標も掲げられた。また、マレーシアの産業発展を維持するための重要技術分野として、先進製造、先進材料、電子工学、バイオテクノロジー、ICT、マルチメディア技術、エネルギー、宇宙、ナノテクノロジー、フォトニクス、製薬の11分野が選定された。
2013年には、「国家科学技術イノベーション政策(National Policy on Science, Technology & Innovation:NPSTI)」が策定された。名称にイノベーションが新しく加えられたが、実質的にはSTP2の後継として、2013年~2020年をカバーする「STP3」と考えてよい。
NPSTIは、科学技術を通じて社会経済を変革し、先進国入りに向けて、高所得、国民全体の発展、持続可能な国家の形成といった目標の達成を目指している。研究開発重点分野は、生物多様性、サイバー・セキュリティー、エネルギー安全保障、環境と気候変動、食料安全保障、医療と保健、プランテーション作物とコモディティ、輸送と都市化、水安全保障の9分野である。主要な数値目標として、2020年までに研究開発費の対GDP比を最低2%まで増大する(従来の目標1%を上方修正)、2020年までに労働人口1万人当たりの研究者数を最低でも70人までに引き上げる、の2点を挙げている。
以下で、科学技術政策の中心的な役割を担っている科学技術イノベーション省(MOSTI)、MOSTI傘下のマレーシア・エレクトロニクス・システム研究所(MIMOS)、財務省(MOF)傘下のマレーシア標準工業研究所(SIRIM)について説明する。
科学技術イノベーション省(Ministry of Science, Technology and Innovation:MOSTI)は、科学技術政策の立案、研究の実施が主たる任務である。組織構成は、大臣の下に副大臣と事務次官が1人ずつ配置され、その下に政策担当と科学技術サービス担当の事務次官補がそれぞれ1人ずつ置かれている。
政策担当部門の事務次官補が所掌するマレーシア科学技術情報センター(MASTIC)は、各種調査を行い、研究開発の全国調査や科学技術指標報告書等を2年に1度作成して、政策立案者へ報告している。科学技術サービス担当の事務次官補は、バイオテクノロジー及びICTの振興など、国家が主体となる科学技術関係の実施を所管している。
マレーシア・マイクロエレクトロニクス・システム研究所
(Malaysian Institute of Micro electronics Systems:MIMOS)は、ICT、産業エレクトロニクス技術、及び半導体ナノテクノロジー分野の研究開発拠点であり、研究開発や特許出願等を通じてイノベーションを生み出すことを目指している。
MIMOSの資金は基本的に政府投資により賄われているが、それ以外では特許のライセンス等により利益を得ている。
マレーシア標準工業研究所(Standards and Industrial Research Institute of Malaysia:SIRIM)は、国立の研究開発機関として1975年に設立された。1996年にSIRIMは法人へと組織形態を変え、正式名称がSIRIM Berhadとなった。ここでは便宜上SIRIMと表現する。なお、Berhadは株式会社(Ltd.)を意味する。
SIRIMの任務は、工業製品やサービスの品質・技術を世界最高レベルに押し上げ、技術革新を通じて国際競争力を向上させることである。
SIRIM全体の職員数は約2,500人で、うち研究者数は500人程度である。予算は約2億リンギットであるが、政府による助成金がその約15%で、残りは特許のライセンス等によって賄われている。SIRIMの所掌は財務省(MOF)であるが、競争資金の応募をMOSTIやMOHEに行っており、プロジェクト経費の大半はMOSTIから支給されている。
SIRIM敷地内に分野ごとの研究施設が設けられているほか、ペナン島などマレーシア全体に研究所を所有している。
高等教育は、高等教育省(MOHE)が所管している。マレーシアには現在、535校の私立大学(うち443校が単科大学)及び20校の国公立大学が存在する。
大学進学率は40%と比較的高い。できる限り多くの学生を大学に入学させ、技術力を身につけさせることで、産業基盤の構築を急ぐことに注力している。
今後、法人化などの条件を課し、大学の自立化を進めていく傾向にある。現在、国立大学の運営費の9割は政府予算で措置されているが、2020年までに運営費の25%を自己資金で賄うことを目標に掲げている。
マレーシアでは、1990年代から高等教育の多様化を進め、国際社会における競争力強化を目指してきた。具体的には、海外の教育機関と連携し、ツイニング・プログラム(2つの大学が共同して運営する国際連携教育プログラム)の奨励や外国大学のマレーシア分校の開設等を進め、10万人の留学生受け入れ計画を掲げている。とくにインドネシア、中東、アフリカから積極的に学生を受け入れており、その数は8万人を超えている。
こうした地域からの留学生数が多い理由として、イスラム国家であるため中東からの留学生を受け入れやすい環境が整っていることもあるが、授業が英語で行われることや学費が安いことも魅力となっている。また留学生の派遣に関して、マレーシアからの留学生を支援するためのセンターが世界各国に設置されている。
科学技術研究に注力すべき研究拠点大学(Research University)として、マラヤ大学(UM)、マレーシア科学技術大学(USM)、マレーシア国民大学(UKM)、マレーシア・プトラ大学(UPM)、マレーシア工科大学(UTM)の5大学が指定を受けている。これらの5研究拠点大学にはそれぞれ得意分野がある。英国のQS社が発表している世界大学ランキングで比較すると、例えばUSMは環境科学、薬学及び土木工学などに秀でている一方で、UMやUSMはコンピュータ科学及び工業化学分野に強いことが分かる。
マレーシア科学技術大学(Universiti Sains Malaysia:USM)は1969年に設立され、約3万人の学生を擁し、うち約1万人が大学院生である(2014年現在)。キャンパスは、マレー半島の西方、マラッカ海峡に位置するペナン島にある。教職員は約1,500人で、うち外国人教員は100人程度である。
USMでは、自然科学のみならず社会科学分野も網羅している。同大学が得意とする分野として、環境科学、ICT、工業化学、土木工学、航空宇宙工学、機械工学、薬学などが挙げられる。
マレーシア科学技術大学(USM)
USMの研究開発プログラムに、CREST(Collaborative Research in Engineering, Science and Technology)がある。これは、企業と政府が折半で資金を提供するプログラムで、大学の研究室と企業との連携を深め技術移転の加速化を狙う。USMのあるペナン島には、半導体の製造工場が多く、半導体関連企業と密接な関係が築かれている。こうした企業への就職率が高いことが、学生がUSMへの入学を選択する大きな理由となっている。
マラヤ大学(University of Malaya:UM)の設立は、マレーシアで最も古く1905年に遡る。キャンパスは以前、シンガポールとクアラルンプールの2ヵ所にあったが、シンガポールの独立後、シンガポール校は現在のシンガポール国立大学(NSU)となっている。
UMは現在、約8,000人の学生、約5,000人の大学院生を擁している。海外からの留学生については、学部レベルで52か国から900人程度の学生がおり、大学院レベルでは80か国から3,000人を超える大学院生が在籍している。教職員数は全体で約3,000人、外国人教員を800人近く受け入れている。
UMでは、工学や医学から文化やイスラム研究に至るまで、16分野に亘る幅広い学部を有している。
2014年の研究開発費は約97億ドルであり、その対GDP比は1.26%である。対GDP比は、ASEAN諸国の中では第2位に位置するが、シンガポール2.19%(2014年)よりかなり低く、他の国々より高い。
2012年での研究開発費の組織別負担割合は、政府の比率が29.7%、産業界の比率が60.2%と、産業界が政府のほぼ2倍負担している。2008年では、政府比率が30.1%、産業界比率が66.4%であったことから、全体に占める両者の負担の割合はほとんど変化していない。
2014年での研究開発費の性格別割合は、基礎研究16.9%、応用研究75.5%、開発研究7.5%という比率である。2008年では、基礎研究12.4%、応用研究75.6%、開発研究12%であるため、応用研究の割合はそのまま横ばいの状態で、基礎の比重を若干高める傾向にある。
2014年の研究者数は、8万4,516人(ヘッドカウント値)、6万1,351人(フルタイム換算値)である。労働力人口1,000人当たりの研究者数は、6.0人(ヘッドカウント値)、4.3人(フルタイム換算値)になる。2008年の値は、それぞれ2.7人、1.4人であったため、その数は増加傾向にある。
トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、マレーシアの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で39位であり、この間の論文数は1万6,971編であった。ASEAN諸国の中でシンガポールの第31位に次ぐ位置にあり、これに続くタイは第40位となっている。
分野で見ると、工学、化学などに強みを有している。
英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングでは、マラヤ大学(UM)が133位、マレーシア・プトラ大学(UPM)が270位、マレーシア工科大学(UTM)288位、マレーシア国民大学(UKM)が302位、マレーシア科学技術大学(USM)が330位となっている。
2012年のデータで比較すると、マレーシアの特許取得件数が約7,000件である。
日本とマレーシアの強い絆を表しているのが、1981年に当時のマハティール首相によって提言されたルックイースト政策(東方政策)である。これは、日本及び韓国の経済的成功と発展の秘訣が国民の労働倫理、学習・勤労意欲、経営方法等にあるとして、そうした要素を学びマレーシアの経済社会の発展と産業基盤の確立に寄与させようとする政策である。これにより、マレーシア国内では日本に対する関心が高まり、人材育成の一環として日本の大学への留学や日本企業への人材派遣が急増した。ルックイースト政策の下、日本に派遣されたマレーシア人はこの30年の間に延べ1万5,000人に達する。
しかし、マレーシア経済が中所得国入りしたことと並行して、最近は日本への留学希望者は減少気味である。他方で、米国や中国への留学が急増し、日本のマレーシアにおける存在感が薄まりつつあると懸念する声も聞かれる。例えば、マレーシアには年間10人程度の日本語教師が来ているといわれているが、他方で、中国はマンダリン語普及のためマレーシアに年間約2,000人もの教師を派遣しており、差は歴然としている。
マレーシア政府は、教育レベルを向上させることで科学技術の発展を目指そうとしており、日本語に対する関心も依然として高いが、日本の活動レベルは低迷状態にある。
マレーシア日本国際工科院(Malaysia–Japan International Institute of Technology:MJIIT)は、マハティール首相(当時)が提唱したルックイースト政策の集大成として、マレーシアにおいて日本型の工学系教育を行い、日本的な労働倫理を育成するために設立された大学である。
MJIITは、2010年に円借款を活用してマレーシア工科大学(UTM)クアラルンプール・キャンパス内に設立された。7年間で200億円が拠出され、その3割程度が日本の負担となっている。MJIITでは、学部と同時に修士及び博士課程を立ち上げている。
現在、同大学には4分野があるが、うち3学部は両方で、残り1つは学部のみとなっている。現在、学部生500人、大学院生300人を擁している。2011年に9月に最初の学生を受け入れ、2015年には同校初の卒業生が輩出される。MJIITは、2020年までに学部生数を1,200人に、大学院生数を1,400人に引き上げたいとしており、今後、大学院教育にシフトする予定である。
海外からの留学生は、学部が9人で、大学院が59人である(2014年現在)。言葉と文化が近いという理由で、インドネシアからの留学生が最も多い。その次に多いのが、同じイスラム圏でもあるイランからの留学生である。
マレーシアの大学ではインターンを必須にしているが、MJIITでは特に日系企業を中心にインターンの派遣が考えられている。インターン時期として、4年生に進級する直前の夏休み(12週間)が利用される。一方、日本語教育にも力を入れており、学部1年、2年で日本語の履修単位を設けている。
マレーシア日本国際工科院(MJIIT)
SATREPS(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development:地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)とは、地球的な規模の課題解決に向けて日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3年~5年間の研究プログラムで、JSTと国際協力機構(JICA)が共同で実施している。マレーシアは、SATREPSに参加しており、具体的には次の3つのプロジェクトがある。
日本学術振興会(JSPS)のファンディングによるいくつかのプロジェクトが、マレーシアで進められている。
(ITP):鹿児島大学=トレガンヌ大学(UMT)・マレーシア・サバ大学(USM)「熱帯域における生物資源の多様性保全」
マレーシア科学技術大学(USM)は、2012年に理研との間で包括合意覚書を締結し、バイオマス、生化学、免疫・アレルギーの分野で協力を進めている。2011年には、東南アジアの豊富な天然物資源を活用するための研究拠点として、USM-RIKEN連携研究室が設置された。
マラヤ大学(UM)も日本の大学との連携が多い。主要な協力先として、大阪大学、東北大学、東京大学、京都大学、千葉大学、名古屋大学、横浜大学、首都大学などが名を連ねている。
日本以外の諸外国との研究協力では、英国、米国、ドイツが多い。例えばマレーシア・ハイテク産官機構(MIGHT)では、英国と提携して設立した「Newton-UngkuOmar」ファンドを運営している。
マラヤ大学(UM)との間では例えば、ケンブリッジ大学とドイツのマックスプランク研究所がそれぞれ、大気汚染及び有機化学の分野で連携している。医学部に関しては米国アイビーリーグ数校と提携がある。そのほか、イスラム圏(カタール、スーダン、エジプト)の大学とも協力関係にある。
マレーシアは2005年に「国家バイオテクノロジー政策(National Biotechnology Policy:NBP)」を発表し、予算の重点化を行い、バイオテクノロジー産業振興策を打ち出した。分野として、農業、医薬、産業の3分野でのバイオテクノロジー開発を選定し、既存の強みを活かして研究開発と産業開発のための先導的な環境を構築することを目指している。
NBPは、能力開発を中心とする第1段階(2005年~2010年)、科学からビジネスに至る第2段階(2011年~2015年)、世界的な存在感を確立する第3段階(2016年~2020年)の3段階で実現されることになっている。
NBPの目標を達成するため、バイオ製薬関連の政府系企業「イノ・バイオロジックス」社の設立、優遇措置の対象となる「バイオネクサス」ステータスの導入、政府出資による「マレーシア生命科学資本基金」の創設の3本柱からなるバイオテクノロジー振興策が打ち出された。
イノ・バイオロジックス(Inno Biologics SdnBhd)社は、生物薬剤の委託製造機関(CMO)であり、哺乳類細胞ベースの治療用タンパク質及びモノクローナル抗体の製造に係るすべての段階のサービスを提供する。主要な顧客は外国で、特に先進国の生物薬剤及び製薬会社を想定している。
「バイオネクサス」ステータスとは、知的労働者の自由な受入れ、資金源の自由な獲得、減税措置(10年間の法人税100%免除)の適用、原料や機器に対する輸入関税と販売税の免除など、有望なバイオ企業に与えられる一連の様々な特典である。このコンセプトはICT企業の拠点の創設を目指したマルチメディア・スーパーコリドー(MSC)のそれと類似している。
マレーシア生命科学資本基金は、バイオ産業活性化のため、農業、医療、産業分野において初期段階にある研究への投資を行うベンチャー基金である。その運営は、マレーシア技術開発公社(MTDC)と米国に拠点を置くブリル社が行っている。投資対象は、感染症ワクチン、診断法など医療関連、効率的食糧生産やバイオマス研究など農業関連、資源の再生研究など産業関連のバイオテクノロジー分野である。
以下に、バイオテクノロジー振興の具体的な取り組み事例を紹介する。
医薬品の開発はそれぞれの国の規制があり、その規制をクリアするには長い時間と膨大な経費がかかるため、欧米等の国際的な医薬品会社は、経費と時間を大幅に節約できる現地の研究機関に臨床試験を委託する場合がある。特に近年、欧米の製薬会社が膨大な将来需要の見込まれるアジアに進出するため、アジアの研究機関に業務を委託するケースが増えている。
政府は、アジア・太平洋地域の医薬品市場の成長とその利益率の高さに着目し、リソース、投資に好意的な環境、税免除や助成金などの優遇措置等を提供して、ワクチンなどの医薬品製造と研究開発を誘致しようとしている。
マレーシアはオイルパーム(アブラヤシ)の栽培に適しており、年間約1,700万トンのパーム油を生産し、インドネシアと合わせて世界の9割近くのシェアを持つ。パーム油は、2013年の輸出総額全体の約9%を占めており、主要な一次産品となっている。
1979年に、マレーシア・パーム油研究所(PORIM)を設立し、パーム油産業界から徴収した税金で研究開発費を捻出して、パーム油の収穫量を増やす品種改良や加工の研究、バイオ燃料やバイオマスの研究を行ってきた。2005年には、PORIMを含めた3組織を統合し、マレーシアパームオイル局(MPOB)を設立し、引き続きパーム油とパーム油産業に関する研究開発を行っている。
マレーシアでは、国家バイオマス戦略を2011年に発表し、パーム油抽出に伴うバイオマスの製品化等に関する研究開発と商業化を推進してきた。
前述のとおり、パーム油生産は重要な輸出産業の1つであるが、全体の10%のみが最終的に製品化される。残り90%(空果房、繊維、枝葉、核粕、廃液等)は廃棄物となり、マレーシア全体で年間1億トンを超える廃棄物が生み出されている。近年、このバイオマス廃棄物を貴重なエネルギー源として利用することや、バイオポリマー等のバイオ製品の原料として利用することが注目を浴びている。マレーシア全土に350以上もあるパーム油搾油工場が、均質なバイオマスを大規模に集めることを可能にしている。政府は、パーム油生産の廃棄物の再利用を進めることで、新たな増収と雇用創出を狙っている。
国民一人当たりの名目GDPが約1万ドルとなり、中規模中進国となったマレーシアは、科学技術を通じた持続可能な経済成長の実現・発展の方向性を打ち出してきた。科学技術分野の体制も整備されている。
マレーシアが推進する分野として、バイオテクノロジーとICTが挙げられる。特にバイオテクノロジーに関しては、農作物をめぐる研究開発、医薬品の開発と製造、バイオマス廃棄物の再利用と商業化といった諸分野に重点的に予算を投入している。
しかし、研究開発予算や研究人材の少なさ、通信・交通等のインフラの未整備などの問題も残っている。今後、これらの課題をどのように解決していくかが問われている。
本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第2章「マレーシア」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のマレーシアの章は、津田が原案を作成したものである。
なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。
2016年11月
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター
フェロー(海外動向ユニット担当)
津 田 憂 子
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2010年3月早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学政治経済学術院助手、国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課非常勤調査員、上智大学外国語学部ロシア語学科非常勤講師、在露日本国大使館専門調査員、国際科学技術センター上席技術調整管理官(在モスクワ)等を経て、2014年より現職。