事業成果
新たな治療法と喉ごしの科学的解明へ
喉に新しい感覚器官を発見、咳と嚥下の仕組みを明らかに2026年度更新
- 樽野 陽幸(京都府立医科大学 大学院医学研究科 教授/京都大学 大学院医学研究科 教授)
- CREST
- 「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」研究領域・「体液恒常性をめぐる電解質/水の多感覚ネットワークの解明と制御」研究代表者 (2021-2026)
喉にある新しい感覚細胞の発見とその機能を解明
樽野陽幸京都府立医科大学大学院医学研究科教授らの研究グループは、喉の上皮にごく少数しか存在しない感覚細胞を発見した。これらの細胞は、苦味をもつ植物成分、タバコの煙、空気汚染物質、病原体に由来する物質などの刺激に反応し、咳や飲み込む動作である嚥下(えんげ)を引き起こす仕組みを担っていることを明らかにした。
8週間以上続く咳は慢性咳嗽(がいそう)と呼ばれ、原因がわからない症例や治療が難しい症例が多い。本研究成果は、その原因解明や創薬研究を発展させる基盤となる。また、ビールを飲む際に「喉ごし」と文化的に表現される感覚についても、これらの細胞の働きが一部を説明する可能性が示された。
咳と嚥下はどのように起こるのか?
喉は、食べ物と空気が通り、咳や嚥下といった気動防御反応が働く重要な場所である。これらの反応が適切に行われなくなると、食べ物や唾液が肺に入る、あるいは反対に過剰に咳が出るようになる。慢性咳嗽は世界の約1割の人が悩む症状で、原因がわからない場合も多い。これまで、喉の状態が変わると咳や嚥下の反射が起きることは知られていたが、その仕組みの多くは明らかになっていなかった。
研究グループは、これまでに舌の味(み)細胞で働く特殊な細胞間情報伝達の仕組みであるチャネルシナプス※1を発見していた。そこで、この仕組みが舌以外の器官にもあるのではないかと考えたことが今回の研究を始めるきっかけとなった。
※1 チャネルシナプス
電気的な刺激でチャネルと呼ばれる通り道が開き、その経路を通って神経伝達物質が放出され、神経に素早く情報が伝わる仕組み。
特定の化学物質を検知して咳や嚥下を促す細胞
喉頭と咽頭にある希少な感覚細胞の発見
研究グループは、遺伝子改変マウスを用いて、味細胞のチャネルシナプスを構成する分子CALHM1/3※2が他の細胞にも存在するか調べた。その結果、喉頭のタフト細胞(図1)※3、咽頭の味蕾(みらい)に属する2型味細胞※4にCALHM1/3が存在し、チャネルシナプスが存在していることがわかった。また、これら2種類の細胞は喉の粘膜表面の化学物質を検知してその情報を迷走神経に伝えていた。
図1 喉頭タフト細胞の3次元再構築画像 青:タフト細胞、緑:迷走神経
※2 CALHM1/3
電気刺激に反応して神経伝達物質を外へ放出させる分子。
※3 タフト細胞
化学物質を検知する上皮細胞。
※4 2型味細胞
苦味などを感じる味細胞。
化学物質を検知して気道防御反射を引き起こす
それら2種類の細胞を解析した結果、どちらの細胞もT2R※5と呼ばれる受容体を持つことが明らかとなった。T2Rは植物毒素やタバコの煙、空気中の汚染物質、病原体の成分など、人体に危険な化学物質を検知する分子である。T2Rが特定の化学物質を検知すると、活動電位が発生し、チャネルシナプスを介してATP※6を放出した。次にその神経伝達物質が迷走神経を興奮させ、咳や嚥下の反射が生じた(図2)。
図2 チャネルシナプスの仕組み
Calhm3遺伝子を持たないマウスではこの反応が起こらなかったことなどから、分子レベルの活動と反射の関係が示された。
さらに、別の実験により、喉頭のタフト細胞が咳反射、咽頭の2型味細胞が嚥下反射の役割をそれぞれ担っていることがわかった。
※5 T2R
苦味物質などの化学物質を検知する受容体。Type 2 taste receptorの略。
※6 ATP
神経伝達物質の1つであるアデノシン三リン酸。Adenosine Triphosphateの略。
アレルギー性咳過敏症への関与も
マウスの気管にカビ抗原を投与して数日後、T2R刺激による咳反射が強まるが、Calhm3欠損マウスではその現象が見られなかった。タフト細胞がアレルギー性咳過敏症のような咳症状に深く関わることが示された。
新たな治療法と感覚の科学的解明に期待
今回の研究により、咳や嚥下を担う新たな感覚器官の存在が示され、その働きが分子レベルで解明された。今後、慢性咳嗽の診断や治療に新しい道筋が生まれる可能性がある。また、本研究で示された「苦味物質が嚥下を促す」仕組みは、ビールを飲むときに感じる「喉ごし」という文化的な感覚表現の科学的機序を説明できる可能性がある。
- キーワード
- 咳反射、嚥下反射、CALHM1/3
- 参考URL
- プレスリリース(2025年4⽉5⽇)
咳と嚥下のスイッチ 喉に新たな感覚器官を発~咳治療に道筋、喉ごし感覚の⼀端か~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20250405-2/
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