事業成果
細胞移植医療の社会実装へ大きく前進
細胞培養を自動化するヒューマノイドロボット用のクリーンルームユニットを開発2025年度更新

- 高橋 恒一(理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)
- 未来社会創造事業
- 探索加速型「共通基盤」領域「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」研究開発代表者(探索:2018-2020、本格:2020-2024)
- 髙橋 政代(神戸市立神戸アイセンター病院 顧問)
- 未来社会創造事業
- 探索加速型「共通基盤」領域「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」主たる共同研究者(本格:2020-2024)
ロボット用細胞培養加工施設(R-CPF)を世界で初めて開発
生命科学実験プロセスを自動化する研究を進めてきた本研究グループは、これまでにヒューマノイドロボットと人工知能(AI)を組み合わせた新しい生命科学研究のありかたを開発・実証してきた。例えばこれまでに、人間の介在なしにiPS細胞(人工多能性幹細胞)※1から網膜色素上皮細胞(RPE細胞)※2を効率的に作成させることに成功している。
今回、このヒューマノイドロボットを実際の網膜再生医療の臨床研究で利用するために、移植用の細胞を調整に必要とされる実験空間の清浄度の条件をクリアしたロボット用細胞培養加工施設※3(R-CPF:Robotic Cell Processing Facility)を世界で初めて開発した(図1)。
ヒューマノイドロボットの臨床現場での活用は、再生医療の大幅な進展に寄与するものと期待される。
※1 iPS細胞(人工多能性幹細胞)
成人の皮膚細胞などの体細胞にOct3、Sox2、Klf4遺伝子などを導入して初期化し多能性を持たせ、人工的に作製した多能性幹細胞(体を構成する、すべての組織細胞や生殖細胞に分化できる、未分化な幹細胞)。
※2 網膜色素上皮細胞(RPE細胞)
網膜を構成する細胞の1つ。理化学研究所や神戸市立神戸アイセンター病院などにより、iPS細胞由来RPE(retinal pigment epithelium)細胞を用いた再生医療の臨床研究が行われている。
※3 細胞培養加工施設(Cell Processing Facility:CPF)
細胞を培養するために必要な清浄度が保たれている専用のクリーンルーム。

図1 ロボット用細胞培養加工施設(R-CPF)の全体像
細胞製造工程の自動化を実現するための課題
細胞培養など生命科学の実験では、単純作業に多くの労力と時間が費やされる。また、作業をする人によって作業のスピードや手技の熟練度が異なるため、生産性や再現性にばらつきが出るなどの課題があった。これらの課題を解決するために、本研究グループは、ロボットとAIを使って生命科学系実験の完全自動化を目指して、ヒューマノイドロボットを用いた実験自動化の研究を進めてきた。
一方、このロボットを再生医療の臨床現場で実際に用いるためには、細胞製造工程を無菌環境に保つことが求められる。人間が手動で細胞の製造や調整をする場合には、細胞培養加工施設(CPF:Cell Processing Facility)と呼ばれる清浄度の高い施設で行われるが、ロボット用に無菌環境を実現した施設はこれまでになかった。
細胞調整の自動化を無菌環境で行える施設を開発
本研究では、高精度な生命科学実験動作が可能な汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」※4と、コンパクトなクリーンルームユニットAll-in-One CP Unit※5を組み合わせたシステムを設計し、臨床研究に必要な清浄度レベルでの細胞調製の自動化に取り組んだ。
まず本研究グループは、R-CPFの施設のレイアウトを検討して、ロボットが細胞を直接操作するロボットエリアと、それを囲う形で、オペレータがロボットを操作するエリア、オペレータエリアへ通じる更衣室の3つのエリア構造とした(図2左)。それぞれのエリアの清浄度レベルは、日本再生医療学会の「再生医療等安全性確保法における細胞培養加工施設での無菌操作に関する考え方」)に記載の構造設備基準を参考に(図2中)、無菌操作区域であるロボットエリアは清浄度レベル グレードA、清浄度管理区域のオペレータエリアは清浄度レベル グレードB、清浄度管理区域の更衣室を清浄度レベル グレードCと設定し、これらの基準を達成するための換気設備(ファンフィルターユニット:FFU)を設置した。
次に、レイアウトした施設が必要な清浄度を達成できる空調環境となっているかを、コンピュータにより検証した(図2右)。その結果、各エリアにおいて、清浄度の基準を達成することが予測できた。
こうした検証を経て、本研究グループは神戸市立神戸アイセンター病院にR-CPFを設置した。実際にロボットを使って細胞培養を行い、各エリアの清浄度レベルが達成されているかを、R-CPF内外の33地点で浮遊菌、落下菌、表面付着菌のモニタリングを実施、検証した(図3)。同時に本施設はこれまでのCPFと異なるため、清浄度に影響を与えるオペレータの動線や作業手順(SOP: Standard Operating Procedure)を検討した。その結果、全ての地点で清浄度レベルを満たしていることを確認し、モニタリング方法を含むSOPも確立した。
さらに、過去の臨床研究で使用されたものと同じ細胞、同じプロトコル、人間の作業者と同じ操作に相当するロボットの動作、同じ細胞の品質管理試験で、iPS細胞の培養を10日間行ったところ、全ての地点における清浄度レベルが基準値内と判定された。これらの結果から、R-CPFが臨床研究において細胞調製に利用可能であることが実証された。
※4 汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」
ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社(株式会社安川電機の子会社)により開発された生命科学実験用のヒューマノイドロボットシステム。株式会社安川電機の産業用7軸双腕ロボットの周辺に、人間が実験で用いるものと同じ実験器具を配置している。ピペット操作やインキュベーターの扉の開け閉めなど、人間が手で行っていた実験操作がロボットでも実行可能になった。
※5 All-in-One CP Unit
ダイダン株式会社により開発されたクリーンルームユニット。細胞培養加工施設に求められる更衣室や細胞調製室などの機能をユニット化することで省スペースに簡易に設置が可能。

図2 R-CPFのレイアウトと空調シミュレーション
(左)施設の平面図。ロボットエリア、オペレータエリア、更衣室により構成される。実線の矢印は人の動線を示し、点線矢印は細胞・試薬・消耗品などの動線を示す。ロボットは正面が下側になるように設置。施設の清浄度レベルはロボットエリアがグレードA、オペレータエリアがグレードB、更衣室がグレードCに設定された。
(中)清浄度レベルの目標値。日本再生医療学会の「再生医療等安全性確保法における細胞培養加工施設での無菌操作に関する考え方」から抜粋。菌の個数は、培地上でコロニーを形成できた数(Colony Forming Unit:CFU)として測定した。
(右)気流の数値流体力学(CFD)シミュレーション結果。床からの高さ1m地点における空気齢(単位は秒)。無菌操作等区域であるロボットエリアは、ロボット背面を含めて空気齢の値が小さく(ヒートマップの寒色系で表現)、この空間が頻繁に換気されていることを示す。

図3 浮遊菌、落下菌、表面付着菌のモニタリングポイント R-CPF内外の33地点において浮遊菌・落下菌・表面付着菌のモニタリングを実施した。表面付着菌の検出はスタンプ法(寒天培地に表面を接触させる方法)とスワブ法(表面を拭いとる方法)の2種類を用いた。
高速・高感度に加え、低コストの自動検出装置を目指す
本研究の成果は、これまで作業環境が整わず実現できなかった臨床研究での細胞培養工程におけるロボットの導入を可能とした。これにより、これまで人の手で行われていた研究工程の単純作業の負担軽減、作業者の手技などの教育コストの低減、作業の再現性の向上につながる。その結果、再生医療・細胞治療コストの低減が期待できる。
また、基礎研究の成果を臨床研究に応用する場合、研究成果の各工程の担当者が異なる場合が多く、技術面で基礎から臨床への橋渡しがうまく進まない場合もある。本研究でR-CPFに用いたロボットは、基礎研究で用いているものと同じヒューマノイドロボットを採用しているので、基礎研究でロボットが発見・確立した培養条件をそのまま臨床現場で実行することができる。そのため、人間を介した技術移転の必要がなくなり、基礎研究から臨床研究への橋渡しが容易となる。今後、AIとロボットによる生命科学実験の自動化を促進させ、再生医療の治療開発をさらに加速させることが期待できる。
- ライフサイエンスの成果一覧へ
- 事業成果Topへ
- English