事業成果

データ爆発時代の光通信機器の高速化・省電力化・低コスト化に期待

世界最高速の光データ伝送を果たした「ポリマー光変調器」2021年5月更新

横山 士吉 / 杉原 興浩
横山 士吉(研究分担者(2015-2018)/九州大学先導物質化学研究所 教授)
杉原 興浩(プロジェクトマネージャー(研究リーダー)/宇都宮大学大学院工学研究科 教授)
戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)
フォトニクスポリマーによる先進情報通信技術の開発「ナノハイブリッド電気光学ポリマーを用いた光インターコネクトデバイス技術の提案」(2009-2018)

実用化は困難とされてきた「ポリマー光変調器」の開発に成功

近年の情報通信量の激増に伴い、通信機器の高性能化と消費電力の大幅な低減が求められている。また、データセンター用の大容量伝送技術においてはコスト低減が求められている。これらの要求に応える新技術として、従来の無機材料ではなく、有機材料のポリマーを使った光変調器が期待されてきた。光変調器とは、電気光学特性を使い、高速に電気信号を光信号に変換するデバイスだ。電気信号を光信号に変換することで膨大な情報を高速に伝送できる。しかし、ポリマーには熱安定性などの問題があり、実用化は困難とされてきた。

それに対し、戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)の下、杉原興浩教授を研究リーダーとする横山士吉教授の研究グループは、日産化学工業株式会社(現:日産化学株式会社)と共同で、優れた電気光学特性と熱安定性を併せ持つポリマーを開発。さらに、アダマンド並木精密宝石株式会社と共同で、そのポリマーを使った超高速な光変調器のモジュールを開発した。その結果、2018年5月に、従来の無機材料を使った光変調器では到達困難な超高速光データ伝送、デバイスの熱安定化と低電圧駆動に世界で初めて成功し、2020年には毎秒200ギガビットまでデータ伝達速度を高めた。

S-イノベは2018年度に終了したが、2018年度にはSICORP、2019年度にはA-STEPに採択。現在、同グループでは、ポリマー光変調器のシリコン光集積技術への応用も目指しており、データセンターやIoTなどに使われる光通信機器の高速化・省電力化・低コスト化への貢献が期待される。

※物質に電圧を印加すると光の屈折率が変わる現象を電気光学効果、そのような物質の性質を電気光学特性という

図1

図1 電気光学ポリマーを使った超高速光変調器。ポリマー光変調器に入力したレーザー光は、高速の電気信号によって変調され、超高速光信号が伝送される

データの伝送量の急増に対応しうる光通信機器の開発が急務

現在、有線によるコンピュータネットワークには主にイーサネットと呼ばれる規格が使われている。イーサネットでは、高速に電気信号を光信号に変換して光伝送しており、伝送速度は年々増加傾向にある。増加率は過去20年間で400倍に達している。この高速光伝送を支えているのが、光変調器のチャネル速度の高速化だ。1つの光変調器が伝送できる情報量には限りがあるため、1秒間に100ギガビットを超える情報は複数の光変調器を並列に用いて処理されている。最先端技術の100ギガイーサでは、4~16チャネルの並列伝送が伝送容量の増大に貢献している。現在、400ギガイーサの導入が始まりつつあり、さらに、次世代の標準技術では800ギガイーサの議論が開始されている。それに伴い、データの伝送量の急増に対応しうる短距離伝送方式と、それを支える光通信機器の開発が急務となっている。

このような中、近年、電気光学特性をもつポリマーを使った光変調器への期待が国際的に高まっている。既存のニオブ酸リチウムなどの無機材料や半導体材料を使った光通信機器に比べて、理論上、高速性が非常に高く、消費電力や製造コストの観点からも注目されている。そのため、これまでもポリマー光変調器による超高速の光データ伝送は世界的に報告されてきたものの、実用化に向けては、熱安定性など乗り越えるべき課題があった。

※通信速度がギガビット/秒(ギガは10億)のコンピュータネットワーク規格

超高速化・省電力化・低コスト化を世界で初めて実現

電気光学ポリマーは、理論的に100ギガヘルツ以上の応答特性を持つことが示唆されている。これは無機材料や半導体材料を使った光変調器では到達が困難な超高速データ伝送を実現できることを意味する。

それに対し、横山教授の研究グループは、電圧を与えると光の屈折率が変化する特性を持つ電気光学ポリマー材料にいち早く着目。日産化学と共同で、高性能ポリマーの設計・合成、信頼性向上に向けた課題解決、光変調器の試作、性能評価の検討を進めてきた。その結果、高い光学性能と熱安定性に優れたポリマーの開発とデバイス化に成功した。さらに、アダマンド並木精密宝石と共同で、ポリマー光変調器を作製した結果、超高速光データ伝送の実証に世界で初めて成功した。

実際、今回作製したポリマー変調器の高速応答性を解析したところ、従来のニオブ酸リチウムなどを使った無機材料の結晶に比べて、2~3倍の周波数応答性と1ボルト台の低動作電圧で100ギガビットを超える超高速光変調ができることがわかった。本成果は、通信機器の大幅な省電力化につながる技術として期待される。加えて、ポリマー光変調器は簡便な塗布技術で作製できるため、シリコン光集積技術との融合も可能で、小フットプリントによるコストの大幅な削減が可能だ。

具体的には、ポリマー光変調器による光伝送実験で、1秒間に200ギガビットの光信号を発生することに成功。また、光変調器の動作電圧は1.5ボルトに抑えられていることが確認された。

さらに、同研究グループは、将来、安全走行のため自動運転車に設置する各種センサーが膨大な情報を処理する必要があるとの予測の下、車載向け光変調器を目指し開発を進めた。その結果、ガラス転移温度が190℃以上の電気光学ポリマーを合成することにも成功した。これにより、車載の耐熱性の指標である105℃での熱安定性を実現し、光変調器の熱安定性に関する課題を克服した。

図2

図2 今回作製した電気光学ポリマー光変調器の写真と、OOK方式とPAM-4方式それぞれの光変調特性(上:OOK方式、下:PAM-4方式)。今回OOK 方式で1秒間に120ギガビット、PAM-4方式で1秒間に200ギガビットの光信号を発生させることに成功(OOK方式はSICORPでの展開結果)。電極部分に高速の電気信号を入力することで、光信号に変換し光ファイバーによる伝送やボード内の信号処理に応用することが期待できる

光通信機器への実装を目指す

ポリマー光変調器の実用化に向けては、受発光素子と情報伝送を担う光ファイバーとの接続にも成功した。接続技術は主に宇都宮大学と株式会社豊田中央研究所が材料開発から取り組んだ。近赤外光を受けるとポリマー化するモノマー材料を開発。この材料の溶液中に光ファイバーを入れ、そこに近赤外光を照射することでモノマー材料がポリマー化され自動的に光ファイバーに接続できることを確認した。自動接続技術なので、実装コストの大幅な低減に貢献できる。

また、ポリマー光変調器は簡便な塗布技術で作製できることから、シリコン光集積技術との融合も可能で、小型・超高速・低消費電力の新しい光技術の創出も期待される。今後、データセンターや自動運転車、人工知能、IoT関連など、膨大な情報を処理する需要の増加が想定されることから、同研究グループでは、現在、同ポリマー材料を光通信機器に採用する試みを進めている。

図3
図4

図3  1.55マイクロメートルの近赤外光を用いて作製した光導波路自動接続の顕微鏡写真
シングルモード光ファイバー間の自動接続だけでなく、近赤外光源からの導波路成長やシリコンフォトニクス接続にも展開可能