事業成果

アフリカの安定的なコメ増産に貢献

マダガスカルの貧困農家に広まる革新的施肥法を開発2024年度更新

写真:辻本 泰弘
辻本 泰弘(国際農林水産業研究センター プロジェクトリーダー)
SATREPS
生物資源領域・「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」研究代表者(2016-2022)

日本とマダガスカルの国際共同による社会実装成果

本プロジェクトでは、日本とマダガスカルの国際協同によって、少ない肥料で水稲(イネ)の生産性を大幅に改善できる施肥技術※1として、「P-dipping」を開発し、マダガスカルの3000戸以上の農家圃場でその効果を実証することに成功した。同技術は、田植えのときに、リン肥料を混ぜ込んだ泥を苗の根に付着させるという簡単な手法で、化学肥料や機材の投入が制限されるマダガスカルの貧困農家でも簡単に実践できると高く評価され、同国での普及が進められている。

また、P-dippingは、少ない肥料でお米を増産できるだけではなく、イネの登熟不良※2や冠水害※3の回避にも有効であることが示された。そのため、マダガスカルだけではなく、国際的な肥料価格の高騰や気候変動にともなうさまざまな環境ストレスにさらされるサブサハラアフリカ※4の稲作改善にも広く貢献し得る成果として期待が寄せられている。

本プロジェクトの研究チームは、日本とマダガスカル両国の多岐にわたる分野の若手研究者を中心に構成され、有効な人材育成にもつながっている(図1)。これらの功績によって、マダガスカルの農業畜産大臣から感謝状が授与された。

図1

図1 両国の多岐にわたる分野の研究者のみならず、農家、普及員、行政、肥料会社などの受益者と協同し、
現地のニーズに応える課題解決型研究を実践した

※1 施肥技術
肥料のやり方は、耕地が置かれている諸条件に応じて最適化されなければならない。土壌肥料や作物栽培の知に加え、気象や経営などの知識も必要とする総合的な技術。

※2 登熟不良
イネの開花期や登熟期に低温などのストレスにさらされることで、お米の実りが悪く、収量が低下する現象。

※3 冠水害
移植後の田面水の上昇により、稲株の大半、もしくは全てが浸水することで呼吸や光合成が妨げられ、生育の阻害や枯死が生じる現象。

※4 サブサハラアフリカ
サハラ砂漠以南の地域。農業の生産性が低く、世界で最も貧困や飢餓が深刻な地域。

国際的・環境的な不確実性に対処する生産技術の開発

国際的な肥料価格の高騰は、マダガスカルを始めとするサブサハラアフリカ地域各国共通の課題である。農家が貧しく購買力が低いため、肥料をあまり投入できないのだ。ロシアのウクライナ侵攻の影響も受け、この状況に拍車がかかっている。世界銀行の報告では、2022年の化学肥料の消費量は、世界全体で5%低下しているのに対し、サブサハラアフリカでは最大25%低下の可能性が指摘されている。

また、サブサハラアフリカの半分以上の水田は、十分な灌漑(かんがい)排水設備を持たないため、栽培のための水を雨水等に頼っている。もともと水不足や冠水などの影響を受けやすい上、気候変動に伴う干ばつや豪雨の頻発化により生産がさらに不安定化している。アフリカで発生した洪水件数はこの30年間で倍増し、2019年から2020年にアフリカ南東部一帯で発生した豪雨は、地域の農業生産に甚大な被害を及ぼした。

マダガスカルの1人当たりのコメ消費量は日本の2倍以上あり、国民の半数以上が稲作に従事している。しかし、イネの収穫量はヘクタール当たりで日本の半分以下であり、前述の条件も加わり深刻な貧困や飢餓の問題を抱えている。少ない肥料でも効率的に作物の生産性を改善し、かつ、気候変動にも強靱な生産技術の開発が求められている。

各生産地の条件と効果を検証し技術の確立を証明

辻本泰弘プロジェクトリーダーらの研究グループは、日本の明治期の稲作技術から発想を得て、少量のリン肥料を混ぜ込んだ泥をイネの根に付着させてから移植する施肥技術「リン浸漬処理(P−dipping)」を考案した。これまでにもP−dippingがマダガスカルに広く見られるリン欠乏水田でのコメ生産を大幅に改善できることや、イネの生育日数を短縮し、生育後半の気温低下で生じる冷害の回避にも効果を発揮することを実証してきた(図2)。

図2

図2 P−dipping

少量のリン肥料を混ぜた泥を苗の根に付着させてからイネを移植する簡易手法。リンが株元に施用されるため、イネの吸収利用効率が高まる。

今回の研究では、これまで明らかにされていなかった効果の解明に目が向けられた。水不足や冠水など気象要因に伴うさまざまな環境ストレスを受けやすい水田でP−dippingの検証を行い、同技術がどの程度の増収効果を持つのかを明らかにした。気象や地形条件が異なる18地点の試験水田を選定し、移植日や窒素施肥などの栽培管理法を変えることで、P−dippingの標準的な効果や、効果の高い栽培環境が解明された。

① 収穫量・肥料効率への効果

試験圃場のヘクタール当たりの平均収穫量は、リン肥料なしの場合に比べて1.1トンの増加。同量のリン肥料を従来の表層施肥で与えた場合に比べ0.5トンの増加。さらに窒素施肥と組み合わせることで収穫量の差は大きくなり、窒素の利用効率も改善した(図3)。

図3

図3 P−dippingにより得られた水稲の増収効果

18の農家圃場で観測された平均値の比較。リン表層施肥とP−dippingは、いずれもヘクタール当たり13kgのリン肥料を重過リン酸石灰で移植時に施用した。

② 冠水害への回避効果

初期生育を促すことで、移植後の水位上昇に伴う冠水害を回避。稲株の枯死化が軽減した。冠水害を受けた水田でも増収効果は大きくなった(図4)。

図4

図4 P−dippingによる冠水害の回避効果

写真は同一圃場内の隣接する処理区で同じ日に撮影。

③ 低温ストレスの回避効果

従来の知見と同様に、移植から収穫までの日数短縮は、生育後半の気温低下に伴う低温ストレスを回避し、登熱度※5が改善することを確認。標高の高い冷涼な地点だけでなく、温暖な地点でも移植日が遅い場合、P−dippingによる増収効果が大きくなることがわかった(図5)。

※5 登熱度
登熱歩合(全籾数に対する実った籾の割合)と籾量の積(g)を計算した数値。低温ストレスに伴う不稔実や未熟粒が増加すると値は小さくなる。

図5

図5 P−dippingによる低温ストレスの回避効果

写真は同一圃場内の隣接する処理区で同じ日に撮影。

成果を拡大し、サブサハラアフリカの貧困削減や栄養改善に貢献する

さらに、研究グループは、農家圃場での繰返しの検証から技術の効果を確信し、マダガスカルの農業畜産省普及局とともに、現地の農家3,000戸以上にP-dippingの技術研修を実施した。結果、多くの農家が技術を採用し、P-dippingを行うことで、ヘクタールあたりのコメの平均収量が3.7トンから4.8トンと約1.1トン(30%)増加することが確認された。こうした農家への普及状況を受けて、マダガスカルの民間企業がP-dipping用の肥料販売を開始した他、2024年度からは、同技術の広域普及を目的とした国際協力機構(JICA)の社会実装型技術協力プロジェクトが予定されるなど、研究成果のさらなる社会的インパクトへの動きが加速している(図6、7)。

アフリカにおけるコメの増産は、増え続ける需要に対応しなければならない喫緊の課題である。今回得られた成果は、P−dippingを採用することで肥料の利用価値を高め、頻発化している冠水害の対処にもつながる可能性を示した。いずれの成果も、マダガスカルのみならず、類似する環境条件下にある地域の稲作改善に大きく貢献できるものとして高く評価できる。同技術を普及拡大することで、サブサハラアフリカでの安定的かつ持続的なイネ生産に貢献することへの期待が高まっている。

図6

図6 農業畜産省普及局によるP-dipping技術の研修の様子

図7

図7 P-dipping用肥料(黄色枠内)を販売するマダガスカル農村部の小売店