事業成果
免疫学の常識を覆す!
自然免疫の役割を発見2017年度更新
- 審 良 静男(大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 拠点長)
- CREST
- 生体防御のメカニズム「遺伝子改変に基づく生体防御システムの解明」研究代表者(H7-11)
- SORST
- 「自然免疫システムの分子機構の解明」中心研究者(H12-13)
- ERATO
- 「審良自然免疫プロジェクト」研究総括(H14 -19)
ゆるぎない自然免疫学への貢献
2011年ノーベル生理学・医学賞は免疫に関する研究者が3人選ばれた。仏細胞分子生物学研究所のホフマン氏、米スクリプス研究所のボイトラー氏、米ロックフェラー大学のスタインマン氏である。いずれも、それまでは原始的と考えられていた自然免疫が、生物の生体防御にいかに精妙に働くかを明らかにしたことで共通している。じつはこの分野で、前述の3氏に勝るとも劣らない貢献をしている研究者がもう1人いる。審良静男氏である。審良氏は、ドイツ最高の医学賞の1つであるロベルト・コッホ賞(2004年)や医学に対して顕著な発見や貢献を行った者に与えられるカナダ・ガードナー国際賞(2011年)を受賞しているほか、米トムソンサイエンティフィック(現:トムソン・ロイター)の「世界で最も注目された研究者ランキング」で、2004年度に第8位、2005年度と2006年度に第1位、2007年度に第4位と連続でランクインするなど、その自然免疫研究への貢献が世界的に評価されているのだ。
ほとんどの生物がもつ自然免疫の役割
免疫とは、ウイルスや細菌から身体を守る仕組みであることは知られているが、その詳しい仕組みはまだまだ不明な点が多い。特に自然免疫は、体内に侵入してきた病原体を消化し撃退するという、最も単純な免疫反応であるとして非常に軽く考えられていた。一方獲得免疫は、哺乳類などの脊椎動物にしかないシステムであり、病原体を記憶し再び同じ病原体が侵入した際にはただちに排除するという高度な学習能力があり、ワクチン開発への利用など、多くの研究者によって研究されてきた。1990年代後半までは獲得免疫こそが免疫で、自然免疫は名前こそ免疫と付いているが免疫機能ではないと記された免疫学の教科書があったほどなのだ。
免疫システムの概念の変化
ハエの免疫に関わる受容体がヒトにも?
1996年、ショウジョウバエの自然免疫に関わる「トル受容体」を仏細胞分子生物学研究所のホフマン氏のグループが発見し、これを持たないショウジョウバエは自然免疫が機能せずカビに覆われて死ぬと報告した。その後、トル受容体はあらゆる昆虫に存在することがわかり、人間にもこれと似たタンパク質が存在することがわかったのである。このタンパク質は、ハエの受容体を「トル受容体」と呼んでいたことから「トルによく似た受容体」という意味で「トル様受容体」と名付けられた。そこで審良氏はマウスで12種類あるトル様受容体が哺乳類の体内でどのような働きをするのか、ノックアウトマウス※で実験を重ね、ついにすべてのトル様受容体が異なる細菌やウイルスを認識するという事実を発見したのである。
審良氏はトル様受容体が、まったく別のものと考えられていた自然免疫と獲得免疫を繋ぐ重要な役割を果たしていることを発見し、免疫学の常識を覆した。これにより、自然免疫の役割は、原始的な免疫反応ではなく、獲得免疫にとっても必要不可欠なものとして認識されるようになったのだ。
免疫反応の誘導
「トル様受容体(TLR)」ファミリーとその認識成分
花粉症などの治療薬開発に貢献
審良氏の発見はすでに、自然免疫をターゲットとした創薬の研究開発に役立っている。例えば、日本全国で2,000万人以上の患者数がいるとされ、国民病とまで称される花粉症や、アトピーの治療薬の開発などである。また、ヘルペスなどの感染症治療薬は既に一部が実用化されており、審良氏の発見からわずか10数年で免疫学は大変なスピードで進化した。今後、さらに免疫機構が解明されれば免疫の異常反応系の病気だけでなく、がんなどの難病の治療も可能になると期待されている。
ショウジョウバエから見つかったトル受容体を発端とするこの研究が、ヒトの未来を左右する研究になったことは非常に興味深い。その後の研究で、トル受容体とトル様受容体は構造が似ているが全く異なる機能を有していることが分かった。しかし、さまざまな地球上の生物が高度な自然免疫によって守られていることには変わりはないのである。
※特定の遺伝子を人工的に壊し、働かないようにした遺伝子破壊マウスのこと