事業成果

インフルエンザウイルスの画期的な合成法を開発

画期的な技術力で新型インフルエンザのパンデミックを阻止する!2016年度更新

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河岡 義裕(東京大学 医科学研究所 教授)
CREST
免疫難病・感染症等の先進医療技術「インフルエンザウイルス感染過程の解明とその応用」研究代表者(H13-19)
ERATO
「河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト」研究総括(H20-26)
※H21より研究を拡大

インフルエンザウイルスとの戦いに終止符を打つために

2009年、世界的に新型インフルエンザが流行し、世界保健機構(WHO)がパンデミック(世界的流行)期を意味するフェーズ6を宣言したことは記憶に新しい。2010年2月12日にWHOが公表したデータでは、世界212以上の国、地域等で、15,292症例以上の死亡が確認されている。これだけ発達した現在の医学をもってしても、新型インフルエンザに対していかに無力であるかということがわかる出来事であった。

インフルエンザウイルスの特性を解明することは非常に難しい。特に新型ウイルスは、発生しなければ解明できないため、ワクチン開発などが、どうしても後手にまわってしまうのだ。そこで多くの科学者が人工的にウイルスを合成できれば、ワクチンが新型インフルエンザ発生直後に使用でき、パンデミックを防ぐことができると考えたのである。世界中で研究が進められるなか、1999年に河岡教授は画期的な「リバース・ジェネティクス法」を開発し、インフルエンザウイルスの人工合成に成功した。その業績が認められ、2006年にはドイツで最も権威ある国際的医学賞として、毎年、医学の基礎研究に優れた業績のあった研究者に贈られるロベルト・コッホ賞を受賞している。

「リバース・ジェネティクス法」が可能にすること

新型インフルエンザウイルスから人類を守るためには、大きく分けて3つの研究が必要である。1つ目は新型ワクチンの早急な開発。2つ目は感染のメカニズムの研究。そして3つ目はウイルスにより死に至る原因の研究である。これらの研究が、ウイルスの人工合成法「リバース・ジェネティクス法」が開発されたことにより飛躍的に進み、多くの亜型ウイルスについても「先まわり」での研究が可能になった。これまで後手後手にまわっていたインフルエンザ研究が、この技術の開発により大きく変わったのである。

インフルエンザの人工合成(概念図)

(概念図)

90歳以上の人は新型インフルエンザに強い?

2009年にパンデミックを起こした新型インフルエンザには、ある特徴があった。一般的に季節性のインフルエンザは体力がない高齢者や小さい子供に被害が広がる可能性が高いが、新型インフルエンザは健康で体力のある若い世代に広がっていったのだ。疑問に思った河岡教授がさまざまな年齢の血清を調べた結果、90歳以上の高齢者は新型インフルエンザの抗体を持っている人が多くいることを突き止めたのである。新型と言われるインフルエンザの抗体をなぜ高齢者が持っているのか?答えはすぐにわかった。1918年、今から90年前に世界的大流行を巻き起こした「スペイン風邪」と呼ばれるインフルエンザと今回の新型インフルエンザの抗原性が同一だったのである。インフルエンザにはいくつかの抗原性の異なる型が存在し、抗原性が異なると、体内に抗体を持っていたとしてもインフルエンザに感染してしまう。逆に言うと、一度感染したインフルエンザであれば体内に抗体があり感染しにくくなるというわけだ。

今回の場合は、90年前にスペイン風邪にかかったことにより体内で生まれた抗体が90年の時を経て、同型の新型インフルエンザに対して有効に作用したと考えられる。つまり、高齢者がかかりにくいインフルエンザではなく、高齢者は新型インフルエンザの抗体を持った人が多くいたということなのだ。

このように過去のインフルエンザの発生メカニズムを解明し、現代の新型インフルエンザの治療や予防方法の確立も、リバース・ジェネティクス法によるウイルスの人工合成が可能にしたのである。

インフルエンザウイルスの構造

構造

インフルエンザウイルスは8種類のRNAと9種類のタンパク質から構成されている

新型インフルエンザ出現防止技術の確立を目指す!

2009年の新型インフルエンザの発生と世界各地での流行・感染の拡大という状況をふまえ、JSTは河岡教授のERATOプロジェクトの支援拡大を行った。世界初のウイルス合成法である「リバース・ジェネティクス法」を利用し、今後新たに出現する可能性のある新型インフルエンザウイルスに対する基礎的な理解や予防・治療のための基盤創出を進めることが緊急に必要とされているからである。

インフルエンザウイルスは変異しやすい。これまで人類を苦しめてきた、スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪と呼ばれるインフルエンザウイルスも、変異を繰り返す中で、人に感染し病原性のあるウイルスに変異したことが原因なのだ。今後、インフルエンザウイルスの病原性獲得機構の理解や、感染過程の解明をすすめ、最終的には新型インフルエンザのパンデミック発生阻止技術の確立を目指すことが求められるだろう。