事業成果
困難だった酸素付与を一段階で
昆虫が食べて作る、ナノカーボン合成の新アプローチ2026年度更新
- 宇佐見 享嗣(名古屋大学 高等研究院 特任助教)
- ACT-X
- 「環境とバイオテクノロジー」領域・「機能性ナノカーボン材料の高効率生産を指向した生体触媒の創製」(2022-2025)
ハスモンヨトウによるナノカーボン合成
宇佐見享嗣名古屋大学高等研究院特任助教らの研究グループは、昆虫が持つ異物処理の仕組みを利用し、昆虫の体内で機能性ナノカーボン※1を合成することに世界で初めて成功した。ベルト状のナノカーボンをハスモンヨトウ※2の幼虫に食べさせたところ、その糞(ふん)から新しい物質が得られた。分析の結果、幼虫の体内でナノカーボンに酸素原子が導入され、蛍光を発する性質が付与されていることがわかった。昆虫の代謝システムを利用することで、ナノカーボンに新しい機能を持たせられることが示された。
※1 ナノカーボン
ナノメートルサイズの炭素材料。電子部品や電池などで使用される。
※2 ハスモンヨトウ
農作物を食べる害虫として知られる蛾(ガ)。
従来法では難しかったナノカーボンへの選択的酸素導入
医薬品や機能性材料は、これまで実験室でフラスコを使った化学合成や、試験管の中で酵素を使う方法などで作られてきた。しかし、フラーレン※3など特殊なナノカーボンは、その独特な構造のため、狙った場所だけに分子を結合させることが難しく、化学合成の材料としての利用は限られていた。
一方、昆虫は体内にたくさんの種類の酵素を持ち、複雑な化学反応を正確に、かつ効率よく行うことができる。特に植物が作る毒や農薬といった体にとって有害な物質に対処するため、高度な解毒の仕組みを長い進化の中で身につけてきた。そこで、研究グループは生きている昆虫体内を化学反応の場として活用できれば、これまで難しかったナノカーボンへの位置選択的な酸素の導入が、たった1段階でできるのではないかと考えた。
※3 フラーレン
炭素原子がサッカーボールのような球状に並んだ分子。
前例のない方法で行われる体内合成
ハスモンヨトウの体内で合成に成功
研究グループは、[6]MCPP(メチレン架橋[6]シクロパラフェニレン)というベルト状ナノカーボンを飼料に混ぜてハスモンヨトウの幼虫へ経口投与した。その2日後、酸素原子が導入されることで蛍光特性を得た新規誘導体[6]MCPP-oxyleneを糞から回収した(図1)。
図1 本研究で開発した昆虫内ナノカーボン合成
チョウ目昆虫に特有の遺伝子が合成に関与
ハスモンヨトウの腸組織を使って遺伝子の働きを調べると、シトクロームP450(CYP)※4という代謝を担う酵素グループが酸素原子の導入に重要であることがわかった。その中でも、チョウ目昆虫に特有の遺伝子であるCYP X2とX3の遺伝子の働きを弱めると、[6]MCPP-oxyleneの産生量が減少したことから、これら遺伝子が酸素を導入する反応で特に重要な働きをしていることが示唆された。
※4 シトクロームP450(CYP)
ほぼすべての生物が持っている酵素群。体に入った異物を分解する際に中心的な役割を果たす。
特定の分子サイズに対して選択的に反応
[6]MCPPの部分構造にあたる環状のナノカーボン[6]CPP([6]シクロパラフェニレン)と環サイズが異なる[5]CPPと[7]-[12]CPPを使い、同様の実験を行ったところ、[6]CPPのみ酸素が導入された。これにより、酵素が働くにはナノカーボンの大きさに条件があることがわかった。
研究グループは、この反応がどのように進むのかを明らかにするため、コンピュータを使ったシミュレーションを行った。その結果、CYP X2やX3は、[6]MCPPを1個だけでなく2個同時に取り込めることがわかった。
また、通常の化学反応で想定されるような途中段階の物質を経ることなく、酸素原子が炭素同士の結合に直接入り込むという、これまで知られていなかった仕組みで反応が進むことが明らかになった。
生物を使った新しい物質作りへ
本研究は、化学や物理の手法で合成するのが当たり前だった材料科学の分野に、「生物の仕組みを使って機能性分子を作る」という新しい方法を示した。今後、遺伝子を自在に書き換える技術や、酵素の性能を人工的に高める技術と組み合わせることで、より幅広い種類の分子に応用できるようになると期待される。
- キーワード
- ナノカーボン、昆虫、シトクロームP450
- 参考URL
- プレスリリース(2025年6月6日)
昆虫の体内で機能性分子ナノカーボンを合成~ウンチのなかに新機能性物質~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250606/
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