事業成果

硫化鉄が次世代の磁気記憶素子に

室温で機能する交代磁性体を発見2026年度更新

写真:関 真一郎
関 真一郎(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
CREST
「未踏探索空間における革新的物質の開発」研究領域・「第三の磁性体「Altermagnet」の物質設計と機能開拓」研究代表者(2023-2028)

交代磁性体の物質探索、硫化鉄を発見

関真一郎東京大学先端科学技術研究センター教授らの研究グループは、交代磁性体と呼ばれる新しい磁性体の中で、室温で情報の書き込みと読み出しが可能な物質を世界で初めて発見した。

本研究では、磁性半導体である硫化鉄(FeS)が室温で機能する交代磁性体であることを発見し、外部の磁場がなくても情報を安定して保持できること、さらに保持された情報を電気的な違いとして読み出せることを実証した。

従来の磁性体とその問題点

磁気記録素子として利用される強磁性体

磁石が鉄を引きつけたり、情報を保存できたりする背景には、磁気と呼ばれる現象がある。磁気は物質中の電子がもつ性質に由来する。電子は小さな磁石のように振る舞い、この性質はスピンと呼ばれる。スピンには↑(上向き)と↓(下向き)の2つの向きがある。

通常、スピンはばらばらの向きを向いているため、物質全体として磁気は現れない。しかし、外部から磁場が加わるなどすると、多くのスピンが同じ向きにそろう。このとき物質は磁気を帯び、この現象を磁化と呼ぶ。そして磁化しやすい性質をもつ物質が磁性体である。

磁性体の中でも、スピンが同じ向きにそろい、磁場を取り除いても磁化が強く残るものを強磁性体という。鉄やコバルトなどが代表例で、情報記録材料として利用されている。強磁性体では、スピンが上向きにそろった状態と下向きにそろった状態を作ることができ、この2つの状態の違いを0と1に対応させることで、情報の読み書きが行われている。

強磁性体と反強磁性体の問題点

しかし、強磁性体から生じる磁場は外部にも影響を及ぼすことが知られている。磁性体の周囲に現れる意図しない磁場は、漏れ磁場と呼ばれる。記録装置の磁気記憶素子を小さくして高密度に配置すると、この漏れ磁場が隣の素子に影響を与え、本来保持したい情報とは異なる状態に書き換わってしまう恐れがある。そのため、記憶素子の密度向上には限界があった。また、スピンの向きを反転させて情報を書き換える仕組み上、動作速度にも制約があり、情報処理速度のさらなる向上は困難だった。

一方、反強磁性体と呼ばれる磁性体も存在するが、隣り合うスピンが必ず互いに逆向きに整列し、その結果として物質全体の磁化は打ち消されてゼロとなる。そのため、外部に検出可能な磁場が生じず、↑↓ と ↓↑ のスピン配列を物理的に区別して読み出すことが難しく、情報記録には不向きと考えられている。

硫化鉄は室温で情報の読み書きが可能

近年、反強磁性体のようなスピン配列と特殊な原子配列を併せ持つことで、磁化がゼロであっても情報の読み書きが可能となる「交代磁性体」という概念が理論的に提案された。

交代磁性体では、隣り合うスピンが逆向きに並ぶ点は反強磁性体と同じであるが、結晶構造が対称ではないため、↑↓ と ↓↑ の2つスピン配列は内部的には異なる状態として区別される。その結果、物質全体としての磁化はゼロであっても、スピン配列の違いが結晶中の電子の動き方の違いとして現れる(図1)。

図1 磁性体の概念図

図1 磁性体の概念図

交代磁性体の電子は、実際には外部磁場が加わっていないにもかかわらず、量子力学的な効果によって、あたかも磁場が存在するかのような動きを示す。この影響は仮想磁場と呼ばれる。仮想磁場の向きが異なると、電流を流した際に横方向に生じる電圧の向きが変わる。この性質を利用することで、↑↓ と ↓↑ の2つのスピン状態を磁場ではなく電気的な違いとして区別することが可能となる(図2)。

図2 交代磁性体の仮想磁場と電子の動き

図2 交代磁性体の仮想磁場と電子の動き 交代磁性体は磁化がゼロであっても仮想磁場によってスピンの状態を電気的な違いとして検出できる。

本研究では、交代磁性体として機能する物質を探索した結果、FeSが室温においてその条件を満たすことを発見した。FeSは、反強磁性体のように隣り合うスピンの向きが異なり、交代磁性体に特有の原子配列を併せ持ち、理論的に提案されてきた交代磁性体の特徴と一致していた。

さらに、研究グループは外部磁場によって ↑↓ と ↓↑ の2つのスピン状態を切り替えられることを示し、その状態が磁場を取り除いた後も安定に保持されることを実証した。これは、情報を安定的に記録できることを意味する。加えて、これら2つのスピン状態は、ホール抵抗率※1の違いとして明確に区別できた。すなわち、FeSを室温で交代磁性体として利用できることを実験的に示した。

※1 ホール抵抗率
物質に電流を流したとき、電流の流れと横方向に現れる電圧の大きさを表す量。

次世代の情報媒体としての活用へ

交代磁性体は、磁化を持たないため漏れ磁場が生じず、磁気記憶素子の高密度化が可能である。また、応答速度は強磁性体よりも100倍以上高速とされ、一層高速な情報処理への応用が期待される。さらに、FeSの交代磁性体は、室温で情報の読み書きが可能なことから、次世代の磁気記憶素子として有望である。

本成果は、室温で機能する交代磁性体の存在を実証したものであり、次世代の超高密度・超高速な情報記録技術の実現に向けた大きな一歩となる。

キーワード
交代磁性体、仮想磁場、硫化鉄
参考URL
プレスリリース(2024年2月13日)
室温で情報の読み書きが可能な交代磁性体(「第三の磁性体」)を発見~超高密度・超高速な次世代の情報媒体に~
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20241213/