インドの科学技術情勢

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包括的な持続的経済成長を目指して

 インドは、南アジアの雄であるとともに、発展途上国では屈指の大国である。2013年の人口は約12億5,214万人で、中国の13億6千万人に迫っており、今世紀の比較的早い時期に世界一の人口大国になると予測されている。実際、国連の推計によれば、2050年のインドの人口は16億人強で、中国の人口は14億人強である。

 インドは長く続いた低迷を脱し、名実ともに政治経済大国になりつつあるといえる。ただしインドでは長年にわたり連立政権による政権運営が行われており、それが敏速な経済改革やインフラ整備を妨げてきたという批判もあった。新たに政権についたモディ首相は、グジャラート州首相時代には、海外からの投資を呼び込み、インフラを整備することで、州の経済成長を実現した。その経験を生かし、海外からの投資を呼び込みインド国内の製造業の発展を目指す「メイク・イン・インディア」によりインドを経済成長に導けるのか、そしてインフラ整備や行政手続きの簡素化等の課題を克服できるのか、モディ首相のリーダーシップに注目が集まっている。

①成長の転換は湾岸戦争

 戦後のインドの歴史において転機となったのは、1991年の湾岸戦争であった。湾岸地方で出稼ぎをしていたインド人が帰国を余儀なくされたために、国内への仕送りが大幅に減少するという事態が起こった。当時、外国からの仕送りは、インドの国民総所得の大きな部分を占めていた。そのために、インドの外貨準備高はわずか数日分まで減少してしまった。そこでインド政府は国際通貨基金(IMF)に財政援助を要請し、その見返りとしてIMFの指示に従って、外国からの投資や輸入の許可制を廃止するなど、経済の自由化・規制緩和に努力した。その結果、1992~2002年度の平均経済成長率は5.6%に回復し、その後の2002~2008年の平均経済成長率は8%近くになり、大きく成長した。

②「2000年問題」でかちえた技術的信頼

 インド経済は、すでに離陸期を超えて成長期に入ったといえる。その契機となったのは、いわゆる「2000年問題」1であった。

 米国企業は米国のシリコンバレーで活躍しているインド人研究者の能力を高く評価していた。しかし、インドは発展途上国ということで信頼性には多少の疑問をもっていたのも事実である。そのような背景のなか、2000年問題の解決がインド企業に発注され、その結果は想像以上に信頼できるものであった。これを契機として、情報通信分野における、米国企業のインド企業への研究開発委託は急拡大した。以後、米国との関係では、各種コールセンターの設置、医療保険などの事務処理のレベルから、現在ではインドの大学や研究所への研究委託、それらとの共同研究開発、インドでの研究所の設立へと、より高度な研究協力に進展しつつある。

 急激な経済成長により、インドの産業構造も大きく変化している。具体的には1994年から2008年の間に、第1次産業がGDPに占める割合は28.5%から17.5%へと11ポイントも減少している。一方、この間に第3次産業は44.7%から53.7%へと急増している。しかし、第2次産業は26.8%から28.8%へと増加しているにすぎない。これは第1次産業から第3次産業へという発展を示している。その後2014年に至るまでのそれぞれのGDPに占める割合に関しては、そこまで大きな変動は見られない。

 このような産業構造の変化は中国と大きく異なる。中国では第1次産業が減少した分、まず第2次産業が増加し、残りの部分が第3次産業の増加分になっている。つまり第3次産業は微増である。中国の産業構造の変化は、先進国がたどってきた第1次産業から第2次産業へ、そして第3次産業へという産業構造変化の傾向に近い。中国と違い、インドは新しいタイプの産業構造変化を遂げているといえる。その背後には、得意の情報通信技術の急激な進歩をサービス産業に大きく展開した、インド特有の産業発展があったと思われる。

③インドの所得倍増論

 インド経済の急激な成長は個人レベルでも大きな恩恵を与えている。具体的には一人当たりのGDPが増加している。経済の離陸期(1992~2002年)では、一人当たりGDPの年平均増加率は3.67%であった。その後の成長期(2002~08年)で、それは5.94%に跳ね上がった。近年(2008~14年)では8.05%に増加している。

 このように個人所得が増加傾向を見せる中で、日本企業もインド市場に着目してきており、昨今の自動車産業ではマルチ・スズキを中心に活況を呈している。

写真1: チェンナイにあるIT企業(2015年7月筆者撮影)

写真1: チェンナイにあるIT企業(2015年7月筆者撮影)

世界最大の民主主義国家がかかげるビジョン

①より早い成長、より包括的な成長

 インドには独立以来、科学技術を含む国全体の基本政策として、「5ヵ年計画」がある。最新の第12次5ヵ年計画(2012~17年)では、インド政府としては、研究開発部門への投資の対国内総生産(GDP)比率を、1%から2%以上に拡大することが必要と考えており、そのためには政府のみならず民間部門の取り組みを拡充することが重要と考えられている。その一方で、Top1%の出版物に占めるインドの比率は、中国や韓国などの他のアジア諸国を下回っており、さらにインドは保健、食料、エネルギー、環境の各分野において対処すべき重大課題に直面しているなど、課題も認識している。

②20年後を見すえた「ビジョン2020」

2002年にインド政府は、より長期の国内外の動向を見すえて、5ヵ年計画とは別に「ビジョン2020」を作成した。これは、激動する国内外の動静を整理し、国の将来目標を明らかにしたものである。具体的には、以下のような内容になっている。

  • 1)多数の国民を貧困レベルから脱け出させる(貧困層の割合を26%から13%に半減する)

◆ちなみに、貧困層の割合に関しては、2011年時点では、貧困線以下で生活する人が人口の22%を占めており、2002年時点より改善はしているものの、目標には届いていないのが現状といえる。

  • 2)低所得層を中心に毎年1,000万人の雇用を生み出す
  • 3)非識字者数の減少(男性の識字率68%を96%に、女性の44%を94%に向上させる)
  • 4)初等中等教育の就学率を向上させ、中退者を最少にする
  • 5)公的医療を改善する(幼児死亡率と栄養不良を7.1%の3分の1以下の2.25%に減少させる)
  • 6)電力、通信、その他の社会資本への投資を拡大する
  • 7)技術能力を向上させ、農業・工業・サービス業の生産性を向上させる
  • 8)貿易と投資で世界経済の主要国になる

 いずれもインドの深刻な課題を認識し、その解決を国の長期目標にしていることは明らかである。インド人が自国を「世界最大の民主主義国家」と言うにふさわしい目標設定と思われる。インドでは、独立以来クーデターも軍政もなかった。一方、世界最大の人口を有するのは中国であるが、中国は共産党の独裁政権であり、世界最大の民主主義国家はインドだと自負している。

 ビジョン2020でも5ヵ年計画と同様に、科学技術は国の目標を達成するもっとも重要な手段と位置づけている。具体的には、以下の内容を掲げている。

  • 1)教育レベルを早急に上げる
  • 2)技術イノベーションの開発とその活用を早める
  • 3)安価で高速の通信により、国内および国際間の物理的、社会的障害を解消する
  • 4)情報を質量ともに今まで以上に高度に活用する
  • 5)グローバリゼーションによる新市場を拓く

 科学技術分野で国の目標達成にいかに貢献するかという視点が明瞭であることがわかる。同時に、科学技術面の長期的な課題も明らかになっている。

③論文からみるインドの科学技術活動の成果

 インドの政策をみると、科学技術活動の成果は大きいように見えるが、約12億5,214万人(2013年)という人口を考えると、むしろその成果はまだ小さいように思われる。

 文部科学省科学技術・学術政策研究所による「科学研究のベンチマーキング2015」によれば、2011年~2013年(出版年)の全分野における国・地域別論文発表数では、インドは、論文数は9位(シェア3.9%)であるものの、Top10%補正論文数2は15位(シェア2.5%)、Top1%補正論文数は18位(シェア2.2%)となっている(整数カウント3)。

 論文数は9位であり、11位の韓国(シェア3.8%)をわずかに上回っているものの、人口がインドの約20分の1の国とほぼ同じシェアであり、まだ論文数が少ない、ひいては基礎研究が弱いといわざるを得ない。

 またインドのTop10%補正論文数は15位(シェア2.5%)、Top1%補正論文数は18位(シェア2.2%)であり、よりインパクトの高い論文になるほどシェアを落としている。インドと人口が近い中国のTop10%補正論文数が2位(シェア15.3%)、Top1%補正論文数が2位(シェア15.7%)であることと比べれば、論文数という点では大きな差が生まれていることが分かる。

社会のニーズに強く応える人材育成

①科学に役立つインド哲学の論理的思考法

 科学技術活動の成果については今後のさらなる発展が期待されているところであるが、インド人の優秀さについてはすでに広く認知されている。その背景にある強さが何かといえば、それは優れた俊才を鍛えて国際的にも競争できる逸材を育てる教育にあるといえる。そこでまず注目したいのは、大学教育前に行われる初等中等教育である。

 日本では、特にインドの2桁の九九が注目されている。日本の九九は9×9の81対を覚えればよいが、インドでは、地域によって違いはあるが、最大99×99の9,801対を覚える。2桁の九九は、記憶するだけでなく、その算法も学習する。例えば、99×99の計算法は、(100−1)2=1002−2×100×1+12などとして教わる。

 さらにインドの初等中等教育では、インド哲学が教育されている。生徒は、自己と宇宙の同一性、有や無の哲学などインド哲学の内容を学習するばかりではない。哲学では、自らの思考や論理の正しさをさまざまに自省(自己検討)する。論争の優劣を判定する基準など体系化された論理学も用意されている。これらを学習することは、現在世界の複雑で混迷した諸問題を解明しようと考える際におおいに役立つ。とりわけ、精緻な論理の構築や深い議論に有効である。このような論理的思考や思考方法の習得は、数学や物理学など基礎科学の分野ばかりでなく、技術や経営の分野でも広く役立っている。

②インド有数の情報企業が大学院大学設立に協力

 インドの高等教育組織は、かつてインドの宗主国であったイギリスの高等教育システムを移植している。それらは総合大学と単科大学に2分される。総合大学としては、例えばジャワハルラール・ネルー大学があげられる。ジャワハルラール・ネルー大学は、国際的な最新研究に組織的、かつ柔軟に対応しつつ、国際的に貢献するために大きな努力を払っており、具体的には、国際関係論、環境科学、ライフサイエンス、科学技術政策などで先進的でユニークな教育組織をいち早く創設している。

 工学の最高教育研究組織としては、インド工科大学(IIT)がある。2001年までに7校が開設され、2008年以降9校が開設されている。このIITは国際的にも高く評価されており、QS World University Ranklings 2015/16によれば、インド工科大学デリー校は 179位、ボンベイ校は202位、マドラス校は254位となっており、インド工科大学の中でも伝統校が高い評価となっている。

 今日のインドでも、国際的な趨勢と同じように、優れた教育機能は優れた研究機能と離れて存在できない。教育機能は研究機能との融合が必須の条件になっている。例えば、IITでは、企業との共同研究を目的に設立された研究施設で、研究の合間を縫って大学院教育が実施されている。また、バンガロールにあるインド情報技術大学バンガロール校(IIIT-B)では、修士コースが主体で博士コースの学生は少ない大学院大学である。

 この大学院大学を設立したのは、地元カルナタカ州政府とInfosysという民間企業である。民間企業、なかでもインド有数の情報企業が大学院の設立に関与している。したがって、この大学の教育は情報通信の科学技術教育と研究に特化し、社会のニーズに強く応える性格になっている。

 教官はそのようなマインドを強く持ち、論文のテーマも現状の問題を解決するものが多く、実践的である。実際、修士論文の成果がバンガロール近郊にあるベンガルール国際空港の公共交通運行システムの設計案として採用された。

 一方、学生の気概は高く、設立企業であるInfosysへの就職を希望する学生は少なく5%以下である。グローバルに活躍の場を求めており、教官と同程度の給料を得る学生も稀ではない。インドでは、インド情報技術大学は大成功という評価が定着している。以後このようなタイプの大学の設立が積極的に進められている。

先端技術の民生利用と安全保障

①エネルギーの安定供給と安全保障を担う原子力開発

 インドの原子力開発は国策に強く沿ったものである。その性格としては、第一に国内に化石エネルギー資源が少ないことに応えるもので、エネルギーの安定的供給という目標がある。次いで、核兵器開発が国の安全保障政策上必須であるという側面がある。広義には両者とも国の安全保障に深く関係している。このような目標があるために、ウラン鉱石の採鉱、精錬、ウランの濃縮、核燃料(燃料集合体)への加工、原子力発電所での発電、原子力発電所から出た使用済み核燃料の再処理および核燃料として再利用、放射性廃棄物の処理という一連の核燃料サイクルのすべての局面での国産化を目指している。

 インドでは、独立の翌年の1947年に原子力委員会が発足している。インドの原子力研究の中心はバーバー原子力研究センター(BARC)である。研究所の名前にはインドの原子力研究の先駆者ホーミ・J・バーバー博士の名前を冠している。高速炉の研究はインディラ・ガンジー原子力研究センターで行われている。原子力開発での人材育成が重視されており、BARCに教育訓練センターが併設されている。

 インドは原子力開発を平和利用目的だけではなく、国の安全保障の視点からも行っているのは前述の通りである。その立場から、核拡散防止条約は核保有国に有利な不平等条約と主張し、これに加盟していない。同じように包括的核実験禁止条約にも加盟していない。国境問題による隣国との国際紛争の可能性を踏まえた国策と考えられる。このため、最近まで原子力開発の国際的な協力関係を構築することはできなかった。これも、核燃料サイクルのすべての局面で国産化を志向する理由になっている。一方、原子力の平和利用を目的とする国際原子力機関(IAEA)においてはその有力なメンバーである。また、米国とは2006年に米印原子力協定に合意するなどの協力関係にある。

②宇宙開発でも民生利用と安全保障の両側面

 宇宙開発でもインドは民生利用と安全保障二つの目的を追求している。宇宙開発で開発されるロケット技術はミサイルとして安全保障目的に転用することが可能だからである。そのような可能性を指摘しつつ、民生面の開発状況を紹介する。

 インドの民生用宇宙開発の主要目的は大別して、衛星通信、自然資源の管理と衛星情報の活用、および気象への応用の三つがある。この3分野すべてで、国産技術による実用的な宇宙サービスを確立することを目指している。この目標を達成するために、インド政府は数年にわたり、(1)衛星通信、テレビ放送および災害予知のサービスを提供するインド衛星システムと、(2)自然資源の監視と開発のためのインドリモートセンシングシステムという二つの運用システムを開発してきた。

 宇宙開発は1961年にネルー首相が、宇宙開発を原子力省の担当と定めたことに始まる。この一事をもってしても、インドの宇宙開発は原子力開発と同じように、民生利用と国の安全保障という二つの目的を追求するよう性格づけられた国家事業であることが分かる。

 翌1962年に原子力省の長官であったホーミ・J・バーバーはインド国立宇宙研究委員会を設立し、その長官にヴィクラム・サラバイを任命した。サラバイの洞察力と献身的な努力により、インド独自の宇宙開発の基礎が築かれたといえる。インドでは、欧州や日本などの他の宇宙先進国と同じように、当初から人工衛星の打ち上げ能力や人工衛星の製造運用の能力を確立することを目的としてきた。

 インドの宇宙開発研究を担当するのは、インド宇宙開発研究機構(ISRO)である。宇宙関連技術の開発とその応用を目的にしている。そのサービスは国内の需要に応えるばかりでなく、米国、欧州、ロシア、ブルガリアなど外国の衛星の打ち上げもしている。本拠地はバンガロールなどにあり、約1,000億円の予算規模で、約1万5千人の職員を抱えている。この規模を日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)と比較すると、予算はJAXAの1,720億円の半分強、職員数ではJAXAの1,600人弱の約10倍となっている。宇宙開発でもインドでは人材育成重視戦略が顕著である。2007年にインド宇宙科学技術大学を創設し、さらに人材育成に努力している。

 インドは、1980年に国産衛星ロヒニ1号の打ち上げに成功している。ロケットの打ち上げに関しては、1957年から2013年12月末までのインドの打ち上げ数は39、打ち上げ失敗数は10であり、打ち上げ成功率は74.4%となっている。近年のトピックスとしては、2008年にチャンドラヤーン1号が国産の大型ロケットで打ち上げられた。この衛星は、月の上空約100キロの軌道を周回し、月の地質学的および鉱物学的な観測を実施した。また2014年9月にインドの探査機「マンガルヤーン」が火星の周回軌道に到達した。これはアジアで初めてのことである。

世界トップレベルの情報通信技術

①グローバルな情報技術立国へ

 インドの情報通信技術は突出して国際競争力の強い分野である。その推進政策は規制緩和を中心にすえた経済自由化の時期と重なり、大きな成功を収めた。

 2000年にインド政府は、2008年までにインドをグローバルな情報技術立国にし、ソフトウェアで世界最大の生産・輸出国にするという情報通信技術政策を策定した。政策は目標を明示し、それを達成する手段との関係を体系化している。具体的戦略(上位手段系)として、国際的連携の推進、後述するSTPI等でのジョイント・プロジェクトの創生、研究開発の促進、国際機関との協力、インドの情報通信力の世界への発信と提示、それに人材や通信基盤資源の高度利用をあげている。このような戦略を容易に実現するための手段(下位手段系)として、投資の奨励、基盤整備、デジタル・ディバイド4の解消、e-ガバメント化5、財政支援などを示している。

 政策面では、情報技術に関する産業パーク振興を目指すインド・ソフトウェアパーク(STPI)が有名である。その内容は、幅広くかつ手厚い支援策であり、インドで初めて成功した国の政策といわれている。

 2013年現在、インド全国に53センターある。センターの地域分布をみると、広大なインドの国土のなかにほぼ満遍なく配置されていることが一目瞭然である。このような地域分散は、STPIが情報通信産業ばかりでなく、地域の経済成長にも貢献していることを如実に示している。

②先進技術で社会の不公平の解決を目指す

 デジタル・ディバイドの解消も、インドの情報通信技術政策を進めるうえで重要な手段であり目標である。充実した情報化社会の実現に必要な手段であるとともに、情報化によって社会の公平化を実現するための目標にもなっている。

 歴代のインド政府の政策目標は、社会の公平化、社会階層(カーストなど)の解消であった。社会階層と教育の格差に密接に関連するデジタル・ディバイドの解消や識字率の向上に向けて、情報通信技術の開発と普及、教育への幅広い応用、その基盤になる教育の充実に努力してきた。その一例として、街路に面した壁面にタッチパネル式のディスプレイを設置し、子どもたちに自由に操作させる空間を作った。この空間は人気をよび、大人達も大勢参加したといわれている。このような政策の性格は、先端技術を社会問題解決に応用するというものであり、包括的イノベーションという旗の下にインド政府が努力してきたものである。

 NASSCOM6によれば、インドのIT-BPM産業7の売上高は、2014年度は約1,300億ドル、2015年度には約1,460億ドルに達する見込みであり、2014年度から約13%の増加が見込まれている。輸出はそのうちの約67%を占めている。その背景としては、インドが米国から見て地球の真裏に位置することも関係があるだろう。例えば、米国の病院はその会計処理を一括してインドの企業に委託しており、毎日の診察内容を夕方にインドの企業に送付すれば、翌朝その会計処理記録を受け取ることができる。年末には年間の報告書を受け取り、それをそのまま管轄の役所に提出すればよいのである。しかも米国の業者に依頼するのにくらべて安価である。

 インドでは2014年にモディ首相が就任以来、デジタルインディアのようなプログラムを進めており、これからインドが情報通信産業におけるグローバルハブとしての地位を確かなものにしていくことができるのか、注視していくべきであろう。

写真2: バンガロールの交通事情(2015年7月筆者撮影)

写真2: バンガロールの交通事情(2015年7月筆者撮影)

インド特有の課題と迫りくるグローバルな危機

 最後に、一国の科学技術の課題を論ずる手段として、企業の経営戦略の分析に開発された「SWOT」8を使い、インドの科学技術を考察する。インドの科学技術はどのような強みと弱みをもち、その環境としてのインド社会はどのような機会と脅威をもっているかを分析する。この手法は経済協力開発機構(OECD)でも、アジアの科学技術政策の分析に使用された。

①科学技術面の強み:それは量の膨大さと発展期の勢い

 インドは、他の新興国などにくらべて、12億を超える人口と急速に伸びる経済力を背景に、科学者や技術者の数、研究開発費の絶対額が大きく、その厚みは相当なものがある。少数精鋭で育成される人材も相当な数に上り、情報通信、医療、バイオテクノロジー、宇宙開発など先端技術分野に進出している。また、このような人材を受け入れることができるほどに、十分な研究所や研究機関がある。彼らの活躍により、先端技術分野の産業は集積効果を高め、優れた業績をあげており、国際的な共同研究もさかんである。

②科学技術面の弱み:それは集約度の小ささと発展に潜むかげり

 インドは科学技術の集約度が、先進諸国に比して小さいという大きな弱みがある。科学技術の集約度とは、例えば人口当たりの研究者数や、GDP当たりの研究開発費などで示されるものである。このような数値は、社会が全体として科学技術活動を推進し、その成果を社会全体が広く享受できる状況を示すものである。つまり、単に少数の優れた人たちの活動となっているのではなく、科学技術が幅広く分厚い活動となっているかどうかを示すものである。

 インドではこのような相対値の値は小さく、いまだ少数の優れた人材によって科学技術活動が担われ、その成果も広く行きわたっていない状況を示している。研究開発の集約度が、研究費や研究者数などのインプットにおいても、論文数や特許登録数などのアウトプットにおいても低い。これは例えれば、山の頂上はそれなりに高いものの、先進諸国に比して裾野が狭いことを示している。科学技術は、国全体の総力で国際的な強みを発揮していく性格を有するものである。インドの科学技術活動は、まだ国全体の総力を不十分にしかあげていないことを示しているといえる。

 急激な発展に潜む歪みも弱みになっている。経済の成長がサービス業に偏り、製造業に薄いこともあり、サービス業を含めた産業における研究開発投資が脆弱である。これは研究と商業化との連携が弱いことにつながる。さらに産業の発展を先導するベンチャー・キャピタル(リスクが大きい企業に投資する投資企業の資金)も不足することに直結している。情報通信技術やバイオテクノロジーなどの先端分野でも、生産された製品がグローバルな品質標準に合致しているかの懸念がある。一方、経営トップの国際重視・国内市場軽視によって、革新意識が低くなっているという指摘もある。

③社会環境が与える可能性(機会):それは発展期にある前向きな社会

 インドでは、科学技術を取りまく社会環境が科学技術の推進に大きく貢献している。石炭、鉄鉱石、生物資源など自然資源にも恵まれており、世界最大と標榜する安定した民主主義も、着実に発展の機会を広げている。情報通信技術に関する職業はこれまでになかった職業なので、カーストなどに制約されずに就職できるようである。ハイテク技術が社会階層の解消に貢献するという効果もある。

 国際的には、インド政府や社会が営々と築いてきた米国との良好な関係をあげることができる。技術的には、英語が準公用語であることや、米国との時差(米国で発注した仕事をインドで処理し、その結果を翌朝までに米国に配信できる)という地理的な位置もインドの強みになっている。なお、最近のインド人はかつてのように聞き取りにくい英語を話す人が少なくなったようであるが、これはインドにコースセンターを設置した米国企業が、サービスの向上のために、その従業員に聞き取りやすい英語を話すよう訓練した結果といわれている。

④社会的課題(脅威):それは急激な発展に取り残された影の部分

 インドの科学技術にとっての脅威は、急激な成長に取り残された影の部分が大きいことである。インド政府はそのような脅威を十分に認識して、さまざまな政策を打ち出し、社会全体で解決しようと努力してきた。しかし、いまだ十分に解決されてはいない。

 具体的には、カーストに代表される社会階層が存在する。例えば、工場で働く人の階層が低いために、優れた人が製造の現場で知恵を発揮するインセンティブが低いなどの状況がある。社会階層と関連して貧困層の問題がある。減少はしているものの、貧困線9以下で生活する人が人口の22%(2011年)を占めている。多数の貧困層や格差の存在は低い識字率に結びついている。それはまた、教育基盤の脆弱さに強く関連している。これらは総合的に解決する必要があり、ハイテク技術を含む社会全体の問題解決力に負うところが大きいといえる。

 基礎的社会基盤、いわゆる社会インフラが弱いことも問題である。具体的には道路、鉄道、空港、電力、水道等の整備が遅れている。これに対し、インド政府は官民協調や、日本をはじめとする外国の支援によってその解決に努力している。例えば、インドの大都市を結び、地形的にも重要な位置にあるデリー(北中部に位置)、ムンバイ(北西部の沿海部)、バンガロール(南中部)、コルカタ(北東部の沿海部)の4都市を頂点とする四角形を結ぶ基幹道路と貨物鉄道路、さらにその四角形の対辺を十文字で結ぶ道路の整備を進めている(「黄金の四角形プロジェクト」「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」など)。2015年7月時点では、日印共同調査の結果として、インド高速鉄道には新幹線方式が推薦されている。

 インドは1960年代に、いわゆる「緑の革命」によって食糧の需給率はほぼ100%に達した。しかし、近年それらの農産物を配送する物流に問題があり、配送の途中でかなりの農作物が腐敗している。これに、州の権限の強さが輪をかけている。州境を越えるたびに税金の手続きが必要で、貨物トラックの長い列ができるような状況は明らかに行きすぎであろう。農業には多数の国民が従事しており、農業振興はインド政府の永年の目標になっているにもかかわらず、灌漑などの整備が不十分であり、いまだ問題は多い。第2の緑の革命が求められている。

 急激な経済の発展は国際的な軋轢を生む。例えば、経済の発展は必然的に賃金の上昇をもたらす。それは国民生活の向上に役立つが、一方で低コストの優位性を失うことになる。さらに、経済成長は消費するエネルギーの急増をもたらし、環境破壊を生む。前者では石油の海外依存を高め、早晩地球規模でのエネルギー資源の減耗という事態に至る。環境破壊面では、国内での地域紛争を生み、例えばタタ・モーターズの工場用地取得をめぐる地元農民の強硬な抗議活動など様々な争いが発生している。環境対策はコスト高の要因になり、国際競争力の低下につながる。

 以上、独自の分析に基づき、インドの科学技術活動の課題を強みと比較しながら、概観した。そのなかにはインド社会特有の課題もあれば、発展途上国共通の課題もある。一方グローバル化に共通の課題もあり、ますます深刻になりつつある。このような課題の解決にはインド一国の努力ばかりでなく、日本をはじめとする国際的な協力関係が必要なことはいうまでもない。

  • 1 1970年代に開発が開始されたパソコンは記憶容量が少なく、西暦は下2桁で記憶されていた。すると2000年は「00」と記憶され、1900年と混同されてしまい、パソコンが誤作動する可能性が指摘されていた(「2000年問題」)
  • 2 「科学研究のベンチマーキング2015」によれば、Top10%論文数のシェアだけでなく、論文数自体の時系列変化を見る必要が生じてきたため、全論文数の1/10の件数になるように補正している。
  • 3 同様に、整数カウントとは、国単位での関与の有無の集計する方法であり、例えば、日本のA大学、B大学、米国のC大学の共著論文の場合、日本1件、米国1件とカウントする方法である。
  • 4 インターネットやパソコンなど情報技術を使いこなせる人とそうでない人との格差
  • 5 デジタルシステムの整備によってさまざまな主体が政府の活動に参加できるようにすること。
  • 6 NASSCOMは、National Association of Software and Services Companiesの略であり、インドのIT-BPMセクターの業界団体である。1988年に設立され、現在1,400社が加盟している。
  • 7 BPMはBusiness Process Managementを指している。
  • 8 Strength, Weakness, Opportunity and Threatの頭文字をつづった手法名。経営や政策の目標を達成するために、その領域の強みと弱み、および関連環境の機会と脅威を分析するもの。
  • 9 生活をするために最低限必要な収入

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  • 日本貿易振興機構(JETRO)バンガロール事務所 「最近のインド経済、投資環境日系企業の動向」(2007年)
  • 堀本武功 「インド−グローバル化する巨象」岩波書店(2007年)
  • 毎日新聞 「核不拡散条約と原子力ビジネス」(2010年8月22日)
  • 増田耕太郎 「成長が続くインドのバイオテクノロジー産業と直接投資」季刊「国際貿易と投資」Autumn 2009/No.77(2009年)
  • 文部科学省 「科学技術要覧平成26年版」(2014年)
  • ロビン・メレディス著・大田直子訳 「インドと中国−世界経済を激変させる超大国」ウェッジ(2007年)
  • Department of Science and Technology(インド科学技術省科学技術局) “Research and Development Statistics 2004-05”
  • International Monetary Fund(国際通貨基金) “PPP:World Economic Outlook Database,” 2009/4
  • Ministry of Communication & Information(インド情報通信省)情報技術法 (The Information Technology Act 2000) 2009年に改正
  • National Coucil of Applied Economic Research(応用経済研究所) “The Great Indian Market”, 2005
  • NASCOM “India IT-BPM Overview”, 2015/9
  • Plannning Commission, Government of India(インド国家計画委員会) “India Vision 2020”
  • QS World University Rankings 2015/16
  • Software Technology Parks of India “Annual Report 2013-14”
  • United Nations(国際連合) “World Population Prospects: The 2008 Revision”
  • World Bank(世界銀行) “World Development Indicators”(2015年)*

*アクセス日時

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2011年に出版した「躍進する新興国の科学技術~次のサイエンス大国はどこか~」(ディスカバー・トゥエンティワン)の第2章「インド」部分を土台に、私が加筆修正を行って作成した。上記書籍のインドの章は、研究開発戦略センターの特任フェローである丹羽富士雄氏が原案を作成したものである。 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を丹羽と樋口の連名とすることにした。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した「科学技術・イノベーション動向報告~インド編」(2008年版、2009年版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2015年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

 フェロー(海外動向ユニット担当)

樋 口  壮 人

(著者紹介)

丹羽 冨士雄(には ふじを)

 政策研究大学院大学名誉教授。文部科学省科学技術政策研究所客員研究員、国立研究開発法人科学技術振興機構特任フェロー。1968年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、1970年ドイツ連邦共和国Studiengruppe fuer Systemforschung e.V.研究員、1973年ハイデルベルク大学経済社会学研究科博士課程修了、Dr.phil. 1975年筑波大学社会工学系助教授、1988年科学技術庁科学技術政策研究所総括主任研究官、1992年埼玉大学政策科学研究科教授、1997年政策研究大学院大学教授、2008年退官。

樋口 壮人(ひぐち たけひと)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2002年一橋大学経済学部卒。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科博士課程修了、博士(技術経営)。未来工学研究所客員研究員、東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科産学官連携研究員等を経て、2014年より現職。