事業成果

数学理論で複雑な血流を捉える

心臓内の渦血流パターンから心機能の評価に成功2026年度更新

写真:坂上 貴之
坂上 貴之(京都大学 大学院理学研究科 数学・数理解析専攻 教授)
未来社会創造事業
探索加速型「共通基盤」領域「未来医療を創出する4次元トポロジカルデータ解析数理共通基盤の開発」研究開発代表者(探索:2018-2021、本格:2022-2026)

流線トポロジー解析で心臓内の渦血流を定量的に評価

京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻の坂上貴之教授らのグループは、トポロジー(位相幾何学)と力学系理論などの数学に基づいた流線トポロジー解析を開発し、これを心臓内に形成される渦状の血流の同定と定量化という課題に適用、心臓内で生じる複雑な渦血流のパターンを客観的かつ再現性高く抽出できることを示した。

これにより、これまで曖昧に捉えられてきた心臓内の渦血流を文字列として表現し、健常な心臓と初期の心不全とで明確に違いがあることを見いだした。これは、心臓の状態を血流から定量評価する新たな方法論を提示する成果であり、心不全の早期発見や病態のさらなる解明につながると期待される。

血流の複雑さがもたらす問題

心臓は血液を全身に送り出すポンプとして機能している。心臓内部では効率的に血液を循環させるため、回転を伴う複雑な流れ、いわゆる「渦血流」が形成されている。近年、心エコーや心臓MRIなどの画像診断技術の進展により渦血流を可視化できるようになり、心不全などの疾患では渦血流のパターンが変化することが報告されている。

一方で、心臓は拍動により形状を変えながら血流を生み出す動的な臓器であり、心筋壁や弁といった構造的組織も常に運動しているため、心臓内の血液の流れは極めて複雑である。従来の心エコーや心臓MRIを用いた解析手法で血流自体の可視化は可能であるが、そこから1つ1つの渦血流を曖昧さなく客観的に同定し、定量評価することは困難である。心疾患の病態をより深く理解し、患者ごとに適した医療を実現するためには、心臓内血流のパターンを定量的に捉える新しい解析方法が求められている。

心臓内血流の定量評価に成功、心不全の兆候を検出

心臓内血流に対応した流線トポロジー解析法を構築

流体運動を数理的に解析する独自手法として、坂上教授のグループは流線トポロジー解析を研究してきた。しかし、本理論は3次元の流れにはそのまま適用できず、さらに拍動によって領域の形が変化する状況を想定していないため、心臓内血流の解析に適用できなかった。

そこで、心筋壁や心臓弁といった動きのある境界に囲まれた領域内部の流れを数学的に扱うため、退化特異点※1と呼ばれる特殊な流れの構造を理論に導入した。これにより、絶えず変化する心臓内血流であっても、流れの普遍的な動きを安定的に捉えられるようになった。また、3次元流れに起因する問題は、従来の流線トポロジー解析を2次元の圧縮流れに対して数学的に拡張することで解決した。

※1 退化特異点
流れが停留する点のうち、無限個の流線がその点につながっているような特別な構造をもつもの。

トポロジーを活かして実測データから普遍的なパターンを抽出

心エコーや心臓MRIから得られる実測データは、計測ノイズや画質の低さが問題となり、従来の画像解析法は、ノイズの影響を強く受ける。ここで、坂上教授の研究グループは、連続的な変化に対して変化しない幾何学的特徴をとらえるトポロジーに注目。計測誤差や局所的な乱れのノイズの影響を受けずに、普遍的なパターンを実測データから抽出することを可能にした。さらに、その渦血流構造に対して、固有の文字列を割り当てることに成功した(図1)。この文字列表現によって、個々の渦血流の構造やその動きを捉え、これまで定性的にしか解析できなかった心臓内渦血流を定量的に曖昧さなく表現することが可能になった。

図1 流線トポロジー解析の例

図1 流線トポロジー解析の例左上:心エコーVFM(Vector Flow Mapping)のもたらす流れの様子。回転している領域が見えるが、どこを渦領域と呼ぶべきかは明確でない。
右上:流線トポロジー解析で得られた渦血流領域分割。トポロジーによる分割により赤色の領域が心血流渦として明確に分類できる。
下:流線トポロジー解析の文字列表現。この文字列情報を渦領域の同定に利用できる。

心不全の兆候を示す渦血流を検出

この文字列表現による心血流渦領域の比較解析により、健常な心臓と心不全の極初期段階にある心臓との間に渦血流の構造に違いあることが示された。(図2)心臓のポンプ機能の低下が、単なる拍出量の変化だけでなく、血流そのものの変化として記述されたのである。また、この商用解析ソフトウェアも開発され、基礎医学の臨床研究に活用されてはじめている。

図2 流線トポロジー解析による健常な心臓と心不全症例の比較解析

図2 流線トポロジー解析による健常な心臓と心不全症例の比較解析(a) 健常な心臓の渦領域(左下の赤い領域)。(b) 心不全例1の渦領域(健常な心臓に比べて赤い領域が小さい)。(c) 心不全例の渦領域(左側に2つの渦領域に分離され、大きな渦領域が観測されない)。

心機能の評価方法として実用化へ

今後、渦血流の文字列表現を用いた心機能の新たな分類方法を確立し、心不全の早期診断や治療効果の評価に役立てることを目指す。さらに、血流構造の時間的変化を追跡することで、疾患の進行予測や予後評価への応用も期待される。本研究成果は、基礎医学として心臓内血流の理解を深めるとともに、循環器疾患の診断・治療を変革する新たな指標を提供するものであり、実用化に向けた研究開発を進めている。

キーワード
流線トポロジー解析、位相的データ解析、渦血流
参考URL
プレスリリース(2023年8月18日)
心臓内の「渦血流」を同定する理論を世界に先駆けて構築~心血流の渦のパターンを文字化し、早期に心不全を発見する可能性~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20230818/