事業成果

貼るだけで治療ができる!

奇跡の細胞シート2017年度更新

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岡野 光夫(東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 名誉教授・特任教授)
CREST
医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製
「新規組織再構成技術の開発と次世代バイオセンサーの創製」研究代表者(H13-18)
FIRST
「再生医療産業化に向けたシステムインテグレーション–臓器ファクトリーの創生」中心研究者(H21-25)
先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム
「再生医療本格化のための最先端技術融合拠点」研究者(代表) (H18-27)

患部に「貼るだけ」で治療ができる奇跡のシート

ヒトの臓器は機能を失った場合、自然に元に戻ることはまずない。臓器移植は現在の医学では可能になったものの、倫理的な問題を含むことや、患者数に対してドナーの数が圧倒的に少ないという問題もあり、根本的な解決になっていない。人工的に臓器をつくり出すことができれば、より多くの患者を助けることが可能になるのだ。岡野光夫教授は、人類の夢とも言える人工臓器の作製に応用できる細胞シートの作製技術を確立した。

細胞シートの凄さは多くあるが、なによりその施術の簡易さが際立っている。基本的に患部に「貼るだけ」で良いのだ。縫合も必要ないため、医師にとっても患者にとっても負担の少ない治療と言えるだろう。角膜の手術も基本的に眼球に貼るだけで終わってしまう。また、心筋梗塞など、これまでは臓器移植しか方法がなかった治療も、壊死した部分に貼るだけで心臓が回復するという、これまでの常識では考えられないような治療法なのである。

また、患者の細胞を使用する細胞シートを使えば、これまでのようにドナーも必要なくなるため、すぐに治療を始めることができる上に、拒絶反応も起こらないという驚くべきものなのだ。

細胞シートを使用した角膜上皮移植の概念図

図:細胞シートを使用した角膜上皮移植の概念図

細胞シートを培養するためのシャーレを開発

細胞シートを作製することは、もちろん大変なことだが、実はその細胞シートを培養するシャーレの開発が大変重要なポイントとなっていた。というのも薄く培養された細胞シートは、利点でもある接着力が邪魔をし、シャーレからきれいに剥がすことが非常に難しいのである。当初は、酵素液を使い接着面を分解し剥がすという作業を行っていたが、酵素によって細胞間を繋ぐタンパク質も分解されてしまうため、細胞はバラバラの状態でしか回収できないという欠点を持っていたのである。

そこで考えられたのが、温度が変化するだけで、細胞膜の構造を破壊することなく脱着できるシャーレである。温度で構造変化する高分子を約20nm(ナノメートル。1nmは10億分の1m)厚で固定したシャーレを使い細胞シートをその上に培養するのだ。この高分子は人間の体温である37℃で培養している際は通常のシャーレと変わりないが、20℃に温度が変化すると細胞シートが綺麗に剥がれるという特性を持っている。この特別なシャーレの開発により、効率的にシートを剥がすことが可能となり、細胞シートの実用化にまた一歩近づいたのである。

画像:眼類天疱瘡に対する自己口腔粘膜細胞シートの移植

次々と進められている臨床応用

この細胞シートはさまざまな臓器の組織を対象とした基盤技術となり、筋芽細胞シートは治験が終了し、世界初の心不全治療用再生医療製品(ハートシート)として承認された。その他、食道、中耳、関節軟骨、歯根膜、角膜の臨床応用が国内外で進められており、肺気胸の治療に向けた臨床研究も承認を受けているその他、腎臓・子宮などに対象臓器を拡大し、幅広い疾患を対象とした再生治療の実現を目指している。心筋梗塞などの虚血性心疾患の治療だけを考えても、全世界で数百万人いるといわれる患者を救うことが可能になるかもしれないのだ。

温度で構造変化するナノ微細制御表面

医学と理工学が一体となって実現する世界

現在の医療現場は昔と違い、医学だけでなく理工学との共同研究が求められている。先のシャーレの開発も、医学の世界だけでは解決できない問題だった。岡野教授は「神の手」と呼ばれるひと握りの特別な医師だけが救える命を、医学と理工学が協力し開発するテクノロジーにより、医師の経験に関係なく、より多く助けることができると考えている。

このような考えから、先端生命医科学研究教育施設を、東京女子医科大学と早稲田大学との連携のもと立ち上げたのだ。ここでは「医・理・工」の融合が人材レベルで実現されており、世界的に見ても例をみないユニークな研究体制がとられている。

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    医師と工学研究者・学生が一緒に移植実験を行う