フランスの科学技術情勢

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フランスの概要

 フランス共和国(以下「フランス」という)は、日本の約1.7倍にあたる63.3万平方キロメートルの面積を有し、西欧地域の中心部分を占める。EU(欧州連合)加盟28か国の中では、ドイツに次いで2番目に多い6,632万人の人口を擁する。EU加盟国及びユーロ導入国の中では、ドイツと並んでその中心的な存在である。2014年の国内総生産(GDP、IMF発表)は世界第6位であり、1980年当時の第4位とくらべると、依然として大国の一つであることは変わりないものの、国際社会におけるフランスの存在感・競争力は、相対的には低下傾向にあるといえよう。

 政治体制としては、アルジェリア戦争をめぐる混乱を契機として1958年に成立した第5共和政が現在まで続いている。その特徴としては、その成立の経緯に由来して大統領が強力な執行権限を持つ一方で立法府の権限が相対的に弱いこと、行政・官僚機構が強力で中央集権的色彩が強いこと等が挙げられる。第5共和政のもとでは、シャルル・ド=ゴール(在任1959−69)、ジョルジュ・ポンピドゥー(同1969−74)、ヴァレリー・ジスカールデスタン(同1974−81)、フランソワ・ミッテラン(同1981−95)、ジャック・シラク(同1995−2007)、ニコラ・サルコジ(同2007−12)の6名の大統領を経て、2012年5月からはフランソワ・オランドがその任にある。

科学技術の歴史的な流れ

 フランスの科学技術というと、どのようなイメージが湧くだろうか。歴史的にはデカルト、ラヴォアジェ、カルノー、パスツールといった科学史上の偉人の名前、現代でいえば原子力、高速鉄道(TGV)、宇宙(アリアン)、航空機(エアバス)など、世界的にも強い競争力を誇るセクターが想起されるであろう。フランスの科学技術を象徴するこれらのセクターは、第2次世界大戦後、特に第5共和政以降に、主として国のリーダーシップにより形成されたものである。

①ド=ゴール主義による科学技術の振興

1959年に大統領に就任したド=ゴールは、東西冷戦下において西側=自由主義陣営に属しながらも、他国(特に米英)に依存しない、独自性をもった栄光ある大国を志向する政策を打ち出した。その実現のためには、軍事的にも経済的にも自立できる能力を確保する必要があることから、それを支える科学技術を国家の優先課題と位置づけた。特に、軍事・経済両面において国の命運を左右し、また国威の発揚にも繋がる原子力、宇宙、航空、鉄道等については、国家的ビッグ・プロジェクトとして積極的に推進した。

まず原子力分野では、大統領就任直後に核武装を宣言し、1960年には米ソ英につぐ第4の核保有国となった。航空分野では1962年、英国との旅客機の共同開発を開始した。宇宙開発の分野では1961年にCNES(国立宇宙研究センター)を設立し、1965年には人工衛星の打ち上げに成功して、米ソに次ぐ第3の宇宙大国として名乗りを上げた。これらのプロジェクトは、いずれも国が主導し、国立の中核的研究機関(CEA、CNES、CNRSなど)が研究を担い、主要大企業が実施を担当する、というスキームにより推進された。ブルボン王朝以来の伝統か、自由主義経済の国としては、フランスは例外的に国(中央政府)が強い力を持つと言われるが、これらのプロジェクトも国がリーダーシップを発揮し、積極的に資源を投入したことで、現在世界に誇る水準の実力を得たといえる。

②原子力開発の拡大

ド=ゴールに続くポンピドゥー及びジスカールデスタン時代においても、国家を挙げてこれらの技術開発を推進するという方針は、ド=ゴール時代ほど積極的ではないにせよ概ね継続され、TGV、コンコルド、エアバス等の成果に結実していく。また、1970年代に発生した2度にわたるオイルショックは、他国への依存を好まないフランスをして原子力エネルギーへの注力を強めることとなった。これが、全発電量の75%を原子力が占める大きな要因となり、世界でもとび抜けた原子力発電大国たる現在のフランスを生む契機となっている。フランスが原子力をエネルギー政策の中核に据えた理由としては、ウランは一度輸入すれば数年間使えるうえ、政情の安定した国から調達が可能であったこと、また、原子力研究に関して優れた人材・知識の蓄積があったことが挙げられよう。

③公的研究機関の改革

 その後1980年代に入り、ミッテラン大統領による社会党政権の時代に入る。ミッテランは科学技術を最優先と位置づけ、1982年にはその振興をねらいとして「研究と技術開発の計画に関する法律」を制定する。同法において、研究費の増額を定めるとともに、行政的機関として位置づけられていた公的研究機関を、科学的・技術的公共機関(CNRS等)または商業的・産業的性格を有する公共機関(CEA、CNES等)へ変更すること等を定めた。この研究システムが、21世紀の現在まで概ね継承されている。また、この頃より顕著になった日本の経済的な台頭は、フランスにおいても産学官連携への関心を高めるきっかけとなり、現在も引き継がれている研究費税額控除や、産学官連携を推進する諸施策が創設された。

 ミッテラン政権の後半やシラク政権の前半は保革伯仲の時代であり、大統領は社会党、首相は保守(シラクの時代には大統領は保守、首相は社会党)という「コアビタシオン(保革共存)」と呼ばれる政治体制が現出したが、科学技術政策も両者の方向性の相違により、揺り戻し等の混乱を経験する。

④イノベーションへの流れ

 90年代のシラク大統領の保守政権下においては、80年代には右肩上がりに増加された研究開発費は頭打ち(実質的には減少)となり、またミッテラン時代に創設された産学官連携のスキームも期待通りの成果を挙げるには至らず、行き詰まりを見せる。国家的プロジェクトについては、プロジェクトの中核を担っていた国営企業の民営化等の要因も重なり、欧州各国との連携で推進されている宇宙開発を除いて、従来よりも国の注力は薄れていく。結果として、研究機関におけるプロジェクト中心の研究という以前の特色は、一部のセクターを除いて薄まり、公的研究機関はますますアカデミア=基礎研究的な色彩を強めていく。

 2007年からのサルコジ大統領の施政方針は、ともすれば平等志向に陥り競争を嫌う傾向があるといわれるフランス型ではなく、英米型の新自由主義経済路線に近いとされる。「フランスの古い体質を捨て労働、実力主義、勤勉な精神を尊重した社会を目指す」と強い変革意識を表明した。科学技術についても例外ではなく、その重要性を認め、研究費を増額する等注力を強める一方で、既存の研究システムについては、よりイノベーション志向かつ効率的なシステムとするべく、抜本的な改革を突き付けるという強い姿勢で臨んだ。

 2012年に就任した社会党のオランド大統領は、サルコジの方針に対して批判的であったものの、科学技術政策の側面では、目立って大きな変革は起こしていない。むしろ、サルコジ時代の「将来への投資」施策(後述)を継続するなど、基本的な取り組みはサルコジ時代の流れを踏襲しているように見受けられる。

経済状況及び産業構造

 科学技術の現状をみるまえに、その基盤となる経済状況等について概観する。フランスの2014年の国内総生産(GDP、IMF発表)は世界第6位、一人あたりGDPは世界第20位である。欧州諸国の中では、GDP世界第4位のドイツおよび第5位の英国に次ぐ位置にある(第1版執筆時の2011年はドイツに次ぐ4位)。

 産業構造をGDP占有率でみると、第1次産業は約3%、第2次産業は20%強、第3次産業は80%弱となっており、日本と比べると、第2次産業(日本は30%弱)の比率が低い。隣接するドイツとの比較も同様に、第2次産業の占有率が低い(ドイツは30%弱)。英国よりはやや高い比率となっている。

 フランスの国際競争力を有する産業としては、食品、輸送関係(自動車、航空機、鉄道)、原子力、水事業などのインフラ、ファッション関係などが挙げられる。また、観光客入国数世界第1位を誇る観光大国でもある。

 2014年のフォーチュン・グローバル500でみると、世界のトップ企業500社の中にフランスは31社ランクインしている(第1版執筆時の2011年は35社)。これは、米国133社、日本68社、中国61社、ドイツ34社に続く数字であり、英国の30社とほぼ同等である。上位の企業50位以内に4社を数えるが、10位以内にはフランス企業はない。上位の企業名を上から列挙すると、トタル(11位、エネルギー)、アクサ(20位、金融・保険)、BNPパリバ(42位、金融・保険)、ソシエテ・ジェネラル(49位、銀行)となっている。

 この他のフランスを代表する企業は、EDF(電力)、アレバ(原子力)、ルノー(自動車)、PSAプジョー・シトロエン(自動車)、EADS(航空機製造:エアバスの親会社)、サノフィ・アベンティス(製薬)、クレディ・アグリコル(金融)、カルフール(流通)、フランス・テレコム(通信)、ミシュラン(タイヤ)、クリスチャン・ディオール(ファッション)、ダノン(食品)などであり、多分野で世界を先導している企業がフランスに存在している。

 フランスの産業構造の問題点としては、近年、需要が高まっているハイテク分野が弱く、この分野で国際競争力を有する企業も少ないことが挙げられ、このことが近年の存在感の相対的な低下に繋がっているとの指摘もある。

 貿易構造をみると、主要な輸出品目は機械・輸送関係(エンジン、航空・宇宙、自動車、軍需品)、化学・薬品関係、食品等であり、主要な輸入品目は燃料関係、機械、電子・AV機器等である。2013年度の貿易相手は、輸出入いずれもEU加盟27か国が6割以上を占めるが、なかでも最大の相手国はドイツであり、輸出入それぞれ16-7%を占める。

科学技術の現状

①科学技術関連行政組織

 フランスの科学技術・イノベーション政策にかかる関連組織を模式的に表したものが、図表1である。ここでは、「実施機関・連携拠点」以外の部分を説明する。まず、大統領の配下にある首相が政策全般を所掌する。首相の諮問機関である研究戦略会議があり、国の研究戦略を立案している。また、技術アカデミー、科学アカデミーは、独立の立場から随時政策主体に対するアドバイスを提供している。

 科学技術・イノベーションの主要所管省は国民教育・高等教育・研究省 (MENESR)であり、教育及び研究に関する政策、予算等を所管する。同省の他、経済・産業・デジタル省、国防省、環境・持続可能開発・エネルギー省等が、その傘下機関の活動を含めて、研究・イノベーションに関わっている。また、2010年に首相直下に設置された投資総合委員会(CGI)は、大規模投資施策である「将来への投資」を管轄する機関として重要である。

 研究資金を配分する機関(ファンディング機関)としては、高等教育・研究省の管轄下に、自然科学・工学から人文・社会科学までの全分野に対して競争的資金を配分する国立研究機構(ANR)がある。ANRでは、研究者の好奇心に基づいた研究およびミッションに基づいた研究に資金を配分している。なお、2014年度より全ての一般プログラムが社会的課題に応じて整理される形になり、よりミッションに基づいた研究資金配分機関としての性格を強めている。また、経済・産業・デジタル省と高等教育・研究省の管轄下には、フランス公共投資銀行(Bpifrance)がある。主に中小企業に対し技術開発をはじめとする総合的な支援を提供する。これらの機関は、CGIが管轄する将来への投資施策の資金配分も担っている。その他、環境・エネルギー分野への資金配分を行う環境・省エネルギー機構(ADEME)というファンディング機関もあるが、ここでは省略する。

 研究・高等教育評価のための高等評議会(HCERES)は、前身の研究・高等教育評価機構(AERES)のミッションを引き継ぐ形で、2014年に設立された組織である。高等教育、および研究・イノベーションに取り組む様々な主体の評価を行う。

図表1: フランスの科学技術・イノベーション体制図

図表1: フランスの科学技術・イノベーション体制図

出典: 各機関のウェブサイト等をもとに作成

②科学技術研究推進機関

 ここでは、上図の実施機関・連携拠点について述べる。

 まず、研究開発の実施主体となるのは、公的研究機関、高等教育機関(グランゼコール、大学)、そして民間企業である。公的研究機関としては、国立科学研究センター(CNRS)をはじめとする分野横断的な研究機関が約30あるほか、原子力・代替エネルギー(CEA)、宇宙(CNES)、医学(INSERM)、農学(INRA)、情報科学(INRIA)など分野特定型の研究機関がある。主要な研究機関の概要は、以下の表のとおりである。

図表2: フランスの主要な公的研究機関

図表2: フランスの主要な公的研究機関

出典: 各機関のアニュアルレポート等をもとに作成

 高等教育機関としては、2014年現在で、73の国立大学及び約200のグランゼコール、その他の高等教育機関がある。また、大学・研究機関の機能のうち共通部分の活動を、「大学・研究機関コミュニティ」という大学と同等の地位を持つ新たな法人格に委譲する仕組みが2013年度に導入された。これにより、たとえば、A大学という名称で国からの機関助成を受け取りつつ、大学・研究機関コミュニティであるX大学という名称で競争的資金を獲得したり、論文公表時の所属機関名称としたりといったことがなされている。すなわち、共通する活動を単一のトレードマークを用いて行うことで、世界的なプレゼンスの向上を目指している。

 また、カルノー機関とは、企業との共同研究を促進する国の研究機関・大学等に対し与えられるラベル(カルノーラベル)に基づいた、バーチャルな研究機関である。「バーチャル」とは、法人格を持たないという意味である。既存の法人格を維持しつつも、その機関の一部あるいは機関の連合体に対しラベルが付与され、そのラベルに基づいて追加的な資金配分を受ける仕組みである。

 さらに研究・イノベーションに取り組むアクターを連携させる仕組みとして、競争力拠点(クラスター)が設置されている。競争力拠点の中心的なミッションは、企業と研究機関・大学等からなる研究チームの結成を促進し、それらに対し認証を与えることである。この認証を受けたチームのみが応募可能な競争的資金があり、そのような競争的資金へのプレセレクションの役割を担っている。異なるタイプのアクターを一つのチームとしてつなげる役割も重要である。

その他、技術移転に関連するサービスを提供する技術移転促進組合(SATT)や企業と共同で技術開発に取り組む技術研究所(IRT)といった比較的新しい組織もあるが、ここでは省略する。

③科学技術へのインプット

 2013年における研究開発投資の総額は472億ユーロであり、研究費総額では米国、中国、日本、ドイツについで世界第5位、EU加盟国中では第2位の規模である。このうち政府支出は45%、民間支出は55%であり、日本、米国、ドイツ等と比べると政府支出の割合が高く、民間支出は低い。研究開発費の使用割合として、公的部門が35%、民間部門が65%となっている。

 フランスを含むEU加盟国は、「欧州2020」において維持された「バルセロナ目標」によって2020年までに研究開発投資をGDP比3%以上とする目標が課せられているが、フランスのGDP比は2.23%(2013年、執行ベース)である。これは英国よりは高いものの、ドイツや米国、またOECD加盟国平均より低く、またスウェーデン、フィンランド、日本には遠く及ばない水準である。

 長期トレンドをみると、90年代の研究費停滞の時代は終わり、1999年以降の10年間、政府支出は約50%増加された。その後は微減傾向が続いている。他方、民間投資は2001年まで順調に上昇したのち、2001年以降数年間は横ばい状態が続いたが、2005年以降は再び上昇に転じている。この背景として、政府の諸施策(研究費税額控除など。詳細後述)が好影響を及ぼした可能性が考えられる。

 一方、研究開発を支える研究者数であるが、2012年で約26万人(スタッフを含む研究開発関係人員数は約41.2万人)で、うち公的機関に所属する者約10.2万人(同16.5万人)、民間企業に所属する者約15.7万人(同24.7万人)である。労働人口千人当たりの研究者数は9.12であり、9.86の日本より低いものの、8.32のドイツ、8.09の米国、8.02の英国を上回っている。

④科学技術のアウトプット

 トムソン・ロイター社のデータをもとにした文部科学省科学技術政策研究所の「科学研究のベンチマーキング2015」でみると、2011年から2013年の3年平均で、科学論文の世界シェアは5.3%であり、米国、中国、ドイツ、英国、日本についで世界第6位である。同じ資料によれば、フランスの10年前のシェアと順位は、7.0%で第5位であった。これは、中国が急激に伸びて世界第2位となったことにより順位とシェアを下げたものであり、米国や、ドイツ、英国、日本も同様にシェアを下げている。一方、論文の質を表す引用度を勘案した各分野でのトップ10%論文のシェアを、同じく科学技術政策研究所の資料でみると、フランスは世界第5位でシェア7.3%となっている。10年前は世界第5位でシェア7.0%であり、むしろシェアが上昇している。分野別にみると、計算機科学・数学、物理学・宇宙学環境・地球科学などに強みを有している。

 世界知的所有権機関(WIPO)の“World Intellectual Property Indicators”によると、2013年における欧州特許出願数におけるフランスのシェアは6.7%であり、米国、日本、ドイツに次ぐ第4位である。他方、米国特許庁への出願数に占めるシェアは2%であり、米国、日本、韓国、ドイツ、中国、カナダ、英国に次ぐ第8位である。WIPOの国別統計によると、1999年から2013年までの間の特許出願の分野別シェアは、輸送(8.1%)、有機ファインケミストリー(6.7%)、電気機械・エネルギー(5.6%)、医薬(5.4%)、コンピュータ技術(4.8%)の順であった。

 欧州委員会が2015年に発行した“Innovation Union Scoreboard 2015”では、加盟国のイノベーションパフォーマンスを分析しているが、フランスについては28か国中第10位、加盟国を4グループに区分したうちの第2グループに属する「イノベーション・フォロワー」と位置付けている(なお、第1グループはスウェーデン、デンマーク、フィンランド、ドイツの4か国)。その相対的な強みとして人的資源、オープンで優れた研究システム、研究開発投資を、弱みとして民間投資、知的財産、経済効果を挙げている。

科学技術政策動向

①科学技術政策における問題意識

 現行の科学技術政策の背景を考えるうえでは、サルコジ前大統領時代の問題意識が重要である。この時期の問題意識は現在に通じるとともに、それに応じた政策が続けられていると考えられる。

 サルコジ大統領は2009年1月22日に行なった演説の中で、政府が多額の研究開発費を投じている割には成果(科学論文数)が特に英独と比較して少ないこと、技術移転や企業による研究開発が低調であることに苦言を呈しつつ、現在の研究システムは機関が乱立しており、資金を浪費する破綻をきたした組織とは決別することが急務であると述べ、研究システムや組織の改革の必要性と、国としての科学政策を持ちそれに沿って積極的に改革を推進することの重要性を、強く訴えている。

 また、2009年6月に高等教育・研究省により取りまとめられた「研究・イノベーション国家戦略」では、フランスの研究・イノベーションの強みと弱みを次のように分析している。

○強み

  • ・基礎研究と応用研究の双方で世界第5位の力を持っている。
  • ・研究機関と高等教育機関に支えられた優秀な研究分野(農学、原子力、宇宙、数学、考古学等)を有している。
  • ・世界的な産業リーダー(航空、輸送、エネルギー、環境サービス、アグロフード業界)及び世界レベルの競争力を有する企業を有している。
  • ・国際的な科学プログラム及びインフラ、産業開発研究において主導的な役割を果たしている。
  • ・直接投資や税控除などを通じ、研究開発への強力な公的支援を実施している。

○弱み

  • ・研究・高等教育システムが複雑であり、また組織的・地理的な連携が不十分である。
  • ・公的機関・大学と民間部門との連携が不十分である。
  • ・民間部門による研究開発投資が他国と比して少ない。
  • ・他国と比べてアジア新興国との連携がダイナミックさに欠ける。
  • ・キャリアの魅力、研究者のモビリティ、外国研究者の受け入れといった点において、公的機関の人材マネジメントが硬直的に過ぎる。

 以上のように、研究能力自体は高く評価し、原子力や宇宙など一部の国策的に推進された研究分野及びその発展型である産業は、国際的に競争力を有することを認めながらも、他方、研究システムの複雑さ、機関間の連携、特に産学官連携の弱さ、制度の硬直性、他国に比べて低調な民間投資などをその弱点として認識している。

②近年の改革の方向性

 このような問題意識を受け、「弱み」とされた諸課題を解決するため、研究・イノベーションやそれを支える高等教育のシステムを、より効率的かつ政策主導型のものに変えていこうとする改革が、政府の主導のもと、この10年ほどの間、精力的に進められている。

 サルコジ以前の研究開発システムは、概ねミッテラン時代に制定された1982年法に基づいたものであり、抜本的な変革は実施されなかった。また政府の研究開発支出も、1990年から2000年の間はほぼ一定(物価上昇を考慮すると減少)という状況であった。そのため、度重なる研究予算の削減、研究職ポストへの任期制の導入、若手研究者の処遇などの不満も重なって、2003年から2004年にかけて、研究者による政府への全国的な抗議運動「研究を救おう運動(Sauvons La Recherche!)」が展開された。

 この運動を収めるため、フランス科学アカデミーが仲裁に入る形で研究開発システムに関するレビューが行われた。このレビューに基づいて政府に提出された提言を踏まえ、2005年、研究活動の活性化を図るための政府のコミットメントとして「研究協約」が発表される。これは、国際競争が激化する中で、科学を持続的発展と経済的競争力確保の鍵として位置づけ、資金増、研究システム改革、新規プログラムの創設等を約束するものであった。

 この研究協約の推進を法的に担保するため、2006年4月には「研究のための計画法」が制定される。同法に基づき、ファンディング機関、評価機関、産学官連携拠点等の新たな組織の設立や研究開発予算の拡充等の諸施策が次々と実行に移されていった。また、EU加盟国の研究開発費を対GDP比3%まで引き上げることを目標としたリスボン戦略の達成に向け、低調な民間研究開発投資を促進させるための施策も盛り込まれることとなった。

 また、2009年12月には、フランスで初めての、国レベルでの研究・イノベーション戦略が導入された。当時の戦略である「国の研究・イノベーション戦略(SNRI)」は、ライフ・バイオ、環境、ICT・ナノといった技術分野に応じた優先項目を示すものであった。

 オランド政権への交代後、2013年5月には、「研究・技術移転・イノベーションのための戦略的アジェンダFrance Eurpe 2020」が公表された。この戦略的アジェンダでは、9の社会的課題に基づいた研究の方向性が示されるとともに、研究戦略会議の設置、新たな高等教育・研究評価機関(HCERES)の設置、研究拠点の強化、などの制度改革の方向性も示された。一連の制度改革が進んだ2015年3月には、現行の戦略である、「国の研究戦略France Europe 2020」が公表された。

③「国の研究戦略(SNR) France Europe 2020」

 2015年3月に公表されたSNR France Europe 2020とは、2013年3月に公表された戦略的アジェンダであるFrance Europe 2020を洗練したものであり、2020年までを視野に入れた研究戦略である。以下のようなプロセスで策定された。

 2013年5月のFrance Europe 2020の公表後、国立研究機関等で構成される分野別の研究連盟を中心に、社会的課題に基づいた研究の優先事項を練る作業が続けられた。その後、できあがった素案をもとに2014年にパブリックコメントを広く求めている。これらの検討を受け、意思決定機関である各界代表26名から成る研究戦略会議により、新研究戦略が決定された。

SNR France Europe 2020は、10の社会的課題に沿った優先事項を掲げるという構成になっている。社会的課題の一覧は、図表3のとおりである。なお、同戦略では10の社会的課題に加えて5の横断的課題(特別プロジェクトと推進すべきもの)を掲げているが、いずれも10の社会的課題の枠を出るものではないため、ここでは省略する。

図表3: フランス研究戦略の優先事

図表3: フランス研究戦略の優先事

出典: SNR France Europe 2020をもとに作成

 ここで示された優先事項は、概ね他国のそれに通じるものであると考えられる。ただし、宇宙分野の技術開発を社会的課題としている点、社会的・文化的な側面の課題が研究戦略に含まれている点は特徴的である。その他、これらの事項は明らかにイノベーションを志向しているにもかかわらず、それまでの戦略とは異なりタイトルからイノベーションが削除されている点も興味深い。

科学技術上のトピック

 ここでは、上述の改革に関する具体的な取り組みのうち特徴的なものを紹介する。

①「将来への投資」施策

 2009年6月サルコジ大統領は、国家元首として161年ぶりとなる両院議会(上院・下院)合同議会での演説を行い、フランスの未来に資する優先課題への投資を行うこと、そしてその財源として大規模な国債を発行する考えを表明した。この演説の中では「今回の(経済)危機は我々にとって投資に遅れを取り戻し、先行するチャンスである」とも述べている。この方針表明を受けて有識者による検討委員会が組織され、投資の規模や投資する分野について検討が行われた結果、2010年3月に投資の全体像が正式に決定された。

 「将来への投資」の総額は350億ユーロであり、うち国債発行により220億ユーロ、銀行向け公的援助の返済により130億ユーロが調達された。また、350億ユーロのうち約60%は出資、社会資本、融資といったイノベーション創出のための非消費財向けの原資とし、約40%は補助金方式により研究費用等に充当する方針が示された。EU、地域、民間からの共同支援とあわせて、総額600億ユーロ以上の効果を生むことが期待された。

 その使途については「将来の優先課題」と位置付けられた、高等教育と人材育成(110億ユーロ)、研究(80億ユーロ)、産業と中小企業(65億ユーロ)、持続的発展(50億ユーロ)、デジタル経済(45億ユーロ)の5つの分野に投資された。うち、高等教育・研究関連はいくつかの分野に分かれて計上されており、総額219億ユーロで、全体350億ユーロの62.6%を占める。219億ユーロのうち、高等教育・研究拠点形成・機能整備に153.5億ユーロ、研究プロジェクトの推進に65.5億ユーロが、それぞれ配分された。また、219億ユーロの大部分に当たる179億ユーロについては、前述のファンディング機関である国立研究機構(ANR)等により、プロジェクト公募を通じて資金配分された。

 経済危機に際して、科学技術・イノベーションの重要性を再認識し注力を強める国は多いが、トップのリーダーシップのもと多額の国債を発行して、将来の重要課題に集中的に資金投入するという思い切った手法が取れる国は、民主主義・自由主義経済のもとではなかなかないと思われる。伝統的に中央政府が強く、大統領が強い権限を有する第5共和政のフランスならではの動きといえよう。

 この施策はオランド政権においても引き継がれ、2013年には第2次として200億ユーロ、2015年には第3次として100億ユーロの追加的な投資が決まった。研究・イノベーションの分野では、トップレベルの研究・高等教育を行う拠点であるイニシアチブエクセレンス(IDEX)、公的研究機関や企業の研究アクターを結びつける役割を果たす競争力拠点などに資金が配分される。

 なお、ここでいう投資額は、必ずしも政府からの補助金額を意味するわけではなく、投資額の全てが利用可能であるとは限らない。一部の資金配分プログラムでは、投資された金額から生じる利子のみ利用可能な形態で資金が配分されている。結果的に、将来への投資施策の量的なインパクトは、その予算額が全て補助金として用いられた場合と比べて小さいものになる。

写真1: 「将来への投資」の支援を受けつつ建設中のパリ−サクレーキャンパス
(2015年6月筆者撮影)

写真1: 「将来への投資」の支援を受けつつ建設中のパリ−サクレーキャンパス

②カルノー機関プログラム

 2006年に、企業との共同研究を推進する公的研究機関や高等教育機関に対し、カルノーラベルを与え、特別な支援を行うプログラムが開始された。現在10年目を迎えている同プログラムは、一般的に成功しつつあるプログラムと認識され、今後の継続が決まっている。これまであまり産学官連携に積極的でなかった公的機関にあって、カルノー機関全体での企業との直接契約額を、10年間で約3倍にするという成果を生んだ。

 カルノー機関プログラムの基本的な仕組みは以下のとおりである。まず、企業との共同研究を積極的に推進しようとする一定の要件を満たした研究機関等に対し、公募を通じてカルノーラベルという認証を与える(現時点では、4年ごとの更新制)。認証を与えられた機関はANRからのファンディングを受けるが、その額は前年度の企業との直接契約額に応じて変化する。すなわち、企業との共同研究の規模を拡大すればするほど、翌年のカルノー機関としての予算額が増大する(なお、実際はカルノー機関全体に配分できる金額の上限が2015年現在で年間6,000万ユーロと決められているため、際限なく増大するわけではない)。

 このプログラムが興味深いのは、ドイツのフラウンホーファーをモデルとしつつも、フランス独自の仕組みを取り入れつつ発展してきていることである。まず、フラウンホーファーは一つの法人格をもつ研究機関であるのに対し、カルノー機関は法人格をもたず、単に既存の研究機関に対しラベルが付与されるに過ぎない。その結果、研究機関は2種類の資金獲得経路をもつことになる。すなわち、各カルノー機関はCNRS等の母体機関としての顔ももち、基盤的な経費は母体機関を通じて得ている。一方、カルノー機関としての資金は、その基盤経費に上乗せされる形で配分される。基盤的な経費を確保しつつ、カルノー機関としての成績を向上させれば、その活動の幅を広げやすくなる仕組みになっている。このように、既存の機関に追加的な機能をもたせることで、新たな機関を設置するよりも小さい初期投資で成果を生む工夫がなされていると考えられる。

 また、しばしば複数の機関のコンソーシアムがカルノー機関として認定されている点もフラウンホーファーと異なる。研究のフェイズや分野が隣接する機関同士がコンソーシアムを組んでカルノー機関として活動することにより、より企業のニーズに合った研究が推進されやすくなる。カルノー機関のマネジメントは複雑になるが、そのような複雑な組織運営を円滑に進めるための経験がフランスにはある。それは、混成研究室(UMR)を通じた研究室マネジメントの歴史である。たとえばCNRSは1,000以上の研究室を持つが、その多くはUMRを形成し、主に大学のキャンパス内に設置されている。UMRにおいては、大学の研究者も大学の研究者の身分のままで研究チームに加わる。出自の異なる研究者が一つの研究チームを構成する仕組みが何十年も続けられてきた。組織が交じり合って活動を続けてきた歴史が、互いに補完的なコンソーシアムをカルノー機関として成り立たせる土壌になっていると考えられる。

③民間企業による研究開発及び産学官連携の強化

以上のような、主に公的機関を対象とした施策に加え、直接的に企業を支援する施策も講じられている。

○研究費税額控除

 企業の研究開発を支援する施策として第一に挙げられるのが、研究費税額控除(CIR)である。この制度を利用した企業や非営利社団は、2013年の場合で、研究開発支出(調査費用、研究実施、外部委託、特許関係)の一定割合(1億ユーロまでは30%、それを超える部分は5%)を税額から控除することができる。

 本制度は1983年に導入されたものであるが、近年になってリスボン戦略達成に向けて企業の研究開発投資増加の要請が強まったことから、2004年と2008年に制度改革が実施された結果、その規模は大幅に拡大している。申請額ベースでみると、2007年に17億ユーロであったものが改革を受けて2008年には42億ユーロへ拡大し、2012年には53億ユーロとなっている。

高等教育・研究省が2010年に公表した報告書では、次の3点を挙げてCIRの効果をポジチィブに総括している。

  • ・2004年以来、フランスで企業の研究開発への支援が増加した。
  • ・CIRの制度改革により、小企業、零細企業など新たな申請企業を引き寄せた。
  • ・CIRは、企業の研究開発支出や研究者の雇用にプラスの効果がある。
○研究を通じた育成のための企業との協定(CIFRE)

 CIFREとは、企業との活動に基づいた博士号取得を支援する施策である。博士号取得者の企業による採用を促進する目的を持っている。この施策の仕組みは、図表4のようになっている。まずこの施策を管理するのが、政府機関と民間機関から成る研究技術全国協会(ANRT)である。ANRTは、博士課程学生の3年間の雇用契約を行った企業に対し、その報酬の一部に該当する年間14,000ユーロを支給する。企業は学生の報酬として年間少なくとも23,484ユーロを支給する。企業は学生を雇用しつつ研究を進めるわけだが、学生だけでなく、学生が所属する研究室にもアクセスすることができる。学生の所属する研究室は、引き続き学生に対する研究指導も行う。この結果企業と大学との関係が強まり、共同研究に発展する場合もある。

 なお、企業は補助金に加え、上述のCIRの適用を受けることもできる。また、応募から採択に要する期間は2ヶ月ほどである。

 2012年のデータによると、CIFREに採用された学生は、1,350人であった。学生の雇用先としては、大企業と中小企業が半々であった。学生の所属元研究室の研究テーマに関しては、ICT分野が22%、工学が20%、化学・材料が13%、人文科学が13%の順であった。

図表4: CIFREの仕組み

出典: ANRTウェブサイトをもとに作成

出典: ANRTウェブサイトをもとに作成

 以上の企業を直接的に支援する制度は、カルノー機関などとの連携を行う際などにも活用される。公的機関を支援する仕組みと企業を直接支援する仕組みとが、相乗効果を生むことが意図されている。

まとめ

 これまで見てきたように、フランスにおいては、1958年の第五共和制導入以後に強化された国家主導型の研究開発システムの改革が、変化の激しい現代社会においていかに競争力を維持・向上させるかという問題意識のもと続けられている。その中には、大規模な国債発行による資金調達に基づき行われてきた「将来への投資」施策や、ドイツのフラウンホーファーをモデルにしつつも独自の進化を遂げた「カルノー機関」など、ユニークな取り組みが見てとれた。これらの取り組みは一定の成果を挙げつつあると考えられるが、今後フランスの科学技術・イノベーションにどのようなインパクトを与えていくか、たいへん興味深い。

(参考文献)

  • フランス国民教育・高等教育・研究省ウェブサイト
  • フランス国立研究機構ウェブサイト
  • 研究開発戦略センター(JST/CRDS)ウェブサイト
  • 文部科学省科学技術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2015」2015年
  • 世界知的所有権機関(WIPO)ウェブサイト
  • ERAWATCHウェブサイトInnovation Union Scoreboard 2015

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが2012年に出版した、「主要国の科学技術情勢」(丸善プラネット)の第5章「フランス」の部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。

 上記書籍のフランスの章は、当時科学技術振興機構パリ事務所長であった荒川敦史氏が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を荒川と山下の連名とすることにした。

2015年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

山 下  泉

(著者紹介)

荒川 敦史(あらかわ あつし)

 科学技術振興機構国際科学技術部前パリ事務所長。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。民間会社を経て2003年から科学技術振興機構に勤務。現在、政府の文部科学省に出向中。

山下 泉(やました いずみ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻博士課程退学。民間企業等を経て、2012年より現職。