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ライフサイエンス

遺伝子を安全に発現できる新型ベクター

次の医療を担う遺伝子の運び屋を開発

画像:中西 真人
中西 真人(産業技術総合研究所・創薬基盤研究部門・ヒト細胞医工学研究ラボ長)
START「ステルス型RNAベクターを使った再生医療用ヒト細胞創製技術」研究代表者(H25-27)

先端医療に欠かせない安全な「遺伝子の運び屋」

次世代の医療として注目を集める遺伝子治療やiPS細胞を使った再生医療では、難病の根本的な治療法の実現が期待されている。遺伝子治療や再生医療に欠かせない技術が、「遺伝子をヒトの細胞に効率良く導入し、安全に発現させる技術」だ。

現在、よく使われている方法は、遺伝子組換えウイルスを使う方法で、ウイルスの病原性に関係する遺伝子を治療用遺伝子で置き替えて、細胞の中に送り込む。この組換えウイルスのように遺伝子を運ぶ乗り物を「ベクター」と呼ぶ。しかし、これまで遺伝子治療や再生医療で使われてきたウイルスベクターは、最先端の医療に求められる性能を満たしていないことが大きな課題になっている。例えば、治療効果を生み出すには導入した遺伝子の発現が持続しなければならない場合が多いが、現在のベクターは遺伝子の発現が一時的だったり、巨大な遺伝子を乗せられなかったりするのだ。また、外部から導入した遺伝子が細胞核内の染色体のゲノムDNAに直接潜り込むと、目的以外の現象や不具合が起こる可能性も否定できない。このように、遺伝子治療や再生医療に安全性や性能が高いベクターは欠かせないが、現状ではすべてを満たすような技術が開発されていない。

JSTの大学発新産業創出プログラム「START」では、これらの課題を解決しようと、画期的な新型ベクター「ステルス型RNAベクター」を研究開発し、応用に取り組んでいる研究者のベンチャー創業を支援した。STARTの特徴は、事業プロモーターと研究者をつなぎ、研究開発と事業育成を支援する点だ。こうしてリスクは高いがポテンシャルの高い技術シーズに対して、公的資金と民間の事業化ノウハウなどを組み合わせて事業戦略・知財戦略を構築しながら実際の事業化を促していく。

染色体に影響を与えず安全性を保つ「ステルス型RNAベクター」

ベクターに関する研究の多くは、これまで治療用遺伝子を染色体の中のゲノムDNAに正確かつ安全に入れ込む技術開発を目指してきた。一方、新型ベクターを開発した産業技術総合研究所の中西真人ラボ長らは、まったく別の発想でアプローチした。細胞の中に入った後、ベクターが染色体に入ること自体を回避し、細胞の核内ではなく、その外の細胞質内で遺伝子が安定に発現するように仕向けたのだ。

治療用遺伝子を入れ込む対象も、DNAではなくRNAにしたことも画期的だった。染色体に入り込まないので、遺伝子の安全性と安定性を保ちながら、狙った細胞の発現を目指せる。また、このベクターは巨大な遺伝子を乗せることも可能だ。

この原型(プロトタイプ)は、日本で発見されたウイルス「センダイウイルス」を元に開発され、従来のセンダイウイルスベクターに比べて遺伝子を細胞内で安定に維持できる効率が格段に上昇した。さらに、その実用性を引き上げて複数の遺伝子を安全に乗せられるように改良し、現在は国際特許を出願できるところまでこぎ着けた。この新型ベクターは、その特徴から「ステルス型RNAベクター」と名付けられたのだ。

図1

このベクターならiPS細胞を狙い通りに作製できる

2012年、山中伸弥教授のノーベル賞受賞をきっかけに、一躍注目を浴びたiPS細胞。さまざまな組織や臓器へ分化するiPS細胞は、医療の世界に大きな可能性をもたらした。しかし、その作製方法は世界中の企業・研究機関で試行錯誤が続いている。iPS細胞は、皮膚細胞の中に4種の遺伝子を導入して作り出す方法が有名だ。この方法は染色体に作用するので、実際は多少のダメージがあったり、4種の遺伝子を別々に送り込むので狙った細胞の発現率が低かったりなど、弱点があるのだ。

しかし、ステルス型RNAベクターなら、4種類以上の遺伝子を一つの乗り物に乗せられるため、iPS細胞の作製効率を飛躍的に向上することができ、染色体を傷つけることもない。EUに設立された疾患iPS細胞バンクにおいて、iPS細胞作製技術の比較テストが行われ、この技術が最も高い評価を得た。

用途はiPS細胞だけに限らない。抗体医薬品や感染症に対するワクチンを作るときも、この新型ベクターが活用できる。現在、インフルエンザワクチンなどを作るのには数ヵ月以上かかるが、ステルス型RNAベクターなら、必要な遺伝子の情報があれば1ヵ月ほどで作製できる。

図2
iPS細胞の顕微写真
図3

iPS細胞を自動で作製する技術の確立を目指す

ステルス型RNAベクターは、高品質ヒトiPS細胞の作製や生体内の細胞リプログラミング、抗体やワクチンなどの生物医薬品の製造など、次世代医療や次世代バイオ医薬品製造において必須のテクノロジーになることが期待されている。STARTでは、これらの事業分野への実用化を目指し、ベンチャー企業「ときわバイオ株式会社」が立ち上げられた。技術については産業技術総合研究所から移転され、現在はこのベクターを用いた新しいアプローチで、iPS細胞を自動で作製する技術の確立を目指している。装置に材料を入れるだけで、誰もが低コストで必要な細胞を作製できるようになるかもしれない。

ときわバイオ株式会社は、装置の開発を加速し、なるべく早く試作品を完成させて実用化し、この技術のデファクトスタンダード化を目指す。

図4
今までは熟練した人が手作業で細胞を扱っていたので、一定の条件で同じ様な細胞を作るのが困難だったが、新型ベクターを使って装置を開発すれば全自動で均一に製造できるようになると期待されている。
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