科学技術振興機構報 第14号
平成15年12月 2日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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ショウジョウバエを用いた老人ボケを引き起こす記憶過程の解明

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)は、戦略的創造研究推進事業「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「加齢に伴う学習・記憶低下の遺伝子プログラム(研究者:齊藤 実)」において、老人ボケの原因となる記憶過程の障害と、そこに関与する遺伝子シグナリングをショウジョウバエで初めて同定した。

 本研究の成果は、学術雑誌 Neuron(12月4日号)への掲載、および同号Previewsでの特集に先行して、12月4日(木)日本時間午前2時にオンライン版(http://www.neuron.org/content/current)で一般公開される。
【成果の概要】
研究の背景と経緯: いかなるヒトも老化に伴って起こる記憶力の低下から逃れることは出来ない。ヒトの場合80歳(平均寿命)以前では日常生活に大きな支障をきたすような記憶障害を示す割合が極めて低い(5%以下)が、80歳を過ぎたあたりからその割合は急激に上昇する(約50%)。このような老化による記憶力の低下(加齢性記憶障害=老人ボケ) を改善する方法を確立することは、高齢者の社会参加、また高齢化社会におけるQuality of Lifeの達成のためには重要な課題である。そのためにはどのような遺伝子の働きが加齢性記憶障害を引き起こすのか、そのメカニズムを知ることが糸口となる。しかし、一般に実験動物として使われるマウス・ラットでは、その寿命が数年に及ぶことから、どのような遺伝子の働きが加齢性記憶障害に関わっているのか、年を取った動物で調べることが非常に困難であった。ショウジョウバエはヒトと極めてよく似た学習記憶のメカニズムを持つが、寿命が約40日と短い。そこで、我々は、ショウジョウバエもヒトのように年をとると記憶力が低下する(ボケる)のであれば、ショウジョウバエを使って、どのような遺伝子の働きが加齢性記憶障害に関わっているのか調べることが出来ると考え、年をとったハエの学習記憶実験を行った。その結果、ショウジョウバエもヒト同様、年をとると記憶力が低下する(ボケる)こと、さらに、これまで考えられていた学習記憶全体(図1)ではなく、amnesiacという遺伝子により作られる記憶のみが年とともに障害されて加齢性記憶障害(老人ボケ)を引き起こすことが明らかとなった。
今回の論文の概要: これまでの研究から、学習(図2)により得られた記憶は、それぞれ異なる遺伝子の働きにより作られる記憶成分(短期記憶、中期記憶、麻酔耐性記憶、長期記憶)の集まりであることが分かっている(図1)。このような背景をもとに、年をとった普通のショウジョウバエ、学習記憶変異体(用語1)行動遺伝学的解析(用語2)を行った結果、以下のことが明らかとなった。
1. ハエは寿命が40日と短いにも関わらず、生まれて20日ほどで記憶力が低下する(ボケる)
2. 年をとったハエでは中期記憶という記憶成分のみが障害されている。
3. 中期記憶成分が形成されないamnesiac遺伝子(用語3)の変異体では、他の記憶成分の変異体とは異なり、加齢による記憶障害が起こらない。
4. amnesiac遺伝子の変異体でも、正常なamnesiac遺伝子を発現させると加齢性記憶障害が普通のハエのように起こる。
これらの結果から、年をとると、これまで考えられていたような色々な遺伝子が関わる記憶全体ではなく、amnesiac遺伝子が関わる中期記憶のみが障害され、そのことが加齢性記憶障害(老人ボケ)の原因であることが分かった。
今後期待できる成果: これまで加齢性記憶障害は、色々な遺伝子の働きによる学習記憶全体の障害と考えられてきた。このため、どの遺伝子に注目すればより効果的な加齢性記憶障害の改善策を立てることが出来るのか、見当をつけることが非常に困難であった。しかし我々の結果から、amnesiac遺伝子により形成される中期記憶のみが、年をとると障害されることが分かったので、このamnesiac遺伝子をターゲットとしたマウスモデルを作成するなどにより、加齢性記憶障害の改善・解決の糸口を見出すことが可能となった。
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【論文名】
Neuron 「Aging Specifically Impairs amnesiac-Dependent Memory in Drosophila
(加齢により特異的に障害されるショウジョウバエamnesiac遺伝子依存性の記憶成分の同定)
doi :10.1016/S0896-6273(03)00732-3
【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井 克孝)
研究課題名: 加齢に伴う学習・記憶低下の遺伝子プログラム
研究者: 齊藤 実 (財団法人東京都医学研究機構 東京都神経科学総合研究所 主任研究員)
研究実施期間: 平成13年12月〜平成16年11月
 
【用語説明】
【参考図】 図1 記憶成分と記憶形成過程
図2 パブロフ型条件付けによる匂い学習と記憶テスト
図3 加齢による記憶力の変化
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【問い合わせ先】
齊藤 実 (サイトウ ミノル)
財団法人東京都医学研究機構 東京都神経科学総合研究所
機能研究系 分子神経生理研究部門
〒183-8526 東京都府中市武蔵台2-6
TEL: 042-325-3881, FAX: 042-321-8678
瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部研究第二課
Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144
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