ブルネイの科学技術情勢

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1.国情

(1)概要

 ブルネイの正式国名は「ブルネイ・ダルサラーム国(Brunei Darussalam)」である。首都はバンダル・スリブガワンにある。面積は5,770km2、人口は42万3,188人(2015年)で、ボルネオ島にあってマレーシアのサラワク州を挟み、国土が二分されている。

(2)歴史

 15世紀~16世紀にブルネイ王国は最盛期を迎え、ボルネオ島の大部分とフィリピンの一部を支配下においていた。その後、東洋に進出してきた西欧列強(スペイン・ポルトガル・オランダ・英国)との折衝を経て、現在の領土まで段階的に縮小し、1888年には英国保護領となった。

 ブルネイにおいて石油が発見されたのは1929年のことで、それ以来、国力回復に役立った。第二次世界大戦では、ブルネイは日本海軍によって占領されたものの、大きい戦闘もなく平和を維持していた。

 1963年のマレーシア独立にあたっては、ブルネイを含んだ連邦国家とする構想があったが、ブルネイは石油利権で意見が一致せず、結局不参加となった。1984年1月、ブルネイは英国から国防と外交を継承し、マレー主義・イスラム国教・王政擁護を国是として完全に独立し、同年にASEANにも加盟した。

(3)政治

 国王が国家元首である立憲君主制を取り、首相は国王が兼任し、閣僚は国王によって指名される。現在の国王は、ハサナル・ボルキア(Hassanal Bolkiah)である。内閣は国王が議長となり、行政執行上の問題を処理する。

 一院制の立法評議会があり、議員の選出は1970年に選挙制から国王任命制に変更され、さらに1984年以来活動を停止していた。2004年に再開し、議会の構成に関しても公選議員が含まれることとなった。

 国王は、首相、財務大臣、国防大臣を兼任し、また皇太子は上級大臣として筆頭閣僚の要職にある。

(4)諸外国との関係

 ブルネイは基本的に全方位外交であるが、最も優先されるのはASEAN諸国である。ASEAN諸国の中では、マレーシアとシンガポールが距離的にも近く、航空便数も1日5便程度と比較的多い。

(5)民族、言語、宗教

 民族構成は、マレー系65.8%、中華系10.2%、その他24.0%である。言語はマレー語を国語とし、英語や中国語も使われている。宗教的にはイスラム教(67%)、仏教(13%)、キリスト教(10%)などが占めている。

(6)初等中等教育と識字率

 初等中等教育制度は、6-5-2制(小学校6年、中学校5年、予備校2年)である。5年間の中学校のうち下級の3年間が小学校の6年と合わせて義務教育となっている。1984年以来、バイリンガルの人材育成のため、第二外国語として英語教育に力を入れている。幼稚園児から予備校までの人口は約10万人(2013年)と全人口の4分の1を占める。

 識字率は2011年で95.4%である(米国CIAのワールドファクトブック)。

(7)経済

① 概観

 2015年現在の名目GDPは155億米国ドル(以下「ドル」と略す)であり、国民一人当たりの名目GDPは3万6,608ドルである。

 東南アジアではシンガポールに次いでいる。国王はブルネイの基幹産業である石油・天然ガスの販売収入を個人的に所有し、個人資産200億ドルと国家元首では世界第4位の富豪である。国民は所得税が課されないうえに、医療や教育サービスを無料で利用でき、自動車の保有割合が2人に1台など、ブルネイの豊かさを象徴する指標が並ぶ。

② 産業構造

 2013年のGDPにおける産業構造を見ると、第一次産業(農林水産)が0.7%、第2次産業(工業、建設)が68.2%、第三次産業(サービス)が31.0%である。サービス産業として、航空会社やケータリングサービス会社がある。

③ 貿易

 輸出114億ドルに対し輸入36億ドルで、黒字基調である。2012年の主要品目は、輸出では天然ガス(44.7%)と原油(51.8%)が大部分を占め、輸入では機械・輸送機器(36.6%)、工業製品(20.4%)、食料品(13.3%)などとなっている。

 主要相手国としては、輸出で日本(39.8%)、韓国(25.3%)、インド(7.6%)であり、輸入でマレーシア(21.9%)、インドネシア(19.1%)、米国(11.9%)である。

2.科学技術体制と政策

 ブルネイは、将来の持続可能な社会を念頭に置いた国家ビジョン「ワワサン・ブルネイ2035」のもとで、農業や情報通信などの開発を進めている。

(1)行政組織

 ブルネイの科学技術関連の行政組織図は次のとおりである。

図表1:科学技術関連の行政組織図

図表1:科学技術関連の行政組織図

出典:各種資料に元に筆者作成

 以下に、主要組織の概略を示す。

① ブルネイ研究評議会(BRC)

 首相府の諮問機関である、ブルネイ研究評議会(Brunei Research Council:BRC)が科学技術政策の中心である。BRCのメンバーは、首相府のエネルギー大臣を議長、首相府の副大臣を副議長とし、各省庁や大学など科学技術に関係する12機関の評議員が参加する。

 BRCが対象とする「研究」では、エネルギー、環境、食品安全、情報通信・自動化、ヘルスケアの5つの領域が重点対象となっている。

 第9次国家開発計画(NDP)において、BRCは39件のプロジェクトに出資した。そのうち2012年までに完了したプロジェクトは5件で、残りは第10次NDPに持ち越されている。39件中31件はブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)が実施した。

② ブルネイ経済開発委員会(BEDB)

 首相府の下にブルネイ経済開発委員会(Brunei Economy Development Board:BEDB)が設置されており、外国の直接投資を促進すること、国内企業の研究のコストを分担すること、国内機関に対して公募型プロジェクト参加の審査を行うことなどが主たる役割である。重点分野は、エネルギー、環境、食品安全、ヘルスケア・健康科学、ICTなどである。これらの分野の研究を奨励するため、案件によって国が50%~80%のR&D活動費を負担する。

③ 開発省(MOD)

 開発省(Ministry of Development:MOD)は、石油・天然ガスに依存した経済からの脱却を目指して、開発事業の計画、実施、規制を行っている。開発省は、科学技術一般を担当するほか、原子力、知的財産、標準・度量衡なども担当している。また日本の環境省に相当する機能もこの省が果たしている。

ブルネイ開発省(MOD)

ブルネイ開発省(MOD) ©MOD

④ 産業・一次資源省(MIPR)

 産業・一次資源省(Ministry of Industry and Primary Resources: MIPR)は、政策・企画課や企業促進・開発課などの政策立案部門と、農業・食品局、林業局、漁業局、産業開発局などの現業監督部門より構成されている。

 農業食品局はバイオテクノロジーの研究開発を監督し、傘下で研究を行う機関としては農業研究センター(ARC)がある。

(2)科学技術政策動向

①「ワワサン・ブルネイ2035」

 2007年に、30年間を見通す国家ビジョンとして「ワワサン・ブルネイ2035」が策定された。「ワワサン」はマレー語で「洞察」を意味する。策定の背景として、2012年時点で石油の可採年数が19年、天然ガスが23年となっており、2035年頃の石油資源枯渇を危惧して、持続可能な社会へと国家のあり方を変革する必要に迫られたものとみることもできる。

 2035年までに達成すべき目標は、次の3点である。

  • ・充分教育され、高い技術を持つ国民
  • ・生活の質(QOL)が世界で10位以内
  • ・ダイナミックで持続可能な経済

「ワワサン・ブルネイ2035」では、この目標の実現に向け、国王と国家への忠誠、イスラム教の価値の信仰、伝統的な寛容さと社会調和による国民の団結を求めている。

② 国家開発計画(NDP)

 科学技術予算を含む国家開発計画(NDP)は5年ごとに策定され、現在は第10期(2012年~2017年)で、科学技術予算が2億ブルネイドルと前期の4倍に急増している。なお、ブルネイドルはブルネイの通貨単位で、2016年10月20日時点の日本銀行の為替レートによると、1ブルネイドル≒75円となっている。

 科学技術予算を配分する役割はブルネイ研究評議会(BRC)が担っている。年平均6%の経済成長を達成するため、高い生産性で経済成長を加速することを目標に掲げている。

3.高等教育と大学

(1)高等教育政策

 高等教育は、教育省(Ministry of Education:MOE)が所管している。MOEは、国家教育委員会、技術職業委員会、高等教育部等より構成されている。

 人口が少ないため、人材育成は最も優先度の高い施策である。18歳か19歳で卒業できる中等教育から大学への進学率は25%程度である。大学にはブルネイ人の教官が不足しており、それを補うため中国・韓国・フィリピンなどの学者が招かれている。大学としては3つの国立大学しかなく、理系の学部があるのはブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)とブルネイ工科大学(ITB)だけである。学生の教育に主眼を置く一方、海外の教員を招いて研究レベルを向上させようとしている。また両大学とも科学技術予算の増加に伴って新たなキャンパスの建設にも力を入れている。

(2)ブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)

 ブルネイ・ダルサラーム大学(Universiti Brunei Darussalam:UBD)は、1985年にブルネイで初めて設立された総合大学である。UBDのビジョンは「第一級の国際的な大学、独特の国民性」である。

 UBDの使命は、教育・学習・研究・奨学金・公共サービスや職業的な実践の卓越性の達成に資する環境創造を通じた知性・信仰・文化の育成と充実を通じて全体としての個人と社会を開発することである。

 教職員数は375人、学生数は学部3,664人及び大学院生882人である。

 下部組織としては、理学部、統合工学部、健康科学研究所、e政府イノベーションセンター、生物多様性・環境研究所などがある。

 主要研究分野は再生可能エネルギー、創造的産業、モデリングとシミュレーション、生物多様性と生態学、食品安全、精神衛生などである。

 国際協力は、米国の大学との共同研究が多く、シンガポールの材料研究所とも共同研究を行っている。

ブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)

ブルネイ・ダルサラーム大学(UBD) ©UBD

(3)ブルネイ工科大学(ITB)

 ブルネイ工科大学(Institut Teknologi Brunei:ITB)は、1986年に設立されたブルネイ初の工科大学である。当初は学士課程がなかったが、正式に大学となったのは2008年である。

 教員が約100人、学生数が2,273人である。

 工学部に土木工学科、電気電子工学科、石油・化学工学科、機械工学科がある。現在、敷地内に3期に分けて新施設を建設中である。学際領域における主要な研究テーマはグリーン技術、水及び石油・ガスである。

4.科学技術指標

(1)研究開発費

 第9次NDP(2007年~2012年)では「ワワサン・ブルネイ2035」の第1期目の計画と位置づけられ、科学技術予算として5,000万ブルネイドルが割り当てられた。さらに現在実施中の第10次NDP(2012年~2017年)では科学技術予算が前期の4倍の2億ブルネイドルと急上昇している。

 科学技術予算の分担比率は、政府がほぼ100%で、民間の比率はゼロに近い。また、基礎研究と応用研究の比率は、ほぼゼロ対100である。

(2)研究者(UNESCOの統計による)

 古い数字だが、2004年の研究者数は、244人(ヘッドカウント値)、102人(フルタイム換算値)である。労働力人口1,000人当たりの研究者数は、1.43人(ヘッドカウント値)、0.6人(フルタイム換算値)である。

(3)科学論文

 トムソンロイター社のデータを元に分析した科学技術・学術政策研究所の調査によると、ブルネイの論文世界ランキングは2009年~2011年時点で140位であり、この間の論文数は174編であった。ASEAN諸国の中では下位グループの第9位で、最下位のミャンマー(147位)の一つ上に過ぎない。

(4)大学ランキング

 英国のQS社が発表した2016年の世界大学ランキングにはブルネイの大学は含まれていない。

(5)特許

 ブルネイには特許出願制度はあるが、外国からの出願が多く、ブルネイ国内からの出願は非常に少ない。国際特許出願は最近24年間で12件である。

 2011年から2014年までの4年間でブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)が出願した特許は28件である。

5.国際協力

(1)日本との関係

① 京都大学エネルギー理工学研究所との交流

 京都大学エネルギー理工学研究所は、2014年9月18日にブルネイ・ダルサラーム大学(UBD)の先端材料・エネルギー研究センターとの間で「再生可能エネルギーと低炭素技術」のテーマでの交流を開始した。

② 三菱商事の太陽光発電実証施設

 三菱商事は、東南アジア地域で最大級(120万キロワット)の太陽光発電施設をべライト地区セリアに設置し、再生可能エネルギー利用の実証実験を行っている。写真に現地の状況を示す。脱石油社会に向けたブルネイの取り組みが注目されるようになる可能性がある。

三菱商事の太陽光発電実証施設

三菱商事の太陽光発電実証施設

(2)諸外国との関係

 GDPの大部分を占める石油・天然ガスは、英国のシェル社が採掘権を有しており、ブルネイ人の研究者・科学者・技術者が若干名採用されている。

 2014年2月18日に国際原子力機関(IAEA)に参加し、162番目(最新)の加盟国となった。

 2014年12月9日、韓国のパク・クネ(朴槿恵)大統領とブルネイのハサナル・ボルキア国王は首脳会談を行い、インフラ建設や農業などの分野における連携を強化することで合意した。

6.トピックス

 ブルネイの科学技術政策の中心は、エネルギー・環境、情報通信、食品安全、健康などであるが、食糧自給可能な国となることを目指して農業の6次産業化やハラル食品の認証などで興味深い施策が実施されている。なお6次産業とは、今村奈良臣東京大学農学部名誉教授が提唱した概念で、農業や水産業などの1次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態をいう。

(1)バイオイノベーション・コリドー(BIC)

 2013年9月に、6次産業型農業技術のクラスターとして農業技術パーク(ATP)が開業し、さらに2014年3月にはバイオイノベーション・コリドー(BIC)と改称された。今後3期に分けて開発が進められ、複数の企業が産業クラスターを形成し、農作業研究、加工研究、流通研究などを行う。

 場所は首都バンダル・スリブガワンにある国際空港や官庁街に近く、農産物の輸出や国内販売で有利である。現在の大きさは約500ヘクタールで大部分が農地であり、企業の加工場や研究施設が一角を占めている。将来的には約10倍の規模となり、2万8,000人の雇用と9,000人の居住者を擁する農村型ニュータウンになる見込みである。設計施工は中国企業が受注した。

(2)ハラル認証のための科学技術

 イスラム教徒にとって、豚を食べないことは重要な戒律となっている。豚の成分が全く含まれていない食品は、「ハラル(良い)」と呼ばれ、ハラル認証を行って合格した食品には認証マークを表示することで一般のイスラム教徒が安心して食べられる食品となる。

 ハラル基準は非常に厳格であり、豚の成分を触媒として利用した食品でさえ、ハラル認証基準では不合格になる。

 ハラル認証を受ける製品は、製品の成分のみならず、製造ラインもハラルでなければならない。例えば、ハラル認証取得を希望する製品と同じ工場で、ノン・ハラルの製品を製造してはならない。製造企業が、ノン・ハラルの製品を自社製品として製造販売しても問題ないが、製造ラインは、ハラルとノン・ハラルの製品を別にする必要がある。

 食品に豚肉の成分が含まれているかどうかは究極的には原料の選び方や製造過程の取り扱い方法を調べるだけでなく分子レベルまで追求する必要に迫られる。その結果、豚肉にとどまらず、食品の成分や加工プロセスを微細に分析する科学技術的な研究を行う必要が生じ、そのことがイスラム教の戒律を超えた食品安全の追究という新たな価値を生む時代になってきた。

 田中貴金属工業は、金コロイド(粒径60nm程度の金の粒子)を用いて豚の成分をマイクログラムレベルで検出する「豚肉簡易検出キット」を開発し、日本及びブルネイで特許を取得している。本検出キットはブルネイ政府も興味を示し、田中貴金属は現地でデモンストレーションを実施している。

7.まとめ

 ブルネイのような恵まれた経済環境では、自ら科学技術やイノベーションに取り組むモチベーションが低くなり、学術的なレベルは低いのではないかと考えがちである。しかし、今回HP調査や現地調査を通じて、脱石油・天然ガスを念頭に置いたブルネイの将来ビジョンと、そのもとで実施されている国家開発計画における科学技術予算の急増やバイオイノベーション・コリドー(BIC)の建設計画などの状況から、今後10年ないし20年後にブルネイの科学技術は質的変化を遂げる可能性があると感じられた。

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2015年に出版した「ASEAN諸国の科学技術情勢」(美巧社)の第9章「ブルネイ」部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。上記書籍のブルネイの章は、野が原案を作成したものである。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した報告書「ASEAN諸国の科学技術情勢」(2014年度版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2016年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

特任フェロー(海外動向ユニット担当)

 野  照 久

(著者紹介)

野 照久(つじの てるひさ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・特任フェロー(海外動向ユニット)。1973年東北大学工学部卒。同年日本国有鉄道入社。1986年より宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)。2013年より現職。