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科学技術振興機構報 第361号

平成18年11月23日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

遺伝子の新たな個人差として"数の違い"を発見

(テーラーメイド医療への応用に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、ヒトゲノム(注1)に存在する3000種類以上もの遺伝子(注2)の数が個人によって異なることを発見しました。この現象はコピー数多型と呼ばれ、従来から知られている塩基配列の違いとは別個に、ゲノム配列の個人差を生み出していることを解明しました。
 通常、ヒトは父母それぞれに由来する遺伝子を2つずつ(2コピー)有すると考えられてきました。しかし近年、個人によってコピー数が異なることが観察され、遺伝子の働きに個人差を与える現象として注目されています(図1)。
 本研究チームは、ヒト構造多型コンソーシアム(注3)に参画し、多様な人種を対象として全ゲノム遺伝子におけるコピー数多型の分布状態を解析しました。また、本研究では、遺伝子コピー数の測定手法を新たに開発し、ヒトゲノム上の1000箇所以上の領域に3000を超える遺伝子コピー数多型の分布を発見することに成功しました(図2)。
 これらの遺伝子群には、癌・生活習慣病・自己免疫疾患といった頻度の高い疾患リスクや治療薬の効き目、副作用の違いといった薬剤感受性など「体質」に関わるものが含まれており、今後はテーラーメイド医療(注4)に応用し、患者個人に最適な治療を実現することが期待されます。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」研究領域(研究総括:笹月健彦(国立国際医療センター総長))の研究テーマ「染色体およびRNAの機能変化からの疾患の系統的解析」の研究代表者・油谷浩幸(東京大学先端科学技術研究センター 教授)、石川俊平(同 特任助手)および河村大輔(同 大学院生)らによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature」に2006年11月23日(英国時間)に掲載されます。また、これと同時に関連論文が「Nature Genetics」および「Genome Research」オンライン版にて公開されます。


<研究の背景>

 2003年、ヒトゲノム計画が全塩基配列を解読することに成功しました。その前年に開始された国際ハップマッププロジェクト(注5)では、一塩基多型(SNP)(注6)に代表される個人間の遺伝子の"塩基配列の違い"が調べられてきました。このように、従来のヒトゲノム研究では、"塩基配列"に焦点を当ててきました。
 本研究では遺伝子の"数の違い"に着目しました。通常、ヒトの細胞には遺伝子が2個(2コピー)あり、1つは父方、もう1つは母方に由来するというのが定説でした。ところが、近年、健常な人でも、個人によってはゲノム上の遺伝子が1つのみ、もしくは3つ以上も存在する例が多数見つかり、ある特定の遺伝子の数自体に個人差(コピー数多型、CNV:Copy Number Variation)があることがわかりました。また、この現象は、癌・アルツハイマー病・パーキンソン病へのなりやすさや、エイズウィルス(HIV-1)への感染のしやすさに影響することも判明しています(図1)。
 このコピー数多型の現象がみられる遺伝子では、細胞内の遺伝子発現量が大きく変化するため、遺伝子機能に影響すると考えられています。したがって、この現象が疾患の原因遺伝子や薬の効きやすさに関わる遺伝子でみられた場合、個人の「体質」の違いを示す指標となり得ることから、最近注目を集めています。しかし、このコピー数多型がヒトゲノム上のどのような遺伝子で起こっているのか、また、ヒトゲノムのどのぐらいの領域に広がり、どの程度の頻度で生じているか、人種差はあるのかなど、その全容はまったく不明でした。本研究では、このコピー数多型現象に着目し、一塩基多型による"塩基配列の違い"とは異なる側面から、ゲノム遺伝子の個人差を解明することを目指しました。

<本研究の成果>

 2005年4月、世界から7つの研究機関と企業が集まって、ヒト構造多型コンソーシアムを結成し、多様な人種におけるコピー数多型の全貌を解明する国際プロジェクトを立ち上げました。日本からは本研究チームが参画し、主に米国Affymetrix(アフィメトリクス)株式会社と共同で、ヒトゲノム上の50万に及ぶ領域におけるコピー数多型について、DNAチップ(注7)を用いた解析と検証を進めました。遺伝子コピー数を測定するためのソフトウェア"GEMCA (Genotyping microarray based CNV analysis)"を新たに開発し、ヒトゲノム上の様々な部位を解析してコピー数多型の有無を決定することを可能にしました。
 本研究では、国際ハップマッププロジェクトでも用いられた日本人を含むアジア人、アフリカ人、ヨーロッパ人それぞれ90名ずつからなる270人のDNAを解析しました。検出された1000箇所を超えるコピー数多型の領域候補は、本研究チームを含む複数のグループで検証しました。結果、ゲノム上に存在するヒトコピー数多型を示す領域1447箇所すべてを初めて明らかにし、これらの領域に含まれる遺伝子数は3000個以上にものぼることがわかりました(図2)。
 以上のデータは、コピー数多型を示す領域の近くにある既知の一塩基多型部位の分布状態との比較や、疾患関連領域においてコピー数多型を示す遺伝子の有無などの観点から詳細に解析されました。この結果、ヒトゲノムの12%を超える予想以上に広い領域にコピー数多型が発見されました。これは、既に知られている一塩基多型が検出されたゲノム領域が0.3%しかないことと比較すると、コピー数多型が一塩基多型以上に個人間のゲノム配列の差、すなわち多様性を生み出していることを示すものです。

<今後の展開>

 今回の解析により、様々な疾患や薬剤感受性に関連する遺伝子を含めて3000以上の遺伝子にコピー数多型が存在することが認められました。したがって、遺伝子のコピー数多型は、染色体(注8)の異常をともなう先天性疾患だけではなく、癌・生活習慣病・自己免疫疾患といった頻度の高い疾患リスクや薬剤感受性を含む体質の個人差に関連している可能性が示されました。今後、本研究で得られたコピー数多型のデータに基づいて、疾患との関連について詳細に解析をすることで、患者個人に適した治療法や薬の処方を行うテーラーメイド治療を実現することが期待されます。
 また、本研究開発成果をヒトゲノム研究に広く役立てるため、これらのデータを公共データベースとして公開し、世界の研究機関で利用可能にしています(URL:http://projects.tcag.ca/variation/)。さらに、今回開発したコピー数多型検出用ソフトウェア"GEMCA"は、本研究チームのホームページ(URL:http://www.lsbm.org/)にて公開されています。

用語解説
図1 コピー数多型の概念図
図2 ヒトゲノムのコピー数多型地図

<論文名>

○Nature(Volume 444, Number 7118, 23 November 2006)
 「Global variation in copy number in the human genome」
 (ヒトゲノムコピー数多型の全容)
 doi :10.1038/nature05329

○Genome Research(オンライン版掲載11月23日)
 「Genome-wide detection of human copy number variations using high-density DNA oligonucleotide arrays」
 (高密度オリゴヌクレオチドアレイを用いたヒトゲノムコピー数変異の網羅的検出)

○Nature Genetics(オンライン版掲載11月23日)
 「Genome assembly comparison identifies structural variants in the human genome」
 (ゲノム配列の比較によるヒトゲノム構造変異の同定)
 doi :10.1038/ng1921

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」
(研究総括:笹月 健彦 国立国際医療センター 総長)
研究課題名:「染色体およびRNAの機能変化からの疾患の系統的解析」
研究代表者:油谷 浩幸 東京大学 先端科学技術研究センター 教授
研究期間:平成16年度〜平成21年度

<お問い合わせ先>

油谷 浩幸(あぶらたに ひろゆき)
 東京大学 先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス部門
 〒153-8904 東京都目黒区駒場4-6-1 4号館3階
 TEL: 03-5452-5352 FAX: 03-5452-5355
 E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
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