大型研究予算のあり方 ~ 市民・科学者の関与を考える~
日時: 2010年11月21日(日) 10:30~12:00
会場: 日本科学未来館 みらいCANホール
登壇者(敬称略)
- 開会挨拶:
- 金澤一郎(日本学術会議会長)
- 基調講演「マスタープランの構想から策定まで」:
- 岩澤康裕(日本学術会議 科学者委員会 学術の大型研究計画検討分科会委員長、電気通信大学教授、日本化学会会長)
- パネル討論「限られた財布でいかに多様性を確保すべきか~研究者の関与、社会の要請」:
- 永宮正治(J-PARCセンター長、日本物理学会会長)
- 川本裕子(早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
- 倉持隆雄(文部科学省研究振興局長)
- 岩澤康裕
- モデレーター:
- 保坂直紀(読売新聞東京本社科学部次長)
- 司会:
- 小野槙子(サイエンスアゴラ2010企画委員)
小野:主催企画の「大型研究予算のあり方~市民・科学者の関与を考える~」を開催いたします。私はサイエンスアゴラ2010の企画委員を務めさせていただいております小野槙子と申します。昨年度から事業仕分けが始まり、科学技術関係予算も取り上げられ、話題を呼びました。それにより、科学技術予算確定の過程に科学者がどのように関与しているかも含めて、国民からするとブラックボックス化している部分が多いことが、図らずも明らかになりました。本日のセッションでは、そのブラックボックスの部分を明らかにすると同時に、市民がそこにどのように関与したらいいかということを、様々なステークホルダーの方のご意見をお伺いながら議論を進めたいと思います。
それではまず、本セッションを共催している日本学術会議会長の金澤一郎先生よりご挨拶を頂きます。よろしくお願い致します。
金澤:皆様おはようございます。金澤でございます。ただ今のご紹介にありましたように、この企画は日本学術会議とJSTとの共催でございます。そのいきさつを申し上げたいと思います。そもそも学術会議がなぜ大型研究予算を取り上げてものを言うことにしたかといいますと、私が平成15年に初めて学術会議の会員にしていただいたときに遡ります。その際に研究体制委員会の委員長を仰せつかりまして、予算のあり方に対する提言も含めていろいろな研究の体制を検討することになりました。その委員会の中にはいくつかの分科会がありましたが、その一つが大型研究に関する分科会でした。実はそこでの議論を聞いておりまして、これは大変な問題だと思いました。過去のことなので申し上げても差し支えないと思いますが、たとえば「すばる望遠鏡」の問題です。これは非常に大きな予算を使ったプロジェクトで、とても大きな成果があがっていることはよいのですが、そもそもどういうプロセスでプロジェクトの研究体制がとられたのかが、あまりよくわかっていなかった。そこで熱心に担当された事務の方に聞くと、小平先生のがんばりでエイヤっと進むようになったというようなお話を何回か聞きました。その一方で、政治家の人が強く推したので実現したような大型研究プロジェクトもあるようです。つまり大型の研究予算をどうやってつけるのかということに対するきちんとしたプロセスが我々にはわかっていなかった。市民の皆さんどころか、科学者自身がわかっていなかったわけであります。それでこれはまずいということを感じておりました。
そんな折、たまたま2年ちょっと前くらいに、アメリカの大型研究予算を決めていくプロセスを知る機会がありました。その時、国が大きな予算をつけるについて科学者の意見がきちんと中に入っているのかいないのかが大きな問題であるということを文部科学省の方からも指摘をされました。その時私は、大きな予算を使う研究に対しては、100%の賛成は無理としても、出発の時点で多くの科学者にサポートされているか、大きな欠陥はないかという検証を行うプロセスが必要だと考えました。それが2年ほど前のことです。そこで学術会議として、順位付けはともかくとして、それぞれの科学者ソサエティーの中できちんと評価されて大きな予算を使うべきだと考えて、一覧表を作ってもらいました。その時、とても大きな予算を使って施設を造る必要があるものと、施設ではなく、日本あるいは世界中のたくさんの研究者が集まって1つのテーマに関して、大きな予算を使って1つの目標に向かって研究する、例えばゲノム解析のような研究、そういう2つのカテゴリーに分けて検討をしていただきました。つまり大型施設計画と大規模研究計画です。
これまでは大規模研究計画についてはあまり注意を払ってこなかったかもしれません。したがって今回の我々の成果は非常に大きなものがあると思っておりますし、またあとでご説明があるかと思いますが、人文社会科学系からも提案を頂戴致しまして、それをリストの中に入れたという、私にとっては大変うれしいできばえでございました。というわけで、この大型研究予算というものに対する皆様方のご意見を伺うにあたり、科学者の意見がまとまってきたということだけお話し申し上げて、私のご挨拶にさせていただきます。今日はお集まり頂きまして誠にありがとうございました。
小野:金澤会長ありがとうございました。続きましては日本学術会議科学者委員会学術大型研究計画検討分科会の委員長として、いわゆるマスタープランの取りまとめをされました電気通信大学教授の岩澤康裕先生から、そのマスタープランの構想から策定までに関する.基調講演をいただきます。岩澤先生お願い致します。
岩澤:ご紹介いただきました岩澤でございます。私は日本学術会議において理学工学分野を担当する第三部の部長をしております。その関係もありまして金澤会長から、学術の大型研究計画検討分科会の委員長を仰せつかり、2年ほどにわたってこの問題について検討し、この3月に第1回目の提言をまとめました。提言の概略をご説明させていただきたいと思います。お手元に配布させていただいたものは、その経緯を含めた骨子です。ただしその前に、日本学術会議のホームページにあります本提言に書かれている前段階を先にご説明させていただいた方がわかりやすいと思いますので、最初にそれを説明させていただきます。
まずはマスタープラン作成の背景です。ちょっと読ましていただきます。「我が国における学術の「大型施設計画」(素粒子・原子核物理学、天文学、宇宙空間科学、核融合科学、地球科学など)は、国際的な協力と競争の下で、科学者コミュニティのボトムアップによる周到な立案と大学共同利用機関などが主体となった建設・共同利用によって推進され、我が国の科学を世界の第一線に押し上げ、かつ大学等における基盤的研究と人材育成を支えてきた。」このように位置づけられているのは、いわゆる大型研究計画、特に施設等で、予算を集中投資する大型施設計画と言われているものです。その一方で、金澤会長も言われましたが、「生命科学、地球環境科学など広範な学術の諸分野において、多くの研究者を長期にわたって組織する計画によって、長期定点観測・研究、大規模データ収集、広範なデータベースや大規模資料ライブラリー作成などにより大分野を支え、我が国の学術の将来的発展を実現する「大規模研究計画」と呼ぶべき研究計画の実施が、国際的視点も加えて緊急の課題となりつつある。」こういう研究も今後おそらく大事になるだろう、そういう投資も日本としてはやるべきだという考えがまとまりました。そこで今回、いわゆる大型施設計画と大規模研究計画を同時に扱ったということです。これらの大型計画の遂行には、科学研究費補助金等の枠では賄いきれない多額の予算が必要であるため、結局は他の多くの小型研究予算に大きな影響を与えてしまうので国の政策性が求められ、その推進には良い面と悪い面があるわけです。
それから2番目、「大型計画は、新たな科学と技術の限界への挑戦であり、フロンティアを切り開き新たな知を創造する先端研究である。大型計画により生み出される成果は、我が国の国際的地位を高め、広い関連分野の研究・教育を育て加速させるとともに、萌芽的研究を育成する研究基盤を広く強化することができる。」これは、今までの大型計画がやってきた財産のよい点です。これはそのまま残さなければいけません。
3番目、「資源・エネルギーに乏しい我が国にあって、広範な学術的基盤に支えられた最先端科学の発展が果たす役割は非常に大きく、持続可能な人類社会の構築に必要な技術の革新や産業創出にもつながる。」
4番目、「これら学術の大型計画の継続的推進は緊急の課題であるが、それとともに、我が国の大型諸計画の高い成果に伴い、国際的な共同協調に関する迅速で強力な対応が求められていることも指摘したい。」これも、我が国では今までウィークポイントとされていたものですね。G8を始めとした各国トップクラスの政治家や行政官を集めたいろいろな国際会議の場において、サイエンスベースでの我が国からの提案として、きちんとした資料がなくて説明することもできなかったせいで、国際貢献やプレゼンスで我が国が不利な立場や煮え湯を飲まされたというようなこともあったと聞いています。そのように、学術の大型計画の適切な推進は日本の科学水準維持強化にとって不可欠であるにもかかわらず、いくつか問題点がありました。
その第一は、国民そして科学コミュニティの理解が得られるような科学に基づく透明なアセスメントの必要性がなかったことです。高い透明性と公開のもとで立案されるボトムアップ型計画においても、最終的な予算化段階や成果の公開で社会への説明が十分になされているとは言えない面があったということも、最近特にずいぶんと指摘されています。トップダウン的、国策的な大型施設計画には更に多額の予算が投入されてきていますが、計画策定や決定のプロセスに科学者コミュニティが十分に寄与することができず、透明性や科学的視点に基づく評価、適切な利用体制などが不十分なケースも少なくなかったということです。
第二の問題点は、大型施設計画を長期的かつ組織的に推進する仕組みの明確化が不十分だったということです。科学者コミュニティの意見集約を踏まえたうえで、科学的に優位性が高いと評価される各大型施設計画の所要経費、計画期間、期待される成果などをマスタープランとして明らかにし、それを政策判断に基づいて適切に実現していくことは、大型施設計画に対する国民の理解を得る上で必須であるということで、今回マスタープランというものを我が国で初めて作成したわけです。
第三の問題点としては、近年従来の大型施設計画とは異なるが、様々な分野で増大している学術分野の重要課題として、長期間に渡って多くの研究者を組織し、通常の競争的経費では実施が困難であるような予算を要する大規模研究計画の必要性が高まっていることです。そしてそれらに対する対応がこれまた不十分であったということです。この大規模データや資料の収集と効果的利用を推進することで、新たな知を創造するための研究計画の概念を整理確立して大規模研究を日本の科学政策においてきちんと位置づける。それと同時に、大型施設計画と同様に、科学的で透明性の高い評価、所要経費、計画期間、期待される成果などについてのマスタープランの策定と確実な推進の体制が求められるということで、今回のマスタープランの中に入れております。
このような問題点があったため、日本学術会議としては、それを認識した上で、科学者コミュニティの専門的意見を集約し、大型施設計画および大規模研究計画の検討を行って我が国として初めての全分野に渡る大型計画のマスタープランを策定しました。今後は、マスタープランにおける計画追加とか補強、学術的観点からの計画評価を進めます。また、大型計画に関する政策に対する学術の俯瞰的立場からの具体化とその実現を通して、学術の大型計画の適切な推進と学術の長期的強化という役割を日本学術会議としては担っていくつもりです。
そこで提言として今回6つ上げさせていただきました。
- 提言1 学術の大型計画のマスタープランと科学的評価に基づく推進策の構築
- 提言2 従来の「大型施設計画」に加えての「大規模研究計画」の確立と推進
- 提言3 大型計画と基盤的学術研究、およびボトムアップ的な大型計画とトップダウン的な大型計画の、バランスの良い資源投資と総合的推進による我が国の学術の強化
- 提言4 大型計画の政策策定プロセスにおいて、科学者コミュニティからの主体的な寄与が十分に行われる体制の確立
- 提言5 科学者コミュニティによる大型計画の長期的検討体制の構築
- 提言6 学術の大型計画の推進を通した、多様な関心と能力を持つ人材の育成と教育体制の確立
この6つを、マスタープランの策定と同時に提言させていただきました。
次に、日本学術会議としては、このマスタープランをどのような形で集中的に討議してまとめあげたかということをご説明させていただきたいと思います。
検討する分科会の設置は、平成20年の学術会議の幹事会で決まりました。その背景は今申し上げましたように、現代の大型の学術研究は他分野の協調と国際的な協力と競争のもとに営まれているというものです。これは個々の小さなボトムアップ型のものと大きく違う点の1つです。もう1つは、計画遂行にあたっては、非常に多額の予算が必要とされるため、透明性のあるサイエンスベースでの評価、資料づくりが必要であるということです。つまり、現状における我が国の科学の実力、将来計画に関するプランニングはあるのかどうかをすべて調査して評価する。そしてサイエンスベースできちんとまとめ上げた資料を作り、それに基づいて政府・行政が政策的な順位づけをして予算をつけるという、これまで日本にはなかった手順を日本学術会議がまとめ上げたということです。
大型・大規模研究の計画に関する審議事項としては、研究者の企画への関わり方、実行可能性の評価手法、国際大型研究へ関わる仕組み、大型・大規模研究の長期マスタープラン作成体制、ボトムアップ型研究と大型・大規模研究の協力方法、以上の5項目です。これらについてヒアリングを交え、審議を致しました。その際、いくつか海外におけるこの種の取り組みも参考にしました。
1つは、欧州のエスフリ(ESFRI:European Strategy Forum on Research Infrastructures)です。これは欧州共同体が、最近だと2008年に欧州版インフラロードマップとして公開したものです。これは7研究分野に分かれていまして、様々な大型計画が大規模計画も含めて出ています。
それともう1つは、米国エネルギー省DOEのものです。これは2008年の終わりまでのロードマップ的なまとめとなっています。この特徴はプロジェクトや大型施設など、研究開発レベルなのか、すでに建設段階に入っているのか、運営も含めてもうオペレーションになっているのかといったものをまとめたロードマップ的な表になっています。
ただ先ほど会長も言われましたが、私たちとしては、日本のすべての分野の現状をサイエンスベースでの資料としてまとめ上げ提供することを目的としたものであって、私たち自身が順位づけるというようなことを意図したものではありません。
我々が最終的にまとめ上げた43の項目は、どれを採用していただいても国民の目から見ても納得できるであろうというものです。それらの中から、あとは政策として順位付けをすればいいというのが、現在の私たちの考えです。
委員の構成を示します。日本学術会議の第一部というのは人文社会科学、第二部は生命科学、第三部は理学・工学ということで、すべての分野が入った形で検討致しました。16回の検討会を開催してまとめ上げました。そこでは、各国の取り組み状況の把握や我が国における取り組みに関する調査もやりました。この調査では、大型研究施設に関しては131件の回答がありました。大規模計画に関しては151件の回答がありました。したがって合計282件の中からヒアリング等も含めて1年半を費やして調査をし、43件を選んだことになります。
一番大事なのは何を基準に選ぶかという点でした。学術の大型装置計画リストアップ基準としては8項目あります(下図)。定義から予算的なもの、科学的な目標、国際水準、国際連携などに合致しているのか、そういうものとの位置づけ、研究者コミュニティでの合意、あるいは研究者、専門家間で十分な討議がなされているかどうか、あるいはどの段階までいっているのか、計画の実施主体はどこの組織か、それが採択されて実行されたあとそこで責任を果たせるのかどうか、完成後の共同利用体制、共同利用運用といった広角的利用が期待できるのかどうか、計画の妥当性・透明性、こうしたことが担保されているかどうかを基準にしました。大規模研究計画の方も項目はほとんど同じです(下図)。定義とか予算とかが若干違うだけです。

ヒアリングでは、個々の計画を出してきた担当者に聞くのではなく、その分野を俯瞰的に説明できて普段からよく知っている方へのヒアリングを実施しました。人文社会科学に関しては、先ほど会長も言われましたが、大型計画、大規模研究計画といえば、これまではだいたい理学工学・医学・生物科学などに限られていた。人文社会についてはそういう概念がなかった、しかし人文社会科学の大規模研究が実施されれば、我が国の力になるし、異分野融合も含めて新しい開拓領域、文化も造るということで、人文社会科学分野で検討されたものが、今回は3つ採択されています。
日本学術会議の今回の提言の中では、マスタープランのほかにこれらの資料も公開されています。2ページの見開きにまとめて非常にわかりやすくなっています。概要ではそのエッセンスわかる絵を入れてもらったほか、研究の科学的意義、所要経費、年次計画、実施期間、担当グループ、学術コミュニティの合意状況、国際協力、国際共同体制があるのかないのかまで、必ず書いてもらうということにしてあります。

今後の予定も紹介します(右図)。今年の3月にマスタープランを公開しました。それが今、倉持局長からもお話があると思いますが、政策レベルの検討がされています。現在は計画修正追加のための第3回アンケート調査を行っているところです。昨年のマスタープラン検討段階では間に合わなかったけれど、今はここまでこうなっているという全く新しい計画も出てきています。締め切りが12月22日なので、来年早々からその取りまとめに入り、学術的観点からの計画評価でマスタープラン改定補強をやり、第二回目のマスタープランの作成といろいろな資料を公開し、一般の皆様方の目にも触れるような形で公開してご意見をいただければと思っています。このあとのパネル討論でも、会場の皆様方からのご意見がいただけましたら幸いでございます。今日はどうもありがとうございました。
小野:岩澤先生ありがとうございました。続きましてパネル討論に移らせていただきます。モデレーターは、読売新聞東京本社科学部次長の保坂直紀さんにお願いたします。
保坂:読売新聞科学部の保坂と申します。日本学術会議会長の金澤さんと実際にロードマップをお作りになった岩澤さんのお話にあったように、とても大きな額の予算を使わなければ前に進めない大規模な研究がある。数十億円以上とか百億円以上の額の研究予算が実際にどうやって投下されるようになったのかは、研究者の中でも今まであまりよくわかっていなかった。それではまずいという気運が研究者コミュニティの中でも盛り上がってきた結果として、このシンポジウムが開かれるということです。
パネリストの方々を、これからお話いただく順序で紹介します。J-PARCセンター長の永宮正治さん。J-PARCというのは、高エネルギー物理の研究施設で、小さな陽子をものすごいスピードで原子にぶつけてその反応を見るための大規模な施設で指揮をとっておられる方です。次にお話し頂くのは、文部科学省研究振興局長の倉持隆雄さん。先ほどトップダウン、ボトムアップなんていう話もありましたが、研究費を実際にどう配分していくべきかを担当している部局の責任者であります。もうお一方は川本裕子さん。早稲田大学大学院ファイナンス研究科の教授でいらっしゃいます。川本さんは仕分人も務められた方ですが、科学技術の担当ではありませんでした。川本さんのご専門は金融関係ですが、どの分野にとっても科学は大切だということを日頃から力説されています。今回は、財政に関して厳しいお考えをお持ちの一般市民代表という立場で加わって頂いております。
それでは最初に、大型研究施設を運用されている永宮さんに、科学コミュニティの中では大型予算の配分に関してどのような議論がなされているのか、科学者コミュニティから見て問題点はどこにあるのかということについてお話し頂きたいと思います。
永宮:ご紹介いただきました永宮でございますが、先ほどの岩澤先生からご紹介のあった学術会議の委員会のメンバーにも入っておりますので、若干オーバーラップするところもあると思いますけれども、3点を申し上げて問題提起にしたいと思います。
第1点は、非常に進んだ大型計画は、テクノロジーの最先端、それも人類が到達できそうな極限に迫っているという点です。例えば私どもの加速器科学を例にとりますと、J-PARCではありませんが、衝突型加速器としてはBファクトリーというのがあります。これは2つの方向のビームを逆方向に加速して衝突させることで新しい粒子をつくる加速器なんですが、1ミクロンという精度でビームを衝突させます。さらに3キロメーターのリングの中を1ミクロンの精度で1秒間に約10万回も衝突させます。それを更に200分間続けます。すなわち3キロメーターごとに1ミクロンの精度で、それも数珠玉のように何回も何回もぶつけますから、長さに換算すると地球から天王星くらいの距離を1ミクロンの精度でぶつけ続けることになります。私どものJ-PARCでも別の面での技術の極限に迫るチャレンジがあります。
天体観測の分野でも、先ほど話に出たスバル望遠鏡をさらに明るくするTMT計画というものがあります。これは、月の上においたゲンジボタルの発光を1時間の観測で見られるほどのすごい解像度を持つ望遠鏡です。そのための鏡を作るのは並大抵の技術ではなく、世界的にも日本の会社1社くらいしかできないのではないかと言われています。
大型計画を通すには大変な努力がいるのですが、その一方できちっとした大型計画にはそれなりの大変な技術的チャレンジが伴います。従ってお金をどっとつぎ込んだから自動的にできるという類のものではないということを、第1点として強調しておきたいと思います。要するに、大型計画は最先端技術の極限、もっと言うと日本の文化を支えるような技術と結びついているということです。
第2点は、大型計画の立案方法に関しては、日本には二通りあるということです。先ほども指摘がありましたが、1つは大学等のコミュニティの議論を経たあとで出されるもので、これはボトムアップ型です。もう1つは国策としてやらねばならないものとして行うもので、スパコンであるとかロケットなどのトップダウン型です。私はもちろん両者の必要性を十分に認める立場にいるのですが、学術会議がまとめた43計画でもこの両者を意図的にミックスしてリストアップしています。一方で、この両者の違いは何かというと、決定のスピードがまず違います。トップダウン型ではコミュニティの意見を聞く必要が基本的にはないわけなので比較的短時間で決まります。一方、ボトムアップ型ではコミュニティの意見調整を済ませたあとにやることになるわけで、難航した末にできあがったころにはもう遅きに失しているという現象もよく見られます。そういうわけで、私は、両者の中間の進め方をもうちょっと伸ばしていくべきではないかなと思っています。すなわちトップダウン型でも大学の研究者の意見を聞いてから実施するというプロセスを踏むということです。どちらも研究者が最終的に責任を持つことになるわけですから、時期を逸しない、しかし、研究者の意見を十分に反映した計画の進め方を考えるべきではないかと思っています。
第3点は、より具体的な大型計画の進め方に関する点です。ほとんどの大型計画でもっとも重要な点は、出来上がった後の運用をどうするかということです。出来上がった後の運用に関して、立案段階から十分に議論していく必要があるという点です。アメリカに長くいた経験から見て、この点が日本では非常に欠けている点ではないかなと考えています。建設に関しては大いに議論するのに、完成後のことについてはほとんど議論しない。そのせいで、完成したのに運用期になってからお金がなくなってしまうという例がしばしば見られます。ある装置が作られた後何年使ってその運営費はいくらなのかを十分に考慮した予算の計上が望まれるわけです。欧米では、この点についてリサーチカウンシルといったところで順序立てたプランニングが行われます。ところが日本ではそういったことが予算構造的に不可能になっているという問題があります。建設は施設整備費で、運営は運営交付金で賄わなければならないため、その間に連続性がない。そういうことをもう少しきちっと見直すシステムが必要だと思います。
そこでまとめたのが次の3点です。
- 大型計画は、人類の最先端ともいえるテクノロジーの限界を追うものである。
- トップダウン計画(スパコンやロケット)とボトムアップ計画(大学共同利用研計画)の2つが別々に動いている。これらをミックスさせる努力が必要。
- 立案・建設・運営を一貫して見通した予算計画。
限られた時間ですので3点だけ申し上げました。
保坂:ありがとうございました。これだけ大きな額を使う研究なのに大学研究者の意見が十分に聞かれていないものもあるという実感が、科学コミュニティの中にあるということですね。そのあたりについては後でまた議論したいと思います。次は文科省で予算を配分する側の倉持さんに、予算の配分の仕方はどうなっているのか、そのあたりをわかりやすく説明していただきたいと思います。
倉持:文部科学省の倉持です。私は今、研究振興局というところで、優れた科学的成果を目指そうとする研究者の方々の努力をサポートさせていただいていると同時に、永宮先生からもお話がありました、次世代スーパーコンピュータみたいなプロジェクトもやっています。ただし、原子力とか宇宙とか海洋とかは別の局がやっています。

今日は、せっかくの機会ですので、最初に学術会議のマスタープランを受けて行政側というか文部科学省で今何をしようとしているかについて、ご説明したいと思います。その中身については、直前にお配りした冊子にありますので、後で目を通していただければ大変有難いと思ます。学術研究の大型プロジェクトとは、繰り返しになりますが、「人類の発展に貢献する真理の探究を目指すことを目的として、研究者の知的好奇心・探求心に基づく主体的な検討と研究者コミュニティの合意形成により構想されているプロジェクト」という定義です(右図)。あるいは、「大学における研究・教育を支え、国民の科学への関心を高め、国際的な競争と協調の中で我が国がリーダーシップを発揮し、世界に貢献しうるプロジェクト」でもあります。規模感から言えば、先ほどお話がありましたように十数億円以上のものということで一応概念設定をしています。
例としては、スーパーカミオカンデであるとか、先ほど金澤会長のお話にありました、ハワイにある「すばる望遠鏡」などがそれです。
科学技術の行政を進める上での基本ルールがあります。政府が5年ごとに決める科学技術基本計画がそれです。それは1995年に科学技術基本法というのができて、それに基づいて5年ごとに、向こう5年間政府としてどういう取り組みをするのかを決める政策文書です。今日話題になっている学術の大型プロジェクトの位置づけとしては、今年が最後の年になる第三期科学技術基本計画の、基礎研究の推進という中に位置づけられています。すなわち、「研究者の自由な発想に基づく研究の中でも、特に大きな資源の投入を必要とするプロジェクトについては、研究者の発意を基に厳格な評価を行った上で、国としてもプロジェクト間の優先度を含めた判断を行い取り組む」というものです。
それでこの第三期基本計画が今年で最後だということで、来年からの第四期の議論が進んでいます。今日のテーマとの関連でその骨子を引用すると、「研究者コミュニティーの議論を踏まえて、運用段階も含めた推進計画を策定し、これを基本としつつ、客観的かつ透明性の高い評価の実施の上で、安定的、継続的な支援を行う。(中略)また、プロジェクト開始後も不断の見直しを行い、より優先度の高いプロジェクトに重点化するなど、資源配分の最適化を図る」とされています。
これが来年から実施される基本計画に向けての動きです。現時点で関連する政策としては、今年の6月に決めた新成長戦略というのがあります。そこには、「最先端研究施設・設備や支援体制等の環境整備により国内外から優秀な研究者を引き付けて国際頭脳循環の核となる研究拠点」を形成しましょうということが謳われてます。

それでこれまで、スーパーカミオカンデだとかすばる望遠鏡などはどうやって決めてたのか(右図)。それについては、研究者コミュニティから計画が検討されて私ども文部科学省に要望が出されます。すると、行政だけで判断するのは十分ではないので、科学技術・学術審議会にご専門の方にご参加いただいて、プロジェクトの事前評価をします。そしてその評価に基づいて財政当局と交渉して財政措置を講じるというプロセスです。ただしここでどういう予算項目で何をやってるのかが本当に見えにくい。
これは国立大学の運営交付金の中の一部ですので、だいたい今年であればトータルで250億円ぐらいの予算を、こういうプロセスを経たものについて配分しているというのが現状です。しかしとても見えにくいということなので、学術会議の方にイニシアチブをとっていただいて、マスタープランということで大型の計画としてどういうものがあるのかを分野を超えて1つの土俵に乗せていただいたということです。

つまり、研究コミュニティである学術会議でマスタープランを作っていただき、それをもとに、科学技術・学術審議会でそのロードマップを作っていただき、具体的なプロジェクトを検討する(右図)。そのロードマップを作る過程でパブリックコメントなども実施し、いろいろなプロジェクトについての議論が広がってくることを期待するということです。
そうやって、できるだけ透明性の高いフィードバックのかかるループを作っていきたいということを考えています。ロードマップの内容は、43計画それぞれの研究の概要とか実施主体、評価などの観点をまとめたものになっています。
繰り返しになりますが、43計画を対象にヒアリング等をやりまして、研究者コミュニティの合意であるとか計画の実施主体、共同利用体制、計画の場所、緊急性だとか戦略性、それと社会とか国民の理解などがどこまで深まっているのかというような観点から評価を加え、abcの3段階に分類した結果、その中で計画として詰まっているものが18あったということです。
これを皆さんと共有しながら、研究者コミュニティの議論の詰まり具合を反映しながら次のプロジェクトを立ち上げていこうというわけです。ただ、今年の全体予算は250億円ぐらいの額で、来年どうするかは今コミットできないわけです。それと、計画の内容は日進月歩の科学の世界ですから、ロードマップを定期的に見直ししていきたい、そのための土俵ができたということです。
それでこの案についてパブリックコメントもして、900弱のコメントを頂きました。そういうことを見ながら、ロードマップの精度を向上させつつ、研究コミュニティの意見集約を見ながらキメの細かいアクティビティに発展させていきたいと思っています。

国内外における動向の調査とか分析に基づいて検討ですることで、それぞれの計画が自分はどういう山にどういう登り方で登るか、その山の価値についてコミュニティの外の皆さんと共有するような姿を作れたらいいなと思いながら仕事をさせてもらってます。そのプロセスの中で社会や国民とのコミュニケーションの強化であるとか、最後は我々の宿題なんですけれども、安定的継続的な財政措置の検討といったことで、どういう予算フレームを用意できるか、これから検討を深めていきたいというところです。
保坂:ありがとうございました。科学者コミュニティの中のお話、役所の側、政策の側のお話、どちらも透明性が必要だからやろうじゃないかということですけれども、じゃあ具体的にどうしたら改善できるのかというと、またここに難問が立ちはだかるわけです。これは後で議論しましょう。次に川本さんから、外側から見ている一般市民の立場から、これをどう見ているかというお話をお願いしたいと思います。

川本:川本裕子でございます。私は金融とか経済をずっと専門にしてきたので、今日は本当に市民の立場で印象を申し上げるということにさせていただけたらと思っています。そこで一番の問題は、財政制約の厳しさということだと思うんです(右図)。国はGDPの200%という世界でまれに見る借金を抱えることになってしまった。しかも少子高齢化の世の中でこれからどういう形でその財政を維持していくのかということが非常に大きな問題である。そういう中で納税者としてそのお金の使い方、税金の使われ方に対して非常に意識が先鋭化してきたんだと思います。事業仕分もその1つの現れだと認識しています。
そういう中で、研究開発をどういう形で捉えるかというと、非常に大きなお金がいるということですね。全部の予算を含めて3兆円規模ですか。そうしますと国民1人当たりで赤ちゃんからお年寄りまで全員含めて1人1年に3万円ぐらい、月に3千円ぐらいのことを国民が納得してそれに拠出してよいと思えるのかという、希少資源の配分の問題だと思います。
民間部門であれば企業が利益をあげてそこから配分するわけですけれど、公的部門であれば国民が税金を払ってそこから配分するわけです。そこで公的部門では特に、市民が税金を負担する上での納得性が非常に大切になってきている。日本の国民の知的水準は極めて高くなってきているので、そういう意味ではきちんと説明をしなければいけない時代になっている。逆に知的水準が上がっているので、よいものだという納得性があればみんなそれを推進してほしいという気持ちはより強くなると思うんですね。
そこで3つ目、市民の納得性をどういう形で得るかということです。なんとなく印象とかイメージでもいいと思うのですけど、日本経済にとってすごく重要なんだという全体論で市民は理解できると思うんですね。ただし納得性のためには個別論に降りた理解も必要です。ただ何に使うかという理解は、科学技術の場合とても難しいと思います。今日もお話を伺っていて、正直わかることとわからないことがありました。ですので何に使うかの理解はもちろんですけど、お金の分配がどのようにされているのかというプロセスの決め方も非常に大事なのではないかと思います。それは倉持さんがおっしゃったことなのですけれどもう一度申し上げますと、高度の専門性があるので専門家にしかわからない内容になっていないか。そうだとすると、タコつぼ化になっているのではないかという心配もありますし、専門性が高くてしかも不確実性が非常に高い中で投資決定をされるので、成功の見込みとか戦略性とか研究者の資質などを考慮したポートフォリア的な投資がなされているのかどうかということも心配になります。
足して2で割ったりするとよくないでしょうし、多様性といって、ばらまきになってしまう怖れもある。真の意味での多様性を達成しなければいけないということで戦略を描いて実行する責任主体が必要だということだと思います。そういう意味では、事後的に客観的に評価をされるということを関係者が事前に明確に認識しておられることが、とても大事だと思います。あとで必ずチェックされるんだぞっていうことを、関係者の方たちが皆さん自覚していらっしゃれば、そんなに変なことにはならないのではないでしょうか。常に評価しあう文化といいますか環境といいますか、フェアプレーに通じると思うのですけども、信頼の高い審判というものが必要なのではないかなと思っています。

次の問題提起ですけれども、卑近な例で厳し目の言葉で申し上げますと、科学技術水準の高いということは、国の経済への貢献として納得できるようなものがあるのかということです。投資した元が返ってくるのかということは、やはり市民的な立場として大事なのではないかと思います。もちろん、例えばノーベル賞がいいことだというのはみんなが賛成することだと思うし、子供も含めて目指すべき理想としてとても重要だとは思います。ただそれだけでは食べていけないという問題があるので、日本経済が成長するためには科学技術が必要だというふうに、科学技術の矢印の先に経済成長の経路が十分確立されるということが大事なのではないかと思います。特に大学や公的機関の研究者の方たちと経済界の間には、一部を除いて非常に大きな断絶があるように見えるので、そこを埋めていくという努力が必要かと思います。
それから、研究者の研究の多様性ということと、その研究者の方たちの趣味、お金が趣味的に使われているのではないかということは、どうやったら見分けられるのかということです。これについては、科学者の間でのピアレビューの仕組みが大事だと思います。特に日本社会は非常に同質的な社会なので、より大きな多様性を確保するのは難しいと思うのですね。なのでそこを配慮する必要があります。
それから最後ですけれども、科学技術の予算配分、先ほども申し上げましたがファンドマネージャー的な仕組みはあるのかということです。ファンドマネージャーが適切に内容を評価してインセンティブを与える仕組みになるのか、ファンドマネージメントのポートフォリオでは同じ1つのかごに全部の卵を入れてはいけないという考え方で互いにヘッジをし合いながら結果的に全体で最大の効果の評価をあげるということを目指すことなので、そういうようなことが科学技術予算でもできるのでしょうか。今日のプレゼンテーションでも、金澤先生のお話で多くの科学者自身がこれまでわかっていなかったところがあったとか、岩澤先生のお話で科学に基づく透明なアセスメントがあまりなかったというようなご発言がありました。永宮先生も、運営費がきちんと織り込まれていなかったというようなことをおっしゃっていたように、科学者の方たちの中でもきちんと説明ができていなかったのであれば、市民にわかるわけがありません。ですから今それをやっている、つい最近始められたということなので、それをやっていただけば国民の理解はどんどん深まっていくのではないかという印象を持ちました。以上です。
保坂:ありがとうございました。川本さんもおっしゃるように、外からはあまり見えない、お金を出している一般の国民からは見えにくいというお話でした。社会が科学者と技術者をどういう目で見ているかという内閣府の調査などでは、日本国民の科学や技術に対する関心は決して低くないんですね。「関心がありますか、ありませんか」という聞き方をすると、30年ぐらい前からずっと6割前後ぐらいの人は関心があるというような答え方をするんです。その割に新聞の科学面を読んでいる人はどのくらいいるかと調査すると1割ちょっとくらいしかいないので、ちょっと辛いところがあるんですが。
今の日本国民がもっている科学や技術のイメージっていうのは、科学や技術に関心はあるんだけれども、その情報を得る機会は不十分であるということと、それからもう1つは科学者や技術者っていうのは社会的地位が高いと思うのだけれどもあまり親しみを感じないというものです。ただし科学全般と社会の関わりなんてことにするととても話がまとまりませんので、特に今お話頂いたようなことについて、科学者の方でもよろしいですし、私は科学に関心はあるけれどもさっぱり仕組みはわからないという方でもいいのですが、会場から質問があれば、それをきっかけにお話を始めたいと思います。
ありませんか。それでは、こちらの方から少し話を進めて行きましょう。科学者の中でも透明な感じがしないという話ですが、例えば永宮さん、透明性を外に対して説明するような努力をこれまでどのような形で行ってきたか、もしもうまくいってなかったと思うならば、どういう点を改善すべきとお考えか、いかがでしょう。
永宮:私どものJ-PARCは非常に狭い範囲の研究で、その広報活動、中学生や高校生に対する教育も含めた広報は非常に重要なものと考えてやっています。ただ、川本さんのお話にあった、経済にどういう役に立つかということになると、科学というのは一種の文化みたいなものなので、難しいです。例えば絵を描いて後々どれだけの投資効果があるかと問われると、すぐに答えられないことも多々あるわけです。だから我々のやっていることを皆さんに知っていただく努力はまだまだ足りないと思っていますし、どんどんやりたいと思ってはいます。けれども、一定のレベルの文化を支えるという基本的な考えが社会にないと、科学というのは進んでいかないと思います。
岩澤:今のご質問に関係して。今のような消費税が問題になるもっと前に、その時は消費税が3%の頃ですが、1%増やしてそれを教育研究に全部投資してくださいと言ったら、財務省は非常ににべもなく、国民は納得しないでしょうで終わっちゃったんですよね。永宮さんが言われたように、日本と世界の国の決定的な違いは哲学からくる文化に対する価値観がだいぶ違うように思います。それと保坂さんの質問に戻りますが、間違っていたら倉持局長に訂正していただきたいのですが、極端なことを言いますと、今まで研究者同士の中でも説明できていなくて、一般国民はまったく知らないというその一番のもとは、ようするに予算獲得の仕組みにあるのではないでしょうか。例えばJ-PARCのような大型の施設のトップの人が、予算獲得のために文科省の担当部局の担当者にネゴシエイトして納得させて、その方がまた省庁の中で了解を取るというのがこれまでのやり方だった。そこには科学者とか国民が介在する仕組みがないと思うんですよね。極端な話。そういうことが基本にある限りは無理なので、それを変えようとしている。マスタープランはそのための資料となりえます。。
倉持:ちょっと核心に触れているような気もするのですが、先ほども申しましたように、これまでの予算のプロセスがわかりにくいということで、今すごくいろいろな努力をしています。例えば、総合科学技術会議が概算要求に先だってアクションプランを決めました。その中でライフイノベーションとグリーンイノベーションの二大イノベーションに集中し、その中でどういうものをやるかということを決めています。これはある意味科学者だけではなくて産業界も含めて、こういうことをやってほしいというトップダウンの政策課題を決めているのです。そういうものについては、予算もこういうふうに貼り付けましたという非常にわかりやすい説明ができます。
その一方で、今日の本当の主題であります、研究者の皆さんの自由な発想でこういうことに価値があるんだというボトムアップの提案、その研究は価値があると言って厳しい評価の中できちんとやっていく、研究者コミュニティにかなり責任を持っていただくような構造ができてきています。
文科省にはそういう学術研究全体を見るセクションがもちろんあります。したがってそういうところが必死になって考えます。宇宙を例に考えると、学術研究者のことだけではなくて産業界であるとか国際規約をどうするかという政策アジェンダのもとでその政策を打たなくてはいけないという判断をしています。したがって大事なことは、例えば大規模な装置などは、研究者側からのボトムアップでこういうプランであるという部分と、そのコミュニティ以外の価値観でこれが大事だっていうところがあるということ。両者の接点を生かして、新しい形のマッチングを図っていくようなことがこれから求められるのではないかと思います。あえて過激に言うと、先生方から見られると個々の担当部局があるから強いんじゃないかということを思われるかもしれませんが、それはそれで別途の理由でその政策を考えるポジションがあるということも是非ご理解いただきたい。それでこれからそういった部分をどうしたらいいかというのは、皆さんとのディスカッションの中でいろいろ考えていけたらと思っています。
保坂:会場から金澤会長が一言おっしゃりたいそうです。
金澤:核心的なことが出ているので一言だけ申し上げさせていただきたます。いささか語弊のあることを言うかもしれませんが、先ほどの倉持さんの図の中で科学者コミュニティから行政へという矢印がありました。最近はそこに学術会議がからむようになりましたが、かつては科学者が文科省に直接行く裏に政治家がいたわけです。このことはよく知っておく必要があると思います。それが悪いんだと言っているわけではなくて、昔はそれしか手がなかったんだと思いますね。今のように科学者コミュニティの中で議論をしてという習慣がなかったので、やむをえなかったと思います。その一方でアメリカのように、ロビー活動と称してそういうことをやるのが当たり前の国があります。それが今は、白日のもとにさらしてみんなで議論をする、それで少なくとも科学者コミュニティは納得した上でアイディアを行政に出して、行政がそれに順位をつけてやっていくことになるでしょう。大変いい方向にきていると思います。
ただし、私は総合学術会議の一員でもあるので一言申しますが、様々な人たちのコミュニティの中で、ある1つの方向を出そうとすると、尖がった意見は潰されます。例えば、投資という意味で、本気でこれをやれば世界を本当にリードできるのに全員が賛成できない。従って今後はそういう尖がったことがたぶん認められにくくなるだろうと思います。そういう危険性も一方で含んでいるということを、我々は知っておく必要があると思います。
保坂:今のご指摘とても大事だと思います。無難なところで投資していると、一級の研究はほかの国がやってしまう。日本であろうとどこであろうと、優れた研究者はいい研究をしてその成果を論文にしたいわけだから、日本がやらなくてもどんどんどんどん進みます。すると日本の研究が空洞化してしまう。ただ、全体のパイは限られているわけなので、やっぱりそれを分け合わなければいけない。先ほどの川本さんのご指摘も、科学でも論文一本に値段をつけろという意味ではもちろんないわけです。先ほどの永宮さんのお話の、科学の価値観、科学は文化だという意味もよくわかりますが、これは科学がよくわかっている人はそこに重きをおくのだけれども、そうでない人からもある程度の賛同を得たいのであれば、なんらかの尺度というかメジャー、いやそれはあからさますぎてちょっと言いすぎかもしれないけれど、もうちょっとわかりやすい説明をしないと。大事でしょ大事でしょ大事でしょって10回言ったら大事になるというものではないのではというのが、先ほどの川本さんのご指摘のはずで。
川本:おそらく永宮先生は、科学を大事にする環境という意味で文化という言葉をお使いになったと思うのですが、基礎研究がとても大事なことはわかりますが、そういう科学技術を文化と言ってしまうと、やはり納得感は得られにくいのではないかなというのが、正直な感想です。先ほどは、市民的質問の筆頭に、研究資金を負担するなら経済、生活をどのようにするのか説明してもらえるのかと、やや過激に書きましたが、やはり公金を使う限りはこの質問に対してきちんと答えられないといけないと思います。国民が税金を納めているわけですから、それに対して、どういう説明であれ、過去の事例をもってこういうことがあったでしょというものでもいいかもしれませんし、あるいは外国でもやっているでしょという、そういう客観性を持ってでもいいと思いますし。小学生の教育に対して、明日にでも何らかの経済的な価値が生まれるとは誰も思っていないけれども、教育的な投資は非常に大事だという国民的な合意に至っているわけですよね。そういう意味で、科学的な投資ってすごく大事だよねっていうふうに思えるようなことがないといけないのではないかと感じます。
保坂:そうですね。今日のシンポジウムは大型計画がテーマですから、一般国民の前には、何百億円という大きな金額がドカンと出されるわけですよね。そうすると、本当にそんなに必要なのという素朴な感情が国民には湧くと思いますよね。その辺りをどのように説明していくのか。文化だから大事でしょって言うと、例えば東京にあるオーケストラの多くも、国の公金だけで賄っているわけではもちろんありませんが、オーケストラの給料だけで十分に食べていける楽団員は必ずしも多くはないようです。科学は文化だというと、それと同じ状況になってしまうかもしれない。もうちょっとなんらかの戦略があった方がいいのではないかと私も思うのですが、その辺りどうでしょう、永宮さん。
永宮:それには直接答えられないのですが、科学者の中できちっとした体制を作るということは確かに重要です。それがひいては国民の皆さんに納得していただけることにつながるのかなと思います。僕はアメリカに長くいたのですが、アメリカではコミュニティが非常に一生懸命議論するんですね。ある程度のお金があるとした時にそれをどう使うかという議論を。例えば小さなコミュニティでも全米から集まって1週間くらい缶詰になって、大型計画を進めるのならばこのぐらいはするとか、ある程度の予算を与えられたら、それプラスあるいはマイナス何%ぐらいならどうするかといった議論を各コミュニティがやるわけです。そうした議論を合体させて全体的な計画を作っていくのですが、日本の場合は、そういうコミュニティが、残念ながらまだ育っていない。ただ、今回は学術会議の提言に基づいて、いろいろなコミュニティの議論が非常に活発化しています。これはとてもいいことであって、こういうことを通じながら科学について自分たちも反省しながら進めて行く風土を作っていかないといけないのではないかと思います。
保坂:今おっしゃっているコミュニティというのは科学者のコミュニティですね。
永宮:そうです。一般ではありません。科学者が納得しないと科学者自身も発信できないという点を指摘させていただきました。
保坂:そこが先ほどおっしゃった、意思決定が遅くなるかもしれないという、痛し痒しのところですか。
永宮:必ずしも、そうではありません。これまでの日本のやり方では、ずるずる議論をしながらどこで決まるかわからなかったものだから意思決定が遅くなった。基本的なところはアメリカでもすごく時間をかけますが、予算がいくらあるというのがだいたいわかっていれば、その中でどうするのかっていうことを決めるのにはそれほど時間かからないんですよ。そういうプロセスはヨーロッパでも同じです。こういったプロセスは、日本の科学者にとっても重要だということです。
岩澤:2つ言いたいことがあります。川本さんの発表の最後にあった、市民的質問の2つ目、研究の多様性と研究者の趣味はどうしたら見分けられるのかという点に関して。これを見たとき、私はハッとしました。我々理工系の人間には好奇心ということはあっても、研究者の趣味という発想はまったくないです。驚きました。研究の多様性というか、研究そのものと、基礎研究と個々人の自由な発想が研究者の趣味と同じレベルで比べられるという発想に、私はハッとしました。これが一般国民の発想ならば、我々はもっともっときちんと説明しなければ、たぶんわかってもらえない可能性が高いですね。だからこの点は、このままほっといてはいけないという感じがしています。
それからもう1点。マスコミもそうですし、一般国民もそうですが、産業経済が発展してそこがうまくいけば社会が潤って人類社会に貢献するということがよく言われますよね。それともう1つ、政策がきちんとすれば国の将来がきちんとする、問題が解決できるということで人類に貢献すると言われます。けれども我々科学者は、また怒られるかもしれないけれど、政策や経済より科学技術こそが人類社会の持続性に貢献する最大のものだと思っているのです。ですから、特に資源もエネルギーも乏しく、しかも災害の多発地帯で少子高齢化の日本では、政策や経済の貢献は当然として、科学技術こそが日本社会、人類社会の貢献になるということをいかに具体的に示せるかというところに、科学者の説明責任があるのではないかと思います。異論があるかもしれませんが。
保坂:うーん、どこまで科学者がそれを担うかというのは難しいですね。例えば化学の基礎研究をやっている人が、自分の研究を社会につなげるために、社会学の基本的文献を読んで社会の仕組みを勉強してくださいというふうには実際問題はいかないわけですから。誰かがどこかでやらなければいけないことは確かですけど。ただ、岩澤さんがおっしゃったように、きっとそこの部分は欠落しているんですよね。そこを何とか埋めていかなければいけない。国としては何かそういう仕組みを作ろうという考えはあるのでしょうか。難しいとは思いますが。
倉持:そうですね、いろいろな政策形成へのプロセスに、パブリックコメントだとかこういうシンポジウムを入れていってその中でも築いていくしかないかもしれません。これをやればできるというゴールデンルールがあるとは思えませんよね。それはそれで日本の社会に適したやり方を作っていかなければならないのではないかと思います。
話が戻りますが、永宮先生が文化ということをおっしゃりました。皆さんと意識を共有するためには、こういうシナリオでこうなりますよねという説明が必要なのではないかと思います。科学技術では、今のシナリオでいくと、次にわからないことが出てきて更に先が開けるという部分があって、そこの、いうなればチャレンジ部分の価値観を、科学技術行政の中ではきちんと手当して見ていかないといけないと思っています。今語られているようなストーリーだけでなく、研究が日進月歩で進む中で、次にどういう部分が開かれるかという価値を問いかけて、議論のキャッチボールをする中で、それなら価値があるねと分かり合う部分がないと。特に先端的な大型プロジェクトについては、誰もが当たり前と思うところだけでなく、もう少しそういう議論が必要なのではないでしょうか。その意味でも、学術会議がとられたイニシアティブはほんの第一歩なんだというふうに思っています。これを共有するプロセスの中にうまく落ち着かせていけないものかと考えているところです。
保坂:はいわかりました。大変申し訳ないことに、時間が来てしまっているようです。いろいろな取り組みが始まったところで開いたシンポジウムですから、今はまだ、どちらの方に動いていけばどういうアウトプットがうまく出てくるかもわからない状態にあるわけです。ですから今日は、これはこうすればいいんだというクリアな結論が出るわけではないですし、今は科学者がこう考え、国の側もこういう試行錯誤を一生懸命やっているという状態なわけです。こういう状態にあることだけでもまずは共有しようということです。もちろん、実際にお金を払うのは国民の皆さんです。こういうことが進めば、科学者コミュニティに対しても意見を言いやすいし、国に対してもパブリックコメントなどでも何か一言言いやすくなるのではないかと思います。そう言いつつ、時間がないので申し訳ないのですが、もしも会場から一言あれば、短い一言だけになってしまいますが、お願い致します。
会場の方(1):先ほど、科学と文化という話がありましたが、私は科学技術はまさに今、文化になりつつあると思います。例えば携帯とかは若者の中では携帯文化になってます。だからそういう意味では文化になりつつあると思いますし、それから例えば「はやぶさ」の快挙ですね。あれはまさに文化になりつつあって、日本人の方みんなが素晴らしいと思っています。それだけです。
保坂:ああ、今になって急にたくさんのお手があがりました。じゃあもう一人だけ、申し訳ないけれどこれで終わりにしたいと思います。
会場の方(2):議論を聞いていて、予算付けでどういうところにお金をつけていくのかということについて、いちばん共有しなくてはいけないのは、リーダーになるという意識なのではないかと、日頃思っています。日本は国際社会の中でリーダーになるのだ、リーダーとして振舞っていくのだという根本的な意識共有をまずするというところだと思います。難しい説明などはたぶん全く不要で、リーダーになるのだという前提で、科学だけではなくて外交政治、他のすべてに通じることだと思うのですが、そういう意識ですべてのことをまず語るためのテーブルに着くというのがいちばん大事なのではないかと思います。
保坂:どうもありがとうございました。科学に限らず非常に大きなお話ですね。科学でも、やはり、他ではできない研究をここでするのだということはとても大事なことです。そうすれば世界中から、どうしても日本のこの装置で自分は論文を書きたいという人間が集まってくるわけですよね。これはとても大事なことで、それを限られた予算の中からどう配分していくかということが次の大きな課題になるわけですが、今日はとてもそこまでは手が回りませんでした。
ということで今日はここでおしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。
小野:ありがとうございました。科学技術の予算を策定する際の問題点と、情報発信の大切さについて共有できたよいセッションだったと思います。これをもちまして本セッションを終了致します。本日はありがとうございました。