ラオスの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 ラオスの正式名称は「ラオス人民民主主義共和国(Lao People’s Democratic Republic)」であり、首都はビエンチャンである。中国、ミャンマー、ベトナム、タイ、カンボジアの5か国に囲まれ、ASEAN諸国で唯一海のない国である。面積は23.6万km2、人口は680万2,023人(2015年)で、いずれもブルネイとシンガポールよりは上であるが、ASEAN諸国では小さい方である。近年の人口増加率は年率1.8%~2.0%ほどで推移している。若年層の割合が高く、人口ボーナス期にあるといわれる。

(2)歴史

 現在のラオス領をほぼ覆う地域を支配する国家の成立は、1353年に設立されたラーンサーン王国に遡る。1710年ころまではラーンサーン王国による支配が続いたが、その後1779年まではルアンパバーン王国、ビエンチャン王国が分離した形で、3つの王朝による支配が行われた。その後これら3王国は、一時中国清の支配下に入った。1893年以降はフランスの植民地下に入り、この体制は第二次世界大戦中の日本軍の占領時期を除き、1949年まで続いた。

 1949年7月には、外交・国防の決定権はフランスが持つという枠内で、ラオス王国が誕生した。その後、王国政府と対立する王族組織(パテート・ラオ)の対立が続いたが、1974年に暫定国民連合政府が樹立された。

 1975年12月に、暫定国民連合政府により王制の廃止と共和制への移行が宣言され、サワーンワッタナー(Savang Vatthana)国王が退位し、スパーヌウォン(Souphanouvong)最高人民議会議長兼国家主席をヘッドとするラオス人民民主共和国が誕生した。

 ラオスは、1986年のチンタナカーン・マイ(新思考)政策以降、新経済メカニズムと呼ばれる経済改革に着手した。これは、中国の改革開放やベトナムのドイモイ(刷新)と同様の、社会主義体制の中に資本主義のシステムを取り入れようという試みである。これにより、国営企業の民営化、市場経済の導入、開放経済政策などに取り組み、経済成長への道筋をつけた。

 2006年に行われた第8回ラオス人民革命党大会において、従来からの改革路線の維持を決議するとともに、2010年までの貧困の基本的な解決、2020年までの後発発展途上国からの脱却、を掲げた長期目標を策定した。

首都ビエンチャンの街並

首都ビエンチャンの街並

(3)政治

 政治体制は人民民主共和制をとり、マルクス・レーニン主義を掲げるラオス人民革命党による社会主義国型の一党支配体制である。一院制の国民議会の定員は132人である。国家主席が元首であり、国民議会で選出され任期は5年となっている。行政府の長は首相であり、国家主席に指名され、国民議会で承認を受ける。首相の任期も5年である。政府の政策は、9人で構成される人民革命党の政治局と、49人で構成される同党の中央委員会において決定される。

(4)民族、言語、宗教

 ラオスは多民族国家であり、計49民族で構成される。そのうちの6割程度をラオ族が占めている。その他、アカ族やモン族といった少数民族がある。

 言語はラオ語であり、タイ語と同一言語の地域変種の関係にある。このため、ラオ語話者とタイ語話者はかなりの程度意志疎通が可能である。特にラオスではタイのテレビ放送の人気が高く、テレビ放送を通じて多くのラオス人がタイ語を習得しているといわれる。

 90%以上の国民は仏教徒であり、タイと同様に上座部仏教を信仰している。

(5)初等中等教育と識字率

 ラオスの初等・中等教育は、5-4-3制(小学校5年、中学校4年、高校3年)であり、教育・スポーツ省が所管している。2009年度~2010年度に中学が4年制になり、5-3-3制から5-4-3制に変更になった。なお、現在大学は5年制であるが、中学4年制に移行後の中学生が大学を卒業する時点で4年制に移行される予定である。

 就学年齢での入学率は84.2%である。6歳前でも入学できる一方、10歳を超えて入学する例もある。就学人口に対して学校の数、質ともに十分でなく、午前と午後に分けた2部制を実施している例も多い。退学率は平均8.9%であり、第1学年ではそれが34.1%と高い。初等教育においては、貧困、通学困難、保護者の学校教育に対する意識の低さに加え、少数民族の児童はラオス語を生活言語とせず授業を受けるのが困難であることが一因となり、入学後に退学する児童が多い。中学への入学率は54.8%、高等学校への入学率は34.4%である。

 識字率は2005年で72.7%と、ASEAN諸国の中で最も低い(米国CIAワールドファクトブック)。その次に低いのがカンボジアで73.9%(2009年)である。識字率の低さの原因は、ラオス全体での教育水準がまだ高くないことにある。

(6)経済

① 概観

 2015年現在の名目GDPは、123億米国ドル(以下「ドル」と略す)であり、国民一人当たりの名目GDPは1,812ドルである。

 世銀の区分では低中所得国に分類される。

 2013年~2015年の実質GDP成長率は6%~8%台をキープしており、急速な発展の途上にある。2014年の失業率は1.4%と極めて低い水準にある。

② 産業構造

 ラオスの2014年の産業構造を見ると、27.7%が第一次産業、31.4%が第二次産業、40.9%が第三次産業であった。なお、2009年はその比率が31%、24%、38%で、第一次産業の比率が下がりつつあり、第二次産業の比率が高まりつつある。

③ 貿易

 2013年のラオス中央銀行の統計によれば、輸出が約23億ドル、輸入が約30億ドルの赤字となっている。輸出の主なものは、鉱物、農産林産品、縫製品、電力であり、輸入は投資関連財、消費財である。また、主要な貿易相手国は、タイ、オーストラリア、ベトナム、中国である。

 輸出品で、やや特殊なものとして電力がある。ラオスは国土の80%以上が山岳地域で、年間3,000mm以上の降水があり、ダムを用いた水力発電に向いている。また、近接国であるタイやベトナムの電力ニーズが旺盛で、タイはダム整備の投資をラオスで実施している。政府は「ASEANのバッテリーになる」というスローガンを掲げている。

 日本との経済関係は良好である。2014年の商工業省貿易統計によれば、日本からの輸入額は約8,829万ドル、日本への輸出額は約5,180万ドルである。品目として、日本から乗用車、建設・鉱山用機械、織物用糸・繊維を輸入し、コーヒー、ケイ素他無機化合物、衣類・同付属品を輸出している。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 ラオスの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。

図表1:科学技術関連の政府組織図

図表1:科学技術関連の政府組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

 科学技術政策は科学技術省を中心に進められ、傘下に3つの研究所を擁する。大学等の高等教育を所掌するのは、教育・スポーツ省である。その他、農林省や保健省が科学技術との関わりが深く、農林省傘下には国立農林研究所が、保健省傘下にはラオス国立パスツール研究所がある。

(2)科学技術政策動向

 ラオスの科学技術政策の根幹は、2013年に施行された「科学技術法」である。69条からなる科学技術法では、科学技術振興の原則、科学技術予算、科学技術省の役割などを規定している。

 具体的には、科学技術政策を国家の社会・経済開発計画に沿って進めると明示するとともに、政府の科学技術予算額の水準について、政府予算の1%を投資する旨を規定している。また、科学技術省が科学技術政策の中心的な役割を担うこととしている。

3.科学技術関連機関

 ラオスの科学技術活動は相対的に新しく、まだ発展の初期段階にある。農業分野は、政府が重視する社会的な課題であることもあり比較的進んでいるが、それでも人材の不足が指摘されている。他の分野も含め、人材育成が鍵と考えられる。以下に、科学技術省、ラオス国立パスツール研究所、国立農林研究所の概要を述べる。

(1)科学技術省

 科学技術省は、2011年に省に昇格した新しい機関である。組織構成は、10の室・部局(国家科学委員会事務局、大臣官房、科学、技術・イノベーション、知財、標準化・計測、IT、総務・人事、インスペクション、企画・連携)と3つの研究所、さらには県レベルでの18の科学技術局(支部)から構成される。500人ほどのスタッフで運営されており、うち8人が博士号取得者である(4人が自然科学、4人が社会科学)。

ラオス科学技術省

ラオス科学技術省 ©ラオス科学技術省

 同省の主要なミッションは、科学的な知識を活用して貧困を削減し、2020年までに後発発展途上国からの脱却に資することである。このミッションを達成するため、科学技術省では、次の5つを重要な課題としている。

  • ・政策を推進する各組織における役割分担の明確化
  • ・科学技術に関連した法体系の整備
  • ・研究者を中心とした人材の育成
  • ・インフラの整備
  • ・地方における科学技術機能の強化。

 科学技術省は、その傘下に「エコロジー・生物多様性研究所」、「バイオ・エネルギー及び物質研究所」、「コンピュータサイエンス及びエレクトロニクス研究所」の3つの研究所を有している。同省が進める科学技術の分野としては、この3つの研究所の所管分野を中心に進められることになる。同3分野が重要とされる背景として、以下の点が挙げられる。

  • ・農業生産性を上げて貧困削減を行うことが重要である
  • ・森林破壊の問題が重要視される中、エネルギー源の確保が必要である
  • ・政府による情報提供機能の充実のため、クラウドコンピューティングの環境を整える必要がある。

 また新規なテーマとして、放射線利用の研究も重視している。医療分野での利用が中心であるが、放射線を用いた頑健な作物種の創出も重要性が高い。

 このような形で科学技術システムの構築を行おうとするラオスであるが、その際のボトルネックは人材不足である。科学技術戦略の立案を手助けする人材の派遣支援なども求められている。

(2)ラオス国立パスツール研究所

 ラオス国立パスツール研究所は、ラオス保健省傘下の研究所である。フランスのパスツール研究所が、パスツールの名称を用いることを許可するとともに、一定の支援を行っている。

 2004年、SAASや鳥インフルエンザウィルスH5N1などへの対策に関して、ラオス政府の保健省がフランス政府に依頼したことにより、ラオス政府とパスツール研究所との協力がスタートした。「パスツール研究所」の名称を、保健省傘下の研究所に貸す形での協力である。現在、16年間の更新可能な契約が結ばれている。

 フランスのパスツール研究所は、世界と疾病の知識を共有し、世界の人々の健康を促進するという19世紀の設立当初の哲学に基づき、国際連携を行っている。途上国において感染症を抑制することは、結果的にフランスにとっての脅威を減じるという形で国益につながるとの考え方から、国際連携に積極的である。近年、ラオスだけでなく韓国、香港、中国、カンボジアなどで関連機関が設立されているが、これらはラオスと同様、現地の国立研究所に「パスツール研究所」という名称を貸与する形となっている。

 ラオス国立パスツール研究所には、フランスのパスツール研究所本部から所長を含めて2人の専門家が派遣されている。全体で、48人のスタッフが働き、そのうちの37人はラオス人である。

 運営資金は、年間200万ドルで、ほとんどが海外からの支援である。ラオス政府からは土地、電気、水の提供を受けているが、定常的な資金提供は受けていない。

 研究所のミッションは、研究の実施、公衆衛生の促進、及び人材の育成である。政府からの要請で、ラオス人研究者の育成に力を入れている。現在研究所に在籍するラオス人研究者は、主にラオスで医学博士号を取得した研究者たちである。他方、タイやベトナムなどで博士号を取得した人たちはラオスに戻らない傾向にあり、そのような人たちをリクルートすることは難しい。

(3)国立農林研究所

 国立農林研究所は、1999年に設立された農林省傘下の研究機関である。主要なミッションは、良質かつ種類の豊富な作物種を提供し、民間の農業を促進することである。ラオスでは焼畑による森林破壊の問題が存在しており、焼畑を行う農家に対し代替案を提供することが研究所の重要な使命である。政府は、国土の70%の森林被覆率を目指す方針を示している。

 農業、農作物など11の研究部門があり、350人のスタッフを擁し、25人が博士号取得者、90人が修士号取得者である。全般的な研究レベルを高めるためには一層の教育訓練が必要であるが、稲作分野は5人の博士号を有しており強みがある。研究者の年齢は40歳~50歳が中心である。年間予算は2~3百万ドル程度であり、そのうち50%が日本のJICAなど外国からの支援による。農業省からの資金はあまり研究に割ける部分が大きくないが、それに代わり科学技術省からの研究資金が増加しつつある。民間の資金は利用していない。

 主要な研究テーマは以下のとおりである。

  • ・生物多様性の増進(自生植物や野生動物への理解、遺伝子バンク創生)
  • ・農業生産性の改善(稲、家畜ごとにプログラム。メイズ(トウモロコシ)、キャッサバ(タピオカの原料にもなるイモ類)、コーヒーなどにも注力)
  • ・気候変動への対応(洪水から作物を守る研究を重視)
  • ・農民への情報提供(気象・災害情報伝達システムの確立と人材育成)
  • ・放射線を活用した品種作成の研究(IAEAとの協力で2014年から開始)。

 海外連携も積極的に行っており、以前はスウェーデンとの連携が活発だった(年間2百万ドルを受けていた)。しかし、スウェーデンでの政権交代によりこのルートはなくなった。現在は、スイスやオーストリア、日本、韓国と連携している。

4.高等教育と大学

(1)概要

 ラオスでは、近年大学の整備が進められてきた。1996年に開学されたラオス国立大学に加え、北部のルアンパバーンにあるスッパヌボン大学(2003年にラオス国立大学から独立)、南部の都市パクセーにあるチャンパサック大学(2002年開学)、南部のサバナケットにあるサバナケット大学(2009年開学)と、合計4つの国立大学を有する。

 教育スポーツ省に登録されている私立の高等教育機関は、50校以上ある。ただし、これらの多くは英語・会計・ビジネスのコースを開講している専門学校的な機関である。

(2)ラオス国立大学

 ラオス国立大学は1996年に、既存の3つの大学と8つの高等教育機関を統合して創設された。現在、理学部、工学部、経済経営学部、教育学部、建築学部、農学部など11学部を擁する。

 2013年~2014年の学生数は2万9,633人であり、そのうち2万8,967人が学部生である。修士課程の学生が636人、博士課程の学生が30人である。工学部が最大であり、次に経済経営学部が続く。最小の学部は森林学部と環境科学部であるが、これらの学部では比較的活発な研究が行われている。

 大学のスタッフは1,863人で、その内訳は教員が581人、教員兼事務員が909人、事務員が373人である。スタッフのうち、博士号取得者が113人、修士号取得者が744人、学士号取得者が893人である。

 研究力強化のために、2020年を目処にアジア開発銀行の支援を受けつつ大学附属の研究所を創設する予定である。また同大学では、政策研究所の構築や、社会の役に立つ研究を行うという観点から農業研究の強化が重視されている。さらに水力発電所の建設が進むラオスの国情を背景に、環境影響評価や生物多様性保全に関する研究の重要性も高い。

 学生選考は、クォータシステムとノンクォータシステムとに分かれている。前者は、各県に対し定員枠を与え各県の代表を受け入れる仕組みで、入学した学生は学費が免除される。後者は、通常の入学試験により選考を行う。教育学部の学生は、どちらのシステムにより入学しても学費が免除されるが、卒業後は地方に戻って初等中等教育の先生となる必要がある。教師数の不足を補うため、このような政策が取られている。これとは別に、才能のある学生及びマイノリティ出身者は、政府より奨学金を得ることができ、授業料や食事、宿舎費などの生活費が無料になる。

 ラオス国立大学は国際協力を重視しており、200の大学とMOUを結んでいる。日本とは33の大学とアカデミックスタッフの交換などを行っている。協力の主要な内容は、外国人学生の招聘、文化的な交流、情報交換、インフラ相互利用、カリキュラムに関する意見交換などである。また、留学生受け入れも積極的で、18の国から約800人に上っている。彼らもラオ語で学ぶ。

5.科学技術指標

 全国レベルの科学技術統計は、まだ作成されておらず、現在ビエンチャン首都部に関するものを整備するプロジェクトが進行中であり、統計整備に向けたスタートがようやく切られたところである。

 2002年のUNESCOの調査統計データが公表されているが、ラオス政府によれば、作成経緯が残っておらず正確性には疑問があるとのことである。しかし、ラオス政府による最新のデータがないため、ここではUNESCOの統計データを紹介するとともに、若干の補足を行う。

(1)研究開発費(UNESCOの統計による)

① 総額と対GDP比

 2002年の研究開発費は429万ドルであり、その対GDP比は0.04%であった。

 なお、既述のラオス国立パスツール研究所や国立農林研究所の経費が、それぞれ200万ドル程度としていることから、現時点ではもう少し大きいものと考えられる。科学技術法で国家予算の1%を科学技術研究予算に投資することが規定されているが、国家予算の1%という数字がGDPに占める割合は低く、この目標は他国と比べて高いものとはいえない。

② 組織別負担割合

 2002年での研究開発費の組織別負担割合は、政府が8%、産業界が36%である一方、海外からの資金が54%と極めて高い。

 性格別割合についてのデータはない。

(2)研究者(UNESCOの統計による)

 2002年の研究者数は、209人(ヘッドカウント値)、87人(フルタイム換算値)であり、ASEAN諸国の中では最下位のブルネイに次ぐ低い数字である。

 研究者数が少ない背景の一つとして、工学・建築・ITは相対的に人気があるものの、理学系の人気が一般的にあまり高くないことが挙げられる。高等教育を受ける者の多くが、より経済的なベネフィットが得やすいビジネス・経済の領域に進もうとする傾向が見られる。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、ラオスの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で128位であり、この間の論文数は258編であった。ASEAN諸国の中では第8位で、ブルネイ、ミャンマーの上位にある。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングでは、ラオスの大学は対象外となっている。

(5)特許

 ラオスの知的財産法は、特許、小特許(実用新案に相当)、意匠、商標、集積回路配置、地理的表示、トレードシークレット、及び著作権を包括的に規定している。2007年に公布されているが、施行令や施行細則などの整備が行われていない。

 2004年以降、外国の主体を中心に、年間10件~20件程度の特許申請が行われているが、2007年時点で1件も特許が付与されていなかった。

6.国際協力

 国際協力は人材や設備面でのキャパシティビルディングに係るものが中心であり、共同研究を行って共著論文を発表するといった協力はこれからである。

(1)日本との関係

① SATREPS

 ラオスはSATREPSに参加している。具体的には、「ラオス国のマラリア及び重要寄生虫症の流行拡散制御に向けた遺伝疫学による革新的技術開発研究」をテーマとして、日本からは国立国際医療研究センター研究所が、ラオスからはラオス国立パスツール研究所及び保健省マラリア学・寄生虫学・昆虫学センターが参加している。2013年度から5年間の予定である。

② e-ASIA JRP

 e-ASIA JRPでは、ヘルスリサーチ分野で、日本・ラオス・タイの3国の提案により、1件の共同研究が進められている。

(2)日本以外の諸外国との関係

 日本以外の協力相手国としては、ASEANの国々を重視している。ベトナムとは2国間協定を結び、ベトナムの科学技術省及びアカデミーと協力して、トレーニングセンターを建設したり、スタッフを研修に送ったりといった活動をしている。タイの科学技術省とはMOUを結ぼうとしているが、現在までのところタイが政情不安のため実現していない。

 中国の科学技術部は、ASEAN諸国への科学技術支援を積極的に行っており、ラオスでは次のような協力を実施している。

  • ・共同研究施設の設置(中国側が百万ドルを提供)
  • ・ASEAN諸国向け技術移転センター(雲南省)でのセミナー受講
  • ・リモートセンシングの活用による災害予防
  • ・若手研究者の中国への派遣プログラム。

 なお中国は、中国で学ぶラオス人学生向けの奨学金も用意しており、移動、滞在、教育に関する費用が全て支給される。

7.トピックス

 以下、外国資本を呼び込んで経済発展を目指す経済特区の取り組みと、人材育成の取り組みを取り上げる。

(1)VITA Park

 VITA(Vientiane Industrial and Trade Area)Parkは、ビエンチャンから車で約1時間程度、タイ国境から約16kmに位置する工業団地で、台湾企業である「南偉開発有限公司(Nam Wei Development)」がラオス政府に提案して成立した経済特区である。ラオス国内には、経済特区が複数(政府のみのもので約20)存在するが、カジノやエコツーリズムなどの特区が中心であり、製造業分野を中心とするものはVITA Parkのみである。ラオス政府は、今後さらに25程度まで経済特区を増やす方針であり、製造業分野のものも新たに設立される可能性がある。

 出資規模は不明であるが、110ヘクタールの開発に対し、南偉開発有限公司が70%、ラオス政府が30%の負担を行った。今後第2期として200ヘクタールの開発が行われる予定である。約200区画が用意されており、33の企業が既に進出している。第一電子(日本、ワイヤーハーネス製造)、メコンインダストリアル(中国)、タイ・ツノダ・ツール(日本、作業工具のニッパー製造)などである。

 2014年4月には、三菱マテリアルが同特区でエアコン向け温度センサー製造のための新工場設立を発表したことから、同地への日系企業の進出加速が期待されている。

 VITA Parkに進出した企業は、1m2当たり年間30ドル~35ドル支払い、75年の土地利用権を得る。これに加えて、1m2当たり年間0.36ドルの管理費を支払う。

 進出企業は税制上の優遇を受ける。当初10年間は税が免除され、その後も通常約20%の法人税が8%~10%で据え置かれる。また、輸出入手続きや税金に関する手続きなど、必要な政府手続きのワンストップサービスの提供を受けることができる。現在VITA Parkでは、7人のスタッフがこの業務にあたっている。さらに、ラオス国内では、出資比率が50%を超える外国法人の設立は認められていないが、VITA Park内では100%の外国法人が認められている。

 将来計画として、電力供給の安定しないラオスの状況を踏まえて、VITA Park内で供給安定システムを構築し、工場内の精密機器の稼動を可能にしようとしている。

VITA Park経済特区の入口

VITA Park経済特区の入口

(2)VITA College

 VITA Parkでは、特区内に農村出身者を技術労働者へと教育する施設(VITA College)を設立予定であり、安価かつ一定のスキルをもった労働者を提供する仕組みを作ろうとしている。そこでは、労働スキルの教育と同時に、英語、中国語、日本語などの言語教育も提供する予定である。現時点では、周辺の農村から労働者を集めているが、彼らは必ずしも製造業での労働に向いたスキルを有しているとは限らない。そこで、経済特区が進出企業向けの人材を一括採用して教育する仕組みを構築しようとしている。

 VITA Parkにおける労働者の標準的な賃金は、月額120ドル~150ドルである。スキルを身につけた労働者の賃金は月額300ドル程度になるため、労働の高付加価値化に貢献すると考えられる。

 VITA Parkは取り組みの規模が限られているが、海外資本を呼び込んでの経済発展を目指すモデルケースに成長する可能性もある。

8.まとめ

 ラオスにおいて現在求められているものは、VITA Parkのような経済発展に直結する取り組みであり、そこで直ちに科学技術研究が実施される余地は小さい。しかし、このような取り組みが経済発展に結びつくのであれば、貧困削減という課題が解決され、その後の段階で科学技術を推進する人材の基盤が形成されていくと思われる。

 経済発展と貧困削減が政府の最大の課題であることを踏まえつつ、その取り組みの成果をいかに科学技術の発展に取り込んでいくかを考えることが、現在のラオスの科学技術において求められている。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第8章「ラオス」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のラオスの章は、山下が原案を作成したものである。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

山 下  泉

(著者紹介)

山下 泉(やました いずみ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻博士課程退学。民間企業等を経て、2012年より現職。