事業成果

原子スケールモノづくりの出発点

金属ナノワイヤの大量成長を実現、その原理を解明2025年度更新

写真:木村 康裕
木村 康裕(九州大学 大学院工学研究院 准教授)
さきがけ
「ナノ力学」領域・「電子流による原子拡散に基づくナノワイヤ結晶性デザイン」研究代表者(2020-2024)

アルミニウムナノワイヤの大量森状成長手法を開発

木村康裕九州大学大学院工学研究院准教授らの研究グループは、固体中で原子を運ぶ原子拡散現象※1を活用して、アルミニウムナノワイヤ※2の大量森状成長手法を開発した。

ウィスカとも呼ばれる線状の純金属ナノワイヤは、人の髪の毛の太さの1000分の1の直径と数百マイクロメートルほどの長さの素材で、ナノテクノロジーにおける有望材料の1つとされている。特に、固体基板から自立成長した単結晶純金属ナノワイヤは、次世代センシングデバイスとしてのガスセンサーやバイオマーカー、次世代オプトエレクトロニクスとしてのプラズモン導波路※3への応用など、広範囲なマイクロ・ナノデバイスの構成材料として注目されている。

しかし、すでに大量合成法が確立している半導体ナノワイヤや有機材料のカーボンナノチューブ、金属酸化物ナノワイヤと異なり、単結晶純金属ナノワイヤを大量に作り上げる技術は確立されていなかった。

本研究では、イオンビーム照射という簡便な方法で金属薄膜の結晶粒※4分布を制御し、原子輸送のための特異な応力※5場を与えることにより、狙った場所に金属原子を大量に集めてアルミニウムナノワイヤを成長させる技術の開発に成功した(図1)。

この成果は、これまで偶発的かつ少量しか成長させることができなかったボトムアップ的純金属ナノワイヤ成長法の実用化に道を開くものであり、金属の原子スケールモノづくり技術の出発点になることが期待される。

※1 原子拡散現象
固体中の原子輸送現象であり、原子濃度勾配、静水圧応力勾配、温度勾配、電位勾配などが駆動力となる。

※2 ナノワイヤ
人髪の太さの1000分の1程度の直径(100〜600ナノメートル程度)を有した線状ナノ構造体。

※3 ブラズモン導波路
金属表面では、光は金属の電子と結合した状態(表面プラズモンポラリトン)で存在する。この特性を活用した導波路をブラズモン(プラズモニック)導波路と呼び、光をナノメートルレベルの領域に閉じ込めた状態で導波させることができる。

※4 結晶粒
原子が規則的に並んでいる固体の塊のこと。本研究では数ナノメートルから数十ナノメートルの極細粒を扱っている。

※5 応力
物体内部に働く仮想的な面に対する単位面積あたりの力。

図1

図1 金属薄膜上で森のように成長したアルミニウムナノワイヤ

有望なナノ構成部品として期待されるアルミニウムナノワイヤ

純金属ナノワイヤは、単結晶で欠陥の少なさに由来する高い強度だけでなく、電気伝導性や熱伝導性における電子やフォノン(音子)の異常散乱、プラズモニック現象から生じる表面光の伝搬や発光を示すことが近年明らかになってきた。

特に、垂直に自立成長したアルミニウムナノワイヤは、巨大な表面積を持ち、自然酸化に強いため良好な電気的特性を半永久的に維持でき、単結晶に由来する強度や硬さ、伸びやすさといった優れた機械的特性を持つ。こうしたユニークな特徴から、センシングデバイスやオプトエレクトロニクスにおける有望なナノ構成部品として活用されることが期待されている。

この応用に向けては、アルミニウムナノワイヤを安定して大量につくる手法の開発が欠かせない。カーボンナノチューブや半導体ナノワイヤは、原材料を気体で供給し基板上の触媒との反応を介して成長させる大量合成手法が確立しているが、アルミニウムは蒸気圧が低いので気体での供給が難しく、仮に供給できたとしても成長の核となる触媒が見つかっていないため既存手法は使えない。そのため、独自のナノワイヤ成長の手法を確立することが急務となっていた。

原子拡散を採用し大量成長技術を確立

金属ナノワイヤを成長させる難しさは、成長の仕組みにある。樹木のように根本から成長するため、母材となる固体中でナノワイヤの成長に供する金属原子を、狙った場所に大量に運搬する必要がある。しかし、気体中や液体中と違って固体中では原子は活動しにくく運搬が困難だった。

本研究は、固体中で原子を大量に運ぶ手段としてナノスケール物質輸送現象である原子拡散を採用し、あたかも森をつくるように大量のアルミニウムナノワイヤを希望した箇所に成長させる技術を確立した。本成果を実現した鍵は、原子拡散の源である駆動力を薄膜内部の結晶粒に着目して作り出したことにある。イオンビーム照射によって薄膜表層のみの結晶粒を粗粒化させ、薄膜表層では粗粒、薄膜下層では細粒となる粒勾配を作り出した。この粒勾配が原子拡散の駆動力を増大させる引き金になるという仕組みを電子顕微鏡での観察と有限要素解析※6による数値計算で明らかにした。

イオンビーム照射後に薄膜を加熱すると原子は以下に記すいくつかの順序を経て運搬されナノワイヤに成長するための準備が整っていく。はじめに、薄膜を加熱すると降伏応力※7の粒径依存性によって粒勾配が原子の上昇流を引き起こし、多くの原子が薄膜表面に運搬される。その後、降伏応力の方位依存性によって特定粒に向かった原子の流れ込みが生じる。こうした一連の原子の流れは静水圧応力※8勾配に基づいており、有限要素解析によってその値を算出することができた。このようにして大量の原子を貯め込んだ粒は、それを解放するように垂直方向にナノワイヤとして成長する(図2、3)。

※6 有限要素解析
連続体力学の問題を解く解析手法の1つ。

※7 降伏応力
材料に負荷を加えて変形させた際に、除荷しても元に戻らなくなる(変形の影響が残る)臨界の応力値。材料強度の指標となる。

※8 静水圧応力
水の中に沈めた物体に加わる圧力のように物体表面の垂直方向に作用する応力。平均垂直応力とも呼ばれる。

※9 STEM-EBSD
STEM: 走査透過電子顕微鏡。細く絞った電子線を試料に照射・走査し、照射点から出てくる透過波もしくは回折波を検出して画像化する顕微鏡。SEMよりもより小さな物を観察することが可能。
EBSD: 結晶粒の傾き具合を示す方位を解析する手法。

図2

図2 ナノワイヤ付薄膜断面のSTEM-EBSD※9像(上)。ワイヤ成長の順序(シーケンス)(下)。

図3

図3 アルミニウムナノワイヤ成長機構を示すイメージ図(左)。ケイ素の基板上にアルミニウムと酸化アルミニウムからなる薄膜を堆積。①原子の上昇流が起きる。②原子の流れ込みが起きる。③アルミニウムナノワイヤが成長していく。
実験で成長させたナノワイヤの本数密度と長さのグラフ(右)。縦軸の値が最大で 180×105本/平方センチメートルとなった。

成長プロセスの原理も解明

本成果は、金属ナノワイヤの大量成長を実現しただけでなく、成長プロセスの仕組みを透過電子顕微鏡観察と有限要素解析による数値シミュレーションの併用で明らかにした。

この成長プロセスは、アルミニウムにとどまらず原理的に他の金属にも拡張可能であり、これまで閉ざされてきた原子の自己組織化による金属ナノワイヤ製造技術の出発点になると期待される。ちなみに、これまでに原子拡散を用いて作られたアルミニウムナノワイヤの本数密度は 1975 年に報告された2×105本/平方センチメートル(表面被覆率0.04%)が最大だったが、本研究は半世紀ぶりにそれを上回る最大180×105本/平方センチメートルが得られることを実証した。

本研究は、マイクロ・ナノデバイスへの応用を志向した原子スケールモノづくり技術の創出に繋がると期待される。