事業成果

モーターやトランスの大幅な省エネ化に期待

エネルギー損失を最小化する磁性薄帯の量産製造装置を開発2021年度更新

写真:株式会社東北マグネットインスティテュート / 牧野 彰宏
株式会社東北マグネットインスティテュート / 牧野 彰宏(東北大学 未来科学技術共同研究センター 教授)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
企業主導フェーズ NexTEP-Bタイプ「超低損失ナノ結晶薄帯製造装置」開発実施企業/代表研究者(2017-2019)

モーター電力の大幅な省エネに貢献する新磁性薄帯の量産化に成功

電気を動力に変換するモーターや、電圧を変換するトランスといった磁気デバイスは、部品の材料である鉄や銅に起因して、電気エネルギーを損失する(これを鉄損、銅損という)。そのため、モーターやトランスの省エネルギー化に向け、鉄損や銅損が少ない新たな材料の研究開発が進められている。

これまで電磁鋼板の代表例としては鉄にケイ素を加えた「ケイ素鋼板」が使われてきた。それに対し、東北大学の牧野彰宏教授らは、ケイ素鋼板に匹敵する磁気特性を持ちながら、鉄損を抑えた磁性材料として、鉄と少量の一般的な元素からなる「ナノ結晶材料」を発明した。その実用化を目指し、2015年に設立されたのが、東北大発ベンチャー企業の東北マグネットインスティテュートだ。

そして、NexTEP-Bタイプの支援の下、同社は、ナノ結晶材料を薄い帯状にした「超低損失ナノ結晶※1薄帯」(図1)を量産できる装置(図2)の開発に成功。2019年10月より、製造を開始した。今後、この新材料が電力モーターに採用されれば、電気自動車をはじめ、幅広い機器への搭載が期待される。それにより、世界における電力消費量の約半分を占めるとされるモーター電力の大幅な省エネに貢献することが期待される。

※1 超低損失ナノ結晶
質量比で鉄を93~94%含む高鉄濃度の磁性材料。10ナノメートル程度のα-鉄(α-Fe)のナノ結晶粒の周りにアモルファス磁性層を持つ構造をしている。アモルファス磁性層はケイ素(Si)やホウ素(B)、リン(P)、銅(Cu)など一般的な元素で構成される。

図1

図1 量産化が可能となった「超低損失ナノ結晶薄帯」

開発した装置で製造した幅127ミリメートルと245ミリメートルの超低損失ナノ結晶薄帯。ロール状で量産される

図2

図2 「超低損失ナノ結晶薄帯」の製造装置

(上)装置の全体構成。左から(a)薄帯製造装置、薄帯巻取装置、(b)連続熱処理装置
(下)左から(a)薄帯製造装置の外観、冷却ロールユニットの構造、(b)連続熱処理装置

A-STEPの研究成果を基に薄帯製造装置を開発

東北大学で開発された超低損失ナノ結晶は、非常に優れた特徴を持つものの、薄帯形状の量産化技術は未確立だった。量産化技術において、高品質化、低コスト化、生産の安定化が実現できれば、幅広い機器への需要が見込める。

そこで、東北マグネットインスティテュートが最初に取り組んだのが、薄帯製造装置の開発だ。大型冷却ロールの設計や、溶解した合金を安定化させる中間容器の仕様に関しては、コンピューターシミュレーションに基づき設計した。加熱源であるIHヒーターの誘導加熱※2の能力や冷却ロールの冷却能力についてもシミュレーションにより決定した。

それにより、溶解した素材を幅広に薄く連続射出して急冷し、長いアモルファス薄帯としてロール状に巻き取り、これを連続的に加熱、冷却するという製造工程が完成した。この工程により製造した薄帯は一般的なケイ素鋼板に比べて、鉄損が約6分の1であることが確認された(図3)。

図3

図3 超低損失ナノ結晶薄帯と既存の磁性材料との比較
一般的なケイ素鋼板に比べて、超低損失ナノ結晶薄帯の鉄損は約6分の1に低減

※2 誘導加熱
導電性材料(主に金属)を加熱するための非接触の加熱方式。

低コストのための要素技術も開発

一方、低コスト化と不純物の混入防止のための要素技術の開発にも取り組んだ。工夫した点は、溶解炉に直立型のるつぼ構造を採用したことだ。それにより、250キログラムの原材料を60分以内に完全に溶解できるようになった。

また、これまでの薄帯の製造では、予め成分調整をした母合金を作製して溶解し薄帯を形成していた。しかし、本開発では、薄帯製造装置に材料となる鉄、ケイ素、ホウ素、リン、銅を直接投入し、溶解炉内で成分を調整した。それにより、材料費を約90%削減する目途が立った。また、るつぼやノズルなど耐火物の長寿命化に関しても検討した。最適な材料を選定し作製した上で、現物での繰り返しテストを実施し耐久性を確認した。これらの製造装置の開発により、業界初となる広幅245ミリメートルの薄帯形成に成功し量産化の目途をつけた。

熱処理装置の開発も進めた。薄帯製造装置で形成された薄帯は、熱処理によりナノ結晶の粒子を成長させることで、仕様に合致した磁気特性を出すことができる。そこで、熱処理技術に関しては、実験機での結晶化に関するデータなどをもとに、従来比4倍の速度で処理できる装置を開発した。その結果、得られた薄帯の磁気特性は、想定されるユーザーが要求する仕様を満たしていることが確認された。

家電製品から電気自動車、産業機器まで幅広い用途に対応

現在、世界で使われている電力量の約半分をモーターが占めると言われており、高効率のモーターが求められている。特に電気自動車への移行が進む自動車産業においては、電力損失の削減が航続距離に直結するため、ニーズが高い。また、家電製品においても、24時間稼働している冷蔵庫やエアコンの消費電力量が大きいことから、さらなる省エネ化が求められている。産業用機器やインフラ用のトランスの省エネ化も重要な課題だ。これらの製品に超低損失ナノ結晶薄帯を適用することで、大幅な省エネを実現できる。

そのため、同社では、今後、超低損失ナノ結晶薄帯の本格生産、販売を開始するとともに、さらなる品質向上と低コスト化、生産安定性の強化を図る計画だ。それにより、日本の産業への貢献と同時に地球温暖化防止への貢献を目指す。