事業成果

熱に強く、高いエネルギー変換効率

洗濯やアイロンがけもできる有機太陽電池2019年度更新

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福田 憲二郎(理化学研究所 染谷薄膜素子研究室 専任研究員)
さきがけ
素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成「ナノ膜厚ポリマー絶縁膜を利用した全印刷型基板レス有機集積回路の創成」研究者(2014-2017)

膜厚わずか3マイクロメートル

さきがけ研究者である福田憲二郎専任研究員らは、高いエネルギー変換効率と耐熱性を兼ね備えた超薄型有機太陽電池を開発し、さらに洗濯やアイロンがけもできるほどの伸縮性と耐水性・耐熱性を持たせることに成功した。この超柔軟な有機太陽電池は、基板から封止膜までのすべてを合わせた膜厚がわずか3マイクロメートルで、曲げたり、つぶしたりしても動作する。さらに、大気中・水中の保管でも劣化なく動作することを確認している。

近年、エナジーハーベスト技術とセンサーを組み合わせることで、小さくて軽量なセンサーを開発する試みが盛んに行われている。特に、衣服に貼りつけられるウェアラブルセンサーの開発が進めば、血圧・体温などの生体情報を継続的に測定することが可能になり、脳梗塞や風邪といった疾患の早期発見につながると考えられる。

このセンサーの開発にあたっては電源が重要で、高い電力を供給できて柔軟性にもすぐれた有機太陽電池は、ウェアラブルセンサー用電源の有力な候補として注目を集めている。

※光、振動、熱などの環境中に存在するわずかなエネルギーを採取して、電力を得る技術。

図1

図1 厚さ3マイクロメートルの超薄型有機太陽電池素子を貼り付けた白いワイシャツを洗剤水に漬けて洗っている様子

伸縮自在でも、耐水性が劇的に向上

開発のポイントは、高い環境安定性と高いエネルギー変換効率を両立した新しい半導体ポリマーを開発したことである。この半導体ポリマーは従来のものに比べて直線状の構造を持っており、高い結晶性を持つ膜を形成できるので加熱による導電性の低下が抑えられる(図2)。それを極薄の高分子基板上に形成する技術が、超薄型の有機太陽電池を実現する決め手となった。さらに、超薄型有機太陽電池をあらかじめ引き伸ばしたゴムによって双方向から挟むことで、伸縮性を保持しながらも耐水性が劇的に向上する構造を実現している。

エネルギー変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)、伸縮性に加え耐水性という3つの条件を同時に満たすことは難しく、これまで衣服に貼りつけ可能で、かつ洗濯もできるほどの性能をもつ有機太陽電池は実現していなかった。特に非常に薄いフィルムを利用する場合には表面の平坦性の確保が難しく、気体を透過させない性質も著しく低下することから、高い性能や長期間の安定動作を実現させることが難しく、ウェアラブルセンサー用電源を実現する際の制約となっていた。

※半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収することができ、有機溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。

図2

図2 新しい半導体ポリマー(左)と従来の材料(右)
直線状の構造(赤枠)を持つことが新しい半導体ポリマーの大きな特徴である。これにより、高い結晶性と耐熱性を実現している。

エネルギー変換効率10%、安定性も高く

今回作製した超薄型有機太陽電池は、ガラス支持基板から剥離した状態で高いエネルギー変換効率を示した。当研究グループでは、これまでに超薄型有機太陽電池でエネルギー変換効率7.9%まで改善していたが、本研究により最大エネルギー変換効率10%を達成した

次に安定性については、約80日大気中に保管した後であっても、エネルギー変換効率の低下は20%に抑えられた。従来は700時間後のエネルギー変換効率の低下が50%程度だったことと比較すると、圧倒的にすぐれた大気安定性を実現している。また、120分間水中に置いた後でもエネルギー変換効率の低下は5%程度であり、水滴を一定時間デバイス上へ落としながら約50%の伸縮を繰り返し行った際にも、エネルギー変換効率は初期の80%を保っている

さらに、100℃に加熱したホットプレート上に5分間置いた後でもエネルギー変換効率はほとんど変化しなかった。この高い耐熱性を活用して、衣服の作製時に一般的に用いられているホットメルト手法によって、布地への貼りつけに成功した。貼りつけの前後で太陽電池の特性の変化や劣化はほとんど見られていない。

※熱をかけることで溶ける接着剤を利用した接着方法。

  • 図3

    図3 超薄型有機太陽電池の電流・電圧特性
    ガラス基板(黒)と超薄型有機太陽電池(赤)を比べても遜色のない性能を持つことが確認された。エネルギー変換効率は最大で10%を達成した

  • 図4

    図4 超薄型大面積有機太陽電池の耐熱性
    新しい半導体ポリマーでは、100度の過熱時も特性劣化は観測されなかったのに対し、従来材料では100度の過熱でエネルギー変換効率が20%程度減少した

ウェアラブルデバイスのこれからを支える

本研究で実現した洗濯可能で伸縮性のある超薄型有機太陽電池は、ウェアラブルデバイスやe-テキスタイルに向けた、長期的な安定電源として注目されている。また高い耐熱性能を活用することで、加熱を伴う環境にも耐えうるフレキシブルな電源としての応用も期待できる。研究が進めば、例えば車内などの高温・多湿な環境でも安定して動作する電源の実現にも貢献できると考えている。

本研究の成果は英国の科学雑誌『Nature Energy』などに掲載されたほか、国内でも多くの新聞やテレビなどで報道され、大きな反響があった。

※センサーやマイクロチップなど、電子機器を衣料や布地(テキスタイル)に埋め込み、情報収集や遠隔管理など、一般の繊維素材では得られない新しい機能を備えたテキスタイル素材のこと。

図5

図5 ホットメルト手法により布地上に貼りつけた超薄型有機太陽電池