事業成果
AI等で代替される家事労働は約40%が自動化する
日英共同研究プロジェクトで無償労働の未来を予測2024年度更新
- 永瀬 伸子(お茶の水女子大学 基幹研究院 教授)
- RISTEX
- 人と情報のエコシステム
- 「AI等テクノロジーと世帯における無償労働の未来:日英比較から」研究代表者(2019-2023)
家庭内労働=無償労働の未来を初めて定量的に予測
仕事の未来は、研究や政策議論の重要なテーマだが、先進国の人々は平均して同程度の時間を無償労働に費やしているにもかかわらず、これまで議論はもっぱら有給労働に焦点が当てられてきた。お茶の水女子大学基幹研究院の永瀬伸子教授らの研究グループは、労働の未来に関する議論を無報酬の家事労働にまで拡大し、社会学・経済学の方法を用いて無償労働の未来を予測した。
この研究では、英国29人・日本36人のAI専門家に、17の家事労働と介護労働が将来どの程度自動化可能かを推定してもらう調査を行った。その結果、AI専門家は、平均して10年以内に家事タスクに費やされる時間の39%が自動化可能になると予測した。ただし、日本の男性専門家は家事自動化の可能性について英国と比べ有意に低い予測をしていた。これは日本の家庭における男女格差の問題を示唆している。この結果は今後の社会の在り方についての政策的議論のエビデンスとしても重要なものであり、英国BBCでも取り上げられる※1など社会的インパクトが高い。
※1 BBC記事
「Robots to do 39% of domestic chores by 2033, say experts」22 February 2023
(https://www.bbc.com/news/technology-64718842)
AI等による自動化を想定した無償労働の変化は議論不足
AI、IoTなどの技術と「働き方の未来」研究は各国で大きな注目を集めているものの、それら研究はこれまでもっぱら有償労働に焦点が当てられ、家事/育児/介護労働の未来についてはほとんど議論がされてこなかった。しかし実際には有償労働時間と同等に近い無償労働時間が人々の生活を占めており、これに関する予測は今後の政策立案や投資活動に明らかに重要だ。
家事労働をはじめとする無償労働時間は、過去の技術革新によって有償労働時間と同様に削減されてきた。英国では1920年代から2000年代にかけて調理、掃除、洗濯などの家事時間が劇的に減少した。近い将来、AIを活用した新技術により、さらに減少することが予想される。例えば掃除ロボットをはじめ「家事用サービスロボット」は、世界で最も広く生産・販売されるロボットになっており、子どものための教育技術の開発、AI技術による家庭での高齢者の介護労働の機械代替の可能性も高まっている。ただし日本の主婦の家事労働時間の減少は英国よりも少ない。
4つのプロジェクトにより社会科学の手法で未来を予測
これまではこうした、女性が主に行う形態の仕事を排除して雇用に焦点を当てる研究が多く、家庭内の無償労働の潜在的な変化を定量化しようとした研究はなかった。そこで、研究グループは「働き方の未来」予測の分析手法を、生活時間調査から家事/育児/介護労働に適用し、どのくらい人がロボットやアプリなどのテクノロジーに代替されるかを推計した。
研究は以下の4つのプロジェクトで行われた。
<Project 1> デルファイ調査※2
5年後、10年後の家事の自動化についての日英専門家予測を依頼
この結果、10年後に39%の家事の自動化が予測された。日本男性専門家の自動化予測は、英国男性より低いものだった。また家事に比べてケアの自動化予測は低かった。
※2 デルファイ調査
科学技術の将来展望に関するアンケート調査。
<Project 2> 仮想実験
男女で賃金や労働時間を変動させた場合、また利用価格や家事生産性も変動させた場合に、家事を「自分」「配偶者」「ロボット/アプリ」「雇用者」のどちらに委ねるかの選択を、有配偶男女に対してVIGNETTE調査法※3を用いて実験
現実には大きい男女の家事行動の差があるが、実験的に労働時間や賃金、生産性を男女同程度に変動させたら選択はどう変わるかを調査。結果は男女ともに「自分」「配偶者」「ロボット」「雇用人」の順で選択される場合が多かった。また、ロボット/アプリは価格が安いほど、生産性が高いほど、また自身の労働時間が長く賃金が高いほど選択され、経済合理性が優先される結果になった。子どものケアは、「自分」「配偶者」の選択が多く、高齢者ケアは同様だが、子どもよりは雇用人選択が高い。男女のジェンダー規範による行動差はあまり見られなかった。
※3 VIGNETTE調査法
ビネット調査法。調査対象者にある架空の状況などを提示し、自分がその状況にあるときにどのような態度をとるか、どのような意見をもつか、どう判断するかなどを調査する方法。
<Project 3> ロボット・アプリの技術開発があった場合に利用したいと思うかどうかを、17の家事別に消費者個人に対して調査
現在の労働時間、賃金のもとで、ロボット・アプリの消費者の利用意向について、日英で同じ設問で消費者調査を行った。全体に利用意向は高く、若い年齢層で、また特に英国で日本以上に高い。しかし65〜75歳になると日本の利用意向が英国を上回る。若い世代は英国の方が利用意向が高く、子どもケアの利用意向は男性が女性に比べて高い。介護も同様の結果となった。一方、介護での利用意向は日本女性で特に高い。
<Project 4> Project3の技術利用が進むと無償労働時間はどう変わるかを調査
未来の家事育児時間はどう変化するか、日英の代表的な生活時間調査を用いてProject 1・3の結果を加味して無償労働時間がどのくらい減るか、その推計を行なった。その結果、子どものケアや介護に多くの無償労働時間を割いてきた日本の現役層の人口減により、無償労働時間が足りなくなることが予測された。この制約を緩和する技術開発のプラスの影響は、日本ではより大きいと考えられる。
将来変化をシミュレーション、自動化技術の社会実装に提言
以上のような調査データを全部用いて、将来のロボット価格や技術の変化、男女の賃金や労働時間変化が、どのような未来を可能とするのか、想定をおいてシミュレーションを行っていく。
また日本の自動化予測が特に低かったので、社会実装について、社会科学の立場から、企業エンジニアや理工学者と協業し提言を行う予定だ。
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