事業成果

超臨界流体で成分分析を高速全自動化

残留農薬分析や臨床検査に活用2016年度更新

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馬場 健史(九州大学 生体防御医学研究所 教授)
先端計測分析技術・機器開発プログラム機器開発タイプ
「質量分析用超臨界流体抽出分離装置の開発」チームリーダー(H24-26)

分析に欠かせない前処理技術

農産物や食品の検査、病気の診断などの現場では、分析結果をより迅速でより正確に得ることが求められている。そのネックになっているのが、分析サンプルから目的の成分を抽出する前処理だ。目的の成分の抽出や分離といった工程は、熟練者による煩雑な作業が必要で分析スピードには限界があり、抽出の回収率や精度のバラつきもある。また、空気に触れるだけで酸化や分解してしまう成分など、抽出そのものがうまくいかない成分もある。馬場健史教授を中心とした開発チームは、これらの問題を「超臨界流体」を用いる方法で解決。超臨界流体を用いた抽出分離装置により、多くの分析をより迅速で正確に全自動で行うことに成功したのである。

超臨界流体の特徴とその可能性

超臨界流体とは、水や二酸化炭素などに一定以上の温度・圧力を加えることで色々なものを溶かせる液体のような特徴と、狭いスペースに入り込める気体のような特徴を併せ持った状態を指す。温度と圧力を制御することで、溶かし込む成分の量を変えられる。この性質を利用すれば、常温・常圧では溶けない成分を超臨界流体に溶かし、それを常温・常圧に戻すことで抽出できる。この原理を応用したのが超臨界流体抽出(SFE)だ。コーヒー豆からカフェインだけを取り除く方法などにも使われている。

一方、抽出した成分をそれぞれの成分に分離する超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)は、分離能力が高く製薬分野などで使われており、馬場教授もSFCの研究を15年以上続けてきた。SFEとSFCは同じ溶媒を用いるため2つの装置を接続できれば、目的成分だけを抽出分離できるSFE-SFC連携の全自動システムが実現できると考えた。しかも、途中で大気や光に触れることがない密閉型の装置にすれば、分析が難しかった成分も解析できる。しかし、実際にはSFEによる抽出とSFCによる分離を1つの系に共存させることは難しく、これまで多検体の連続分析が可能なSFE-SFC装置は実用化されていなかった。

二酸化炭素の状態図

状態図

残留農薬を1回の分析で500種類検出

馬場教授は開発を進める中で一人のキーパーソンと出会う。宮崎県総合農業試験場の安藤 孝 部長である。安藤部長は農薬分析のために、超臨界流体抽出を研究していたその道の第一人者で、農薬成分を選択的に抽出できる最適な温度と圧力の条件を、既に見つけ出していたのだ。馬場教授と安藤部長は、SFEとSFCの連携について語らい意気投合。すぐに装置開発を株式会社島津製作所に持ち込み、協力を得ることができた。そして、2012年に「先端計測分析技術・機器開発プログラム機器開発タイプ」のプロジェクトがスタートし、2年間といった異例の早さでSFE-SFC連携の全自動分析システムの構築に世界で初めて成功した。新しい装置を世の中に出したいという開発チームの強い思いによって、当初の予定を大幅に上回るスピードで実現した。

この分析システムにより煩雑な前処理を不要にし、手作業よる成分抽出のバラつき抑止、分析スピードの向上、酸化や分解防止など開発当初の問題を解決できたのだ。例えば、食品中の残留農薬の分析では、従来は約35分間かかっていた前処理をわずか5分間に短縮でき、有機溶媒の使用量を約10分の1に削減できた。さらに、複数の装置が必要だった分析も、このシステムだけで約500種類の成分を一斉に測定することができた。さらに、神戸大学医学部の吉田 優准教授は病気の早期診断に必要となる血液中の疾患マーカの探索へ応用可能であることを確認した。

農薬500成分の一斉分析

一斉分析

通常複数の装置で分析されている幅広い農薬成分を一斉に分析できる

製品化され国内外で高い評価

この分析システムは株式会社島津製作所で製品化、2015年より販売が開始された。同時に革新的な分析機器に与えられる米国の「Pittcon Editors’ Awards 2015金賞」や「技術革新のアカデミー賞」と呼ばれる「2015 R&D 100 Awards」、さらに国内でも「2015年 十大新製品賞」など数多くの賞を受賞した。今後は病気の診断に必要な臨床検査や食品分野での機能成分の研究など、多くの分野での活用が期待されている。日本発の先端計測技術が、新たな産業を生み出す日も遠くはない。

島津製作所より製品化されたSFE-SFC-MSシステム(Nexera UC)

SFE-SFC-MSシステム(Nexera UC)