カンボジアの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 カンボジアの正式国名は「カンボジア王国(Kingdom of Cambodia)」である。首都はプノンペンにあり、人口は2015年で1,558万人で、ASEAN諸国の中では第7位と少ない方である。

 国土面積は18.1万km2で、日本の2分の1弱である。国土の中央部には国際河川であるメコン川が流れ、トンレサップ川を経てこの大河が流れ込むトンレサップ湖は東南アジア最大の湖である。

(2)歴史

 1867年にカンボジアの宗主国であったタイが、フランスのカンボジアに対する保護権を認めたことで、フランスの植民地となった。第二次世界大戦中は日本軍が進駐するなどしたが、戦後はフランスの保護下に戻った。その後1953年に独立、完全独立に尽力したシハヌーク(Norodom Sihanouk)は父のノロドム・スラマリット(Norodom Suramarit)に王位を譲り、自身は首相に就任した。

 その後、1960年代になると隣国ベトナムの戦争の影響もあり、政情が不安定し、1970年の親米派ロン・ノル(Lon Nol)将軍のクーデター(クメール共和国の樹立)に始まるカンボジア内戦とその後の軍事政権(クメール・ルージュ)により、大混乱の時代となった。

 ロン・ノル政権時代、相次ぐ米軍の爆撃で農村のインフラは破壊され、農業生産は著しく低下した。

 続く1975年から1979年のクメール・ルージュによるポル・ポト(Pol Pot)政権下では、中国の毛沢東主義を奉じた極端な農本主義を採ったが、もともと内戦で破壊されていた農地に強制移住させられた都市住民による非効率な農作業の結果、飢餓やマラリアが蔓延し大量の餓死者を出した。また思想改造の名目により、大量の都市の富裕層・知識層が軍の一部に虐殺された。

 80年代に入るとベトナム軍が断続的に内戦に介入し、親ベトナム派のカンプチア人民共和国(People’s Republic of Kampuchea)が樹立され、反ベトナムのポル・ポト派などと内戦状態が続いた。

 1991年になってカンボジア和平パリ協定が開かれ、国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の設置、クメール・ルージュ非合法化・武装解除、内戦の終結、難民の帰還、制憲議会選挙の実施などを定めた合意文書が調印された。1993年に、UNTACの管理下で制憲議会選挙が実施され、制憲議会において立憲君主制を定めた憲法が採択された。新たに発布された新憲法にもとづきシハヌークが国王に再即位し、制憲議会は国民議会となって、カンボジア王国がおよそ23年ぶりに復活した。

(3)政治

 立憲君主制の下、全61議席の上院と123議席の国民議会(下院)からなる二院制である。現在の国王は、シハヌークの息子であるノロドム・シハモニ(Norodom Sihamoni)国王(2004年即位)である。

 1998年に行われた2回目となる国民議会選挙で、現首相のフン・セン(Hun Sen)率いるカンボジア人民党が第一党となり、直近の2013年の選挙でも与党カンボジア人民党が僅差で勝利しており、フン・セン首相は現在4期目である。

 1990年にはASEANに加盟し、2012年は議長国を務めた。国民の70%が30代未満というカンボジアは、30年にわたる戦乱の爪跡から回復し、政情は安定している。

(4)外交

 カンボジアは、経済的に中国との関係が非常に深い。また、中華系の住民は国家経済に大きな影響力をもつ。首相のフン・センも中華系といわれ、特に首都プノンペンでは中国資本の銀行や企業の看板を多く見かける。海外直接投資でも2012年は韓国に1位の座を譲ったものの、累積では中国からの投資が最も多い。また、メコン川のすぐ下流にはベトナムがあり、ベトナムとの関係も深い。

 日本との関係は良好で、UNTACへの自衛隊派遣に続いて、カンボジアの経済復興に対し厚く援助をしている。

(5)民族、言語、宗教

 カンボジアの民族構成は、クメール人が86%を占めている。中華系とベトナム系はそれぞれ総人口の約5%と、数としては少ないが、経済への影響力は大きい。

 公用語は、憲法でクメール語と規定されている。フランス語は高齢者や知識層の間である程度話されているが、現在では英語の方が広く通じる。

 憲法で仏教が国教と定められており、国民の9割が仏教を信仰している。しかし、信仰の自由は保障されており、一部チャム族などの少数民族はイスラム教を信仰している。

(6)初等中等教育と識字率

 初等中等教育は日本と同じく6-3-3制で、最初の9年が義務教育となっている。小学校への進学率は96%であるが、中学へ進学するのは34%、高校へは21%程度でしかない。

 識字率は年代によって異なる。クメール・ルージュ時代に教育が禁止されていたため、45歳以上では20%程度と低いが、一方若い世代は男性で8割を超え、女性も6割に達している。また、都市部に住む若い世代の識字率は90%を超える。識字率は2009年で73.9%である(米国CIAのワールドファクトブック)。

(7)経済

① 概観

 足元の経済は好調である。2009年の経済成長率は、世界経済危機の影響により−2%となったが、翌年には6%台に回復し、2007年から2011年までの5年間の実質GDP平均成長率は6%を記録している。直近の2015年の成長率は7%です。

 2015年現在の名目GDPは、180億米国ドル(以下「ドル」と略す)であり、国民一人当たりの名目GDPは1,159ドルである。

 課題もあり、今なお国家予算の3割を外国からのODAに頼っており、経済的に自立している状態とはいえない。フン・セン政権は、過度のODA依存状態から脱し、海外からの直接投資(FDI)による経済成長を目指して、FDI優遇策の策定や経済特区(SEZ)の設置などを積極的に行っている。

② 産業構造

 2014年乎産業別のGDP比を見ると、農林水産業30.4%、工業27.0%、サービス業42.6%である。

 カンボジアでは、雨季(5月~10月)と乾季(11月~4月)があり、水利の良い地域では稲の二期作も可能であるが、灌漑設備の未整備地域では乾季の稲作は難しく収穫量も不安定である。1950年代にはコメの輸出量は世界第5位であったが、長年にわたる内戦と戦乱により国土が荒廃し、農業生産性は著しく低い。

 工業は、縫製業を中心とした労働集約型の製造業が徐々に成長しつつあり、2012年の輸出額の88%が衣類・衣服付属品となっている。今後も軽工業品の輸出加工、特に縫製、製靴、電子部品、食品加工、家具製造などは、低廉で豊富な若年労働力を背景に伸びることが期待される。

 サービス業が4割を占めているのは、1992年にユネスコの世界遺産に登録されたアンコールワット遺跡を中心とした観光業によるものである。

③ 貿易

 輸出の最大相手国は香港(21.8%)であり、米国(13.5%)、プエルトリコ(12.6%)、シンガポール(8.4%)と続く。日本(2.6%)は第8位である。輸入に関しては、最大相手国は中国(32.9%)で、ベトナム(13.1%)、タイ(10.1%)、台湾(8.1%)と続いている。輸入でも日本(3.1%)は第8位である。品目的には、輸出では衣類(55.1%)が圧倒的で、輸入は織物(37%)、石油製品(14%)となっている。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 カンボジアの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。

図表1:科学技術関連の行政組織図

図表1:科学技術関連の行政組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

 カンボジアには、科学技術を中心的に担う科学技術省はない。教育・青年・スポーツ省が主として高等教育機関を所管し、郵便・電気・通信省、産業・鉱業・エネルギー省、社会福祉・労働・職業訓練省及び農林水産省が、それぞれ科学技術に関連する施策を実施している。国立大学を所管する教育・青年・スポーツ省が研究開発の中心であり、傘下にカンボジア工科大(ITC)や、王立プノンペン大学(RUPP)がある。

郵便・電気・通信省

郵便・電気・通信省

(2)科学技術政策動向

 科学技術政策のベースとなる国家の基本政策が、教育・青年・スポーツ省、郵便・通信・情報省、産業・工業・エネルギー省、社会福祉・労働・職業訓練省、農林水産省、計画省、経済財務省などが参加した最高国家経済会議(Supreme National Economic Council:SNEC)で策定されている。

 一方、科学技術政策そのものについては、2014年時点で、科学技術各分野の基本的な状況を把握し問題点の抽出をしている段階で、早期に戦略が発表される見込みは薄い。ここでは関連すると想定される国家の基本政策を紹介する。

① 四辺形戦略(Rectangular Strategy)

 2004年、フン・セン首相が表明した国家開発戦略である。国の最優先課題として、汚職撲滅、司法改革、行財政改革、国軍改革の4つを取り上げ、それを四辺形になぞらえ、四辺形の中心部に国が目指すべき「良き統治(good governance)」を置いている。

 改革を進めるための最重要要件と位置づけられているのが、平和・政治的安定、マクロ経済安定の強化、持続的開発・貧困削減の推進の3点である。

 ② 国家戦略開発計画(NSDP)

 四辺形戦略が表明される以前、カンボジアでは「第2次社会経済開発計画(SEDPII 2001-2005)」と「国家貧困削減戦略(National Poverty Reduction Strategy 2003-2005:NPRS)」という2つの国家計画が策定され、これらに基づいて開発が推進されてきた。2004年に四辺形戦略が発表されたため、国家計画もそれに沿って見直された結果、2006年に社会経済開発計画と国家貧困削減戦略を統合した、「国家戦略開発計画(National Strategic Development Plan 2006-2010年:NSDP)」が策定された。この計画はその後、第4期フン・セン政権任期である2018年まで延長されている。

 同計画では、農業分野の強化、海外直接投資を呼び込むための環境作り、民間企業による雇用創出、インフラ整備、人材育成などが打ち出されている。しかし、これらの実現を支える国家イノベーション・システムや科学技術の振興は、具体的に同計画に触れられておらず、今後策定が進められると想定される。

3.高等教育と大学

(1)概要

 カンボジアには91の高等教育機関があり、うち35が国立、56が私立大学である。一部の私立大学は、教育・青年・スポーツ省ではなく社会福祉・労働・職業訓練省の所管となっている。

 国の安定化によるインフラ整備と、外国資本による産業界の需要により、高等人材のニーズは高まっている。大学進学率は、世銀のデータで10%程度とされている。大学が首都プノンペン地区に集中していること、農村地域の識字率、就学率が低いことなどにより、教育機会の不平等が固定化しつつある。

 カンボジアの大学は未だ教育の充実を図るフェーズにあるため、研究はそれほど積極的に行われていない。国立大学教授の平均月収が200ドルあまりで、多くが何らかの兼業をしないと生活ができない状況であり、大学院に進み研究者の道へ進むという選択をする学生は多くない。国家の開発戦略において研究が必要性が指摘されているとはいえ、研究レベルは未だ非常に初歩的な段階にある。また、研究資金や設備に乏しく、現時点では海外の研究ファンドを受託しない限り研究活動は難しい。

(2)カンボジア工科大学(ITC)

 カンボジア工科大学(Institute of Technology of Cambodia: ITC)は、1964年設立の国立大学である。国立大学とはいえ、カリキュラム編成や資金の配分で独立性が強く、国の補助は人件費に限られている。

カンボジア工科大学(ITC)

カンボジア工科大学(ITC)

 ITCは、化学・食品技術、土木工学、電気電子工学、地学・地盤工学、ICT、産業・機械工学、農業工学の7学部からなる。学生数は約4,000人(女性は25%、ただし化学とICTの分野に集中)で、毎年修士課程には70人前後が、Ph.D.課程には7人前後が進学する。学部は5年で卒業するが、在学中のカリキュラムでは最終学年に企業での研修(インターン)が含まれているため、卒業後の就職先に困ることはほとんどない。産業界の人材ニーズとのマッチングが比較的成功しているといえる。

 ITCは、旧宗主国であるフランス政府の支援で建物が造られ、当初はソ連の協力で運営されていた。現在は、フランス語圏の大学連携機関(AUF)、ベルギーの支援枠組(CUD)、JICAのAUN- SEED NET、韓国のKOICAなどの支援を受け、奨学金や留学のプログラム、海外の機関からの教授招聘など複数のプログラムを実施している。

 現在、技術経営(MOT)コースの設置と博士課程(工学博士号)の設置が課題であるが、このうち博士課程については、2015年から日本とのCo-Advisorシステム(AUN-SEED NET)を利用してスタートの予定となっている。

 大学運営は教育重視で、研究は10%程度のエフォートに過ぎず、これを50%ぐらいまで増やすのが当面の目標である。研究者として、30人のPh.D.が雇用されている。実施中の研究分野としては、以下のものが挙げられる。

 ・土木工学、水質保全、上下水道

 ・食品加工、農産物の品質向上

 ・バイオディーゼル、資源の再処理、廃棄物の管理

 ・途上地域の開発

 ・気候変動

 ・固有言語によるコンピュータ処理ソフト開発など。

(3)王立プノンペン大学(RUPP)

 王立プノンペン大学(Royal University of Phnom Penh: RUPP)は、1964年に設立された国内最大規模の大学で、カンボジアで唯一基礎科学を教育する大学である。

王立プノンペン大学(RUPP)

王立プノンペン大学(RUPP)

 RUPPには、理学部、社会・人文科学部、工学部、開発学部の4学部があり、さらに外国語研究所が設置されている。教職員は660人、教育に関わるスタッフは420人、うち24人がPh.D.である。

 学部と大学院(修士)のコースには、合わせて1万8,000人の学生が在学している。理学部には、年平均1,000人の学生が履修登録し、うち約800人がコンピュータサイエンスを、残る200人が数学、物理、化学、生物、環境科学を学ぶ。コンピュータサイエンス学科の人気が高いのは、ICT企業などへの就職の可能性が高いからであるが、それでも卒業後民間に職を得るのは簡単ではなく、この学科の多くの学生が出身地に戻り教職に就いている。

 現在、この大学にはPh.D.課程がなく、2020年ごろを目標に始動させる予定としている。

 ASEAN経済共同体に向けて、高等教育での英語授業の充実を目標にしているが、実態はなかなか難しいのが現状といえる。

 外国語研究所(Institute of Foreign Languages:IFL)は、カンボジアを代表するレベルのプログラムを提供している。研究所内に中国語、英語、フランス語、日本語、韓国語、国際関係の学科を有する。

4.科学技術指標

(1)研究開発費(UNESCOの統計による)

 やや古い数字だが、2002年の研究開発費は約684万ドルであり、その対GDP比は0.05%であった。ASEAN諸国の中では、ラオス、ブルネイに次いで低い値である。

 産業がほとんどなく、研究開発能力もない。またこうした科学技術に関する正確なデータも存在しないため、現状把握は現地調査や省庁担当者のインタビューに依存せざるを得ない。

(2)研究者(UNESCOの統計による)

 2002年の研究者数は、774人(ヘッドカウント値)、223人(フルタイム換算値)と圧倒的に少ない。ラオスやブルネイに続いて、ASEAN域内でも大変低いレベルである。

 大学に入学する生徒数が絶対的に少ないこと、さらに研究者の給与が低く、大学(大学院)卒業後のキャリアパスとして研究者になる人が少ないのも一因である。優秀な若者は海外の助成金を直接得て、外国の大学に進学し、そのまま現地で就職するという事態も発生しており、秀でた人材の育成及び確保は、研究開発を推進する上での大きな課題となっている。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、カンボジアの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で115位であり、この間の論文数は406編であった。カンボジアの論文数は、ASEAN諸国の中で第7位であり、ラオス、ブルネイ、ミャンマーより若干多い程度である。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表した2014年の世界大学ランキングでは、700位以内に入っている大学はない。前述のITCでは徐々に産業界との人材需要のマッチングが実現しつつあるが、ほとんどの大学では未だ道半ばである。研究を実施するには、人材も予算も大幅に足りていない。

(5)特許

 所管しているのは、産業・鉱業・エネルギー省(MiME)工業財産局である。2011年のデータで見ると、カンボジアの特許出願件数が42件であるのに対し、登録件数は0件となっている。

5.国際協力

(1)日本との関係

① 概要

 両国の研究交流は活発で、これまで多数のカンボジア研究者が日本に留学してきた。現在、主要な研究機関の幹部クラス等においても日本留学経験組が少なからずおり、彼らの日本に対する期待は大変大きなものがある。とりわけ、日本の労働者の姿勢を学びたい、職業訓練の制度を導入したいという声を現地で聞くことが多い。

② JICAによる理数科教育支援の取り組み

 カンボジアでは、クメール・ルージュ時代に教育システムそのものが崩壊し、現在も教員の不足や、貧富の差による教育機会の不平等など構造的な問題を抱え込んだままである。中でも理数科分野の人材育成については、将来的に産業の高度化において極めて重要であるにもかかわらず、過去に支援の対象とされてこなかった。

 JICAは、2000年から2005年に、高校の教員養成校である国立教育研究所(NIE)の理数科教育に係る機能・能力の向上を目標として、カンボジア理数科教育改善計画プロジェクト(STEPSAM)を実施した。その後、後継プログラムとして高校理数科教科書策定プロジェクト(ISMEC)を2005年から2008年まで実施し、さらに2008年から2012年まで理科教育改善計画プロジェクトを行うなど、長年にわたり同分野の支援を行ってきた。カンボジア側の担当は、教育・青年・スポーツ省(MoEYS)である。

(2)日本以外の諸外国との関係

 旧宗主国であるフランスとの関係は未だに深い。1953年開設のカンボジア・パスツール研究所(Institut Pasteur in Cambodia)は、内戦による業務停止を経て1995年に再開され、バイオ・医療分野の研究を実施している。

 他には、2014年に韓国国際協力団(KOICA)とカンボジア計画省(MoP)の間で「カンボジア国家科学技術マスタープラン2014-2020(Cambodia National S&T Master Plan 2014-2020)」が締結された。同プランの重点分野は、農業、その他の第一次産業とICTであり、韓国側からの助成金額は総額350万ドルである。これまでに累計で、KOICAはカンボジアに対し、2,000万ドルを超える援助を実施している。

6.トピックス

(1)農業分野

 カンボジアが取り組む重点分野として四辺形戦略に指定されているのは、農業分野の強化、インフラの復興と建設、民間セクター開発と雇用創出、能力構築と人材開発の4分野である。中でも農業分野の強化が重要で、農業生産性の向上と多様化を目指している。

 また、農業、農工業を発展させ農村部の所得を上げることで、タイにみられるような都市住民と周辺地域住民の格差による国民意識の隔絶を避けることも政策課題であり、ここでも科学技術の役割が期待される。ただし実際は、急激に発展するプノンペンをはじめとした都市部と、未だ電気のない生活を送る農村部の格差は広がっている。

(2)エネルギー分野

 カンボジアの産業を支えるセクターは現時点で縫製業を中心とする軽工業であるが、同セクターはタイやベトナムに比して国際競争力があるとはいえず、すでに縫製業に依存する時代は終了したといえる。

 一方、カンボジアでは発電事情が悪く、今後経済を拡大させるには、重要なインフラである電力セクターが脆弱である。四辺形戦略では、水力発電などのエネルギー分野において、低コストの電力需要に必要なエネルギーの更なる開発のために電力生産・送電を強化し、特に主要な地方都市おける民間の投資及び参加を優先させるべきとしている。このため、水資源が豊富な利点を活かし、8つの水力発電所を2020年までに建設することで、現在5%程度の水力発電の割合を50%以上に引き上げ、自国での電力供給の割合を増加させる計画である。しかし、雨季と乾季の差の大きいカンボジアでは、乾季の発電についての懸念が依然としてある。ここに科学技術の役割が期待される。

7.まとめ

 首都プノンペンはいたるところで、大規模な開発工事が行われている。日本製の高級車が多く行き交い、不動産に関する中国語の看板が街中に溢れている。ASEAN経済統合を前に、カンボジアはホーチミン、プノンペン、ヤンゴンを結ぶ南回廊の中央に位置し、交通の要衝として重要な意味を持つだろうといわれている。また、カンボジアはASEANで唯一といっていいほど外資の進出に寛容な国で、投資先としての人気も高い。今後、電力の逼迫が解消に向かえば、チャイナ・プラスワン、タイ・プラスワンの候補国として注目されるであろう。さらに、国民の平均年齢が若いことも一つの長所である。

 しかしながら、実際には1,600万人程度の内需を全て自国で賄うだけの産業が、今後自然に興ってくるとは考えにくい。既に、国内で生産するよりも安価な製品がベトナムや中国から輸入されている。労働集約的な縫製業はそれなりにカンボジア経済に貢献しているが、今後の工業の発展にどの程度寄与できるかは疑問である。都市と農村との経済格差を拡げずに、国全体が豊かになっていくためにも、教育、特に高等教育の充実と産業界が必要とする人材の育成が急がれる。

 1998年の総選挙以降、比較的安定した政治的情勢が続いているが、公務員給与は低く抑えられ汚職や不透明な行政運営は解消されていない。持続的な発展のためには、政府は公平な市場環境の整備や効果的な制度改革、インフラ整備、技術移転を促進して市場を活性化させなければならない。四辺形戦略が掛け声だけに終わらないためにも、政府だけでなく、市民、産業界、大学が協力していかなければならないだろう。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第7章「カンボジア」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のカンボジアの章は、澤田が原案を作成したものである。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

澤 田  朋 子

(著者紹介)

澤田 朋子(さわだ ともこ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2000年ミュンヘン大学政治学部大学院修了(国際政治学及び経済地理学専攻)。帰国後は民間のIT系ベンチャー企業でウェブマーケティング及び地域資源活性化事業に従事し、2013年より現職。