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科学の料理の仕方 ~メディアの仕掛け人が教える科学の特別レシピ~

日時: 2010年11月20日(土) 15:00~17:00

会場: 東京国際交流館 国際交流会議場

登壇者(敬称略)
井上智広(NHK科学・環境番組部専任ディレクター)
樋江井彰敏(TBS「飛び出せ!科学くん」担当プロデューサー)
菅本裕久(静岡新聞社「静岡かがく特捜隊 担当)
湯本博文(学研 科学創造研究所所長)
ファシリテーター:
内田麻理香(サイエンスコミュニケーター)

これより「科学の料理の仕方~メディアの仕掛け人が教える科学の特別レシピ」を開催いたします。このセッションは、科学を伝達するメディアをプロデュースする仕掛け人の方々、また科学の伝え方のプロの方々が、科学が受け手にどう伝わるのか、ふだん行っているさまざまな工夫や考え方についてディスカッションしていただくトークイベントです。

それではサイエンスコミュニケーター内田麻理香さんの司会で進めていただきます。よろしくお願いいたします。

内田:よろしくお願いいたします。このセッションは「科学の料理の仕方~メディアの仕掛け人が教える科学の特別レシピ」というタイトルですが、こちらにご登壇の皆さまは、それぞれの分野で科学を加工して皆さまに伝えている、しかも人気コンテンツを作られているという立場の皆さまです。おそらく会場の皆さんは、その作られる過程、裏側というのはどうなってるのかをお知りになりたいと思っていらっしゃると思います。私もサイエンスコミュニケーターとして、ライティングが中心の仕事をしています。他には活動の場がテレビだったり雑誌だったり新聞だったりなど、そういう形でお仕事させていただいています。でも、一緒にお仕事させていただいてる上で、工夫の一端は見えたとしても、その工夫の全ての裏側は残念ながら知ることができません。ですから、今日は私もこの場で皆さんにお伺いしたいと思っています。ではまずNHKの井上さんから、その秘密についてお伺いしたいと思います。ではよろしくお願いいたします。

井上:はい、よろしくお願いします。改めまして、NHKの科学・環境番組部というところから参りました井上智広と申します。私はいろいろな科学関係の番組を担当してるわけですけども、今日はそのなかの1つを例として挙げるということで、今年の1月から3月に放映した、NHKスペシャルの「MEGAQUAKE巨大地震」という4回シリーズの話をします。これは神戸の震災から15周年を記念した番組だったのですが、震災という重いテーマのNスペは、だいたい視聴率的にはあんまり芳しくないのですが、この番組は平均視聴率10%ということで局内的には結構異例な数字をとり、比較的皆さんにご覧いただけた番組です。私が直接的に担当したのは第3集なんですけれど、ご覧になっていない方もいらっしゃるかと思うので、番組の冒頭部分の触りを映像でご覧いただこうと思います。

【映像】次第に大きくなるゆっくりとした揺れ。揺れ幅は最大2mに達します。しかも揺れは何分間にもわたって続きます。この奇妙な長い揺れをもたらすのは「長周期地震動」です。今、最も警戒される地震の姿です。ゆっくりとしたこの揺れが高層ビルを襲う時、予想もできない巨大なパワーが剥きだしになります。未知の揺れがもたらす、まだ日本が経験したことのない新たな震災です。長周期地震動を生み出すのは、近い将来相次いで日本を襲うマグニチュード8クラスの巨大地震です。膨大なエネルギーが何百キロも離れた大都市圏に達し、破壊力を秘めた揺れへと変わるのです。今、世界の研究者たちが長周期地震動の実態解明に挑んでいます。そこから見えてきたのが、高度に発達した現代の都市を、未知の揺れが狙い撃ちするという現実です。社会や経済に計り知れない被害をもたらすと、専門家たちは警告します。「我々は超高層ビルがあたりまえになるような時代に入ってから、まだ長周期地震動は経験してないと」「社会が変わって新しいものを作っていけば、新しい災害が起こる可能性があると」想像を超える巨大地震の脅威に、いくたびも打ちのめされてきた人類。今、さらに進化を遂げた新たな震災に直面しようとしています。

【映像】「今度こそ、絶対ベストセラーです。」「あなたの今度は一生来ないと思うけどね」「でもね、地震の方は必ず来るよ。それもとんでもない大地震が」「ほら来た。この話題」「東京、名古屋、大阪、いや日本全土さえ巻き込みかねない、超ド級の巨大地震」「またまたぁ」「それをどんな小説にするつもりなの?」「火の海と化す大都市。崩れ落ちる建物。逃げまどう群衆。キャー助けて!待ってろ~!果たして主人公は最愛の恋人を無事救い出すことができるのか?感動巨編です」「ふふ。俺だって書けそうな話だ」

井上:はい、結構です。はっきり言って別の番組じゃないかというような話がいきなり始まりまして、見ていらっしゃる方は何のことだ?と、ちょっと違和感を感じられるような展開になっています。しかし私はあえてこの違和感に、番組で私が伝えたいことの本質を込めたところがあります。要はですね、この重々しい話、まだ起きてもいない災害についての話、しかも科学的な探求を、真剣に聞こうという気持ちには、当初からなれないですよね。でもそれを見ていただくためには、いきなりそんな話題を突き付けられた時の感覚というか、何でそんなこといきなりそんな何のつもりだっていうような感じから始めていく、そういうようなことをこのドラマに担わせているということなのです。なので、震災という話なのにこんな軽い話が始まって、不謹慎じゃないかというクレームが来ることを半ば覚悟の上で、こういう演出に挑んだいうことなんです。それで実際にこういうドラマを挟みつつ、また結構ハードボイルドな科学的探究の話があって、見れば見るほど、知れば知るほど恐怖と不安が高まってゆくというようなことになるのですが、ちょっと怖いなというところにきたところで、またスカンとこのドラマが入って、そこで皆さんが感じていることが、また素直にそのドラマの中に表現されるような仕掛けというのを考えていた、ということです。時間の関係もありますので、詳しくはDVDが出ておりますので、興味ある方はご覧いただければと思います。

そもそもこういう番組の作り方をしようという私の発想の原点は『ためしてガッテン』という生活科学情報番組です。私が科学番組を本格的に作るようになって、いちばんたくさん関わったのが、『ためしてガッテン』でした。それを5年間制作しておりました。その中で私自身が、「あ、なるほど! 科学を皆さんに伝えるということで大事なことは何なんだろう?」ということを体感していく中で、こういうことがいいのかなと、自然に考えるようになったということなんです。それで、高視聴率の鉄則というと偉そうですが、『ためしてガッテン』がもう15年を超えたのに、まだ多くの皆さんにご覧いただいてるというありがたい状況の中で、作り手の我々として重要な3箇条を考えました。それは、「知りたくなること」「楽しいこと」「意外性があること」。この3要素が番組の中にうまく盛り込まれて表現されていることが、みなさんに最後まで番組を飽きずにご覧いただけるかどうかの鍵になっているのかなというのが、ガッテンを作っているみんなが感じていることです。

何でそれが必要かというと、私自身が思うところによれば、それは脳を喜ばせるスパイスのようなものだからだと感じています。それで、脳科学的にもいろいろなことがわかってきているのですけども、要は脳をやる気にさせる栄養素というか、例えばこの4つの要素みたいなものがあるのじゃないかという話を私はよくします。それは、「楽しさ」「驚き」「喜び」「感動」の4つです。人が何かの情報を与えられたときに、そこに同時にこういう感情が存在するかどうかによって、見た人の印象に残るか、すぐ忘れてしまうかが決まるような気がするんですよね。人間の脳はそういうふうにできているというか、そういうものがなくてただ情報だけを与えられても、聞いたような気がするけれど覚えていないとか、そもそも聞きたくもならない、というようなことになってしまうのではないかと思っています。

実際、このような地震みたいに重いテーマでも同じことだと思っています。長周期地震動はとても怖い話なんですけれども、そこに楽しさとか感動というのも、一見そぐわない話なんですが、入れ込みたい。私がこの番組MEGAQUAKEで伝えたかったのは、恐ろしい未来像でもなんでもなくて、皆さんを脅かしたかったわけでもなくて、むしろその怖い未来から目を背けずに向き合う覚悟というものを伝えたい番組だと思って作ったんです。それで、その覚悟に立ってもらうためには、まずは怖いなって思ってもらって、こんな怖い未来にいったいどうすりゃいいのという途方もない気持ちに一旦はなってもらって、番組を見ていくと、でも意外に身近なところにそれを解決できる道があるんじゃないかという気がしてくる。視聴者の自然に感じる心のペースとでもいうのでしょうか、そういうものの中に、ちょっと泣けるような話を入れたり、ちょっとクスッと笑わせる冗談が入ったりとか、そういうことがスパイスとして加わっていくのが、私の番組を作る上で意識していることになります。まあ、いろいろな考え方があると思うので、この後の皆さんの話も参考にしながら、後の議論にさせていただきたいと思います。ありがとうございます。

内田:井上さんありがとうございます。こういう地震のようなテーマですと、脅かし系というかたちで番組を作ることも可能だったと思うのですけれど。そうではなくて、ガッテンにあるような、やる気にさせるっていうところで目を背けないっていうような、そういう伝え方っていうのは、今お伺いして初めて知ることができました。ありがとうございます。それでは続きまして、同じくテレビ、今度は民放さんになりますけれど、TBSテレビの樋江井さん、よろしくお願いいたします。

樋江井:樋江井と申します。よろしくお願いします。僕がやってる番組は、TBSの「飛び出せ!科学くん」という番組で、昨年は深夜帯、月曜日の11時から11時25分までやっていた番組なんですけれども、その頃の代表的な企画が、成層圏からみた地球を風船にカメラにつけて撮ってみようという企画でした。その時撮れた映像を見ていただければと思います。

【映像】「うわー!きた!」「きますよー、これ」「えー!」「うわー!」

樋江井:成層圏3万メートルのところから風船のカメラで撮った映像です。

【映像】風船カメラを打ち上げ、高度3万メートルの成層圏から捉えた地球の姿。カメラは、ゆっくりと360度回転しながら、真っ青な大気の層が地球を優しくつつみ込んでいる様子を、はっきりと捉えていた。

樋江井:風船が3万メートルまで上がっていく様子です。

【映像】カメラが刻銘に捉えていた様子を映像で振り返ってみよう。風船カメラはわずか5分後に高度5,000メートルに到達。カメラは雲の高さを超えた。そして20分後、エベレストに匹敵する8,000メートルの世界へ。「あんな下に雲が・・・」さらに30分後、ジャンボジェットが飛ぶ高度10,000メートルを通過。40分後、15,000メートル。地平線の向こうにうっすらと大気の層が。「うわー!」55分後、20,000メートルを突破。風船カメラの目の前に大宇宙が広がっていた。そして打ち上げから1時間30分、ついに最高点31,500メートルに到達。さらに、なんとカメラは風船が割れる瞬間の映像まで克明に捉えていた。「3、2、1」「わ、わ、わぁ!」風船を固定していた紐が散らばる様子が、割れた風船の残骸までしっかりと捉えていた。

樋江井:風船にカメラをつけて、上空30,000メートルの成層圏から地球を撮ろうというこの企画、NHKさんとは違って、僕らスタッフがどういう考えでこのような企画を思いついたのかということを、今回は喋らせていただこうと思います。

この企画は、NASAの映像で、スペースシャトルの窓から青い地球を撮った映像を見た時、この地上にいる民放テレビ局の自分たちにもこんな映像が撮れないかというところから始まったんです。そして、いろいろ調べていくうちに、戦後すぐくらいにジョー・キッティンジャーというアメリカ空軍の兵士が気球に乗って上空30,000メートルまで上がり、パラシュートで無事地上に帰還したという映像を見つけました。もしかしたら風船でいけるかもしれない。ここから、僕らの発想がまた始まります。そしてまた、調べていくと、気象用のゾンデという成層圏の温度などを調べる装置を風船で打ち上げているっていうことがわかり、その会社の協力を得て、この映像を撮ったんです。

僕らの企画というのは、基本的に1枚の写真など、何気ないことから始まり、これをどうにかできないかな、こんなことをやったら視聴者も見てくれるんじゃないかなというふうに進めていくやり方です。1つのところから始めて、それをどう料理するかを考えながら途中でいろいろ調べ、企画を膨らましていくんです。もしかしたらそういう過程が科学なのじゃないかなと、最近は思っています。

人類っていうのは、この世に登場して以来、例えば新しい果物が見つかったとすれば、食べられるかどうかをなんとか知りたいと思い調べていって、「ああ、こいつは食べられるぞ!」と発見したり、新しい動物を見つけたら、こいつは危険なのか危険じゃないのかを調べていく、そういうことを繰り返してきたんじゃないかと思います。宇宙というところがあるとわかったら、どんな世界か知りたい! そこで、いろいろな技術を生み出していくというのが、人間の進歩だったと思うんです。この番組は、そのプロセスを視聴者の人にもいっしょに体感してもらおうと思って作ったものです。肖像権の関係でタレントさんは省いてありますが、打ち上げ・回収の苦労とか、開発の話とか、そういうのを少しずつ入れてあって、視聴者の方にいっしょに疑似体験してもらうつもりで作ってあります。

ようするに、ジョー・キッティンジャーという人が宇宙の映像を撮ったらしい、自分たちにも撮れないかという発想から始まり、明星電気というゾンデ(気象観測機器)製造会社に行ってできるかどうかを聞いてみたらできるということだったので、実際に打ち上げて回収するというプロセスを疑似体験として視聴者にもいっしょにしてもらおうということになったわけです。これも一種の科学なのではないか、人類はそういう知りたい心によって進化してきたのではないかと思いながら、こういうストーリーをいつも組むようにしています。

これは、よくお世話になっている爬虫類の専門家の千石正一先生とか、解剖学者の養老孟司先生から聞いた話ですが、周囲にあるものを何でも知りたいっていうのが生き物の本能らしいんですよ。そうしないと自分の生死に関わる。それが人間の脳にも残っていて、その手段として人間が生み出したのが、物を調べて知ろうという行為、つまり科学なんだそうです。ならばそこをくすぐるような、人間が今までやってきたことを疑似体験できるような番組が作れないだろうか? 例えば速く走る乗り物ができないか、もっと速く走れないかっていうことで、機関車を作ろうとか。人間が今までやってきたプロセスを、番組に、短くでもいいからある程度取り入れていく。最終的な目的に向かって、何かを調べたり、何かを開発したり、何かをやってみるプロセスを番組に取り入れていくと、視聴者の人間としての本能というか、生き物としての本能に訴えられるのではないかということで、そういうプロセス作りを心がけるようにしています。

「飛び出せ!科学くん」の裏のコンセプトは、1つは地球で遊ぼうということ、もう1つは地球を全身で体感しよう、つまり、科学を全身で体感しようということです。プロセスとか全てのものを疑似体験でもいいので、視聴者に体験してもらおうということを、僕ら番組の作り手としては考えています。そういうわけで、成層圏の映像を撮るといっても、成層圏の映像だけを出すのではなく、プロセスの面白さで相手を引き込んでいく、視聴者の方にそれを疑似体験してもらうことで、人間の本能に訴える。そうすれば、番組を見てもらえるのではないかと、努力しているところです。

内田:樋江井さん、ありがとうございます。科学のあるコンテンツを伝えるときに、知ったとかわかったとか、その結果だけを伝えて、結果だけを受け取ることが多いと思うのです。でもそうではなくて、知りたいから調べた、やってみた、というプロセスを伝えることで、こういう面白い番組に仕上がっているんだなっていうことを、改めて感じました。ありがとうございます。それでは続きまして、静岡新聞の菅本さん、よろしくお願いします。

菅本:よろしくお願いします。私どもは、今日ご出席の皆さんと違いまして、静岡県という限定エリアでのメディア活動をしている企業です。静岡新聞という新聞社、それから静岡放送というテレビ局を中心にしたグループ企業になっております。そのグループの取り組みとして、科学をテーマにした活動を平成18年に開始しました。まず初めに、「子どもの『?』を『!』に」というキャッチコピーを決めました。読み方は「子どものハテナをびっくり」でも「子どものハテナを感動に」でもいいのですが、そのときに考えたのは、子どもたちが普通に持っている、「なぜだろう」とか「不思議だな」とかっていう思いを、そのままにしてはいないか、あるいはインターネットなどでサッと調べて、それでわかったような気持ちになっていないかということです。そういうようなことを、もっと実体験として感じてもらう、そういう仕掛けをメディアとして作れないか、ということでこの活動を始めたのです。

我々地方のメディアはなかなか科学に関する専門知識がないものですから、普通は、例えば「今の科学教育はこれでいいのか?」みたいなキャンペーンを新聞で5,6回連載して、それで終わりっていうパターンがこれまで多かったのです。そうではなくて、我々自身が静岡県民の皆さんにアプローチしていく、共にそこから一歩前に踏み出そうという、そういうような仕掛けを作ろうということで、我々にない知識を持っている方との連携を考えました。そこでまず、県内にある静岡大学と常葉学園大学という2つの大学と、静岡市にございます静岡科学館る・く・る、この3つの機関にお願いに行きました。こういうキャンペーンをいっしょにやりたいということで、企画から入っていただいて、子どもたちに科学を楽しんでもらう、科学を伝えるという仕組みをいっしょに作ってもらえませんかとお願いして、活動を始めました。

新聞社とか放送局というのは、特に私どものような地方の組織の場合、働いてる人間のほとんどが文系なんです。科学で何かをしようといっても、底の浅い知識がすぐにばれてしまうというか、すぐに底をついてしまう。そこでその辺は専門家にお願いして、いろいろなものをそこから得ていくということにして、キャンペーンを組み立てていきました。

それでその中心として作ったのが、今日入口で皆さんにお分けしました「こどもかがく新聞」です。今日は2種類配らせていただきました。1つが普通の「こどもかがく新聞」、もう1つは右肩に「増刊号」と書いてあります。中身が若干違います。始めた当初は、増刊号はありませんでした。始めて半年くらい経過したところで、静岡県内で非常に高い評価をいただきまして、「もっと読みたい、もっと増やしてくれ」と言われて、途中から増刊号を月に2回出すようになりました。静岡新聞の発行部数はだいたい70万部でございます。その新聞に付録というかたちで折り込まれて新聞購読者の家庭に届けられます。

その中で特に目指したのが、「隊員報告」という企画です。「特捜隊員に指令」というのがあって、毎月子どもたち、読者の皆さんに指令を出して、それに答えていただくという双方向の取り組みをしております。子どもたちに「こんな実験をしてみよう」とか「こういう観察をしてみよう」という指令を毎月1つずつ出しまして、それに対していろんな解答がファックスやらお手紙やらEメールやらで届きます。それを元に、じゃ今回はどこどこ市の誰々さんのところに取材に行ってみようということで行って、こういうようなかたちで記事化して、さらに専門家の解説をつけていただいて掲載する、というものです。指令を見た時点ではそれほど興味がなかった方でも、こうやって子どもが主役になって記事に登場して実験の紹介をすると、「こういう結果が出るんだったら面白そうだから自分たちでもやってみようかな」と思って、次の段階でまたそこに引き込むような仕掛けなんかも作っています。

それから質問箱というコーナーも設けて、県内の方々からファックスやメールで「何でこういうことが起きるのですか?」とか「ジェットコースターはなぜ落ちないのですか?」といった質問を受け付け、専門家にお願いして紙面で解答していただいております。これに関しては、静岡県内の小学校、中学校の先生方からも非常に興味関心を持っていただいております。主なターゲットは小学生なので、静岡県内の小学校にもこの新聞を毎月お届けして、教材に使っていただいたり、図書館に置いて下さいとお願いすることで、これに触れていただく機会を増やしております。

実際に科学に触れるのは楽しいということを知ってもらうために、イベントも実施しています。1年間にだいたい40~50くらいのイベントを大小合わせてやっております。小学校に呼ばれて行ったり、公民館活動みたいなものに呼ばれて行ったり、さまざまな場所に出かけて行くのですが、毎年夏休みには「静岡かがく特捜隊夏まつり」というイベントを2日間行ってます。今年も行いましたが、2日間で1万人くらいの親子づれが会場を訪れてくれます。今年は、大きな展示イベントホールを貸し切りにしまして、そこにいろいろな方に70くらいの体験ブースを出していただきました。そこを子どもたちが自由にまわって実験を体験したり工作をしたり、実験ショーを見て楽しんだりする機会を設けております。

内田:ありがとうございます。今お話で最初に出された「ハテナをビックリマークに」というお話が、まさに樋江井さんのプロセスを伝えるということと通じるかと思います。プロセスを伝えてもらえると、忘れかけていたハテナの方を思い出したり、知りたいという気持ちが湧いたり、井上さんのお話にありましたように脳が喜んだりしそうです。そういう気持ちが3人のお話から伝わってきました。ところで1つの指令に対してどのくらいの解答が寄せられるのでしょうか?

菅本:月によって違いますけれども、多い時で60とかそのぐらいの手紙やファックスが来ます。平均で、20~30というところです。

内田:皆さんの解答はバラバラなんですか?

菅本:明らかに間違っていそうな解答を送ってくる方もいますし、小さなお子さんから高学年の子まで送ってきてくれるので、書式もさまざまです。特に書式を定めているわけではないので。ものすごく自分で工夫を重ねたレポートを何枚も仕上げて、短時間でよくここまで書いたなという子もいます。かと思うと、紙に手書きでこうなりましたと一言だけ書いてファックスで送ってくる子もいます。それでも、トライしてくれたということがうれしいので、1行しか書いてないから取材にはいかないというわけでもありません。全部にきちんと目を通しています。

内田:ありがとうございます。親子で写っている写真を見ますと、親も前のめりになっているのだろうな、楽しんでいるのだろうなということがよくわかります。では次に、まさに大人が楽しむ科学ということで、「大人の科学」を作られている湯本さん、目の前に魅力的な物が並んでいますが、そのご説明をお願いします。

湯本:学研の湯本といいます。よろしくお願いします。まず私が学研という会社に入ったきっかけの話から、40年分くらいの話を10分でしたいと思います。普通、出版社に入る人は本を作りたくて入るんですけど、私の場合は違いました。1年生から6年生向けの『科学』という雑誌の付録が作りたくて学研に入ったんです。で、なぜかというと、子どもの時に自分も読者だったんです。『6年の科学』を購読していまして、毎月の付録が楽しみで楽しみでしょうがなかったんです。今月は「水レンズ」がついた、来月は何が付くのだろう、「鉱物標本セット」が付いたとかですね。今でも12カ月分の教材全部覚えているくらい、毎月毎月が楽しみでした。それで、大人になってどういう職業に就こうかと思ったときに、「そうだ! 学研で付録作ろう」なんて、非常に安易に思ってしまった。学研に入ったら付録が作れると思い込んでいる、おめでたい人間だったんです。それでもたまたま受かって、たまたま配属になったのが、『科学』編集部でした。

実は『科学』という雑誌は今年の3月に休刊になりましたけれど、『科学』が生まれたのは1963年です。その前に『科学の教室』とか『楽しい科学』とか、いろいろな科学雑誌を出していたのですが、全然売れなかった。世の中は科学振興の風がすごく吹いていました。戦後の復興には教育がすごく大事、特に理科教育が大事だということで、オーバーに言うと全国民が理科系というか科学にすごく関心を持っていた時代でした。だから売れないわけはないんだけど、全然売れなかった。それで、夜な夜な会議を開いて、なぜ売れないんだということで1つの結論に達した。科学や理科で、自分が子どものときにいちばん楽しかったのは何かと思い返してみると、やはり実験・観察なんですね。本の中にも実験の仕方、観察の仕方を載せているのですが、それじゃダメだ、付録として子どもたちがすぐに実験・観察できるものを付けてあげようということになった。そうすれば、本当に科学の面白さが体験できるだろうということで、付録を作ることになった。

ならばすぐにOKが出たかというと、そうではなかった。先ほど言いましたように、出版社に入ってくる人間は、ほとんどが本を作るために入ってきていますから、ノウハウも何もない。それで大反対に合ったのですけれども、その時のリーダーが、科学の面白さを子どもたちに伝えるためには絶対に付録が必要だ、実験機器が必要だということで頑として譲らず、それを通したのです。そこで、ノウハウも何もないままいろいろな方の協力を得ながら「鉱物標本キット」だとか「レンズ」だとかを作って付けたら、あっという間に売れたんです。そんなわけで、最高部数が620万部。これ実販なんです。いちばん売れたのは79年で、670万部発行して620万部売った時代があった。当時の小学生の3人に2人は取っていたという時代があった。そういう人たちが大人になっているので、『科学』か『学習』を取った方がだいたい3,000万人いると推測できるのです。そういう方たちから、子どもの時に味わったあのワクワク感、感動、それをもう一度味わいたいというラブコールが編集部に寄せられるようになりました。

ところが私自身は、子どものものしかやっていないわけですよ。『1年の科学』とか『4年の科学』を作っていたので、大人向けに、大人が満足するような、ワクワクドキドキするようなものが作れる自信なんてこれっぽっちもなくて、そういう声をたくさんいただいたものの、ある意味では無視していた、私にはできませんということで。しかし90年代半ばから、いろいろな企業や地方自治体と組んで実験教室をやるようになって、そのときにオリジナルの実験キットを開発しました。4年生から6年生までが対象なんですが、当然親御さんが引率していっしょに参加します。子どもたちも非常に喜んでくれるのですが、実は、大人の方が当然ですが知識も経験も豊富なので、大人たちは驚きが深いんですね。実験終了後や休憩時間に「ちょっとさっきの実験装置見せてくれ」と言ってみなさん寄ってくる。「大人も科学したいんだなあ」とそのときは思ったのですが、それでもまだ大人向けの、後の「大人の科学」という商品を作ろうなんて、これっぽっちも思っていなかった。

そもそも実験キット紹介の火付け役になったのが、ここにある「エジソン式コップ蓄音機」というものでした。本を作るにしても、こういうキットを開発するにしても、一番大切にしていることは、自分が感動したい、自分が欲しい物を作るということです。本の記事を書くときも、作るときも、こういう物を開発するときも、自分がまずワクワクしないものはダメなんですね。特に子どもさん向けのものは、テクニックでカバーしようとするとそっぽを向かれてしまいます。

これまで自分が開発した中で自ら感動できたものを今日はいくつか持ってきました。これはいちばん最初に開発して作った教材の幻灯機です。子どもの時に幻灯機の実験をやって、カラー映像がきれいに部屋の中に映った時にとても感動した記憶があったので、これを子どもたちに提供しよう、しかも現代の子どもたちをもっと驚かせようと、自分もワクワクしながらフィルムにいろいろ工夫しました。ムービー映写ができたり、自分の体に投影して内臓図鑑にしたり、実物の昆虫をセットすると昆虫が生きたまま投影できて、大きく映って動きとか形とか体のつくりがわかる、というものにしたりと、いろいろな思いをこのキットにぶつけたんです。

隣りにあるのはちょっとみすぼらしいんですけども、ペーパースピーカーです。マイクにもなります。ここに写真をセットすると、写真から喋ったような実験もできるし、逆にここにアリとかテントウムシを歩かせると足音が聞こえる。自分でもアリの足音を聞いてみたかったんです。

こういう実験を子どもの時にして、感動した子どもたちが大人になって、それが忘れられないんですね。実験、観察をしてワクワクしたことが。大人になると、ワクワクドキドキする機会が少なくなりますね。でも、子ども向けの実験教室で、お父さんお母さんが目をらんらんと輝かせて質問をしてきます。大人も科学したいんですよね。

最後にちょっと実験を見てもらいますが、我々が作っているものにはブラックボックスがないんですよ。原理がわかる、理屈がわかる。ですからコップにただの縫い針をセットするだけで、このコップに私の声がなぜ録音できて再生できるかは、目で見てわかるんですよ。ICレコーダーという便利なものが世の中にはありますけれども、なぜ録音できるのか仕組みがわかりませんよね。こちらはブラックボックスがないからよくわかる。よくわかると関心を引く。「大人の科学」を作るときに、大人が満足できるもの、ワクワクするものを作るのが最大の目的だったのですが、その裏には、親子でワクワクしながらいっしょに実験してほしい、それで理科離れが解消できないかという思いがありました。

話が長くなりましたが実験をします。歌をうたいますね。「これから録音の実験をします。ぽっぽっぽっ、ハトぽっぽ。豆がほしいかそらやるぞ、みんなで仲良く食べにこい。以上!」

だいぶ大きな声を出しましたが、なにしろコップの底を震わせて針を震わせなきゃいけないので。こういう振動を波として溝を作るんです。今、コップに「ぽっぽっぽっ」という溝ができて、それを今度は針でたどります。そうすると針が震えて、コップの底が震えて、空気が震えて、皆さんの耳まで届く。また私の「ぽっぽっぽっ」が聞こえるといいのですが・・・。(再生実験成功)聞こえました?(拍手)どうもありがとうございます。本でいろいろ科学的な知識を吸収するのももちろんいいのですが、やはり科学は実験とか観察をして体感する、自分の手を使って小さな発見を繰り返す、それがいちばん面白いところです。これも、なぜ音が録音できるのかがわかるわけですよね。理解できると、本当に脳が喜びますから。ちょっと長くなりましたけれども、そんな思いで私は商品作りをやっております。

内田:どうもありがとうございました。目の前で蓄音機がちゃんと再生するのを見て、やはり皆さん驚かれて拍手されましたね。この会場にも、学研の『科学』で子どもの頃夢中になった方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。そういう方は挙手お願いします。

湯本:あ、ありがとうございます。

内田:すごいですね、ですから「大人の科学」も皆さん楽しんでいただけるのじゃないかと思います。湯本さんから、自分がワクワクするもの、欲しいものを作ったというお話を伺ったのですけれど、壇上にいらっしゃる皆さんに共通してそういう思いがあるのではないかと思うのですが。井上さんから、今まで自分が作った中で、ワクワクした、自分がいちばん見たかったという思い出深い番組がもしありましたらお願いします。

井上:思い出深いというか、先ほどお話したとおり、5年間「ためしてガッテン」という番組をやっていたのですけども、私が入る前から延々とやっている番組ですので、あらかたのことはやり尽くされているんですよね。とはいえ何か提案しなくちゃならないので、本当に毎回死ぬほど悩むんですけど、そこで、過去にやっていないからとか、あるいは今の世の中こういうことが売れてるっぽいからという理由で提案を作ろうと思うと、だいたいつまずくんですよね。それは、自分が特にそれを知りたいわけではないからなんですよ。自分が知りたくないことを、人に知って欲しいとそもそも思えない。ですので、私は自分が手がける番組のときには、とにかくその時に自分が知りたいことをテーマにしたというのがありました。例えば、私が東京に来て初めて作った「ためしてガッテン」は、「お金をかけないでリフォームをする」、目の錯覚を利用してリフォームをするというような話でした。それは自分が東京に転勤してきて一人暮らしを始めたとき、お金をかけずにこの家を快適にしたいなって思ったから、ただそれだけのことなんです。マニアックすぎると共感できないでしょうが、とにかくその時自分が知りたいこと、きっとみんなも知りたいんじゃないかなと思えることであれば、それをテーマにするのが、やってる当人も楽しいし、そのやってる当人の楽しさが見ている人にも伝わってくれるんじゃないかなと信じてやっております。

内田:やはり本人の知りたい、が大事なんでしょうね。樋江井さんはいかがですか。

樋江井:僕は過去に12年「どうぶつ奇想天外」という番組のディレクターをやっていました。僕は「野生の王国」とかNHKの動物番組だとか、「わくわく動物ランド」を見て育ってきたので、その中で見た、世界の動物を見たいという子どもみたいな発想が番組作りの起爆剤です。例えばホッキョクグマは見てみたい、ゴリラは見てみたいとか、あと南米に行ったらウワカリというのを見てみたいとか、あといろんな学者さんから聞いてこんな面白い動物がいるぞと言われると、それは見てみたいという、かなり自己中心的な発想から動かされて企画を立てていました。「どうぶつ物奇想天外」の中の特集コーナーで、動物のドキュメンタリーを撮りに行く担当をやっていました。自分でいちばん「これは見たい!」って思ったのは、ホッキョクグマが体長2~3メートルはあるセイウチをハンティングして食べるらしいという話でした。それで、これを撮りたいと思って実際に現場に出かけていく。実際に撮れて放送したんですけども、その時のことを考えると、子どもの頃の何ていうか、自分の好奇心を満たすところで動いているところは多かったかなと思います。それがうまく視聴者の人にリンクしてくれるといいんですけど、たまには外すところもありました。

内田:ありがとうございました。子どもの頃の感覚に戻るというのが、まさに湯本さんの「大人の科学」を作られたところと、あるいは学研に入られた過程と共通するように思います。菅本さん、毎月のネタ探しも苦労されているかと思いますが、その中でも思い出深い回、テーマがありましたらお願いします。

菅本:テーマというわけではないのですが、ワクワクということで言えば同じようなことを感じたことがあります。それは新聞の方ではなかったのですが、毎年やっている夏の大きなイベントを、4年前に初めてやったときのことです。その時、土日イベント本番の前の日の金曜日に、準備の仕込みを一生懸命いろいろしていて、オープニングセレモニーでペットボトルロケットを飛ばそうということになりました。うちの会社の専務さんとか、開催市の教育長さんとか、大学教授とか、偉い方々をお招きして開会式をやるのですが、テープカットだけはしたくなかった。そんなイベントではないということで、何か科学っぽくやりたかった。それじゃあペットボトルロケットを飛ばそうということになって、当日は教育長さんとかそういう方々にポンプをこいでもらうことになった。その準備を前の日に一生懸命していたのですけれど、これは飛ぶのか飛ばないのかとか、飛ばなかったらどうするのかという話になり、何回ポンピングしたら飛ぶのかとか、何分ぐらいやればいいのかとか、じゃあ子どもも入れた方がいいんじゃないか、子どもの力でもできるのかとか、いろいろああでもないこうでもないと言いながらやっているときに、スタッフの一人が「なんだかワクワクしてきたねえ」と言った。7時過ぎまでそんなことをやっていたのですが、その時にそう言われて「ああ、このイベントはきっと成功する」と私は確信しました。やっている側がそうやってワクワクできると、それが伝わるのではないかなと思ったのです。お話を聞いていて、やはり皆さんそうなんだなと思ったところです。

内田:ありがとうございます。手を動かして脳が喜ぶ、楽しくなる、ワクワクするっていうのが、『科学』の付録と共通しているかと思います。湯本さん、いろいろ作られていると思うのですけども、ネタ切れっていうのはありますか?

湯本:今のところまだ切れてないですね。不思議ですけど、頭で考えているともう限界なんですけど、手を動かしていると、いろんな発見がありますね。だからよく子どもたちにも、私は頭もちょっと使うけど手をいちばんよく使って、手で考えるタイプなんだよっていう話をよくします。自分で切ったり張ったり折ったりしていると、いろいろと脳が刺激されて、いろんなアイデアが出てきます。

内田:なるほど。手を使っているとネタ切れとは無縁っていうのが、私にはすごく素晴らしいなと思えます。井上さん、「ためしてガッテン」がすでにいろいろやり尽くされていて、苦労されたと思うのですけれども、湯本さんの手を動かすとアイデアが湧くというようなコツみたいなもの、何かありましたか?

井上:そうですね、日常いろんな生活をしていて、ささいなことでもその裏を疑ってみるというか、世間ではこう報道されているけれど、あるいは普通にこうすればこうなるって言われているけれども、本当なのかなっていうふうにちょっと疑ってみるっていうんですかね、これちょっと試してみたら実は違うんじゃないのっていうようなことをとっかかりにするっていうのは、あったように思います。

内田:なるほど。前提を疑うというところにネタが転がっているというのは、すごく納得です。樋江井さん、「科学くん」でも毎回毎回面白いテーマを出してこられますけど、あの辺りでのご苦労とか、もしありましたら。

樋江井:実験では湯本先生にもお手伝いいただいているのですが、リサーチ段階での失敗がめちゃくちゃ多いですよね。企画していろいろ持って行って、先生といっしょにやらせていただいているんですけども、半分以上、ネタがボツになっていたりとか、あとうちの場合は動物ネタもやるのですが、ここの池に何かいるから捕まえてみようといってロケに行ったら、1匹も捕まらなかったとか。やはり、科学は自然現象なので、動物もそうですけど、そういうものを相手にする上ではテレビの段取りとか、そういうのは一切無視ですね。そこでどう番組を作るかとか、どう成功させるかということが問題です。科学の実験だったら、1回成功したからといって、次も成功するとは限りません。しかし、珍しい動物でも、行ったら大当たりという場合もあるので、一か八か、ギャンブルみたいな仕事ではありますね。その辺が苦労といえば苦労です。

内田:表に出ているアウトプットの裏側には大変な努力、試行錯誤の積み重ねがあるわけですね。井上さんが「うん、うん」って大きく頷いていますが。

井上:ええ、先ほどのお話の中で、プロセスが科学だというのは、僕も同じ思いです。「ためしてガッテン」でもそうなんですが、こうなるだろうと思ってかなりの手間をかけて撮った実験がそうならないということがあるんですよね。その時に、そうなったことにしちゃおうかという誘惑もありますが、そうではなくて、そうならなかったということ自体が面白いんじゃないのと思えるかどうかが、とても大事なのかなあという気がします。

樋江井:うまくいかなかった原因を調べてみると、逆に面白いことがわかったりするんじゃないですか。

井上:そうそう、そうなんですよね。

樋江井:実験でも何かが足りなくて、後から足りないものがわかって、足してみたらすごかったとか、そういう試行錯誤の部分を出すと、そこでも疑似体験してもらえ、面白いんですけどね。

井上:そうですね。今までテレビは、そういう裏側のドタバタをなるべく隠して、きれいに出来上がったものを見せていたから、なんとなく予定調和というか、まあそうだよね、そうなるよねっていう感じがあった。そこを、そうならないってことがあるんだってあえて見せてしまうほうが、逆に面白いっていうことですよね。

樋江井:そうですね。視聴者の方からは、ホームページに失敗した話を出したほうが共感してもらえます。もう一度やってくださいとか。うちの企画で、紙飛行機で人間は飛べるかっていうのをやった時に全長15メートの巨大紙飛行機を作りました。結局は最後まで飛べなかったんですけれども、視聴者の方からはダメじゃないかという意見ではなく、またやってくださいという意見が寄せられました。この場合もプロセスと失敗を全部見てもらうことで、自分たちも同じ気持ちになっていただけたのかなって思っています。

内田:たしかに結果だけ見せてもダメで、科学というのは、ドタバタというかジタバタしている最中の、考えたりうまくいかなかったことも含めて見てもらったほうがいい。それこそ、ペットボトルロケットを開会式で使うための前日の準備中に妙にワクワクしてきたという、いちばん楽しいプロセスのところを伝えることが、魅力の1つになるのではないかなと改めて思いました。紙面に載せる場合も、その裏側にあるたくさんのプロセス、紙面の裏側で積み重ねた物、特にお子さんが実験された試行錯誤の過程を紙面で見られると楽しめるかと思います。それで静岡新聞では、紙面を作る上でここは見せていないけれど、本当は言いたいっていうところはございますでしょうか?

菅本:例えば、「指令」を毎回出す前に、いろいろ出たアイデアを、編集担当者が必ず自分で実験をします。本当にできるかどうか、夜、自宅で一生懸命試した上で、紙面に載せています。捨てたネタはいっぱいあるんですけども。

内田:そういう予備実験に予備実験を重ねて、ようやく「指令」として載せるわけですね。

菅本:はい、そうです。

内田:湯本さん、売り物にして付録に出すくらいですから、試作品が山のようにあるかと思うのですけど。

湯本:こうやって表に出てくるのは、ほんの一握りなんです。この裏があって、見せられないくらいたくさんの失敗作があります。学年誌の編集長をやっていたときは、1カ月に1つ提案しなくてはいけなかった。そうすると、おそらく60~70くらいのアイデアがあって、その中からワーキングモデルとして実際に実験できるものを3種類くらい作らなきゃいけない。それを会議にかけるときに、本命以外のものも出したりで、世の中に出なかったものがたくさんあります。

内田:世に出せなかったコンテンツも、「大人の科学」なら、それはそれで売れそうな気がしますね。

湯本:そうですね。火を使うとか、安全性なんかで子どもには出せなかったものは、大人向けに利用する仕方はあるでしょうね。

内田:ありがとうございます。今回皆さまにご登壇いただくに当たって、科学が伝わるためには何がいちばん必要かをズバリ一言でと、お願いしてあります。その回答をお一人ずつ紹介します。まず、菅本さんは「結ぶ」という言葉を挙げられています。

菅本:最初の説明の中でもちょっと触れさせていただいたのですけれども、なにせ専門知識のある人間がほとんど会社にいないので、まずは大学などに出かけて、科学の知識のある人間たちと我々が結びついて、そこで何をしようかいろいろ考え始める。そして、「こどもかがく新聞」の場合なら、たくさんの読者の子どもたちと結びつく。そうすると我々は読者と結びつきたい、先生方とも結びつきたいと思ってやっているのですが、我々を通して読者と研究者の方とが結びついてくるというように、ネットワークがだんだんだんだん大きなものになっていく。あるいは、静岡でこういう活動を始めて4年になりますが、静岡県内にあるいくつかの科学施設どうし横の関係ができてきた。今まではそれほど多くなかったということなのですが、科学特捜隊ができたことによって、イベント会場や紙面上などで出会うことを通じて横の繋がりができてきた。共同企画をやってみようというかたちの発展も出てきた。そういういろいろな結びつきの中で、よりよいもの、よりわかりやすいものをみんなに伝えていくことができているのではないかと考えまして、「結ぶ」という言葉が、我々メディアの役目としては大切かなと思ったしだいです。

内田:ありがとうございます。このサイエンスアゴラというイベント自体、サイエンスコミュニケーションがテーマなのですが、それはまさに「結ぶ」ということですよね。静岡新聞のこのコンテンツが多様な参加者を「結ぶ」場として働いているわけで、とても参考になります。続きまして、樋江井さんの一言は「知りたい心」です。

樋江井:僕の出身母体は「どうぶつ奇想天外!」や人体科学を扱った「脳の生命38億年スペシャル」なので、知りたいという気持ちが強いんです。それで、視聴者もやはり好奇心が非常に強い、まわりのものを「知りたい」という気持ちがすごく強いと思うので、これが僕らと視聴者を繋ぐいちばんの絆かなあと思うところがあります。視聴者の知りたいことがあり、僕らの知りたいこともあるこの両方の思いが募ったときに、非常にいい番組になると思っています。知りたいという人間の本質にいちばん訴えることが、僕らと視聴者を繋いで科学を伝える上でもいちばんいいのかなあと思っております。

内田:ありがとうございます。まさに自然科学が生まれた背景には知りたいという人の心があったことを思うと、科学を伝えるっていうことは、その原点に立ち返ることなのかなあと思わされます。続きまして、湯本さんの一言は「百聞は実験にしかず」です。

湯本:もちろん皆さんおわかりでしょうが、「百聞は一見にしかず」をもじってみました。これにはいろいろな意味がありまして、読んでそのままでもいいんですけれど、まず作り手の側から言うと、いろいろなものを調べたり、取材したり、見たり聞いたりして本を作ったり物を開発するんですが、ただそれだけじゃなくて、取材した内容を自分の手を使って一度自分で体験してみると自分なりの新たな発見がある。先ほど言ったように、発見イコール感動なんですよね。体験して発見すると感動が生まれてくるんですよ。あまりテクニックを労したり、おりこうさんにならず、頭でっかちにならずに、いつも自ら体を張って手を使って、世の中に転がっている真理を追究していこうということです。子どもたちにも、いろいろな知識を吸収してもらうのはいいのだけれども、頭でっかちになるのじゃなくて、自ら確かめてみる子になってほしいという思いで、こういう言葉を作りました。

例えば、小学生に電気の勉強をしてもらいたい。しかし電気は目に見えないので、まず子どもたちに興味を持ってもらわなくてはいけない。そこでどういうものを開発したら子どもたちが喜んで興味を持ってくれるかをいろいろ考えて、頭に浮かんだのが手回し発電機です。これで明かりを点けてもいいんだけれども、もっとインパクトのあるものはないかと考えた。空中にフワフワ浮くのはどうだろうと頭に閃いたんですが、実際にできるかどうか、まず自分で試す。身近なものを集めてきて、お刺身食べた後のお皿でUFOを作りました。ちょっと実験してみます。

手に持っているのが発電機です。これを回すとモーターが回ります。もうちょっと頑張って、ずうっと頑張ると、ずうっと飛ぶ(拍手)。こういうものを作れば、子どももまず電気に興味を持ってくれて、本もちゃんと読むようになる。電気ってわかれば面白いですから。初めから食わず嫌いだと困っちゃうなと思って、こういうインパクトのあるものを作てみました。これも「百聞は実験にしかず」で、頭に浮かんだアイデアを自分の手を使って具現化するために、実験を繰り返すんです。ここまで来るのがすごく大変なんです。初めは飛ばない。周りの人からも、「湯本さんそれ無理じゃないの?」って言われる。でも無理じゃないんです、できる。さっき言ったようにやってみたいんです。こんなものが出来たらいいよなっていうことで、ねちっこくねちっこくやるんです。ということで、「百聞は実験にしかず」が、多くの人に科学を楽しんでもらうための秘訣じゃないかなと思っています。

内田:ありがとうございます。作る側の試行錯誤があって、それを使う受け手も試行錯誤を追体験できるという、そこがまさに科学の楽しさを味わえるところなのかなと思いました。それでは井上さんの一言をお願いします。

井上:はい、「『わかりやすいか』より『わかりたくなるか』」です。これは受け売りで、私が5年間かかわった「ためしてガッテン」の番組開始当初からずっと番組を率いてる名物デスクがいまして、その人が口酸っぱく言っている言葉です。今の湯本さんの感動的な実演、手回しで発電すると電気が起きて電球が灯るということでも電気の仕組みは理解できるけれども、それではそれ以上わかりたいとは思わないところで止まってしまう。ところが、空を飛ぶというところと結びつけた途端、わかりたくなってくるというのが、まさにいい例だなと思って拝見しました。そのデスクが言うには、テレビの科学番組として、一見難しい論文に書いてあるようなことを一般の皆さんにわかりやすくお伝えすることに成功しましたということで良しとしていたのでは、お話にならない。わかりやすく語るなんてことは前提条件であって、わかりやすくなければそもそも番組にはならない。しかしそれ以上に大切なのは、とにかく何かわかりたい、何だかわからないけれどこの先を知りたいという気持ちにさせられているかどうかを、常に自分の番組において問うべきであると言われています。何の番組をやるときにも、このことはいつも心に留めるようにしています。テレビ番組に関わらず、今日の皆さんのお話を聞いていて、まさしくどんなことでもそうなんだなと思いました。皆さんおっしゃっているように、わかりたくなるということが、本質的な人間の欲求というか、要はそのスイッチに火を点けるということなんだなと強く実感しております。

内田:ありがとうございます。井上さんには、もう1つ議論の材料を持ってきていただいています。

井上:ええ、話の種にと思って持ってきたものがあります。これは外国の事例なんですが、アメリカのディスカバリーチャンネルの子会社でサイエンスチャンネルというケーブルテレビ局があります。そこは、いろいろな科学番組を熱心に作っています。例えば、カク・ミチオさんという高名な物理学者が、SFの世界に出てくるいろいろなものは本当に科学的に実現可能かどうかを検証していく番組があります。この会社が、自分たちはこうなっていくべきだということを宣言しています。左側の目的、対象などの項目は、それぞれの課題についてどう変わっていくべきかということで、真ん中の白っぽい字で書いてあるのをバージョン1.0、右の赤い字で書いてあるのをバージョン2.0と呼んでいます。

内田:すみません、皆さん見えますでしょうか?

井上:ちょっと見にくいので読みあげましょうか。要は、みんなが知らなかったことをただ「知らしめる」だけではダメで、みんなの好奇心を「挑発する」のでなきゃいけない。取り上げる「対象」も、「既知」のことを取り上げるんじゃなくて、「未知」のことにも挑んでいこう。結論が出ていないことを伝えていってもいいじゃないか。その伝えたいことは「知識」ではなくて、むしろそこから引き出される「想像力」である。それによって皆さんに与えたいものは、ほらほら、こうやったらこうなるでしょうという「答え」ではなくて、むしろその次の何かを引き出す「鋭い問い」だというのです。じゃあこうなったら次はどうなるのだろうという疑問が自然に湧いてくるようなものにしなきゃいけない。その結果として、今までは単に「脳が満足」すれば良しとしていたのが、そうじゃなくて、人間の根源的な部分、「心が爆発」するようなものにしていかなきゃいけないと宣言しています。さらには「目標」として、これまでは番組作りのエキスパート「番組屋」であることで満足していたけれども、これからは、自分はにわか「科学者!」だというつもりで番組を作るべきである。また、視聴者との「関係性」も、出す側受ける側という「一方通行」ではなく、「こうなったらどうなるんですか?」「この場合はどうですか?」ということを双方向的にやっていく「自由対話」へと変化していくべきだという。当然使う「媒体」も、「テレビ」に1本化するのではなく、いろいろな「メディア複合」でやっていくべきだというようなことを言っています。これは社内の会議の資料なのですが、今日の皆さんのお話を伺っていると、いろいろ違う分野で同じようなことを模索して、それを形にしておられることに大きな感動を覚えております。

内田:たしかにこのアメリカのサイエンスチャンネルの挑戦に書かれていることが、今日皆さんが一言で表してくださったこととまさにかぶっている、重なっていると思いました。「結ぶ」ことが重要で、それはメディア複合にも繋がりますし、科学者になれという姿勢はまさに「百聞は実験にしかず」だと思いますし、「心が爆発!」とか「鋭い問い」は「知りたい」という樋江井さんの言葉や「わかりたくなる」という井上さんの言葉に繋がるのではないかと思います。では、それぞれ異なるメディアに属していらっしゃる方々が揃っているせっかくの機会ですので、みなさん他のメディアの方に日頃から聞いてみたいと思っていることもあるかと思います。いかがでしょう。

井上:「飛び出せ!科学くん」は深夜枠で始まった第1回からとても楽しみに見させていただいてるのですが、ゴールデン枠に移って、視聴率というか社会のニーズにフィットしているという実感はお持ちですか。

樋江井: 23時台にやっていたときと、今の土曜19時にやっている時とでは、やはり見る層が違ってきているので、それなりの変更はしなくちゃいけないと思っています。深夜に見ていた父親が子どもといっしょに見られるようなアレンジを加えたり、出演者の対応を変えたりとかはしています。基本的に深夜の頃はかなり尖ったマニアックな方向にいっていました。尖ったところ、番組の趣旨を残しつつ、見てもらう人は何が知りたいかというところに心を砕いて作っています。

内田:深夜でも7時台でも、尖ったところというか、作り手が知りたいところを根源にしているかと思うのですけれど、そこに沿っていると視聴者の方も応えてくれるというような感覚でしょうか。

樋江井:万人が知りたいかというと、知りたくないところもありますので、そこは「こんなこともあるよ」と驚かせるレベルなのか、単なる一人よがりなのかは一応考えます。これが面白いんだと思ってプレゼンしても、他の人が面白くない場合もありますし。例えば学者の先生にとっては世紀の大発見でも、ただのちっちゃな虫では、視聴者の方には伝わらなかったりするので、誰が見ても驚いてもらえるかは最低限考えます。

内田:自分が見たい・作りたい・欲しいというところで作っていくとは思うのですが、それが万人に、視聴者の方に共有されるかという点で、おそらく皆さま工夫されているのでしょうね。湯本さん、自分はこれが欲しいけれど、他の人も欲しいだろうかと考えられたりすることはありますか?

湯本:私の場合は、自分で実験をして、絶対これ面白い、これは俺も欲しい、俺も感動したということにこだわります。1つの商品を売り出しても、全国民が買ってくれる必要はないわけです。私が面白いと思ったことに同調する人がきっと何パーセントかはいるだろう。それならOKです。何パーセントかの人でもそれで実験して楽しんでくれて本当に面白ければ、自然と広まっていきますからね。だからあまり自分で自分のブレーキをかけないようにしているというか、だいたいやっちゃいますね。失敗もありますけど。

内田:ここだけの話、これ失敗だったなあってありますか?

湯本:ありますよ、もちろん。学年誌『4年の科学』やっていた時、カレーとかスープとか食べ物に印刷できたら面白いなと思って。例えば、お父さん帰ってきて、冷や奴に「お父さん、いつもおつかれさま」みたいなことが書いてあったり、カレーを食べようと思ったらそこに「お父さん、誕生日おめでとう」みたいな文字が書いてあったら、きっといいだろうなと思って、それでやったんですけど、実際にはイメージ通りのクリアな文字とか絵はできませんでした。でもやっちゃいましたけど。

井上:話を聞いていて、皆さんの考えをすごく知りたいなっていうことが1つあります。静岡新聞さんの「こどもかがく新聞」というタイトルもそうですし、NHKの「週刊こどもニュース」というタイトルもそうですが、こういうのを考えているのはみんな我々大人です。でも僕らが子どもの時に、今ほど大人が科学コミュニケーションとは何ぞやとかを真剣に議論した上で出されたものを受け取っていたかというと、多分そんなこともなかったはずです。でも僕らはそこで何かにすごく感動したりして、大人になってもそれを失わずにいて、今こういう仕事をしているわけですよね。でもじゃあ、逆に僕らが必死に頭をしぼって今の子どもたちに僕たちの追体験をしてほしいと思っていても、実際にはどうなんだろう。そんなに僕らがあくせくしなくても、いずれ大人になったら、その時はつまらないと思っていたものが、同じように面白いと思ってもらえるものなのか、それとも僕らが本当に必死に何か考えないと、もう振り向いてはもらえないのだろうか。どう思われますか?

湯本:1つ言えることは、今の子どもたちは不器用だと言う人もいますけれど、決して不器用じゃないですね。問題は体験が不足していることです。非常に便利な世の中で、日本は非常に恵まれていると思います。学校へ行って校長先生と話していると、「すごく自然に恵まれた野山があるのに、今の子どもたちは全然遊ばないんですよ。だいたい家でゲームやってるのが普通なんです」と言われるんですよ。せっかくいい環境があるのに、今の子どもたちはその環境を使わずに、作られたもので遊んでしまう。私も公園で子どもたちがゴム縄跳びをやっているのを見て「今の子でもゴム縄やるんだ!」と思ったら、ゴムを持っている女の子たちは片手にゲームボーイみたいなものを持ってゲームをやっているんですよ。もうちょっと大人がしっかりしてですね、子どもたちを真剣に遊ばせるとか、何か体験させるようなことをしていかないと、ちょっとやばいかなっていう気はしています。最近はいろいろな企業から、子どもに科学の面白さを体験させたいという話を持ち込まれる。特に電気関係とか機械関係の会社にとっては死活問題なんですね。子どもの時に科学的な何かを体験して遊んだ子が自分の会社に入ってくれないと、物の開発、物づくりをする力がどんどん衰えてしまうのではないかと。そのためには子どもの時から、そういう場を大人が設けてやっていかなくちゃだめなんじゃないかな。なにかそういうパワーを1回集めなきゃいけないんじゃないかなという感じはしています。

内田:ここにいる関係者には、とっても耳の痛い話かと思います。たしかに学校の現場でも実験の機会が減っています。でも学校外のところで実験をする機会が意外と求められていて、実験教室が人気だったり、今回のサイエンスアゴラの中の子ども向け、親子向け体験教室が大人気だったりします。あと、教科書とか本ではわからない感動を、メディアの側が伝えているかと思うのですが。例えば樋江井さん、先ほどの打ち合わせの時に、子どもは騙せない、難しいとおっしゃっていましたけれど、子どもだから鋭い質問が来て大変だったことってありますか。

樋江井:民放テレビでは、お勉強とかエコとか説教臭いものは視聴率が取れなくなって、良質な環境番組とか動物番組の視聴率が悪くなっていた時代があったんです。それで一時期のトレンドとして、1つのネタを1分間やって笑わすとか、ショートの雑学クイズみたいなものがすごい大ブームになったことがあるんです。ところが最近になってその流れがちょっと変わったかなと思います。あまりお勉強臭くない、説教臭くない番組をスタジオで収録したときに、モニター役の子たちの反応を見てみたのですが、ホッキョクグマなどのクマは、南から北にいくにつれて、寒いところにいくほど体がでかくなるという法則がある。そこで、実はそういう傾向があるんだよというところまでで止めたVTRを作ってみたら、モニターの子どもたちが「あれなんで?」と聞いてきた。そこで「ベルクマンの法則っていうのがあるんだよ」という話を全部してあげると、「ふーん、そうなんだ」と言って納得した。「これで話わかったの?」と聞いたら「わかる」と言う。やはり子どもたちもそこまでの答えを望んでいるんだなということがわかりました。

子どもたちのそうした態度がまた戻ってきているみたいなんですよね、子どものトレンドが。で、ただし、あまりにも説明が長いと面白くなくなります。説明のための説明は面白くないんです。ある事象があって、「これ何で?」と思えば答えを知りたくなる。これは人間の習性で、それがまた強くなってきていると思ったんです。

番組のホームページに、子どもさんたちからの感想が来ます。この辺がわからなかったという質問がちゃんと来る。これ本当に4歳から13歳の子どもが書いたのかなという質問がある。そういうトレンドがまた戻って来ているのかなという実感があります。

内田:そういうトレンドが戻って来ているというのは、結果だけじゃなくてプロセスの方も楽しんでくれる人たちが増えている、そういう番組作りが伝わっているということなんでしょうか。

樋江井:だと思います。なんとなく笑えればいいとか、楽しければいいという、民放の風潮だったところが、徐々にやはり「知りたい」というのとか「それ何で?」というところに視聴者、特に子どもを中心に関心が移っているのかなあと思います。番組で知りたい心をくすぐるようなものをちょっと入れると、子どもさんたちの反応はすごくいいですよ。

内田:ある編集者の方から聞いた、すごく好きな言葉があります。「私たちは伝える側でもあるけれど、実際には受け手としてもプロである。消費者としてもプロだから、その消費者である自分の立場を忘れちゃいけない。そういうふうに立ち返れば、伝え手としてのヒントもわかる」という言葉です。登壇者の皆さんは、まさにそれを実践していらっしゃると、改めて感じました。ここで会場のご質問を受け付たいと思います。

質問:大変興味深い話を聞かせていただいてありがとうございます。ちょっとお伺いしたのが、分量とか時間が限られてる中で科学的なことを伝えなきゃいけない場合に、分量と正確性というのが反比例の関係にあることがよくあると思うのですが、その辺の折り合いを皆さんはどうつけられているのか。わかりやすくしようとすればするほど、専門家から、そこはちょっと違うんじゃないかという突っ込みが来たりすると思うのですが。

井上:そこはまさに、日々作りながら悩んでいるところです。ただ思うのは、要は伝えたいことは何なのかということを絞り込むことだと思います。あれもこれも細大もらさず、どこからも突っ込みようがないように完璧に伝えさえすれば、何かが伝わるかというと、いろんなことを言われたけれど結局何が大切なのかよくわからないということになりかねないと思うんですよね。なので、少なくとも今この番組の中では、この複雑怪奇な理論の中の、要はここをわかって欲しいんですよということを、とにかく絞り込むことだと思っています。それと、先ほどの皆さんの話を聞いて思ったんですけど、子どもが体験を積まなくなる一方で、体験は乏しい割にはいろんなことをわかっちゃっているような気がしている子どもが増えてきてる気がしています。それは多分メディアの責任もあるんでしょうけど、そういう突っ込みどころがないように完璧に理路整然と「こうなればこうなるでしょ、納得してください」というふうに伝えてしまうと、もらう方も「うん、まあそうだろうね」と、何の疑問も差し挟む余地がなくなってしまう。だから突っ込み所満載でもいいから、なんか突っ込みたくなるようなもののほうがいい。突っ込む気もしないような、全然面白くないということしか伝わらなかったりするよりはまし。正確かどうかよりむしろずっと大事なことのような気がしています。

内田:ありがとうございます。突っ込みたくなるような作品の作り方というのは、伝える者にとっても、目からウロコが落ちるようなお話かと思います。樋江井さん、いかがですか。

樋江井:だいたい同じなんですけれど、1つの話でも相当いろいろな側面があるので、あれもこれも詰め込むにしても、どこを切り取るかだけを明確にすれば、コンパクトに絞れると思います。あと、これはどうしても説明しなきゃ本当はわからないというネタがあったとしても、理論がめちゃくちゃ難しいところは、言い方は悪いかもしれないですが、サラッとわかった気になってもらうぐらいの最低限の説明ですませる。ただし、嘘は絶対につかない。これだけは忘れちゃいけない。嘘はつかないけど、今回はちょっと流しますよというのはあります。

内田:嘘はつかずに、エッセンスを取り出すということですね。

樋江井:そうです。嘘はつかずに、きちんと要約したストーリーにして、監修者にチェックしてもらうということはやっています。

内田:先ほどのお話と重なってしまうかもしれませんが、菅本さんはいかがですか。

菅本:私たちの出している「こどもかがく新聞」はその名に「子ども」がつくので、小学生向けにはどこまで必要かという掘り下げをしています。その上で必要な情報を落とさずに、読んでいる子どもたちにもよくわかるような書き方を工夫しています。ですから大人じゃないと通じない部分はすべて省くことになります。

内田:湯本さんはいかがですか。

湯本:誌面の話をしますと、あるテーマを調べてくと、すごく面白い事実がたくさん見つかりますよね。それで、これも教えたい、あれも教えたいということになるのですが、誌面には限界があるので、編集作業として削ぎ落としていくことになります。学校の先生もそうだと思うのですが、子どもに限らず誰かに教えるというのはとても大変なことで、1を教えるのにその10倍くらいの知識がないと教えられない。編集作業というのは、たくさんの情報、いろいろな面白い事実を集めて、それを削ぎ落す。10調べたらそのうちの1だけ、どの1に絞り込んで載せるかが勝負ですね。例えば難しいテーマで、ブラックホールはどうやってできるのかなんていうのを6ページでやろうとするのは大変ですけど、じゃあこれを「ブラックホールの作り方教えます」という料理教室にしちゃうのはどうかなとか。これは結構ヒットしたテーマなので、料理に例えてずっとやっていこうとか考える。大陸移動なども、クッキーを使ってやる。だからまさに料理の仕方ということで、難しいことを別のたとえを使っていかに子どもにわかりやすく伝えるか、そこが勝負になってくる。それがまた面白いところではありますね、編集作業の。ブラックホールを教えるのに料理にたとえるなんてふつうは思いつかないと思うのですが、調べていくと、ミキサーがあったりで、意外と料理とマッチングするなあという発見がある。

内田:要するに今回のテーマである「料理の仕方」ですね。コンテンツは料理という。最後に皆さまから一言ずつまとめの言葉を頂戴できたらと思います。

井上:ほとんど喋り尽くした感じですが、要は、僕らもこんなふうに何か明確な理念やら答えがあって仕事をしている訳では全くなくて、本当に手探りをしているということを皆さんと共有できたらいいなと思っています。あるいは逆に、僕らは答えに辿り着いていないけれど、こんなに面白いことがあるんですよという投げかけが柔軟にできるといい。実は、答えがないようなことを番組で言うと、かなりの数の視聴者の方から文句を言われるのです。「答えがないようなことを言うな。ちゃんと答えを言え」と。でも僕らは、「いやそれは皆さんに考えてほしいから番組をやっているんですけど」と思っているのです。考えたくなくて番組を見ているのだから答えを言ってくれっていうようなことで言われてしまうと、僕らとしては答えのないようなことは番組にできないことになってしまう。でも世の中答えがないことの方がむしろたくさんあるのであって、そんなことメディアに答えが出せるわけがない。そういうことをもっともっと自由に発信していけたら、番組に限らずメディアが伝えられる自由度が広がっていくのにと感じています。

内田:ありがとうございます。答えがなくて一緒に考える番組を、私もぜひ見てみたいです。

樋江井:うちは民放の科学番組ですけれども、視聴率の問題もありますが、いろいろと無茶をやりながらも、何か面白いものを探求していくプロセスをみんなで一緒に体験しようというところは確実にやっていきたいと思います。そういう番組を皆さんがちょっとでも応援していただければ、私たちも楽になるので、よろしくお願いします。

菅本:大人が身につけてしまった常識にあまり囚われずに、いろいろ考えることがすごく必要だなと思っていて、この夏にあるイベントをやりました。「カブトムシ採り」というイベントなのですが、7月のお盆の頃に子どもたち連れてカブトムシ採りに行ったところ、みんな木の上ばかりを見ているのです。ところがカブトムシは木の根元で蛹から成虫に羽化したばっかりで、地面を掘るとゴロゴロ出てくる。そういうちょっとした視点の転換で、普通のものがどんどん面白くなるような気がします。「カブトムシって土の中でも採れるんだ」という発見が次のステップにつながるということもあったりするので、そういうようなことを常に常に意識していけるといいなあと思っています。

内田:ありがとうございます。これからも楽しみにしております。

湯本:私の部署は、本も作るし、科学実験キットも作るし、学校に行って授業もするところです。実は2年をかけて足立区の全小学校で授業をする事業をやっていまして、今が2年目です。休憩なしの90分授業なんですが、実験を子どもたちと一緒に楽しむ授業だとみんなついてきてくれる。普段はあまり科学とか理科を体験できていないんですね。我々は本を作って、大勢の人に読んでもらって、科学に興味を持ってもらうとか、実験キットを開発して使ってもらって科学に親しんでもらうとか、いろいろな仕事をしています。けれども今の子どもたちはそういう体験が不足してる。そこでこの機会を借りて皆さんにお願いしたいのは、自分ができる範囲、昆虫が大好きとか、植物が大好きとか、自分が得意なことでかまわないので、それを自分の子どもに伝えたり、町内会でそういうグループを作ってやっていただきたい。自分たちが子どもの時に経験したこと、ここに参加してる年齢の方たちは子ども時代にいろいろな経験をしていると思うので、心地よい感動を受けたその経験を周囲に伝えていくことでウェーヴを起こせたらいいなあと思っています。私には危機感があるので、強くそう思っています。

内田:ありがとうございます。大人も子どもも、心が喜ぶような何かをっていうことを、今後も共に伝えていけたらいいなと思います。今日は、ご登壇の4人の方のお話を伺って、メディアの料理の仕方の秘訣や、これまで受け取っていたコンテンツの新たな楽しみの視点も知ることができたのではないかと思います。ありがとうございました。

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