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平成17年12月15日

東京都千代田区四番町5−3
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千葉県柏市柏の葉5−1−5
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
電話(04)-7136-5506(柏地区事務部学務課)
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細胞のかたちから遺伝子の機能を予測

 JST(理事長 沖村憲樹)と東京大学(総長 小宮山宏)は、酵母細胞の変異体をコンピュータで画像解析することで、その形態の特徴から遺伝子の機能を予測することに成功しました。
 出芽酵母*1の細胞は、野性型だと楕円球形をしていて、遺伝子に変異のある変異株だとその形がさまざまに変形することが知られています。しかしどの遺伝子に変異があると、どのような形になるかという遺伝子の機能と細胞の形の対応関係は不明でした。本研究では出芽酵母の変異体4,800株を用いて、それぞれの顕微鏡画像をコンピュータで解析し、形態的な特徴を数値化しました。この結果を統計処理したところ、類似の機能を持つ遺伝子が破壊されると、変異体の形も似てくることがわかりました。逆に、ある形の特徴が似ている変異体同士の遺伝子の機能を調べたところ、DNA修復に関わる遺伝子と、機能が解明されていない遺伝子に分類され、後者を実験で解析したところ実際にDNA修復に関与していることが示されました。今回示した変異体の表現型解析手法は、出芽酵母の全ての遺伝子の機能を明らかにするための新たな戦略を提示し、発酵・醸造に有用な酵母の育種や、薬剤の標的遺伝子の同定・作用機構の解明にもつながるものと期待されます。
 本成果はJSTバイオインフォマティクス推進事業の研究開発テーマ「遺伝子破壊株イメージ・マイニング」の大矢禎一教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)と代表研究者の森下真一教授(同上)らの研究グループによるもので、平成17年12月19日の週に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要」電子版に掲載されます。

●研究の背景と経緯

 十人十色というように、ヒトはそれぞれみな少しずつ異なる性質を持っています。しかしチンパンジーとヒトの顔とを比べた場合、ヒトの顔として共通する特徴があり、それがチンパンジーの顔と区別する特徴ともなります。また腎臓が悪いと顔がむくむ、肝臓が悪いと黄疸が出るなど、生体内のある一部分の機能が異常になると、症状としてヒトの顔に現れることがあります。
 ヒトの顔を例にとるとわかるように、生物のかたちと遺伝子の機能の間には密接な関係があります。パンやビールの発酵でなじみ深い出芽酵母という単細胞生物の場合も例外ではありません。出芽酵母はその名の通り出芽という分裂様式で増殖する直径5マイクロメートルほどの生物ですが、そのかたちはどの細胞を見ても楕円球形で均一です。しかし、出芽酵母のある遺伝子に変異があると、細胞が細長くなったり、また別の遺伝子に変異があると歪んだ球形になったりします(図1A)。ですから、出芽酵母の全遺伝子の機能を明らかにする上で、変異体のかたちを網羅的に調べることはとても有効な手段だろうと私たちは考えました。
 そこで我々は、約6,000個ある出芽酵母の遺伝子のうち、その遺伝子が破壊されていても酵母の生存に影響のない4,800遺伝子について、個々の遺伝子破壊株*2のかたちを調べ、いわば出芽酵母の遺伝子破壊株のかたちのカタログを作ることにしました。

●今回の論文の概要

 出芽酵母を、細胞壁*3中のマンナン、DNA、アクチン*4を染める試薬で同時に染色し、顕微鏡で観察すると、細胞の外形、核、細胞骨格の情報が得られます(図1A)。これにより酵母細胞のかたちがわかるわけですが、写真を目で見て比べていても、違いはなかなかわかりません。それは、変異の入っていない酵母の親株(野生型株)同士であっても一つ一つの細胞でわずかずつ違いがあるため、野生型株と遺伝子破壊株のかたちに違いがあったとき、野生型株同士でも起きうる違いなのか、それとも遺伝子を破壊したことによる違いなのかを見分けることができないからです。 これは、言ってみれば、遺伝的に同一な一卵性双生児でもほくろの位置が違うなどのちょっとした違いがあることと同じです。
 この問題を解決するために、私たちは定量化と統計処理を行いました。まず顕微鏡写真から細胞の大きさや丸さなどを数値として出力するコンピュータープログラムを開発しました(図1B)。酵母の形を表すために、「芽を出していない細胞における長軸の長さ」「核分裂中の細胞の割合」など501の尺度(パラメータ)を作り出しました。これによって、酵母のかたちの違いをどのような値がどれほど違っているかというふうに定量的に表現することができるようになりました。次に、変異体と野生型株との違いを見分けるために、野生型株のかたちの分布をまず調べ、それと比べて変異体のかたちが大きく異なっているかを統計的に判定しました。その結果、データを取得した約4,700株のうち約半分の株で一つ以上のパラメータが野生型株と異なると判定されました。つまり、2,400もの遺伝子が、破壊されると酵母の形態に異常を生じるということがわかりました(図2)。
 この出芽酵母遺伝子破壊株のかたちのカタログを元に、私たちは遺伝子の機能との関係を調べました。すると、似た形の遺伝子破壊株を集めてくると機能的に類似した遺伝子の破壊株が多く見られること、逆に類似の機能を持つ遺伝子の破壊株は類似のかたちを示すことがわかりました。このことをもとに、私たちは遺伝子の機能予測をしてみました。DNA損傷*5を修復する機能に関わる遺伝子の破壊株に共通するかたちを抽出し、それと類似のかたちを示す遺伝子破壊株を集めてきました(図3)。すると、集めた遺伝子の中にはDNA損傷修復に関与するとわかっていた遺伝子はもちろんのこと、今まで機能のわかっていなかった遺伝子が含まれていることがわかりました。この機能未知遺伝子を更に詳しく調べたところ、確かにその遺伝子破壊株はDNA損傷を修復する機能に欠損がある、つまりその遺伝子がDNA損傷の修復に関与していることを明らかにできました。

●今後の展開

 私たちは、出芽酵母のかたちを定量的に評価するシステムを構築しました。このシステムは出芽酵母の遺伝子研究だけでなく、ビールやパンの発酵時の酵母の生育状態のモニターにも役立つと考えられます。またこのシステムを用いて出芽酵母の遺伝子破壊株のカタログを作り、遺伝子の機能をその破壊株のかたちから予測することができるということを示しました。この考え方は出芽酵母の全遺伝子の機能の解明に役立つだけでなく、おいしい日本酒を造り出す酵母の育種や、薬剤の標的遺伝子の同定・作用機構の解明にも応用可能であると考えています。


用語説明
図1.出芽酵母の顕微鏡写真と画像解析
図2.野生型株と変異体の細胞外周測定値の分布
図3.遺伝子機能と細胞形態との関係

●論文名

:Proc. Natl. Acad. Sci. USA
“High-dimensional and large-scale phenotyping of yeast mutants”
(酵母変異体の高次元大規模表現型解析)
doi :10.1073/pnas.0509436102

この研究開発テーマが含まれる研究分野、研究開発期間は以下の通りである。
JSTバイオインフォマティクス推進事業
研究分野:情報科学と生物科学との融合型アプローチによる研究開発
研究開発期間:平成16年10月〜平成18年9月

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●本件問い合わせ先

大矢 禎一(オオヤ ヨシカズ)
 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻
 〒277-8562 千葉県柏市柏の葉5-1-5 東京大学 新領域 生命棟 101
 TEL: 04-7136-3650   FAX: 04-7136-3651
 E-mail:

森下 真一(モリシタ シンイチ)
 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 情報生命科学専攻
 〒277-8562 千葉県柏市柏の葉5-1-5 東京大学 センター等総合研究棟 371
 TEL:04-7136-3984  FAX:04-7136-3977
 E-mail:

黒田 雅子(クロダ マサコ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 情報事業本部研究基盤情報部バイオインフォマティクス課
 〒102-8666 東京都千代田区四番町5−3
 Tel: 03-5214-8491  Fax: 03-5214-8470
 E-mail:

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