事業成果

1細胞レベルでの観察を実現!

マウスを丸ごと透明化2016年度更新

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上田 泰己(東京大学 医学系研究科 教授/理化学研究所 生命システム研究センター グループディレクター)
CREST
生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出
「睡眠・覚醒リズムをモデルとした生体の一日の動的恒常性の解明」研究代表者(H25-26)
※本課題は、2015年度より、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構に移管されました

体内の細胞1個1個を見る、という夢への挑戦

英国のロバート・フックが顕微鏡で細胞を発見してから約350年たった。しかし、ヒトやマウスの体の中の細胞を高い解像度で、1個1個を識別して見た人は、まだ誰もいない。体重30gのマウスの体は約300億個の細胞で作られ、全身には複雑な細胞ネットワークが張り巡らされている。重要な臓器である脳にフォーカスしても0.5gの脳には約5億個近くの細胞がある。個々の細胞を見ることは、日本列島の外側から人間1人1人を見分けるよりも難しいことなのだ。では、個々の細胞をより詳しく観察するにはどうすればいいのか。CREST「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」としてこの問題に取り組んだのが、上田泰己教授らの共同研究グループだ。彼らは、個体全身を一つのシステムとして総合的に解析するために、全身の細胞ネットワークや遺伝子の働きを1つの細胞レベルの解像度で3次元画像として取得するためのイメージング技術の開発に挑戦した。

図1 マウス全身の透明化(左は幼体、右は成体)

マウス全身の透明化(左は幼体、右は成体)

提供:理化学研究所

透明化に必要とされた生体色素の除去

脳の細胞を見ようとしても、細胞の中の水やタンパク質、脂質によって光が散乱するため、不透明でよく見えない。「見えないのであれば、透明にすればいい」と上田教授は考えた。光の散乱の原因となる脂質の除去、そして、組織内の屈折率の均一化によって、透明度の高い脳サンプルを得ることに成功する。

しかし、血液などの生体色素を多く含む心臓や肝臓などの臓器を透明化させるには、光を吸収する生体色素を除去する効果的な手法が必要だった。これまでもいろいろな研究者が臓器の透明化に取り組んできたが、生体色素を含む組織を効率よく脱色できる透明化手法を発見した者はいなかった。

ついに、臓器も個体も丸ごと透明化!

この問題を解決したのは、上田教授らが全脳イメージング・解析技術として開発したCUBIC(キュービック)で用いてきた透明化試薬(ScaleCUBIC試薬、以下CUBIC試薬)だった。この試薬によって血液が効率的に脱色されることが発見されたのだ。CUBIC試薬の構成要素の一つアミノアルコールが、血液中の赤い色素ヘムを効率よく溶出し、血液を脱色するメカニズムが明らかになった。

さらに、より透明度の高いサンプルを取得するためにこのCUBIC試薬を使った新しい「灌流(かんりゅう)プロトコール」が開発された。その手順は、まずマウス個体を4%パラホルムアルデヒド水溶液で灌流固定(組織内の成分をできるだけ生体時に近い状態で保存するための代表的な固定化法)し、次に1/2に希釈したCUBIC試薬を、血管系を介して全身に循環させる。その後、心臓・肺・腎臓・肝臓・膵臓・脾臓・筋肉・胃・腸管・皮膚をこの試薬に10日間浸す。これで臓器丸ごとを透明化できる。皮膚を剥離したマウス個体を2週間浸せば個体全身を透明化できるのだ。

そして、この透明化した臓器や個体サンプルがあれば、シート照明型蛍光顕微鏡(レーザー光をシート状に広げてサンプルの横から照射し、上から撮影することでサンプル内のある平面を1回で撮影できる顕微鏡。図2参照)を用いることで、臓器丸ごと、個体丸ごと、細胞の配置などがわかる1細胞解像度の三次元イメージングデータをなんと1時間という高速で取得できるようになった。従来ならば、脳全体の高解像度イメージ画像を得るだけでも1日以上かかっていた。光を照射する軸と観察する軸が直交しているこの顕微鏡ならば、2次元の画像を素早く捉えることができ、シートの高さを変えるだけで三次元の画像も高速に撮影できるのだ。

図2 高速三次元イメージングの適応

高速三次元イメージングの適応

提供:理化学研究所

生物学や医学分野、睡眠・覚醒リズムの解明にも

上田教授らによって実現されたこの技術は、三次元病理解析や三次元解剖学への応用、免疫組織化学的な解析への適応も可能だ。この技術は個体レベルの生命現象とその動作原理を解明できることから、生物学はもとより医学分野においても大きな貢献が期待できそうだ。上田教授が進めている睡眠・覚醒リズムの研究においても、この技術は大きな役割を果たす。研究において大切な1個1個の細胞の活動を調べ、その仕組みを解き明かす助けとなるのだ。いずれはうつ病や総合失調症などの精神疾患を解明し、治療することも可能になるという。さらなる夢に向かって、共同研究グループの挑戦はまだまだ続きそうだ。

図3 CUBICによる三次元解剖学

CUBICによる三次元解剖学

画像の解析によって臓器の特徴的な構造を抽出できる。心臓では心室・心房などの内部構造などを抽出できた。提供:理化学研究所

※Clear,Unobstructed Brain/Body Imaging Cocktails and Computational analysisの略。脳透明化と全脳イメージングのための透明化試薬(化合物の混合溶液)とコンピュータ画像解析を合わせた方法。