事業成果

がん細胞のみを狙い撃ち!

分子標的療法で実現2016年度更新

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間野 博行(東京大学 大学院医学系研究科 細胞情報学分野 教授)
CREST
テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術
「遺伝子発現調節機構の包括的解析による疾病の個性診断」 研究代表者(H14-20)
研究加速
「新規がん遺伝子同定プロジェクト」研究代表者(H21-26)

がんを飲み薬で治すことも可能になる夢の研究

40年ほど前まで、「日本人のがん」といえば、圧倒的に胃がんだった。しかし時代が下るに従って肺がん死亡者数が急激に増え続け、2009年には男女とも胃がんを上まわって1位となった。この肺がんが飲み薬で治るかもしれないという、夢のような研究成果が発表された。本成果は、今後、肺がんだけでなく、がん医療全体の新たな道筋を示すものとして世界中から注目を浴びている。

間野博行教授らは、がんの原因遺伝子を発見するための新しい手法を開発し、CRESTで2007年に肺がんの原因遺伝子としてEML4-ALK融合遺伝子を、研究加速で2012年にRET、ROS1融合遺伝子を発見した。さらに、2013年にRAC点突然変異遺伝子を発見し、乳がん、悪性黒色腫、膵がんなどの原因遺伝子である可能性を示した。簡単にいえば、これらの遺伝子の活性を阻害する薬を投与することで、EML4-ALK融合遺伝子などが原因のがんを一掃できる。実際、2011年8月には、米国において奏効率61%という驚くべき治療効果を示したALK阻害剤クリゾチニブが、EML4-ALK陽性肺がんに対する飲み薬として初めて承認された。治療標的の発見から僅か4年での新薬承認は、世界の抗がん剤開発史上最速だ。日本においても、2012年3月に製造販売承認がおり、同年5月に薬の販売が始まった。現在では世界中で12,000人以上に、日本だけでも2,500人以上に使われている。また、国内で開発され、2014年7月に製造販売承認がおりたALK阻害剤アレクチニブは、奏効率93.5%というまさに夢のような治療効果を証明した。既に900人近い日本人が治療されている。今後、EML4-ALK陽性肺がんの治療への更なる貢献が期待されている。

遺伝子の故障が がんを生む

約60兆個ともいわれる我々の細胞を制御するのは、約2万からなる遺伝子である。細胞の制御はコンピューターの様な精緻な仕組みが働いているが、ごく稀に遺伝子が壊れ、異常な信号を発信し始めることがある。この遺伝子の故障が原因となり、がん細胞が生じる。遺伝子が壊れる原因は、ウイルス、化学物質への暴露、遺伝子複製中のミスなどさまざまある。EML4-ALK融合遺伝子の場合は、遺伝子の複製時などに、EML4遺伝子の一部とALK遺伝子の一部が入れ替わってしまう結果生じる。

2番染色体

染色体組換えの結果、EML4遺伝子とALK遺伝子が融合し、発がん原因のEML4-ALK 遺伝子となる。

強い遺伝子ほど倒しやすい?

がん治療といえば、副作用の強い抗がん剤治療を思い浮かべる人も多いだろう。これまでの抗がん剤の多くは、細胞が分裂して増殖する過程を妨げることを目的として使用されてきた。がん細胞の増殖速度は異常に速いので、がん細胞は正常細胞と比べて抗がん剤の影響をより多く受ける。しかし、健康な細胞も影響を受けることから、副作用が強くでる。そこで、がん細胞のみを狙い撃ち、副作用を少なくしようとする治療法が「分子標的療法」だ。がん細胞と正常細胞の違いを遺伝子レベル、分子レベルで解明し、がんの増殖や転移に必要な分子だけを抑えることで治療する方法である。間野教授は、この分子標的療法こそが、がん治療の王道と考え、研究を進めてきた。

実は、ひと口にがんと言っても、その原因遺伝子はさまざまである。間野教授が発見したEML4-ALK融合遺伝子を起因とする肺がんは全体の5%(50歳以下では30%超)だが、このEML4-ALK 融合遺伝子はその他のがん遺伝子と比較しても非常に強く、発生した場合は急速に進行し、死に至らしめてしまうという恐ろしい遺伝子なのだ。しかし、実はそこががん治療を行ううえで利点になるというから、医学とはわからないものだ。

EML4-ALK融合遺伝子はその強さ故、単独でがんを起こしてしまうため、この遺伝子を抑える薬が1つあれば、がんの進行を止め、完治させることも可能になる。

マウスによる実験

マウスによる実験

EML4-ALK遺伝子発現マウスは両肺に多数の肺がんを発症するが、ALK 阻害剤で肺がんが消失。

がん患者の臨床試験

がん患者の臨床試験

ALK阻害剤クリゾチニブの治療効果。ALK肺がんの患者にクリゾチニブを処方すると、肺にできたがん細胞がきれいになくなった(右)。

その他のがんへの応用

間野教授によるEML4-ALKなどの原因遺伝子の発見は、がん治療における分子標的療法の可能性を大きく広げたといって良いだろう。まだ今はEML4-ALK遺伝子のように単独でがんを起こすことが証明されたがん遺伝子の数は多くなく、がんの多くでは異常遺伝子の詳細もわかっていない。しかし、間野教授は引き続き、死亡者数が多く、かつ有効な治療法がないがん腫である、肝がん、膵がんや若年者に発症しやすいタイプの乳がん、胃がん等の原因となる遺伝子を解明するべく研究を進めており、今後が期待される。