事業成果

真核生物で初となる発見

生体内で酸化鉄が形成される仕組みを解明2026年度更新

写真:根本 理子
根本 理子(岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 教授)
創発的研究支援事業
「がん細胞内過剰鉄を酸化鉄に変換する革新的技術の開発」(2022-2028)

真核生物がジルコニア以上に丈夫な磁鉄鉱から成る歯を作る

根本理子岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域教授らの研究グループは、真核生物※1において酸化鉄の一種である磁鉄鉱が作り出される仕組みを初めて明らかにした。軟体動物の一種であるヒザラガイ※2は歯舌(しぜつ)と呼ばれる摂食器官に磁鉄鉱から成る多数の歯を持ち、その歯は人工ダイヤとも言われるジルコニア以上の耐摩耗性を示す。しかし、磁鉄鉱の歯がどのように生体内で形成されるのかは明らかにされていなかった。研究チームは、ヒザラガイの歯に含まれる新しいタンパク質「RTMP1」を発見し、このタンパク質が歯の骨組みとなるキチン繊維の上で酸化鉄の形成を誘導することを解明した。

※1 真核生物
細胞内に核を持つ生物の総称。人間・動物・植物・菌類などが含まれる。

※2 ヒザラガイ
海岸の岩場に生息する軟体動物で、背中に八枚の殻を持ち、岩に付いた藻などを削り取る歯を持つ。

ヒザラガイは体内で磁鉄鉱を形成する

生物は、自らの体内で骨や歯などの硬い物質を作り出せる。このような物質は「生体鉱物(バイオミネラル)」と呼ばれ、多くはカルシウムやケイ素が材料として使われる。一方、非常に珍しいが、鉄を主成分とした生体鉱物を作る生物も存在する。海岸の岩場などに生息するヒザラガイは、磁鉄鉱(Fe3O4)で作られた歯を持ち、この歯は人工ダイヤとも言われるジルコニア以上に摩耗に強く、丈夫である(図1)。

図1 瀬戸内海のヒザラガイ(左)とその歯(右)

図1 瀬戸内海のヒザラガイ(左)とその歯(右)

しかし、真核生物であるヒザラガイにおいて、磁鉄鉱がどのような仕組みで生体内に形成されるのかは未解明のままであった。また、鉄は生物に不可欠な元素である一方、過剰な鉄はがんや神経変性疾患の発症に関与することが知られている。したがって、ヒザラガイによる鉄の取り込みと制御を担う仕組みを理解することは、新たな治療法や医薬品の開発にもつながることが期待される。

タンパク質「RTMP1」が磁鉄鉱形成を誘導する

ヒザラガイの歯に特有のタンパク質を特定した

研究グループは、瀬戸内海から3種のヒザラガイ類(ヒザラガイ、ヒメケハダヒザラガイ、ババガセ)を採取し、歯舌組織の遺伝子解析を行った。その結果、磁鉄鉱を含む歯に共通して存在するタンパク質を同定した。その中から、ヒザラガイ類に特有の未知のタンパク質を発見し、「RTMP1(Radular Teeth Matrix Protein 1)」と命名した。

RTMP1と酸化鉄は歯舌組織において同じ位置に存在する

ヒザラガイの歯は、①キチン繊維の骨組み形成、②鉄の流入、③低結晶性酸化鉄※3の沈着、④磁鉄鉱への結晶化、という段階を経て作られる(図2左)。RTMP1に対する抗体を使って歯舌組織を染色した結果、RTMP1は③の直前の段階で最も多く検出され、さらに、RTMP1はキチン繊維上に沈着する低結晶性酸化鉄と同じ位置に局在していることが示された(図2右)。

※3 低結晶性酸化鉄
結晶の並び方がまだ整っていない未成熟な酸化鉄。磁鉄鉱に変化する前段階の状態。

図2 ヒザラガイの歯の形成過程(左)と、RTMP1と低結晶性酸化鉄が出現する位置(右)

図2 ヒザラガイの歯の形成過程(左)と、RTMP1と低結晶性酸化鉄が出現する位置(右)

RTMP1は酸化鉄の形成を誘導する

研究グループは、RTMP1の性質を調べるため、生命科学分野では遺伝子組み換えなどによく使われるパン酵母を用いて人工的にRTMP1を作製した。得られたRTMP1はキチンに吸着し、さらに鉄イオンにも結合した。また、RTMP1を結合させたキチン繊維を鉄溶液に浸したところ、キチン繊維上に酸化鉄粒子が形成された。すなわち、RTMP1が酸化鉄形成を誘導する直接的な役割を果たしていることが示された。

金属材料、医薬品開発の新しいアプローチに

本研究によって、RTMP1は鉄から酸化鉄の一種である磁鉄鉱を作り出す過程に関わっていることが明らかになった。これは、高温処理や有害物質を必要とする従来の合成法とは大きく異なる。磁鉄鉱は強い磁性を持ち、ハードディスクなどに使用されている。RTMP1を活用することで、安全で環境負荷の少ない磁性材料の合成技術を開発できる可能性がある。また、金属酸化物を狙った場所にだけ形成させる仕組みは、電子デバイスやセンサー材料に応用できる可能性が高く、材料科学の新しいアプローチとなる。さらに鉄の過剰蓄積は、がんや神経疾患と関連することから、本研究で明らかになったRTMP1による鉄制御機構の理解は、これらの疾患の新たな治療法開発に向けた基礎的知見となることが期待される。

キーワード
ヒザラガイ、磁鉄鉱、生体鉱物
参考URL
プレスリリース(2025年8月8日)
酸化鉄を作るたんぱく質を真核生物で初めて発見~ヒザラガイの「磁鉄鉱の歯」形成の謎を解く~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250808-5/