事業成果
睡眠障害患者の負担を大幅に軽減
自宅で精度の高い睡眠時脳波測定を実現2025年度更新

- 柳沢 正史(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授)
- CREST
- 「オプトバイオ」領域・「光を用いた睡眠の機能と制御機構の統合的解析」研究代表者(2016-2022)
自宅で閉塞性睡眠時無呼吸症候群の正確な評価を可能に
柳沢正史筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構教授らの研究グループは以前に、筑波大学発スタートアップ企業である株式会社S’UIMINを立ち上げ、自宅で簡単に睡眠時脳波を計測できるInSomnograf(インソムノグラフ)を開発した(図1)。インソムノグラフはこれまでの研究で、健常者の睡眠において、終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査※1と同等の精度で測定できることが確認されている。
柳沢教授らは、健常者とは睡眠状態が大きく異なる閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)でも、インソムノグラフが同様の精度で測定できるかを検証し、OSAの早期発見や睡眠評価に十分な精度を有していることを確認した。
これにより、睡眠障害の診断や経過観察の遠隔医療が可能となり、大幅な患者の負担軽減が期待される。
※1 終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査
睡眠時の脳波、呼吸、脚の運動、あごの運動、眼球運動、心電図、酸素飽和度、胸壁の運動、腹壁の運動などを記録する検査。睡眠関連疾患の診断のために、専門の施設に入院して行われることが多い。

図1 InSomnograf(インソムノグラフ) Ⓒ(株)S’UIMIN 在宅で睡眠時の脳波を測定してAIで解析し、医師の見解や改善アドバイスを加えて利用者にレポートする、睡眠計測サービス。
患者負担の少ない睡眠時脳波測定が課題
OSAは、世界で10億人以上、日本でも中等症以上の患者だけで900万人以上が罹患していると推定されている。OSAは終夜睡眠ポリグラフ検査で診断することができるが、そのためには入院が必要であるため費用や時間がかかる。また、実施可能な医療機関が限られているため、終夜睡眠ポリグラフ検査は年間わずか8万件しか行われていない。そこで、日常環境でも行える患者負担の少ない新しい検査が求められてきた。
インソムノグラフとPSG検査の同等性を確認
本研究では、20歳以上の成人で、事前の簡易検査で、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるとされる無呼吸低呼吸指数(AHI)または3パーセント酸素飽和度低下指数(3パーセントODI)※2が5以上の77人を対象に、インソムノグラフとPSG検査の機器を同時に装着してもらい、一晩の睡眠測定を井上病院にて実施した。翌日、各機器から取得したデータを解析して、11種類の定量的睡眠指標(総睡眠時間、各睡眠ステージの割合、覚醒反応指数、呼吸イベント指数もしくは無呼吸低呼吸指数等)を算出し、両機器の同等性を検証した。その結果、すべての指標において、2つの測定方法の一致性が確認された。例えば、呼吸関連指数は、在宅睡眠時脳波測定と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)測定を組み合わせて得られた呼吸イベント指数(REI)を、PSG検査で得られたAHIと比較した結果、0.899の級内相関係数が得られた(図2)。また、インソムノグラフで得られた覚醒反応指数により、重症OSA患者が高い特異度で検出された(図3)。
※2 3パーセント酸素飽和度低下指数(3パーセントODI)
睡眠中に血中の酸素飽和度が3パーセント以上低下するイベントの発生回数を1時間あたりで計測した指標。この指数は睡眠時無呼吸症候群(SAS)などの呼吸関連睡眠障害の診断や重症度評価に使用され、酸素飽和度の低下頻度が高いほど、呼吸障害の可能性や重症度が高いことを示す。

図2 呼吸イベント指数(REI)の同等性の検証
インソムノグラフと酸素飽和度(SpO2)測定機器より得られた呼吸イベント指数(REI)と、PSG検査によって得られた無呼吸低呼吸指数(AHI)のBland-Altman分析と級内相関係数※3の分析結果。両者間の高い同等性が確認された。
(掲載論文:https://www.nature.com/articles/s41598-024-53827-1)
※3 Bland-Altman分析と級内相関係数
Bland-Altman分析と級内相関係数は測定方法間の一致性や信頼性を評価する2つの異なる統計手法。Bland-Altman分析では、異なる測定法から得たデータの平均差と許容差範囲を算出し、データがこの許容差範囲内に収まる場合、2つの測定法が実用的に一致していると評価する。級内相関係数は、異なる評価者間や同一評価者の再測定における一致性を定量的に評価する手法。

図3 覚醒反応指数のスクリーニング精度
インソムノグラフで得られた覚醒反応指数によるOSA患者のスクリーニング精度の検証結果。覚醒反応指数25以上でAHI15以上のOSA患者(a)が、覚醒反応指数32以上でAHI30以上のOSA患者(b)が、それぞれ高い精度で検出された。
(掲載論文:https://www.nature.com/articles/s41598-024-53827-1)
自覚している睡眠時間や睡眠の質は「当てにならない」
さらに、柳沢教授らは睡眠障害の治療を受けていない421人を対象として、インソムノグラフにより得られた睡眠脳波と血中酸素飽和度の測定データ(客観的睡眠データ)、睡眠に関する質問票回答(自覚的な睡眠評価)、これらのデータから「不眠」、「睡眠不足」、「睡眠時無呼吸」等の観点に対する医師の評価を分析した。その結果、医師の評価は客観的数値と強く関連しているものの、自覚的な睡眠の評価とは全く異なることがあることが判明した。自分では十分な睡眠を取っていると思っている対象者のうち45%で睡眠不足が客観的に疑われ、睡眠の不調を訴えている対象者のうち66%には客観的な問題は確認されなかったのである。また、自覚的な「睡眠の質」の評価も、客観的な「睡眠の深さ」、「短い覚醒の有無」、「睡眠時無呼吸症候群のリスクの有無」をほとんど反映していなかった(図4)。これらのことから、客観的な睡眠計測とそれに基づく医師の総合的な評価の重要性が示唆された。

図4 睡眠に対する自覚的評価と客観的評価の乖離
(掲載論文を元に作成:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2412895121)
迅速かつ幅広い疾患を診断する次世代の基盤技術へ
現代社会において日本人の4人に1人が睡眠の悩みを抱えているとも言われ、睡眠障害は大きな社会課題となっている。睡眠障害を診断するためには睡眠の量や質を可視化する必要がある。睡眠の量は活動量計などで自宅でも測ることができるが、睡眠の質に関しては、これまで、入院して脳波測定する必要があり、簡単には測定できなかった。
柳沢教授らの開発したインソムノグラフは、従来の睡眠検査の標準法であるPSG検査とほぼ同等の精度で、OSA患者の睡眠時脳波測定が可能である。呼吸フローや血中酸素飽和度、脈拍などの測定機器と適切に組み合わせることにより、さらに精度を高め、在宅等での遠隔医療でもOSAの診断や経過観察ができる。インソムノグラフはすでに予防医療や研究の分野で活用されているが、睡眠障害の診断、治療へと、今後、さらなる活用の場が広がることが期待される。
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