事業成果

自然エネルギーの決定版

塗るだけで太陽電池!2018年度更新

画像
中村 栄一(東京大学 総長室総括プロジェクト機構 兼 大学院理学系研究科 特任教授)
ERATO
「中村活性炭素クラスタープロジェクト」研究総括(2004-2009) 戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)
戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)
有機材料を基礎とした新規エレクトロニクス技術の開発「塗布型長寿命有機太陽電池の創出と実用化に向けた基盤技術開発」プロジェクトマネージャー(2009-)

あらゆるものを太陽電池にできる魔法の技術

東日本大震災の影響により節電が叫ばれて久しいが、そのなかで自然エネルギーの注目度は格段に上がった。自然エネルギーとは、太陽光、水力、地熱、風力などの非枯渇性のエネルギーを指すが、なかでも太陽光発電は私たちがもっとも身近に感じる自然エネルギーに違いない。唯一、個人が手に入れることのできる自然エネルギーといっても過言ではないだろう。しかし、安くなったとはいえ国や自治体の補助などがなければ、自宅になかなか導入できないのも現実だ。

この太陽光発電を根本から覆す技術の研究が、フラーレン化合物の基礎研究を展開してきた中村栄一教授と三菱ケミカルによる産学連携で進められ、実用化一歩手前まで来ている。有機薄膜太陽電池と呼ばれるこの技術は、量産が進めば現在、安価なシリコン製の太陽電池と比較しても生産コスト抑制の点でそれを十分に上回るものが提供できる。これだけでも素晴らしい成果だが、何よりの特長は塗るだけで、その物質による太陽光発電が可能になるということだ。つまり、屋根の瓦に塗ると外見はまったく変わらないにもかかわらず、家庭内の電気をすべて供給することができるという、夢のような話も可能になるというから驚きだ。さらに近い将来、自動車のボディなどの工業製品だけでなく、カーテンや壁紙など、これまで考えられなかったものでも発電できるようになるかもしれないのだ。

印刷技術によって製造が可能

有機薄膜太陽電池は、電子を与える電子供与材料と受け取る電子受容材料という2種類の有機半導体の組み合わせで作られる。この2つの有機半導体は、塗布技術が進めば紙に印刷するように製造することが可能となる。また、柔らかい物にも塗布できるため、曲げたり、色をつけたりすることもできてしまう。本技術が実用化されれば、クリーンなエネルギーにより世界が劇的に変化すると期待されているのだ。

連続塗布製膜プロセスイメージ図

図:連続塗布製膜プロセスイメージ図

あらゆる枠組みを超えて実現した成果

有機薄膜太陽電池の開発は、電子供与材料と電子受容材料の組み合わせを探す作業と言っても過言ではないだろう。さまざまな試行錯誤を繰り返すなか、新しい発想で2つの組み合わせが発見された。それは、テトラベンゾポルフィリンと独自に開発されたフラーレン化合物であるSIMEFの組み合わせである。テトラベンゾポルフィリンは、太陽電池研究のために開発されたものではなく、まったく別の用途のために開発されたものであり、SIMEFと組み合わせることにより、カラム/キャニオン構造(剣山構造)と呼ばれる理想的な構造を示すことがわかった。わが国独自の低分子塗布型有機薄膜太陽電池の誕生である。これを足がかりにして、それまで2%台であった変換効率が5.4%へと跳ね上がり開発に弾みがついた。

物理学者と化学者が太陽電池研究の分野で共同作業することは、これまでほとんど行われてこなかった。ERATOプロジェクトでは、組織の枠組みを超えて研究を進めることが可能になるが、有機薄膜太陽電池の発明はまさに物理学者と化学者の発想から生まれた産物と言える。またこの研究は、S-イノベにも指定され、産と学が共同開発するモデルケースとしても注目を集めている。まさに、あらゆる垣根を超えて実現した成果なのである。

塗布型p-i-n三層型有機薄膜太陽電池の成膜プロセス

図:塗布型p-i-n三層型有機薄膜太陽電池の成膜プロセス
  • 画像:カラム/キャニオン構造を横から見たもの

    カラム/キャニオン構造を横から見たもの

  • 画像:カラム/キャニオン構造を上から見たもの

    カラム/キャニオン構造を上から見たもの

三菱ケミカルとの産学連携で実用化を目指す

これほど素晴らしい有機薄膜太陽電池であるが、実用化に向けてはまだまだ解決しなくてはならない問題がある。まずエネルギーの変換効率。従来のシリコン太陽電池の変換効率に比べ、有機薄膜太陽電池の変換効率はかなり低いのだ。2009年、中村教授は当時世界最高水準の5.4%まで高めたが、それでもシリコン太陽電池と比較するとまだまだの数字であった。ただし、シリコン太陽電池と比較してRoll to Roll塗布プロセスによる連続生産が可能で生産効率が非常に高く、また、アモルファスSi太陽電池同等のモジュール効率7%台(セル効率10%)で市場投入可能と考えられていた。そしてついに、2012 年9月、中村教授の開発パートナーである三菱ケミカルが、有機薄膜太陽電池のセル変換効率を11.7%まで向上させたと発表した。この発表により変換効率問題は着実に進化し、実用化に向けまた一歩近づいたのだ。

もう1つの問題は耐久性である。これまで有機薄膜太陽電池は製作しやすい反面、耐久性に問題があった。しかし、これも2011年現在でプラスチック基板では5年、ガラス基板では約10年以上の耐久性が実証されており、大きな壁は既に超えたと言って良い。夢の世界はもうそこまで迫っている。JSTが推し進める産学連携は、素晴らしい成果を挙げたのである。