科学技術振興機構報 第22号
平成16年1月27日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
電話(048)226-5606(総務部広報室)
URL:http://www.jst.go.jp/

分子モーターを人為的に回転させてATPを合成することに
世界で初めて成功

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「タンパク質分子モーターを利用したナノメカノケミカルマシンの創製」の伊藤 博康 研究代表者(浜松ホトニクス(株)筑波研究所 専任部員)は、大きさわずか10ナノメートルの分子モーター(F1(エフ・ワン)モーター)※1を、磁石で人為的に回転させてアデノシン三リン酸(ATP)※2を合成することに成功した。文字通り「力ずく」の操作でF1モーターによるATPの化学合成を成し遂げたのは、世界で初めてのことである。本研究成果は、1月29日付の英国科学雑誌「Nature」で発表される。
 なお、本成果は岡崎国立共同研究機構、東京工業大学()、東京大学、コールドスプリングハーバー研究所(米国)との共同研究によりなされたものである。
<序文>
 本研究は、たんぱく質やRNAで出来た「分子機械」(あたかも人間が作った機械のように働き、時には運動を行うもの)を、光学顕微鏡の下で直接観察して操作し、働きを止める、あるいは本来とは正反対の反応を進ませるといった技術を開発し、それらを組み合わせた新しい分子機械システムを構築し、ナノバイオテクノロジー分野への発展に資することを目指している。

<研究背景>
 生物の体内には、栄養を運ぶ、筋肉を縮ませる、DNAを複製する、といった様々な生体の働きそれぞれを担う「分子機械」があり、多くの分子機械は、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれる化学物質の分解により得られるエネルギーを利用して働いている。一方、アデノシン二リン酸(ADP)とリン酸(Pi)からATPを作り出すのは、細胞の中にあるミトコンドリア※3という組織の内膜にあるATP合成酵素であり、その働く仕組みが近年徐々に解明されつつある。
 ATP合成酵素は、F1部分と生体膜の中に埋め込まれたFo(エフ・オー)部分とから構成されている(図1)。ATP合成酵素は、生体膜の内外の水素イオン濃度の大きな差から生じる水素イオンの流れに連動して、ADPとPiからATPを合成する。逆に、ATP合成酵素はATPをADPとPiに分解することもできる。これまで、F1部分がモーターとして働く仕組みを明らかにするために、生体膜から取り外されたF1部分によるATP分解の様子を観察する研究が行われてきた。その結果から、F1部分にATPを加えると、回転軸につけた大きな目印が反時計方向に回転する様子が観察され、F1部分がナノメートルサイズの回転モーター(F1モーター)であることが証明された(図2)。
 F1モーターによるATPの分解反応と合成反応とは、「モーター(電気エネルギーを運動エネルギーに変換する)」と「発電機(運動エネルギーを電気エネルギーに変換する)」の関係を思い起こさせ、「F1モーターをATP分解反応とは逆の方向に回転(この場合は時計方向)すれば、ADPとPiからATPが合成されるのではないか」という発想が生まれる。「生物の体内でATP合成酵素がADPとPiからATPを合成する場合も、F1モーターとFo部分の一部が回転してATPを合成している」という考え方が受け入れられているが、「F1モーターを回転させるとATPが合成される」直接的な証拠は未だ無かった。

<研究成果の内容>
 本研究では、スライドグラス上に固定したF1モーターに、糊の役目をするたんぱく質を介して、磁性ビーズを取り付け(図3)、磁石を近づけて回転させることにより、磁気ビーズを自在に回転させることができるようにした。F1モーターの回転により合成されるATPは極少量(F1モーター1分子が1回転して合成されるATPの期待値は最大で3分子)と予想されるため、ATPを高感度で検出する必要がある。そこで、「蛍の発光システム(ATPを分解して発光する)」※4を利用して、F1モーターの回転によりATPが合成された場合に生じる発光を、高感度の光検出器で検出した。
 その結果、磁場を印加しない場合や、分解方向へF1モーターを回転させた場合に比べて、合成方向に回転させた時に発光の増大が検出された。すなわち、「強制的にF1モーターを回転させることにより、ADPとPiからATPが合成できる」ことが証明できた。

<今後の展開>
 今回の成果は、ATP合成酵素の働く仕組みの理解を一歩前進させたことに加えて、文字通り「力ずく」の操作でF1モーターによるATPの化学合成を成し遂げたことに、大きな意義がある。生物が何十億年もの間、エネルギー源であるATPを化学合成してきた方法を、人間の手で再現することに成功したわけである。近い将来、ナノメートルサイズの「分子機械」を設計する場合に、「分子機械」を駆動するエネルギーの供給源として、本研究成果の貢献が期待される。

【論文名】 "Mechanically driven ATP synthesis by F1-ATPase"
(F1-ATP分解酵素によるATPの機械的合成)
doi :10.1038/nature02212
【研究領域等】 戦略的創造研究推進事業 チーム研究型(CRESTタイプ)
研究領域「ソフトナノマシン等の高次機能構造体の構築と利用」
(研究総括:宝谷 紘一 名古屋大学大学院理学研究科 教授)
研究代表者:伊藤 博康(浜松ホトニクス(株)筑波研究所 専任部員)
研究期間:平成14年度~平成19年度

(注) 東京工業大学の吉田賢右教授は、独立行政法人科学技術振興機構の創造科学技術推進事業(ERATO)の総括責任者を兼任している。
<用語解説>
図1:ミトコンドリアの内膜にあるATP合成酵素の概略図
図2:F1が回転モーターであることを証明した実験の模式図
図3: 本研究でATP合成の確認のために用いた実験の模式図と、逆回転をとらえたビーズの軌跡を示したビデオ像。
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 本件問い合わせ先:
伊藤 博康(いとう ひろやす)
浜松ホトニクス(株)筑波研究所 専任部員
 〒300-2635 茨城県つくば市東光台5-9-1
 TEL:0298-47-5161
 FAX:0298-47-5266
甲田 彰(こうだ あきら)
独立行政法人科学技術振興機構 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5623
 FAX:048-226-5703
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