事業成果

サイバネティック・アバターで身体能力の限界を突破

分身ロボットによる働き方の実証実験に成功2024年度更新

写真:南澤 孝太
南澤 孝太(慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科 教授)
ムーンショット型研究開発事業
ムーンショット目標1:2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」プロジェクトマネージャー(2020-2026)

遠隔地のパイロットがカフェ内のロボットを操作して接客

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の南澤孝太教授らの研究グループが取り組んでいるのは、人々の身体的経験や技能をネットワーク上で流通・共有し、障がい者や高齢者を含む多様な人々が自在に行動し社会参加できる、未来社会を目指した身体能力の限界を突破するサイバネティック・アバター※1技術の研究開発と社会実装である。

サイバネティック・アバターは、いわば生身の人間の分身だ。人間が操作するサイバネティック・アバターは、あるときは画面映像の中の仮想キャラクターとしてふるまい、またあるときは現実世界で人間と物理的に接するロボットとして行動する。

この研究の一部の実証実験を兼ねて、一般の人にわかりやすく体験的に発表するイベント「Cybernetic Avatar Experiment in 分身ロボットカフェDAWN ver.β※2」が2023年5月9日(火)〜6月16日(金)の期間開催された(図1)。ここでは寝たきりのALS患者などの外出できない事情がある人がパイロット(操作者)となり、遠隔地から東京・日本橋のカフェ内のサイバネティック・アバターをリモート操作した。外出が困難な人でも接客が可能な新しいリモートワークの形をわかりやすく提示し、関連する多様な技術の実証も実現した。

※1 サイバネティック・アバター
この実証では、バーチャルアバター技術、複数並列技術、技能融合技術と、3つのサイバネティック・アバター技術を用いることによって、パイロットの創造的な労働環境を構築すると同時に、カフェの来店客に対してより一層充実した体験を提供するサービスをめざした。

※2 分身ロボットカフェDAWN ver.β
株式会社オリィ研究所が東京・日本橋で運営する、外出困難者である従業員が分身ロボット「OriHime」と「OriHime-D」を遠隔操作しサービスを提供している常設実験カフェ。2021年6月にオープン。

図1

図1 ロボットカフェでの分身ロボットによる接客の例
(テーブル上のロボットと映像中の店員キャラクターを同一人が操作)

人間の能力をICTとロボット技術で拡張する、新しい社会基盤を目指す

サイバネティック・アバターは、分身ロボットや3D映像アバターに加えて、人の身体的能力、認知能力および知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念だ。Society5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するものを目指している。南澤教授らの研究グループは「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」をテーマに、サイバネティック・アバター基盤とそれを利用した生活についての研究を進めている。

サイバネティック・アバター基盤については、1人で複数のアバターを操作して1つのタスクを処理する技術を確立した上で、複数人が同時に操作できるアバターの数を増やすとともに、同時に複数のタスクを処理できるようにすることで、最終的には複数の人が多数のアバターを同時に操作して複数のタスクを処理できるようにする必要がある。ひとまず2030年時点で1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術と基盤を開発することが目標になっている。またサイバネティック・アバター生活については、特定のタスクに対して身体的能力、認知能力および知覚能力を拡張できる技術を開発した上で、最終的には身体的能力、認知能力および知覚能力を、選んだ分野のトップレベルまで拡張できる技術を開発する必要がある。このため、2030年時点における目標を、特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力および知覚能力を拡張できる技術を開発することとしている。

このような目標達成には図2のような数々の技術が必要になってくる。この技術群を適切にサイバネティック・アバター基盤に組み込む過程で、今回のような実証実験が重ねられていくことになる。

図2

図2 これまでの関連する研究開発の動向

カフェ内で複数ロボットが接客・配膳その他の業務を実行

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科、株式会社オリィ研究所、名古屋工業大学が共同して実現した同実験では、数体のロボット(分身ロボット/OriHime、OriHime-D※3)が入店時の接客、テーブルでの注文、飲食物の配膳・運搬などを担当した。ロボットのパイロット役は遠隔地にいる担当者である。カフェの映像を見ながら発話すればカフェ内のロボットが同調して喋ることになる。

まさにパイロットの分身としてロボットが行動するのが「分身ロボット」と呼ばれるゆえんだが、分身は1体ではなく、複数ロボットが同一のパイロットの操作で同時に同じ行動をとったり、入店時に接客した店頭固定ロボットのパイロットが、客が座ったテーブルではテーブル担当のロボットを操作して一連の接客を別々のロボットに分担させる「分身の分身ロボット」による接客や、1人のパイロットが接客と配膳作業を別々のロボットに行わせるなど、1人の人間には不可能な業務の実行が実現した(図3)。

また、パイロットの個性や入店客とのコミュニケーションに合わせ、映像中の接客アバター(CGキャラクター)の姿を自由自在に変更する「拡張アバター接客」も行われ、バーチャル世界とリアル世界を行き来するような体験が可能になった。さらに、別々のパイロットがロボットを操作して、協調して食材にトッピングを行う「遠隔共創トッピング」も披露された。

このイベントの最大のポイントは、分身ロボットを操作するパイロット役が、ALSで寝たきりの患者など、何らかの理由で今いる場所を離れられない事情のある人であったことだ。愛知県にいる難病の元バリスタが同カフェでバリスタの仕事をし、その経験・知見を参画者と共有することもできた。人間の能力を分身である分身ロボットにより拡張し、接客という極めて人間的な業務も代替できた。サイバネティック・アバターによって外出困難な人でも分身ロボットによるリモートワークによって不可能だった働き方が一部可能になることを示せたことは大きな成果である。

※3 OriHime、OriHime-D
株式会社オリィ研究所が販売している分身ロボット。「見る」「話す」「動く」機能を備え、遠隔地からリモート操作することが可能。

図3

図3 分身ロボットカフェDAWN Ver.β(東京・日本橋)でのサイバネティック・アバターの実証実験の様子
(上記事例に先立つ実験例)

多様性と包摂性を拡大するサイバネティック・アバターを目指す

この実証実験を通して得られた知見をもとに、誰もが主体的にしたいことを行い、自分が成長する実感を得られるサイバネティック・アバターを社会に実装していくことが今後のミッションとなる。

触覚をデジタル技術で再現するハプティクスを取り入れた触覚伝達のプロジェクトも立ち上がり、布などの感触を遠隔地に伝える研究も開始された。また災害救助やインフラメンテナンスなどの専門領域でも、専門家が現地を訪れることなく適切な対応を行うことができるなど、専門性が高い多様な社会課題に対応する活用が、サイバネティック・アバターに期待できる。

ただしアバターの活用には倫理的・法的・社会的課題もある。日常的なサイバネティック・アバター利用に関して課題を洗い出し、倫理と社会制度のデザインについても研究・検討を行っていく。