事業成果

疾患の治療法開発に応用可能な実験資源の作成

生きた動物の細胞増殖を観察するマウスの開発に成功2024年度更新

写真:片桐 秀樹
片桐 秀樹(東北大学 大学院医学系研究科 教授)
ムーンショット型研究開発事業
ムーンショット目標2:2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
「恒常性の理解と制御による糖尿病および併発疾患の克服」プロジェクトマネージャー(2020-2025)

体内の細胞増殖を生きたまま観察できるマウスを開発

片桐秀樹東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科教授らの研究グループは、調べたい細胞が体内で増殖していること※1を、生きたままごく少量の採血で経時的かつ高感度に観察できるマウスの開発に成功した。

これまで、生きた動物の体内で細胞が増殖していることを経時的に観察するためには、複数の時点で動物の臓器を採取して解析するしか方法がなく、動物を含む多くの実験資源が必要だった。

片桐教授らは、このマウスを用いて、肝臓の細胞増殖に加え、数が少ない膵臓β細胞※2の増殖を、同じマウスで、生きたまま、継続して観察することに成功した。さらに、このマウスの細胞は、細胞の数を制御する薬剤の探索にも応用できる可能性があることがわかった。これらの方法を用いることで、同一個体での経時変化が追跡できるため、個体差の影響を受けることがなく、実験資源を有効に活用しながら、インスリン産生細胞を増やす糖尿病の根治薬や、がん細胞の増殖を抑える薬剤など、多くの疾患の治療法の開発が進むことが期待される。

※1 細胞の増殖
1つの細胞が2つに分裂することによって細胞が増えること。臓器の働きや大きさを正常に維持する上で極めて重要な仕組み。また、がん細胞の増殖はがんが大きくなる原因として知られる。

※2 β細胞
血糖値を下げるホルモンであるインスリンを作る体内唯一の細胞。ランゲルハンス島といわれる膵臓の中にある多くの島状の部位に集まって存在する。このβ細胞の働きが悪くなったり、数が減ったりすることで、糖尿病が発症することが知られている。

糖尿病克服のためにはβ細胞の増殖を調べる方法が必要

片桐教授は、ムーンショット型研究開発事業のプロジェクトマネージャーとして、「恒常性の理解と制御による糖尿病および併発疾患の克服」を課題に、糖尿病やその併発疾患を超早期段階で簡便に発見し、それを克服することを目指して研究を進めてきた背景がある。糖尿病は血糖値を下げるインスリンが少なくなったり、インスリンの働きが悪くなることで発症する病気だ。インスリンが少なくなるのは、インスリンを作るβ細胞の数が減るためだ。糖尿病治療にはβ細胞を増やす物質の探索が不可欠だが、これまで生きたままβ細胞の増殖を調べることはできなかった。

そこで、簡便に細胞の増殖を調べる方法の開発が求められていた。

高速・高感度に加え、低コストの自動検出装置を目指す

研究グループはまず、特定の細胞の増殖が起こると、ルシフェラーゼというタンパク質を作り、血液中に放出するようにした遺伝子改変マウスを作成した。このマウスから少量の採血を行い、血液中のルシフェラーゼの量を測定することで、体内でリアルタイムに起こっている特定の細胞の増殖を検出することを可能にした(図1)。この方法を使えば、同じマウスで何度でも細胞増殖の状態を観察することができる。また、調べたい細胞の種類に応じて遺伝子改変の仕組みを変えることで、さまざまな種類の細胞増殖を観察できる。

図1

図1 特定の細胞の増殖を検出可能な遺伝子改変マウス

次に研究グループは、このマウスを使って、肝臓細胞の増殖を観察した。肝臓を部分的に切除すると、残った肝臓細胞は増殖して肝臓の大きさや機能を維持することがわかっている。そこで、このマウスの肝臓を部分的に切除してから採血して、肝臓細胞の増殖を経時的に観察した。その結果、極めて鋭敏に、肝臓細胞の増殖の変化を検出することができた(図2)。

図2

図2 肝臓部分切除後の肝臓細胞増殖の変化を継続的に検出

少量の採血によりマウス体内での肝臓部分切除後の肝臓細胞増殖の変化を継続的に検出することに成功した。

また、体内で非常に数が少ない、インスリンを産生する膵臓のβ細胞の増殖を観察した。片桐教授らはこれまでの研究で、神経信号によってβ細胞の増殖が起こることを発見している。そこで、このマウスで神経信号によってβ細胞の増殖を刺激して、経時的に観察したところ、β細胞が増殖することを検出できた(図3)。妊娠時、肥満時、若年期にはβ細胞の増殖が起こることが知られているが、これらの経時的な変化も、このマウスを用いて検出できた(図4)。このことから、この方法を用いることで、数が少ない細胞の増殖も感度よく検出できることがわかった。

図3

図3 β細胞の増殖の変化を継続的に検出

(A)少量の採血によりマウス体内での神経信号刺激によるβ細胞増殖の変化を継続的に検出することに成功。
(B)今回開発した方法で検出したβ細胞増殖は、従来の膵臓標本を使って検出する方法によるβ細胞増殖と強く相関。
**大きな有意差あり

図4

図4 妊娠時、肥満時、若年期のβ細胞増殖の変化を継続的に検出

(A)少量の採血によりマウス体内での妊娠時のβ細胞増殖の変化を継続的に検出することに成功。
(B)少量の採血によりマウス体内での肥満時のβ細胞増殖の変化を継続的に検出することに成功。
(C)少量の採血により若いマウスの体内でのβ細胞増殖の変化を継続的に検出することに成功。
*有意差あり **大きな有意差あり

さらに、このマウスのβ細胞を用いて、β細胞の増殖を誘導することが知られている物質を試験管内で作用させたところ、細胞の培地中のルシフェラーゼが増加し、細胞増殖を高感度に検出した(図5)。本成果により、この方法を用いることで、β細胞を増やす物質の探索が発展する可能性が示された。

図5

図5 試験管内で増殖誘導因子によるβ細胞増殖を検出

試験管内において、従来の細胞増殖評価法では検出困難であった増殖誘導因子によるβ細胞増殖の検出に成功。
n.s.:有意差なし *有意差あり

糖尿病の予防・診断・治療法の開発に貢献

本研究により、調べたい細胞が体内で増殖していることをごく少量の採血で生きたまま経時的に観察することができるマウスの開発に成功した。このマウスを用いることで、必要最低限の実験資源で、糖尿病でインスリンを生産する膵臓のβ細胞を増やす、心不全で心臓の細胞を増やす、高齢者の筋肉量が減少したときに筋肉細胞を増やすなど、さまざまな疾患で、これまでにない治療薬の開発が進むことが期待できる。

一方、このマウスにがんを発症させ、薬剤の投与したときのがん細胞の増殖を観察することにより、がんを抑える薬の開発にも寄与することも期待される。

ムーンショット型研究開発事業 片桐秀樹プロジェクトにおいては、神経系を介した臓器間ネットワークを使用して糖尿病の予防・診断・治療法の開発を行なっており、新しい研究成果として、2023年11月9日に「Optogenetic stimulation of vagal nerves for enhanced glucose-stimulated insulin secretion and β cell proliferation」という記事をNature Biomedical Engineering誌に発表した。脳と膵臓をつなぐ自律神経の一種である迷走神経を刺激することで、インスリンを作る膵臓のβ細胞を増やすことに成功したことを示す内容となっている。