インドネシアの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 インドネシアの正式国名は「インドネシア共和国(Republic of Indonesia)」である。首都はジャカルタである。

 約1万7,000の島々からなる、世界最大の島嶼国である。面積は米国の5分の1程度であるが、その幅は米国大陸の東西の距離より長い。陸地の広さは約2百万km2、領海はその4倍の広さがある。

 人口2億5,756人(2015年)はASEAN諸国では最大であり、 世界でも第4位である。1億人以上が住むジャワ島は、世界的に見ても人口密度の高い地域となっている。

(2)歴史

 インドネシアは長くオランダの植民地支配下にあったが、日本の軍政時代を経て第二次世界大戦後に独立し、1950年、議会制によるインドネシア共和国が発足した。しかし、議会の機能不全、政治家の汚職等の理由から、独立戦争を先導したスカルノ(Sukarno)は議会解散を宣言し、1959年、大統領に強大な権限が付与される大統領制国家へと転じた。初代大統領に就任したスカルノは、国軍を牽制するため国軍と対立関係にあったインドネシア共産党に接近した。さらに欧米諸国を中心とした外国企業の資産を接収し、新たな外資の導入を禁止することで欧米諸国を影響力の排除を図った。当時のインドネシアは約300万人もの共産党員を抱え、共産化の直前とまでいわれていた。

 1965年9月に国軍部隊によるクーデター(9月30日事件)が発生し、軍人としての実績を評価されていたスハルト(Soeharto)が、スカルノ大統領から事態の収拾に当たるための権限を委譲され、速やかにこれを鎮圧した。スハルトは陸軍大臣兼陸軍参謀総長に就任し、これを契機として徹底的な共産党弾圧を行い、共産党組織を物理的に解体した。この弾圧では、共産党との関係を疑われた一般市民が多く殺されたため、20世紀最大の虐殺の一つともいわれている。現在でもインドネシアでは、共産党は非合法組織となっている。

 1966年に、スカルノ大統領による従来の親共路線の責任を問う街頭行動が活発化し、秩序回復を名目にスハルトに実権が移った。スハルトは1968年に正式に大統領に就任し、その後約30年間独裁体制を維持した。

 1998年のアジア通貨危機によるインドネシアルピア(以下「ルピア」と略す)の大幅切り下げは一般市民の生活にも打撃を与え、約30年続いた長期政権下で蓄積されてきた不満や不平が各地で噴出し、スカルノ前大統領の長女であるメガワティ(Megawati Sukarnoputri)率いる闘争民主党への支持が高まっていった。1998年3月に、首都ジャカルタでは大学生や一般市民による反政権デモが起こり、その一部は暴徒化した。スハルト大統領はこうした圧力を受け、同年5月に副大統領だったハビビ(Bacharuddin Jusuf Habibie)にその職を譲った。

 ハビビが数か月で大統領を辞した後、ワヒド(Abdurrahman Wahid)、メガワティ、ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono)といった歴代大統領の統治を通じて、インドネシアは徐々に民主的なレジームへの舵を取ってきた。メガワティまでの大統領と副大統領は間接的な形で選出されていたが、2004年にインドネシア史上初の直接選挙制による大統領選挙が実施され、ユドヨノが第6代大統領に選出された。民主体制が十分に根付いてきたことが、現在の国家安定の礎になっている。

(3)政治

 国家元首たる大統領は行政府の長を兼ね、その下に副大統領が置かれる。首相職はなく、各閣僚は大統領が指名する。大統領の任期は5年で、再選は1度のみ(最大10年)である。直近の大統領選挙(2014年7月)ではジョコ・ウィドド(Joko Widodo)が選出されたが、大きな混乱はなかった。

 立法府は、国民議会(定数560人)と地方代表議会(定数132人)の二院制で、両議会の合同機関として国民協議会がある。

(4)民族、言語、宗教

 インドネシアは300を超える民族からなる多民族国家であり、ジャワ人が45%、スンダ人が14%、マドゥラ人が7.5%、沿岸マレー人が7.5%、中華系が約5%、その他が26%となっている。

 独立後のインドネシアでは、最大民族ジャワ人のジャワ語を国語にするのではなく、マレー語を元に作られたインドネシア語が国語として選ばれた。どの民族にも依拠しないインドネシア語を国語とし、これが国家統一のための一つのツールとして活用されている。家庭内やプライベートな領域では母語である民族語を、学校教育、職場等では国語であるインドネシア語を、といった具合に使い分けがうまく行われている。

 宗教的には、イスラム教徒が人口の約9割を占めており、インドネシアは世界最大のイスラム国家である。残りの約1割には、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー教、仏教等が含まれる。

(5)初等中等教育、識字率

 初等中等教育は、6-3-3制(小学校6年、中学校3年、高校3年)で、教育文化省と宗教省の2省が所管している。1984年に小学校6年間を義務教育化し、1994年からは中学校3年間も含め9年間を義務教育化した。1990年半ばまでに小学校6年間の完全就学(95%以上)がほぼ達成されたが、2011年度時点で中学校は約78%、高校は約58%の就学率となっている。就学率の地域格差は大きい。

 15歳~59歳人口における識字率の割合は約95.5%であるが、地域格差が大きく、例えば首都のジャカルタが99%以上であるのに対し、西パプアでは65%に達していない。

(6)経済

① 概観

 2015年現在の名目GDPは8,619億米国ドル(以下「ドル」と略す)でありASEAN諸国の中で第1位である。国民一人当たりの名目GDPは3,347ドルであり、ASEAN諸国の中で第5位にとどまっている。

 2015年の実質GDP成長率は4.8%で2010年以降は漸減傾向にある。とはいえ民間消費は2012年から2013年にかけて堅調に推移している。

② 産業構造

 2014年のGDPにおける産業別割合を見ると、第一次産業は13.3%、第二次産業は41.9%、第三次産業は42.3%となっている。第一次産業では、石油、ガス、ニッケル、スズ、金などの天然資源の他に、レアメタルやレアアースも採れる。天然ゴム、コーヒー、パーム油の輸出も盛んである。製造業を中心とする第二次産業では、例えば、自動車の年間生産量は、ASEAN諸国では現在タイを抜いてトップである(自動車の95%は日系企業)。第三次産業では、中間層の増加に伴い、サービス業の充実が進んでいる。

③ 貿易

 2013年の輸出は1,826億ドル、輸入は1,866億ドルで、輸出、輸入ともに前年比で減少した。貿易赤字は41億ドルに達し、2012年の17億ドルから拡大した。

 輸出品目別に見ると、鉱物性燃料が最も割合が大きい。石油・ガスは全体の2割弱を占め、ガスの割合が若干大きい。輸入品目別では、機械や電気機器等の商品の割合が大きい。石油・ガスは輸入全体の4分の1を占め、石油、石油製品の割合が最も大きい。

 主要貿易相手国は、輸出の第1位が日本、第2位が中国、第3位はシンガポールとなっている。輸入に関しては、第1が中国、第2位がシンガポール、第3位が日本である。

④ 原油精製技術とガソリン補助金

 インドネシアでは、国内における原油精製技術が発達していないため、採掘された原油を近隣諸国に輸出して精製し、より高い価格で再輸入している。政府は、輸入されたガソリンを低価格に抑えるため補助金を付してきたが、補助金が国家予算の3割~4割を占めたため、ジョコ・ウィドド新政権は2015年1月から補助金を撤廃した。その結果、ガソリン等の価格が約3割値上がりし国民の一部からは不満の声も上がっているが、国内企業は補助金廃止を歓迎している。補助金で安くなったガソリンを他国の企業が買い占めるという事態を、補助金廃止により阻止できるからである。このような現状を踏まえると、国内における原油精製技術の開発・高度化が、将来的にインドネシアに課せられている重要な技術開発課題の一つであると想定される。

2.科学技術体制と政策

(1)行政組織

 インドネシアの科学技術関連の行政組織図は以下のとおりである。

図表1:科学技術関係の行政組織図

図表1:科学技術関係の行政組織図

出典:各種資料を元に筆者作成

① 研究・技術・高等教育省

 科学技術政策の中心は、研究・技術・高等教育省(Ministry of Research, Technology and Higher Education:RISTEKDIKTI)である。同省は、2014年10月の省庁再編により、科学技術省(Ministry of Research and Technology:RISTEK)と教育文化省の高等教育部門が統合されて新たに発足することとなった。これにより、科学技術行政と高等教育行政が同一の省で取り扱われることになるため、高等教育予算における研究ファンディングの拠出比重が上がること等が期待されている。

② 調整大臣府

 大統領の下に4つの調整大臣府が設けられており、調整大臣府の傘下に複数の省がある。科学技術や高等教育を所管している研究・技術・高等教育省を含む8省庁を調整するのは、「人材開発・文化担当調整大臣府」である。

 なお、2014年10月のジョコ・ウィドド新政権誕生に伴う省庁再編において、海洋担当調整大臣府が新設され海事・海洋分野の行政部門が強化されたことで、今後海洋関連の研究開発への比重が高まることが予想されている。

③ 国家開発計画省(BAPPENAS)

 国家開発計画省(Ministry of National Development Planning:BAPPENAS)は、各省が作成した各分野の5か年計画案を調整し、国家中長期開発計画を策定することを任務としている。新政権の方針で、BAPPENASは庁(Agency)から省(Ministry)に格上げされた。

④ インドネシア・サイエンス・ファンド(DIPI)

 2016年3月末にインドネシアで初めての公的ファンディング・エージェンシーとして、インドネシア・サイエンス・ファンド(DIPI)が発足している。

(2)科学技術政策動向

① 国家長期開発計画(RPJPN)

 2004年、国家社会経済の発展に向けて「2005年~2025年の国家長期開発計画(National Long-Term Development Plan:RPJPN 2005-2025)」が策定された。これは、それ以前の国家計画を刷新し、あらゆる分野の基本計画となるものである。RPJPN 2005- 2025における科学技術の方向性については、知識集約型経済の確立、科学技術力の確立の2点が掲げられている。

② 国家中期開発計画(RPJMN)

 長期計画であるRPJPN 2005-2025は、5年間ごとに「国家中期開発計画(National Medium-Term Development Plan:RPJMN)」と呼ばれる4つの中期計画に分けられている。

 科学技術に関する記述を見ると、第2次RPJMN(2010年~2014年)では、人的資源の質の向上、科学技術力の確立、経済的競争力の強化に焦点を当てており、重点分野として、食料安全保障、新・再生エネルギー、運輸、情報通信、防衛と安全、健康と医薬、材料の7分野が列挙されていた。

 次の第3次RPJMN(2015年~2019年)では、利用可能な天然資源の重視、質の高い人的資源の確保、科学技術力の強化と経済競争力の確立を重視した総合的かつ安定的開発の実現という目標を記述している。第3次RPJMNでは、グリーン・エコノミーの観点を重視しており、例えば環境分野関連の戦略課題として、食料の安全保障、エネルギー安全保障、水の安全保障、環境、海洋・海事の問題が取り上げられている。

3.科学技術実施機関

(1)研究・技術・高等教育省(RISTEKDIKTI)

 RISTEKDIKTIは、高等教育機関や公的な研究機関の調整や連携役として機能するだけでなく、研究実施機関をその傘下に有しており、また公募型の競争的資金制度を有するファンディング機関としての役割も担っている。

 RISTEKDIKTI直属の研究機関として、以下の4機関を有する。

  • ① 国立科学技術研究センター (PUSPIPTEK)
  • ② エイクマン分子生物研究所(LBME)
  • ③ 科学技術展示センター(PP IPTEK)
  • ④ 農業技術パーク(ATP)。

 また、管轄する公的な研究機関としては以下のものがある。

  • ① 原子力規制庁(BAPETEN)
  • ② 原子力庁(BATEN)
  • ③ 技術評価応用庁(BPPT)
  • ④ 国家標準庁(BSN)
  • ⑤ 航空宇宙庁(LAPAN)
  • ⑥ インドネシア科学院(LIPI)。

 RISTEKDIKTIの政策として、高度育成人材数の増加、研究開発の生産性の向上、イノベーション能力の強化などが掲げられている。

(2)インドネシア科学院(LIPI)

 1967年設立のインドネシア科学院(Lembaga Ilmu Pengetahuan Indonesia:LIPI)は、インドネシアで最も古く、かつ高いレベルを誇る研究機関である。26の研究センター、16の技術実証施設、4つの管理事務局、2つの国際センター、4つの植物園を擁し、11の州にそれらが点在している。メインの研究施設はジャワ島にあり、小さな施設は島々に散在している。植物園の運営は、地元の生物・植物資源を守るという観点から重要であるため、大統領の方針で州ごとに植物園を設置することになっており、LIPIは植物の選定等の指導に当たっている。

 全体で約4,600人の職員を抱え、うち研究者は1,600人程度である。毎年200人ほどの新規雇用がある。

 ハビビ元BPPT長官(1974年~1998年)が、LIPIは基礎研究、BPPT(後述)は評価と技術移転との役割分担を決定したことにより、LIPIでは基礎研究が中心に実施されてきた。日本の理研に近い機関といわれるが、近年は応用を含む幅広い研究を行う姿勢を打ち出している。バイオテクノロジー、地球科学、物理、化学、電気、情報科学が主要分野であるが、社会科学、人文科学、科学技術政策等の研究も行われている。例えば、科学技術政策センターは、大統領のシンクタンク的機能を担っており、約40人の職員が政策エビデンス、データの収集等を行っている。

 年間予算はわずか1.2兆ルピアである。うち大部分は給与などの固定経費に消えるため、研究費の大幅な増額が望まれている。なお、2016年10月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1ルピア≒0.0079円となっている。

 現在、ジャカルタの南約50キロに位置するチビノン(Chibinong)の180ヘクタールの土地に、バイオ・サイエンスセンターと植物園を建設中である。インキュベーション・センターも併設されており、技術を育て、新しい研究を社会に出す試みが行われている。このサイエンスセンターには、生物研究所、微生物研究所、バイオ・マテリアル研究所があり、基礎研究のみならず応用研究も実施されている。バイオ・マテリアル研究所は、SATREPSプロジェクト(日本側:神戸大学)との関連も深い。

(3)技術評価応用庁(BPPT)

 技術評価応用庁(Badan Pengkajian dan Penerapan Teknologi:BPPT)は1974年に設立され、LIPIと並ぶインドネシア有数の研究機関である。

 長官の下に、技術政策評価、天然資源発展技術、農産業技術・バイオロジー、情報・エネルギー・材料技術、産業技術・デザイン・エンジニアリングの5つの部門があり、それら5部門で技術開発、技術の評価・普及、人材育成事業が行われている。BPPTにおける評価は応用段階の前に行われ、新技術が利用可能かどうかを調査し、問題がなければ関連省庁での利用を促す。評価と名の付く省庁は世界にもその例を見ないが、ハビビ元BPPT長官の強い意向を反映したものであった。

ハビビ元大統領、元BPPT長官 ©BPPT

ハビビ元大統領、元BPPT長官 ©BPPT

 BPPTとLIPIとの違いは、LIPIの業務がサイエンス全般であるのに対し、BPPTのフォーカスは技術で、技術とその評価・応用に重きを置いている。また、BPPTは中央(ジャワ島)に機能が集中しているのに対し、LIPIは島々に拠点となる研究センターを有して活動が地域的に多様化している。

 全体で約3,000人の職員を抱え、日本の産総研に近い機関といわれる。ジャカルタ本部の建物には200人以上の職員が勤務しているが、主たる研究拠点は、ジャカルタの南西約35キロに位置するスルポン(Serpong)にある情報システムクラスター、防衛クラスター、地球科学クラスターなどの6つのクラスターである。これらクラスターには計2,000人程度の研究者が勤務している。

 BPPTの年間予算は、1兆ルピアで、先述のLIPIとほぼ同額である。ただし、応用等の実施に関しては他の省庁から追加予算を受け取っている。

(4)その他の国立研究所

 RISTEK DIKTIが指揮・監督を行い、その機能を調整している独立した6つの国立研究所がある。具体的には、先述のLIPI及びBPPTのほか、航空宇宙庁(LAPAN)、国家標準庁(BSN)、原子力庁(BATAN)、原子力規制庁(BAPETEN)である。これら研究所の予算は100%政府の拠出となっている。

4.高等教育と大学

(1)概要

 インドネシアの大学には私立と国立の2種類があり、さらに国立大学は半自治(semi-autonomy)と完全自治(full-autonomy)の2タイプに分けられる。完全自治の大学は、バンドン工科大学のほか、インドネシア大学、ボゴール農科大学、ガジャ・マダ大学、アイルランガ大学の計5つしかない。完全自治の5大学の場合、政府に対する大学の業績や会計鑑査等の報告義務がなく、予算に関しても自由裁量が認められている。

 研究開発における大学の役割について簡単に触れると、インドネシアではLIPIやBPPTのような国立研究機関が研究の中心である。近年は大学でも研究開発を少しずつ推進しているが、研究施設の質も低く、LIPI、BPPT等の国立研究機関=研究、大学=教育という構図である。大学の教員は教育、社会貢献、研究の3つを担うため、研究に十分な時間を割くことができないのが実情である。大学で主として研究を行っているのは教授ではなく、博士号取得の要件に学術誌への論文掲載や学会発表を求められる大学院生であると考えられる。

(2)バンドン工科大学(ITB)

 バンドン工科大学(Institut Teknologi Bandung:ITB)の歴史は、1920年のオランダ占領時代に、バンドン工業高等学校として設立されたことに遡る。第二次世界大戦後に、現在の名称に改められ、工学・技術分野の教育・研究に取り組んできた。近年は、基礎研究、工芸・デザイン、ビジネス・経営も擁する組織となっており、2014年12月時点で、ITBは12の学部を擁し幅広い分野を網羅している。教職員は約1,000人、学生は約2万人が在籍する。毎年、学部の入学者数は約3,000人であるが、修士・博士を含めると全体で6,000人程度となる。


バンドン工科大学(ITB)

バンドン工科大学(ITB)

 現在13の教育プログラムがあり、化学工学や電子工学等の7プログラムが、米国のABET(Accreditation Board for Engineering and Technology)によって審査・認定されており、今後さらに2つのプログラムがABETの認定を受ける予定である。ITBはインドネシアで唯一ABETによる審査・認定を受けている大学である。

 国際的な取り組みでは、大学院プログラムとして、海外の4つの大学とダブル・マスターディグリー・プログラムの協定を締結している。うち1校は日本の広島大学で、それ以外の3校は台湾、フランス、オランダの大学である。

(3)レボコミュニティ社の日本企業就職支援プロジェクト

 最近、株式会社レボコミュニティ(2009年設立、本社所在地:東京)がASEAN3か国(インドネシア、タイ、ベトナム)の計6大学と日本企業就職支援プロジェクト(海外の学生の日本への就職支援を包括的にサポートする取り組み)の共同実施に関する協定を締結し、それに基づいて、これら6大学に日本語教育の資格を有する日本人スタッフを派遣し、学生に必要な日本語教育を提供するプロジェクトを開始した。

 6大学とは、インドネシアではITBとインドネシア大学、タイではチュラロンコン大学とタマサート大学、ベトナムではハノイ工科大学とホーチミン工科大学である。ITBでは2014年秋から日本語講座が1年間無料で実施されている。

 レボコミュニティは、東南アジアを中心に若手人材を日本企業に採用させるための支援事業に取り組んできた会社である。東南アジアにおける理工系・技術系の優秀な人材を日本で就職させたいとの日本企業側のニーズを踏まえ、一番の障壁となる語学(日本語)の問題を解決すべく、日本語教師を派遣して学生の日本語レベルを一定の水準にまで引き上げることを目的に、今次プロジェクトを立ち上げた。2014年12月時点で同プロジェクトに協賛している日本企業は20社程度である。今後の展開にとって重要な意味を持ってくるのは、講座終了後に、実際に何人の学生が日本企業に採用されるのかという点であろう。日本企業が求める人材のニーズに合致した人材が得られるかどうかがポイントと考えられる。

5.科学技術指標

(1)研究開発費(UNESCOの統計による)

① 総額と対GDP比

 2013年の研究開発費は約21億ドルであり、その対GDP比は0.08%である。一国全体としてみれば、研究開発費全体はASEAN諸国の第3位であるが、対GDP比は低く、ASEAN諸国の中ではシンガポール、マレーシア、タイより低く、ベトナム、フィリピンと同程度である。

② 組織別負担割合

 研究開発費の組織別負担割合に関しては、インドネシアでは政府の比率が現状70%~80%、産業界の比率が15%程度とされており、政府の比率は極めて高い。

③ 性格別割合

 LIPI幹部によれば、基礎研究60%・応用研究40%という比率になっており、将来的にこの比率を逆にすることを目指している。従来、政府からの研究費の使途については、国立研究機関の自由裁量が認められていたが、今後は国からの研究費は40%が基礎、60%が応用と、最初から目的・使途を明確にしたかたちで支給されることになった。

(2)研究者(UNESCOの統計による)

 2009年の研究者数は、4万1,143人(ヘッドカウント値)、2万1,349人(フルタイム換算値)である。労働力人口1,000人当たりの研究者数は、0.36人(ヘッドカウント値)、0.19人(フルタイム換算値)と極めて小さい。

 優れた人材の育成及び確保は、研究開発推進の大きな課題となっている。2015年のASEAN共同体発足に伴い、優秀な高度技術人材が他のASEAN諸国からインドネシアに流入することで、インドネシア人研究者・技術者の雇用が減少する可能性が懸念されている。また、国内の大学の学生数が少ないことも課題である。さらに、優秀な若者が助成金を得て外国の大学に留学し、外国で就職して帰国しないという問題も指摘されている。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、インドネシアの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で第62位であり、この間の論文数は2,921編であった。ASEAN諸国の中で、シンガポール(31位)、マレーシア(39位)、タイ(40位)、ベトナム(59位)に続いている。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングでは、インドネシア大学が325位となっている。インドネシア大学は1950年に設立された国立大学で、ジャワ島のデポック市に本部を有し、12の学部を持つ総合大学である。続いて、バンドン工科大学(ITB)が401位-410位に入っている。

インドネシア大学

インドネシア大学

(5)特許

 2012年のデータで、特許取得件数が約6,000件である。

6.国際協力

(1)日本との関係

 日本にとってインドネシアは東南アジアの中で最も近い国の一つである。科学技術分野でも両国の研究交流は活発で、これまで多数のインドネシア人が日本に留学している。現在、主要な研究機関の幹部クラス等においても日本留学経験組が多く、日本に対する期待は大きい。

① 政府間協力

 科学技術協力協定は1981年に締結された。

 また、インドネシア側の要請を受けて、1982年から2010年まで、科学技術に関してアドバイスを行う政策顧問を日本から派遣した。1997年から2010年には、BPPT長官顧問も派遣している。

② JSTとの協力

 JSTは、SATREPS及びe-ASIA JRPにおいてインドネシアと協力を行っている。

 SATREPSのプロジェクト数は12件(うち4件は終了)で、全対象国の中で最多である。以下に現在実施中の8件の概要を記す。

・京都大学=バンドン工科大学(ITB)

「インドネシアにおける地熱発電の大幅促進を目指した蒸気スポット検出と持続的資源利用の技術開発」

・筑波大学=BPPT

「インドネシアの生物資源多様性を利用した抗マラリア・抗アメーバ新規薬剤リード化合物の探索」

・名古屋大学=ボゴール農業大学

「オオコウモリを対象とした生態学調査と狂犬病関連及びその他のウイルス感染症への関与」

・京都大学=エネルギー鉱物資源省、ガジャ・マダ大学他

「火山噴出物の放出に伴う災害の軽減に関する総合的研究」

・群馬大学=BPPT

「インドネシアにおけるバイオマス廃棄物の流動接触分解ガス化・液体燃料生産モデルシステムの開発」

・神戸大学=LIPI、インドネシア大学

「インドネシアにおける統合バイオリファイナリーシステムの開発」

・京都大学=ITB他

「インドネシア中部ジャワ州グンディガス田における二酸化炭素の地中貯留及びモニタリングに関する先導的研究」

・製品評価技術基盤機構=LIPI他

「生命科学研究及びバイオテクノロジー促進のための国際標準の微生物資源センターの構築」

 これらを見ると、インドネシアとのSATREPSは、微生物/生物資源に着目したバイオファイナリーシステムの構築、生物多様性を利用した感染症の制圧に不可欠な薬剤の開発等、インドネシア固有の環境上及び気候上の特徴を反映した課題設定となっている。

 e-ASIA JRPでは、ヘルスリサーチ(感染症)分野において、日本・インドネシア・米国・タイ・フィリピンの5か国の提案で1件、日本・インドネシア・米国の3か国の提案で1件の合計2件の共同研究が進められている。

③ JSPSとの協力

 JSPSは、インドネシアの大学との間で、研究者交流、研究拠点形成などの協力を行っている。

 研究拠点形成事業では、2012年から2016年までの5年間で「バイオ新領域を拓く熱帯性環境微生物の国際研究拠点形成」が進行中である。ブラビジャヤ大学(1963年設立で、ジャワ島東部のマラン市に本部があり、15の学部を持つ国立の総合大学)が中心となっている。

 若手の人材育成では、若者研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム(ITP)として、「アジア・アフリカ諸地域に関する研究者育成の国際連携体制構築」に、インドネシア大学、ガジャ・マダ大学(1949年設立で、ジョグジャカルタに本部があり、18の学部を持つ国立の総合大学)等が参加している。

④ ハサヌディン大学プロジェクト

 JICAが主導する取り組みの一例として、ハサヌディン大学工学部強化計画プロジェクトがある。JICAは、地域ニーズに合致した研究能力の強化や優秀な人材の育成・輩出を目的として、インドネシア東北のスラウェシ島にあるハサヌディン大学で、日本の工学教育を取り込む技術協力プロジェクトを円借款事業として実施している。本プロジェクトは、インドネシア側からの要請により、2009年から開始された。日本側の協力機関は、九州大学、広島大学、豊橋技術科学大学、熊本大学の4大学である。

⑤ BPPTとの協力

 BPPTと日本との研究協力関係は深く、非常にうまく進んでいる。現BPPT長官は九州大学に留学した経験を有する。協力分野として、医療、農業、海洋科学、海洋システム、大気観測を含む幅広い分野で研究者の交流を実施している。

 BPPTは、衛星によるリモートセンシング分野で協力が顕著である。インドネシアは、火山、地震や津波などの災害被害を受けやすく、衛星研究はそうした災害被害の軽減に大きく貢献すると考えられる。経済産業省(METI)及び宇宙航空研究開発機構(JAXA)と研究協力関係にあり、衛星開発フィージビリティ・スタディ(FS)を実施してきた。また、JAXAの陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)ミッションにも参加している。さらに、2012年夏には、BPPTとJAXAは共同でエアボーン調査(airborne flight campaign)をインドネシアで実施している。

(2)日本以外の諸外国との関係

 日本以外の諸外国との研究協力では、米国、ドイツが多い。

 また近年は、インドネシアにおける韓国の研究奨学金及び研究費が増えてきている。その背景には、韓国国際協力団(KOICA、韓国の対外無償協力事業を主管する外交通商部傘下の機関)等を通じて奨学金を非常に獲得しやすくなってきたという事情がある。これにより、インドネシアから韓国を訪れる人数は増え、研究交流が活発になってきている。

 LIPIには、Ph.D.取得を目指す若手研究者が約600人在籍しており、積極的に海外に留学させているが、韓国政府の留学生招聘政策が功を奏し、韓国への留学が一番多く、日本が2位、台湾が3位となっている。

7.トピックス

(1)生物資源多様性

 バイオリソースを研究基盤とした科学技術の発展は、インドネシアの地域的な研究ニーズに合致したものである。例えば、2014年に採択された前記のSATREPSのプロジェクト「インドネシアの生物資源多様性を利用した抗マラリア・抗アメーバ新規薬剤リード化合物の探索」や、2010年採択のプロジェクト「生命科学研究及びバイオテクノロジー促進のための国際標準の微生物資源センターの構築」は、インドネシアの生物資源多様性に関するポテンシャルを生かす好例である。しかし、生物資源応用への関心が高いにも関わらず、持続的な利用体制が整備されておらず、その潜在能力を農業・環境技術の発展に活かすことが求められている。

 インドネシアは、多様なバイオマスの宝庫でもある。現在、パーム由来の(例えば搾油工場等で発生する)バイオマス廃棄物を原料として、持続可能なエネルギー供給や化学品を生産する研究が進行中である。

 ジョコ・ウィドド新政権の下、海洋大国として生まれ変わろうとしているインドネシアにとって、陸地だけでなく、海洋にも関心が向くことは必至である。そうした状況において、海洋研究、例えば、深海の底における生物の生息状況等に関する研究や、海洋バイオリソースを用いた新たな薬剤の開発(創薬研究)にも大きな可能性が開かれている。

 インドネシアでは、欧米等の研究者らがインドネシア国内のバイオリソースを許可なく海外に持ち出し、その研究成果がインドネシア社会に全く還元されていない事情を憂慮する声も上がっており、研究開発と並行して資源保全への関心も高まっている。

(2)地理的特性を活かした研究

 インドネシアは、赤道直下国という地理的特性を生かして、気象学・地球物理学に貢献してきた。インドネシアの島々は、太平洋からインド洋へ向かう高温の海流をせき止めて活発な雲を発生させ、大気を全地球的に循環させる「心臓」の役割を果たしている。2009年度から実施されたSATREPSの「短期気候変動励起源地域における海陸観測網最適化と高精度降雨予測」では、インドネシアの海と雨の観測能力を飛躍的に発展させることで、全地球的な気候予測精度を高めると同時に、インドネシア国内での洪水・渇水等の被害軽減や、気候に適応した社会基盤と産業育成のための政策立案等にも貢献している。

(3)防災研究

 インドネシアは、火山、地震、津波といった自然災害による被害に晒されてきた国であるため、防災関係の研究にも力を入れてきた。例えば、現在実施中のSATREPSには、127の活火山があるインドネシアでは火山噴火に伴う土砂災害の危険性が高いため、観測システムの構築やシミュレーションモデルの開発を行うことにより、複合性の高い火山災害への対策の意思決定支援システムを整備することに関するものがある。

 火山、地震国であるという点では、インドネシアと日本は似ており、SATREPSを通じて実施された総合的な防災対策研究の技術成果は日本にとっても十分還元可能なものと考えられる。

8.まとめ

 インドネシアの科学技術は、予算の少なさやインフラの未整備等、少なからず問題を抱えているとはいえ、国全体に変化を求めるパワーがあり、人口に占める中間層の増加が国内消費及び国内市場の成熟を後押ししている。将来的には大きなポテンシャルを有しているといえるだろう。

 インドネシアが今後先進国入りを目指そうとする場合、インフラの整備、人材育成、企業家精神の3点が重要である。新政権では研究成果の10%を社会還元するという方針を打ち出しているが、今のままではほぼ不可能であり、日本や欧米の経験をしっかりと共有することが必要と考えられる。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第5章「インドネシア」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のインドネシアの章は、津田が原案を作成したものである。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

津 田  憂 子

(著者紹介)

津田 憂子(つだ ゆうこ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2010年3月早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学政治経済学術院助手、国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課非常勤調査員、上智大学外国語学部ロシア語学科非常勤講師、在露日本国大使館専門調査員、国際科学技術センター上席技術調整管理官(在モスクワ)等を経て、2014年より現職。