事業成果
日本初の新規放射性治療薬の実用化へ
国産初のがん放射性治療薬を開発し、事業化に挑む2025年度更新

- 吉井 幸恵(リンクメッド株式会社 代表取締役社長/量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所 上席研究員(2023年12月まで))
- 大学発新産業創出プログラム(START)
- プロジェクト支援型「革新的がん放射性治療薬の事業化に向けた技術開発」研究代表者(2020-2022)
次世代型放射性医薬品の実用化へ前進
量子科学技術研究開発機構量子医科学研究所の吉井幸恵上席研究員らは、銅の放射性同位体64Cuを用いて、悪性腫瘍等に対して治療効果が高く、さらにがんの診断と治療が同時に行える次世代型放射性医薬品を開発してきた。
この次世代型放射性医薬品の実用化を目指して、吉井上席研究員は2022年7月1日に、次世代型放射性医薬品の開発、販売に特化したベンチャー企業「リンクメッド株式会社」をJSTの大学発新産業創出プログラム(START)の支援で立ち上げた。
同社が開発する放射性医薬品の中で、再発・難治性悪性脳腫瘍に対する放射性治療薬64Cu-ATSMは、治験の最終段階である第Ⅲ相比較試験まで進めており、日本発の放射性治療薬として初めての承認が期待されている。
64Cuの特性を活かした「見える」がん治療の実現を目指す
これまでのがんに対する放射線治療や化学療法は、治療効果が十分でない、正常細胞に対するダメージで副作用が起こるといった問題があった。吉井上席研究員らは、銅の放射性同位体である64Cuが、こうした問題を克服しうると考え、64Cuを用いた放射性医薬品の開発に取り組んできた。
64Cuからは、従来の放射性治療薬で使用されてきた核種から放出されるベータ線のほかに、オージェ電子という特殊な放射線を出している※1。オージェ電子はがん細胞を高いエネルギーで効果的に治療できるという優れた特徴を持っている。また、64Cuは陽電子も放出するため、陽電子放射断層撮影(positron emission tomography; PET)診断に用いることができる。これらの特性を活かし、がん細胞に集積する薬剤に64Cuを結合させることによって、非侵襲的にがんへの薬剤集積を確認しながら治療(見ながら治療)することが可能となる(図1)。
同社は、64Cuのすぐれた特性を活かした次世代型放射性医薬品により、『革新的な「見える」がん治療』 の一日も早い実用化を目指している。これが実現すれば、他に効果的な治療法がない難治がんの克服や、患者さん一人ひとりのがんの状態に合わせた治療、副作用を評価しながらの最適な医療を提供することが可能となる。
※1 ベータ線、オージェ電子
ベータ線は、一般に最大飛程がミリメートルオーダーで従来の放射性治療薬に使用される。オージェ電子は、一般に最大飛程がナノメートルオーダーと短いため薬剤の近傍に高いエネルギーを付与することができ、治療効果が高いと言われている。

図1 64Cuを用いた次世代放射性医薬品による「見える」がん治療 がんは死因第一位の疾患で、他に治療法のない難治がん克服には革新的診断治療法が必要である。同社は診断と治療の両方に使える放射性核種64Cuを用いた「見える」がん治療薬で効率的で最適な医療の提供を目指している。
国産の放射性治療薬として初の国内臨床試験を実施
同社が開発中の64Cu-ATSMは、再発・難治性悪性脳腫瘍に対する放射線治療薬として、第Ⅲ相比較試験まで治験を進めている(図2)。
悪性脳腫瘍は、既存の治療法では十分な効果が得られず、新規治療法の開発が強く望まれてきた。その原因は腫瘍内部が低酸素環境になることだ。放射線治療では、放射線ががん細胞に当たると活性酸素が生成され、がん細胞のDNAを損傷させて細胞死を促進する。しかし、悪性脳腫瘍での再発例では、低酸素化が起こり、活性酸素が発生しにくいため、放射線治療が効きにくい。
これに対し吉井上席研究員らは、低酸素環境にある腫瘍細胞に集積し高い治療効果を発揮する64Cu-ATSMを開発した。吉井上席研究員らは、64Cu-ATSMが、がん細胞株移植モデル等を用いた非臨床試験で低酸素状態にある悪性脳腫瘍の増殖を抑制し、生存率を改善することを確認したことから、治療薬になることが期待され、開発が進められた。一日も早い実用化が期待される。

図2 64Cu-ATSMの実用化に向けて 悪性腫瘍をはじめとする難治性がんが低酸素化することに着目し、低酸素化難治性腫瘍を、見ながら治療できる新しい放射性医薬品64Cu-ATSMを開発。64Cu医薬品として一日も早い実用化が期待される。
革新的な「見える」がん治療に挑む
がんは、わが国の死亡原因の第一位の疾患で、診断や治療法の開発は急務の課題である。同社は、銅の放射性同位体64Cuを用い、がんの診断と治療の両目的に使える次世代型放射性医薬品を開発してきた。
再発・難治性悪性脳腫瘍をターゲットとした64Cu-ATSMの他にも、膵がんの診断薬や治療薬、固形がん、胆管がんをターゲットとして創薬も進めている。64Cuを基盤とし、多彩な放射性医薬品を持続的に創成し、日本の技術イノベーションを生み出すことに挑み続けている。
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