事業成果

従来のX線撮像装置の限界を超える

スーパーレントゲンで早期診断に貢献2016年度更新

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( もも )( ) (東北大学 教授) / コニカミノルタ株式会社等
先端計測分析技術・機器開発プログラム
要素技術タイプ(H16-19)、機器開発タイプ(H19-23)
実証・実用化タイプ(H23-25)、開発成果の活用・普及促進(H23-25)
「X線格子干渉計撮影装置の開発~リウマチ・乳がんなどの組織を描出可能な新たなX線医用撮像機器の開発~」チームリーダー

柔らかい組織も映しだす!革新的X線撮像装置を開発

骨などの検査のために行われる従来のレントゲン撮像では、被写体がX線を吸収する度合いによって濃淡を得ている。内臓などの組織を検査する時は、そのままでは十分な濃淡が得られないため、バリウムなどの造影剤を体内に入れてX線撮像したり、MRIなど高額な装置を使う必要があった。もしも、X線で軟組織も撮像できるようになれば、患者の負担も軽く、病気の早期発見に役立つようになるかもしれない。

このようなX線撮像装置の開発を20年も前から目指してきた人物が、百生敦教授である。百生教授は、従来のX線撮像装置の限界を超えた医療現場で役立つ装置を開発したいと考え、様々な研究開発を進めてきた。

百生教授が見出した全く新しい原理のX線撮像法を、医療機器メーカーのコニカミノルタ株式会社が製品化へ向けて開発している。既に初期の乳がん病巣や軟骨の撮像に成功し、医療現場でも大きな期待が寄せられつつある。

従来法(吸収画像) 微分位相画 像散乱画像

開発に成功したX線撮像装置で実際に得られた親指の画像(中:微分位相画像、右:散乱画像)。腱や軟骨など、従来法(左:吸収画像)では撮影できない組織が描画されている。

X線のわずかな屈折をとらえて柔らかい組織の撮影を可能にする

1836年にイギリスの科学者タルボは、格子などの周期的構造を持つ物体に波の揃った光を透過させると、特定の距離だけ下流に物体そのものの「自己像」が形成される、「タルボ効果」と呼ばれる現象を発見した。X線も光と同様に、波の性質を持っている。百生教授は、180年近く前に光について発見されたタルボ効果をX線へ適用することで、新しい高感度撮像が可能ではないかと考えた。

1990年代前半、タルボ効果に注目する前の百生教授は、シリコンの結晶を用いたX線干渉計と呼ばれる装置でX線の屈折を検出し、高感度なX線撮像が可能であることを実証していた。この方法は、がん組織も無造影でX線撮像できたが、巨大で特殊なX線源が必要で、そのまま医療応用へは結び付けられなかった。2000年代に入ってから、百生教授は被写体とX線検出器の間に2枚の格子を置いてタルボ効果を利用する「タルボ干渉計」の開発へと進んだ。タルボ干渉計では、光源から出たX線は被写体を通り抜け、次に1つめの格子を通り抜ける。X線が物体を通り抜けるとき、X線の進む速さが変化して波の位置がずれ、1万分の1度ほどの屈折がおこる。その結果、タルボ効果によって現れる「自己像」は歪んでしまう。そこに、本来の自己像に対応する2つめの格子を置くと、歪みに応じてX線の透過具合に違いが生じて「モアレ」と呼ばれる模様が現れる。百生教授は、この模様を解析すれば、内臓などの柔らかな組織の撮像が可能になることを見出した。

2004年、先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、タルボ効果を利用したX線撮像技術の開発がスタートした。タルボ効果を得るためには、波の揃ったX線が必要である。開発当初は、実際の病院での使用が期待でき、かつ波の揃ったX線を発する点光源(マイクロフォーカスX線源)を用いていた。しかし、点光源から発するX線は弱く、実用的な撮像時間では良好な画像が得られなかった。

X線撮影装置 縦型試作機(提供:コニカミノルタ株式会社)

X線撮影装置 縦型試作機
(提供:コニカミノルタ株式会社)

病院で使われているX線源を使う!

病院で使われているX線は波が揃っておらず、そのままではタルボ効果を利用できない。この問題は、一般的なX線源の近くにもう1枚の格子を配置することで解決した。新たに追加した格子は、下流のタルボ干渉計に対して波が揃うX線のみを通すように設計されている。この工夫により、病院で使用実績のあるX線源にタルボ干渉計の撮像原理を適用し、撮像時間も大幅に短縮した「タルボ・ローX線干渉計」が誕生した。

 この革新的なX線撮像装置は、従来法では困難であった軟骨や初期の乳がん組織の撮像に成功し、医療現場でも大きな期待が寄せられつつある。さらに、医療分野以外への展開も進められ、有機材料・デバイスなどの工業生産管理や安心・安全を目的としたX線非破壊検査の実現に向けた、オンライン検査機器や高空間分解能で三次元撮影が可能な精密検査機器の実用化開発が始まっている。

X線タルボ・ロー干渉計の構成

図:X線タルボ・ロー干渉計の構成

2枚の格子(G1とG2)を用いたX線タルボ干渉計の光源近くに、もう1枚の格子(G0)を設置。病院で使用されるX線源でも、位相のそろったX線のみを取り出すことができる。

柔軟な発想が革新的な成果を生む

「研究者に必要なのは遊び心。研究をしているときの脳の使い方は、学科の勉強より図画工作や音楽をやっているときのそれに近いのではないかと思います。」このように語る百生教授は、約180年間、X線の世界で見向きもされなかった現象を、柔軟な発想で取り込んで、新たな技術を生み出すことに成功した。こうして開発された革新的なX線撮像装置は、病気の早期発見に貢献できるものと期待されている。