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平成18年3月3日

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「酸化ストレスの生体内センサーの構造と機能を解明」

(肺がんと関連する新たな現象も発見)

 JST(理事長 沖村憲樹)と筑波大学(学長 岩崎洋一)は、酸化ストレスの生体内センサーの構造と機能を解明しました。また、肺がんと関連する新たな現象も見出しました。
 様々な疾患の原因となる酸化ストレス(注1)はがんや動脈硬化・糖尿病などの発症要因の1つとして注目されています。酸化ストレスに対する生体防御機構の分子レベルの包括的理解は医学的見地からも重要でありますが、酸化ストレスセンサーとして働くKeap1(注2)と実際の遺伝子発現活性化因子であるNrf2(注3)とが形成する複合体の詳細な構造が明らかになっていないため、さらなる理解のための大きな障害となっていました。
 本研究では、酸化ストレスに対する生体防御機構において、マウスKeap1のDGRドメイン(注4)の立体構造をX線結晶構造解析することで、生体内センサーとして働くKeap1分子と、その制御下で実際に遺伝子発現を活性化する転写因子Nrf2の一部分を用いて、Keap1とNrf2の複合体の立体構造を世界で初めて決定しました。さらに、肺がん症例においてKeap1の構造および機能に変換をもたらす複数の遺伝子変異が存在することを見出し、そのメカニズムを明らかにしました。
 本研究の成果は、酸化ストレス感知の分子メカニズム解明を進めるものであり、また、その破綻と疾患との関連の理解を進めるものです。
 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業総括実施型研究「山本環境応答プロジェクト」(研究総括:山本雅之 筑波大学教授 *1)と筑波大学が、文部科学省タンパク3000プロジェクト(研究総括:横山茂之 *2)及び国立がんセンター(研究代表:太田力 *3)との共同研究によって得たものです。この内容は、米国科学雑誌「モレキュラーセル(Molecular Cell)」オンライン版に2006年3月2日(米国東部時間)に公開され、誌面でも同日に掲載されます。
*1:筑波大学 先端学際領域研究センター教授
*2:理化学研究所ゲノム科学総合研究センタープロジェクトディレクター
*3:国立がんセンター疾病ゲノムセンター室長

(研究の背景)

 酸素は、生物がエネルギーを合成する上で必要不可欠な物質ですが、生体内のDNA・蛋白質・脂質等の生体高分子を酸化させる有害性を併せ持っています。これらを"酸化ストレス"と呼んでいます。また、食物や薬物にも同じような有害性をもつ物質(親電子性物質と呼ぶ)が存在します。近年の研究により、酸化ストレスはがんや動脈硬化・糖尿病などの発症要因の1つとして注目されています。生物は、酸化ストレスに対する防御機構を備えており、これらの物質を消去あるいは無毒化することで恒常性を維持しています。酸化ストレスに対する生体防御機構の分子レベルの包括的理解は、医学的見地からも重要です。
 本研究グループではすでに、転写因子Nrf2が生体防御機構を担う様々な酵素や蛋白質の遺伝子発現を統一的に制御する因子であること、また、Keap1は酸化ストレスセンサーとして機能し、ストレスに応じてNrf2活性を制御していることが明らかにしています。
 しかし、これまで、酸化ストレスセンサーとして働くKeap1と実際の遺伝子発現活性化因子であるNrf2とが形成する複合体の詳細な構造が明らかになっておらず、本システムのさらなる理解のための大きな障害となっていました。

(具体的な実験結果・考察)

 今回の研究は、酸化ストレス防御の中心的な制御点である、Keap1による Nrf2認識機構への理解を深める点を目的としています。過去の研究により、Keap1はDGRドメインによりNrf2側のNeh2ドメイン(注5)と直接相互作用することが明らかにされています。本研究では、まず第1に、マウスKeap1のDGRドメインの立体構造をX線結晶構造解析により解明しました。その結果、DGRドメインは、6角形のβプロペラと呼ばれる環状の立体構造を形成していることが明らかになりました。次に、このDGRドメインのNrf2認識機構を明らかにするために、DGRドメインとNrf2(Neh2ドメイン)の部分アミノ酸からなる複合体の立体構造を世界で初めて決定しました。Nrf2の部分アミノ酸は、Keap1のDGRドメイン中央に存在する塩基性アミノ酸に富む領域(図2の青色領域)に、電気的な相互作用で結合します。今回の解析では、さらに、本ドメインの両端が交差することで6角形の閉環構造を形成していることも明らかにされました。これらにより、Keap1中心部に塩基性アミノ酸に富むポケットを形成され、Nrf2との特異的な相互作用が可能になるものと考えられます。 このことは、DGRドメインの立体構造がNrf2との相互作用のために重要であることを強く示唆します。

 さらに、Nrf2とKeap1による酸化ストレス防御機構の破綻と疾患の相関を検索した結果、KEAP1の遺伝子変異を複数の肺がん症例検体及びヒト肺がん由来培養細胞において同定しました。これらのうち、2つの遺伝子変異はDGRドメイン内に位置し、Nrf2結合能を著しく減少させるものでした。上述の複合体構造解析のデータから、これらアミノ酸残基はNrf2と相互作用するための立体構造形成に関わる重要な位置に存在することが明らかになりました。すなわち、これら遺伝子変異は、DGRドメインの立体構造を変化させて、Keap1とNrf2との相互作用を減弱させ、ひいては、Nrf2の活性化を招来して酸化ストレス応答系酵素群の遺伝子発現を活性化するものと考えられます。このようにKEAP1遺伝子変異を肺がん細胞に見出したことは、酸化ストレス応答機構の破綻と疾患との相関性の存在を示唆します。研究当初、酸化ストレス防御機構を抑制する遺伝子変異が見出されると予想していました。 しかしながら本研究により、そもそも生体防御のために存在するメカニズムが、がん細胞において恒常的に活性化していることが明らかになりました、がん化した細胞は、強い抗酸化能を獲得していると考えられますが、この点は今後のがん研究における重要な研究課題です。

(今回の成果のポイント)

 本研究を通して、私たちは酸化ストレス防御系におけるKeap1のNrf2認識機構に関して、両分子の個々のアミノ酸残基がどのように相互作用するのかという点に関する分子レベルでの重要な知見を得ました。また、その分子認識を阻害するKEAP1遺伝子の変異を肺がん細胞に見出しました。本研究は、疾患と関連したKEAP1遺伝子変異についての初めての報告です。また、酸化ストレス応答機構の破綻による疾患発症は、医学的にきわめて興味深く、その解明は今後臨床医学に対しても重要な知見を与えることが期待されます。

(研究成果の社会的意義)

 酸化ストレスは、がん、動脈硬化・糖尿病などの発症要因の一つと考えられています。本研究は、それに対する生体防御機構の解明を目指しており、今回の成果は医学的に重要な知見を含んでいます。本研究の成果の一つであるKeap1によるNrf2認識機構の理解は、この相互作用を阻害する物質・ペプチドの設計に重要な指針を与えます。このような物質は、Nrf2を活性化して生体の酸化ストレス防御機構を活性化させるために、酸化ストレスに起因する疾患の薬剤になる可能性が高いと考えられます。実際に、ブロッコリースプラウト(ブロッコリーの新芽)などのようなNrf2を活性化する健康食品が市場に現れており、本領域での今後の展開は注目されているところです。
 一方、私たちは、肺がん細胞においてKEAP1遺伝子変異が原因となるNrf2の恒常的活性化を見出しました。Nrf2が恒常的に活性化したがん細胞は、強い抗酸化能を獲得しているだけでなく、抗がん剤などの薬剤の解毒代謝・排出能が活性化されていることが推測されます。これは当初の予想とは相反する結果でした。このことは、生体防御のために存在するメカニズムが、細胞のがん化などの局面においては負の効果をもたらす可能性があることを示しています。このように、酸化ストレス防御系には二面性があり、今後、この点を解明していくことは、肺がん細胞の性状の理解に対して重要な知見を与えるものと考えられます。

<用語解説>
図1 Nrf2-Keap1による酸化ストレス防御機構
図2 Keap1のDGRドメインとNrf2部分アミノ酸の複合体構造

[論文名]

“Structural Basis for Defects of Keap1 Activity Provoked by Its Point Mutations in Lung Cancer”
(ヒト肺ガン由来KEAP1遺伝子の体細胞変異によりもたらされる機能障害の構造的基盤)
doi :10.1016/j.molcel.2006.01.013

[研究領域]

戦略的創造研究推進事業
総括実施型研究 環境応答プロジェクト
(研究総括:山本 雅之 筑波大学 先端学際領域研究センター 教授)
研究期間:平成14年度~平成19年度

お問い合わせ先:

山本 雅之(やまもと まさゆき)
小林 聡 (こばやし あきら)
  ERATO山本環境応答プロジェクト
  〒305-8577 つくば市天王台1-1-1筑波大学先端学際領域研究センター
  TEL:029-853-7319
  FAX:029-853-7318
  E-mail:

星 潤一(ほし じゅんいち)
  独立行政法人 科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
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