事業成果
光合成細菌を窒素肥料に
空気中から窒素を固定する細菌を無機肥料の代替として利用2025年度更新

- 沼田 圭司(京都大学 大学院工学研究科 教授)
- 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)
- 「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点」プロジェクトリーダー(2023-2032)
光合成細菌を利用した持続可能な窒素肥料開発
沼田圭司京都大学大学院工学研究科教授(理化学研究所環境資源科学研究センターチームリーダー)らの研究グループは、海洋性の非硫黄紅色光合成細菌(Rhodovulum sulfidophilum)のバイオマス※1が作物栽培の窒素肥料として利用可能であることを明らかにした。
海洋性の非硫黄紅色光合成細菌は空気中の窒素と二酸化炭素の固定が可能であり、これを破砕・乾燥処理したバイオマスは11%(重量比)もの窒素を含有していた。このバイオマスを肥料として利用し、植物がバイオマス由来の窒素を直接的に取り込んでいることを確認した(図1)。このバイオマスを無機肥料※2の4倍に相当する量を施肥しても、植物の発芽や生育に悪影響が見られなかった。
本研究成果は、既存の窒素肥料に替わる持続可能な窒素肥料開発に貢献することが期待される。
※1 バイオマス
微生物、植物、動物の成長によって生産される再生可能な有機物。
※2 無機肥料
土壌に施用され、植物への吸収を促進し、作物の品質を向上させる必須栄養素から成る無機物質。

図1 肥料として用いる光合成細菌の破砕・乾燥処理と植物への取り込み
現在の農業用肥料に関する問題点
植物の成長には窒素が不可欠だが、空気の約78%を占める窒素を直接利用できる植物は少ない。空気中の窒素を利用しやすい分子へと変換するプロセスは窒素固定と呼ばれ、マメ科の植物の根には窒素固定できる細菌(根粒菌)が共生していることから、古くはマメ科であるレンゲソウを育て、それを田畑へすき込むことで肥料にする緑肥という手法も行われていた。
現在の農業では、大量の作物を作るため、化学合成された無機肥料に大きく依存している。しかし、無機肥料の製造と使用は環境へ多大な負荷をかけることが問題となっている。例えば、無機肥料の過度の利用によって土壌に無機窒素が流出すると、土壌の質が損なわれることがわかっている。また、土壌中の余剰な窒素は一酸化二窒素(N2O)へ変換され、温室効果ガス排出の一因となる。
堆肥などの有機肥料※3は、植物に栄養を補給し土壌構造を向上させるが、その効率は炭素(C)と窒素(N)の比(CN比=C/N)に依存しており、一般的に用いられる有機肥料は窒素含有量の低い場合が多いため、大量の肥料を用いる必要がある。そのため肥料に含まれる塩分などで土壌塩分※4や栄養毒性※5の問題が生じる。一方、CN比が高い有機肥料は土壌中に一酸化二窒素の排出を増加させる可能性がある。こうした問題点から、無機肥料の代替として、窒素含有量が高く、CN比が低い有機肥料が求められてきた。
※3 有機肥料
微生物や動植物などの生物、またはそれらの排せつ物に由来する肥料。
※4 土壌塩分
土壌中の塩分含有量のことで、土壌中に可溶性塩類が過剰に蓄積すると植物の生育に支障を来す。
※5 栄養毒性
植物が必要とする以上の元素や栄養素が過剰に存在し、成長や品質の低下を引き起こすこと。
非硫黄紅色光合成細菌バイオマスの有機肥料としての利用可能性を実証
本研究グループは、破砕と乾燥処理を施した非硫黄紅色光合成細菌のバイオマスを肥料として利用できるか検討するために、コマツナを用いて植物の発芽と生育における影響を調べた。その結果、無機肥料の4倍量に相当する量を用いても発芽(図2a)と生育(図2b)に悪影響がないことが明らかとなった。
また、無機肥料と比較して非硫黄紅色光合成細菌のバイオマスからは窒素がゆっくりと放出されるため、低温・高温いずれの栽培条件でも、無機肥料の2倍の施肥により無機肥料と同等の生育を示すことがわかった。
本研究ではさらに、植物が含有する窒素量と土壌に加えられた窒素量の相関解析を行い(図3)、低温高温いずれの条件においてもコマツナが非硫黄紅色光合成細菌のバイオマスから窒素を取り込んでいることを明らかにした。
これらの結果から、非硫黄紅色光合成細菌のバイオマスは、無機肥料に代わる有機肥料として利用可能であることを明らかにした。

図2 コマツナの発芽と生育における非硫黄紅色光合成細菌バイオマスの影響 種まき後7日におけるコマツナの発芽率(a)と生育(b)。NC:無窒素肥料、C1-2:無機肥料、PB1-32:非硫黄紅色光合成細菌バイオマス(1、2、4、8、16、32は施肥された肥料の量を無機肥料の窒素量に対する相対値で表している)。****はPB32とそれ以外の肥料における発芽率の統計的有意差を表している。PBはProcessed Biomassの略。

図3 植物含有の窒素量と非硫黄紅色光合成細菌バイオマスとして投入された窒素量の相関 グラフでは高温(22~32度)の場合(上の線)と低温(15~25度)の場合(下の線)を示している。縦軸は植物(コマツナ)に含有される窒素量、横軸はバイオマスとして投入された窒素量。
ゼロカーボン農業に貢献する窒素肥料創出に期待
本研究成果から、非硫黄紅色光合成細菌の窒素固定能力を利用した肥料は、持続可能な代替手段として、環境と食料安全保障の両面の懸念に対処する上で、有望であると考えられる。この肥料は、従来使用されてきた堆肥などの有機肥料に比べて、N2OとCO2の排出量が少ないと予想されており、長期的には農業が環境に与える影響を軽減する可能性が期待される。
本研究グループは今後、非硫黄紅色光合成細菌のバイオマスを、無機肥料の商業的代替物としての適正と経済性を評価するため、培養規模の拡大、汚染のリスクと保存可能期間の評価、異なる温度下での効果のばらつきなどの潜在的な課題に取り組む。
また現在、京都大学発スタートアップのSymbiobe株式会社が非硫黄紅色光合成細菌の量産技術の確立に取り組んでいる。
こうした取り組みから、化学肥料に代わる新たな選択肢として、持続可能な窒素肥料を創出し、ゼロカーボン農業の普及・発展に貢献することが期待される。
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