事業成果

結晶化不要・極微量で可能な分子構造解析

結晶スポンジが100年問題を解決!2017年度更新

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藤田 誠(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
CREST
単一分子・原子レベルの反応制御「遷移金属を活用した自己組織性精密分子システム」研究代表者(1997-2003)
CREST
医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製
「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」研究代表者(2002-2008)
CREST
ナノ界面技術の基盤構築「自己組織化有限ナノ界面の化学」研究代表者(2007-2014)
ACCEL
「自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」研究代表者(2014-2019)

「100年問題」がついに解決された!

物質の結晶中では、分子が三次元的に規則正しく並んでいる。その規則性(周期配列)に由来するX線の回折(回り込んで伝わること)を利用して、分子構造を決定する手法がX線結晶構造解析。その代表は単結晶(結晶軸が一定な結晶)を試料とする「単結晶X線構造解析」で、回折像からあたかも分子を目で見たかのように鮮明な分子構造を得ることができる。そのため、正確で信頼できる構造情報をもたらす手段として、基礎研究から産業界までのじつに広い分野で利用されている。

ところが、この手法には大きな制約がある。「試料を結晶化して、単結晶を用意しなければならない」という制約である。そのため、そもそも結晶化しない液状化合物や、結晶化を行うに足る量を確保できない試料などには、単結晶X線構造解析は適用できないのだ。

2013年3月、「X線結晶構造解析の100年問題」とまで言われたこの問題が、ついに解決した。CREST研究代表者の藤田誠教授らの研究グループが、「結晶スポンジ」と呼ぶ材料にわずか数μg(マイクログラム。1μgは100万分の1g)の試料を染み込ませるだけで、「結晶化することなく単結晶X線構造解析を行う」ことに成功したのである。

結晶スポンジ法の簡略図

図:結晶スポンジ法の簡略図

微量測定試料を適当な溶媒に溶かし、結晶スポンジを入れた試料ビンに注ぐ。溶媒をゆっくり蒸発させると、結晶スポンジの中に試料が濃縮される。この結晶を取り出し、通常のX線結晶構造解析を行うと、スポンジの骨格だけでなく、スポンジの穴に染み込んだ試料化合物の構造が観測できる。

結晶化必要なし 極小量で構造解明

結晶スポンジは、直径約0.5から1nm(ナノメートル。1nmは10億分の1m)の穴(細孔)が無数に開いた細孔性錯体結晶。細孔に分子を吸蔵することは以前から知られていたが、一般的な細孔性錯体では、ゲスト分子がランダムに穴に詰めこまれてしまうため、X線構造解析に必要な周期性は得られない。そこで研究グループは、細孔性錯体に「分子認識能」(分子の形状や性質に合わせて最適な位置に安定な形で穴に取り込む能力)を持たせることで、取り込んだ分子を周期配列させることに成功した。これが結晶スポンジの原理だ。これにより、常温で液体の化合物でも結晶化せずに単結晶X線構造解析をすることが可能になった。

さらにこの手法では、1種類の測定試料に対し100μm(マイクロメートル。1μmは100万分の1m)角の結晶スポンジをたったの1粒しか必要としない。この1粒が吸蔵する分子の量は、多くとも5μgであり、最も少ない場合は何と80ng(ナノグラム。1ngは10億分の1g)である。驚くべきことに、これほどの極小量の試料でもX線構造解析により分子構造の決定が可能なのである。

結晶スポンジ法の原理

図:結晶スポンジ法の原理

「結晶化した空間」に基質を流し込む

画期的な分析手法「LC-SCD法」

通常、動植物から抽出される微量成分の多くは「液体クロマトグラフィー」(LC)を用いて分離・分析される。その際、単離される試料は数μg以下でしかないため、従来の手法で分子構造を決定するのは至難の業だった。そこで研究グループは、LCと結晶スポンジ法を直結させた画期的な分析手法「LC-SCD(Liquid Chromatography-Single Crystal Diffraction)」法を確立した。LCで分離した複数の微量成分を、直結する結晶スポンジに吸収させ、一気に単結晶X線構造分析を行うのである。

創薬から科学捜査まで広がるニーズ

すでに明らかなように、藤田教授らの研究グループが開発した「結晶スポンジ法」は、微量化合物の構造決定に決定的な威力を発揮する手法である。実際同グループでは、天然物から合成化合物に至るまで既に100種類以上の構造決定に成功しているという。

しかし無論、それらはほんの一部であり、微量成分の構造決定を必要としている分野は数多い。たとえば、「創薬・プロセス化学研究」では、代謝化合物の構造決定、大量検体のハイスループット合成における構造決定、新規プロセス開発・品質管理における不純物構造決定など、「食品科学研究」では調味料・加工食品・原材料の不純物構造決定、天然健康食品リード化合物の構造決定など、さらに「香料研究」「農薬・化粧品・有機化合物関連の科学捜査」などだが、まだまだニーズは増えるだろう。そして疑いもなく、結晶スポンジ法はそれらのニーズにこたえ、多くの分野に多大な貢献をなしていくはずである。

結晶スポンジ法で構造解析された化合物の例

図:結晶スポンジ法で構造解析された化合物の例